…誰だろう?



開いた紙に書かれた文字を読んでも、該当する人物の顔が思い出せない



、誰に当たった?」

「ん…良く知らない人みたい…」

「え?どれどれ……」



友達は私の持っている紙に目を通す



「あぁ、この人保健委員長の人だよ。善法寺伊作、聞いたことあるよ」

「ぜんぽうじ、いさく…くん?」

「そう、普段目立たないけど結構格好良いって評判だよ」

「そうなんだ…」



少し安心した様なそうでもないような…



「こ、この人恐くないよね?」

「うん、絶対に恐くない」



友達は笑いながら力強く頷いてくれた



「でも…大丈夫かな、迷惑にならなきゃ良いんだけど…」

、これはテストなんだから割り切っていかなきゃ駄目だよ」

「そ、そうだよね…でもやっぱり心配で……」



もしも失敗して怒らせちゃったらどうしよう?

上手く行ってもその後に嘘でした、なんて伝えたらもっと怒っちゃうかもしれないし…



「とにかく、その人なら安心だから、頑張りなね」

「うん…」



私はとりあえず明日この善法寺伊作と言う人物に会いに行こうと考えた



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次の日

は悩んでいた



「どうしよう…会いに行って良いのかな……」



独り言をぶつぶつと呟きながら一人部屋をぐるぐる歩き回る

同室でもある友達は自分の標的に会いに行ってしまった為、を後押ししてくれる人は居なかった



「会いに行って嫌な顔されたらどうしよう…万が一上手くコンタクトできてもその後何を話せば良いの…?」



普段から人と接することにあまり慣れていないは、尚も一人で悩み続ける



「あぁ〜…嫌だなぁ……」



そう呟いては立ち止まる



「ぁ…気持ち悪い……」



無意識の内に随分とぐるぐる部屋を回り続けていたらしい

動きを止めてもの目は廻り続けていた



「うゎ…頭痛い……」



頭がくらくらする

足元はふらふらする



「ぁ…善法寺さんてそう言えば保健委員なんだっけ……」



ふと自分の標的が保健委員の委員長であったことを思い出す

これはチャンスかもしれない

このまま保健室に行って手当てを受ければきっと話題も見つかる…



「良し。とりあえずどんな人かだけでも見ないとね……」



そう自分に言い聞かせるように呟いて、はふらつく足取りのまま廊下へ出た



「それにしても…何やってるんだろう……私…」



よたよたと廊下を歩きながら、随分と間の抜けた作戦への経緯を思い返し情けない気分になりながらは保健室へ向かった



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「って言うかでも保健室って……、何処…?」



保健室へと向かう道中に思い出した

は保健室を利用した事がなく、場所を良く知らない

しかも、無理矢理歩いていたら本格的に気持ち悪くなってきた

気持ち悪いだけならまだしも足取りもおぼつかない



「私……馬鹿…?」



よたよたとその場に崩れる



「はぁ…」



深いため息をつきながらは座り込んだ

放課後だと言うのに何故だか人は全く通らない

まぁほとんどの男子は同じクラスの女の子達に捕まっているからだろう



「どうしよう…」



未だにくらくらする頭でぼんやりと考える

利用したことの無い保健室を記憶の隅で探してみるが思い当たる場所はない



「うぅ…」



一人うずくまって考え込んでいると



「あの…大丈夫……?」

「え…?」



頭の上から声がした

はふらつく頭をゆっくり上げて声の方へ振り向く



「気分悪そうだけど…、具合悪いの?」

「あ…ちょっと目を廻してしまって…」

「目を…?良くわからないけど…保健室に行った方が良いんじゃないかな」



見知らぬ少年はそう言うが



「はい。そう思って向かおうとしてたんですけど、私…保健室の場所知らないんです…」

「…え……」



少年は少し驚いた顔をしていたが、すぐに元の調子に戻るとに言った



「それなら私が案内するから、行こう」

「あ、はい…」



少年は歩こうとして一歩先に進む

は後を追おうとして立ち上がる

しかしふらついて上手く立ち上がることが出来ない



「大丈夫?」

「…だ、大丈夫です……」



が何とかそう答えると、少年は首を傾げた



「大丈夫そうには見えないけどなぁ」



そしてそう呟くと、の身体をひょいとを持ち上げる



「ひゃぁ!?」

「よっと……、それじゃぁ行こうか」



その少年はを軽々と抱き上げると、すたすたと廊下を歩き出した

は少年に抱えられて硬直したまま保健室へと運ばれて行った



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「よし、じゃぁここで安静に寝ていてね」



今、の頭には三つの疑問符が並んでいる

一つ目は、どうしてこんな事になったのだろう

二つ目は、どうして私はは今保健室で布団に寝ているのだろう

三つめは、この人は一体何者なんだろう

と言う事だ

それらの疑問を解決しようと、は必死で考える

まず一つ目の答え、それは自分が馬鹿だからとしか言い様が無い

二つ目の答えは、この人が自分を運んで来て慣れた手付きで布団を用意してくれたからだ

そして三つ目の答えだが、これがどうにも解らない



「あの…」

「何だい?」

「失礼ですけど…彼方は……?」

「あぁ、私は善法寺伊作。保健委員の委員長だよ」



目の前にいる少年はにこやかにそう言った



「っ善法寺伊作さん!?」

「そ、そうだけど…私が何か……?」



は思わず叫んでいた

すっかり忘れていたけれど、善法寺伊作と言えば私のテストの合格が掛かっている人物では無いか



「いっ、いえ!!何でも無いです!!」

「そう…?」



まさか偶然とは言え一発目でターゲットに出会えるなんて、何たる奇跡だろうか

しかし

廊下で拾われたのがきっかけではあまり幸先が良いとは言いがたい気もする



「ぇと、有難う御座いました。ご迷惑お掛けしてすみません……」

「いやいや、これくらいお礼を言われる程の事じゃないよ」



そんな短い受け答えから、凄く人が良さそうな印象を受ける

は怖くないよね?と聞いた自分の言葉に友達が深く頷いた理由が解った

確かに、この人は間違っても恐くない



「それじぁ私は新野先生を呼んでくるから、少し待っててね」

「は、はい…」



そう言うと、善法寺さんは部屋から出て行ってしまった



「…あの人が……」



自分はあの人の心を射止めなければならないのか…

そう思うとなんだか不安になってくる

もう少し爽やかな出会いだったら良かったものを



「目を回して迷子になってた所を助けられたなんて…間抜け過ぎだよ…」



はため息と共にそんな事を呟くと、暖かな布団の中でまどろんだ



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「ん……」



目を覚ましたは、ゆっくりと上体を起こして伸びをして、更に欠伸をした後で辺りを見回した



「あれ?此処何処?」

「此処は保健室、覚えてないの?」



首を傾げるの背後から、笑いを噛み殺した様な声が聞こえ声の方を向く



「あ、あれ…あなたは……」



そこには善法寺伊作が正座したままこちらを向いていて、と目が合うとにこりと微笑んだ



「私の顔も忘れちゃったかな?」

「っいえ!!善法寺先輩…ですよね」

「うん、そうだよ」

「…そっか、私目回しちゃって……」



はあの情け無い珍事を思い出し肩を落とす



「うん、あの後新野先生を呼んで来たんだけど、気持ち良さそうに寝ていたから先生は職員室に戻られたよ」

「ぇ…、じゃぁ先輩はずっとここに居てくれたんですか?」

「うん、やっぱり迷惑だったかな…?」

「い、いえとんでもない!!」



伊作の言葉には思わず腕をぶんぶんと振って否定する



「そう?良かった」



そう言ってにこりと笑った伊作の顔が何だか眩しくて、は思わず黙り込む



「…………」

「どうかした?」

「あ、いえ!なんでもないです!!」



は見とれてしまった事が恥ずかしくて、慌てて布団で赤い顔を隠した



「そういえば…君の名前をまだ聞いていなかったよね」

「あ、私5年い組のです」

「5年生の子か、会うのは初めてだよね?」

「はい…そうですね。ごめんなさい…初対面でこんな間抜けな……」



は顔を赤くしながら首を振る

穴があったら入りたいと言うのはこの事かもしれない



「それで…、どうして目なんか回したの?」

「そ、それは…」

「言いたく無いなら良いけど…」

「いえ…実は、少し考え事をしていたんです」

「考え事?」

「はい…そしたら考えが止まらなくなっちゃって、何だか無意識のうちに部屋をぐるぐると回ってたみたいで…」



は赤面しながら事のあらすじを話す

肝心の所は隠しておいたが、まぁ大体はこんな感じで間違っていないはずだ



「あはは、そうだったんだ…そんなに重要な事だったの?」

「あ…はい……多分、結構…重要……なような、そうでもないような…」

「何だか良くわからないけど、これからは気をつけてね」

「はい…」



伊作はくすくすと笑いながら言う

は混乱していた頭を少しずつ元に戻しながら小さく息を吐いた



「気分はどう?」

「あ、そうですね…もう平気みたいです」

「そっか、それじゃぁ部屋に戻る?」

「そう…ですね」

「じゃぁ行こうか」



伊作は立ち上がると、未だ布団の中に座るを見下ろした



「え…?」

「送っていくよ。さん、ここからじゃ部屋に戻れないでしょ?」



そう言って悪戯っぽく笑う伊作は、の目の前に手を差し出す



「か、帰れますよ!!…………多分…」

「それじゃぁ私はいらないかな?」

「ぁ、いえ、是非お願いします!!」



思わず叫んだの声に、伊作は少し意外そうな顔をしたが、すぐににこやかに微笑んだ



「じゃぁ行こうか」



は差し出された伊作の手を借りて立ち上がると、伊作と共に保健室を後にした



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「それにしても、今まで保健室の世話になった事がないなんて珍しいよね」

「そうですか…?まぁ私あんまり運動好きじゃないから怪我をする機会もあまり無いですし…」

「そうなんだ。でも健康なのは良い事だからね、保健室に入り浸るよりはずっと良いよ」

「先輩はずっと保健委員なんですか?」

「そうだね…何だか気付いたら今まで続けていたって感じかなぁ」



とりとめもない話をしながらのんびり廊下を歩く

意外と話しやすい人なんだと認識を新たにしながら、は頭の中で色々と今後の事を考えていた



「(どうしよう…ここからどうやって仲良くなれば良い?)」

「……で、……だったんだよ」

「(今日このまま部屋まで送って貰ったら、その後これ以上会う理由が無くなっちゃう…)」

「そういえば……で……がね……それで…」

「(ん〜…かと言ってこれ以上深く関わる方法も見当たらないし…)」

「…さん……?…」

「(私…やっぱりくの一に向いてないのかなぁ…)」

「…さん!!さん!!」

「はい!?」



は何時の間にやらとても深く考え込んでいたようで、話を全く聞いていないを伊作が少し大きめの声で呼んだ

我に返ったは慌てて伊作に頭を下げる



「ご、ごめんなさい!!」

「…大丈夫?」

「え…何がですか?」

「何だか随分深刻そうだったから…」

「あ…いえ……」

「まぁ目を回すくらい悩む事なんだし、そう簡単には解決出来ないかもしれないけど…」

「(まさか彼方の事で目を回しているんです、なんて言えない…)」

「私で良ければ力になるから、辛い時は相談してね」

「良いん…ですか?」



その言葉には思わず聞き返す



「もちろん、一人で悩むのは良くないから」

「あ、有難う御座います…!!」



は何て運が良いんだろうと、思わず心の中でガッツポーズを決める

これをダシにすればいくらでも会う口実が出来るでは無いか

騙してるみたいで少々心苦しいが、くの一なのだから相手に情けをかけてる場合では無い



「っと、着いたね…それじゃぁ、また今度」

「は、はい…今日は本当に有難う御座いました」



の言葉に伊作は笑って軽く手を上げると、一瞬にして消えてしまった



「これで…先輩に近づける……」



は両手を小さく握って決心を固めるのだった



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'04/02/16