「…よし」



保健室の前で意気込むのは



「失礼しま〜す…」



扉を開けて中へと入って行く



「あれ、さん…。具合はもう平気?」

「あ、はい…昨日はすいませんでした…」



は苦笑を浮かべながら謝る



「いえいえ、それにしても今日はどうしたの?」

「あ、あの…少し聞いて欲しい事があって…」

「あぁ、昨日言ってた悩み事の件かな?」

「はい…あの、迷惑じゃなければ……ですけど」

「もちろん構わないよ、じゃぁ其処に座って」



伊作はにこやかに微笑みながらを目の前に座らせた



「えっと…」

「大丈夫、そんなに構えなくても誰にも言ったりはしないし…リラックスして良いよ」

「あ、はい…」



何処までも優しいその表情にの緊張は次第にほどけて行く



「あの、私…くの一に向いて無いんじゃないかと思って…」

「どうして?」

「私って人見知り激しくて…いつも失敗ばかりだし…もう5年生にもなるのに全然進歩なくて…」



最初は口から出任せの嘘でも相談しておくつもりだったが、次第に今本当に悩んでいる事が言葉になってしまっていく



「方向音痴で良く迷っちゃうし…未だに実技の成績は合格点ぎりぎりだし…」

「そっか…」



伊作は頷くと、ぽつりと呟くように話し始めた



「私も…似たような事で悩んだ時期があったよ」

「先輩も…?」

「うん、私の廻りは皆凄い人ばかりだからね」



そう言って気弱そうに笑う



「凄いですか…」

「そう、仙蔵なんていつも冷静で火気の扱いには長けてるし、文次郎は自信に満ちてるし、」

「………」

「小平太はいつでも明るくて行動力があるし、長次は無口だけど実力は確かだし…」



ひとしきり言い終わると伊作はに微笑みかけた



「でも、私には私で出来る事があるって思うようにしてるんだ」

「出来る事…?」

「うん、他の人には中々出来ないような事、得意な事って何かあるはずだから」

「得意な事…私には特技なんて無いです…」

「そんな事ないよ」



弱々しく答えるに伊作はやんわりと話し掛ける



さん、科目だと何が一番出来る?」

「えっと…夜戦なら少し…」

「夜戦…?何だか意外だね」

「暗闇だと周りがほとんど見えないから気が楽なんです…」

「そっか、さんらしいね」



そう言って伊作は笑う



「後は…筆記は割と好きです」

「私も筆記は好きだな、何と言っても楽だしね」

「そうですね」

「うん、それなら十分じゃない?」

「はい?」



脈絡の無い言葉に思わず首を傾げる



「人にはそれぞれ相応、不相応と言う物がある、上を見ればキリがないし、下を見てもそれは同じ」

「相応…不相応……」

さんの場合夜戦が得意なら暗中飛躍出来るだろうし」

「そうですか…?」

「そうだよ。私の場合は薬草学が得意だから救護系に廻れる」

「確かに…」

「少しくらい苦手な物があっても、それは仕方ないよ、人間なんだから」



は伊作の言葉に大人しく耳を傾ける



「だから、さんは十分素質を持ってると思うよ」

「先輩…」



たった一つしか学年が違わないのに、人間の大きさが全く違う

はそんな伊作の温かい言葉に少し戸惑った



「なんて、少し偉そうな事言い過ぎちゃったかな」

「そ、そんな事ないです!!」

「え?」



は申し訳無さそうに笑う伊作に思わず声を上げる



「私…先輩の話聞いて本当に楽になりました…私はまだまだ出来ることがあるんだって、初めてそう思えました…」

さん…」

「先輩は…本当に凄いと思います」

「そっか、それなら良かった」



そう言うと伊作はの頭にぽんと手を置いた



「元気になったみたいで良かったよ」

「………」



柔らかい笑顔で微笑む伊作に張り詰めていた物が一気に無くなったのか

の頬からは涙が一筋零れ落ちた



さん…?」

「あ、ごめんなさい……な、何で…私泣いてるんだろ、、」



は慌てて涙を拭こうとするが、そうする間も無くの身体は伊作の腕に捕らわれて動けなくなってしまった



「先輩…」

「きっと今まで溜めていた物が一気に零れちゃったんだね」

「………」

「こうしてると、少し落ち着かない?」



伊作の腕の中では小さく首を横に振る



「お、落ち着きません…」

「そう?」

「は、恥ずかしくて……」

「はは、まぁ気にしない気にしない。我慢しすぎは体に良くないし、この期に全部取り払ってしまったほうが良いよ」



そう言って伊作は少しだけ腕に力を込める

するとの体の力はそれに反して弱まり、やがて小さな嗚咽がから漏れ始めた



「………っ」

「………」



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「ご、ごめんなさい…昨日に引き続き今日も何だかすっかり迷惑掛けちゃって…」



今はもう夕刻

太陽が辺りを美しく橙色に染めている



「ううん、私も何だか久々に考えさせられたよ」



そんな伊作の言葉に、は嬉しそうに笑う



「あの…話聞いてもらえて凄い嬉しかったです……」

「役に立てたみたいで私も嬉しいよ」

「…また此処に来ても良いですか?」

「もちろんいつでもおいで、私は大抵此処にいるから」



そう言うと伊作も微笑んだ



「それじゃぁ、私はこれで」

「うん、またね」



こうしては伊作と別れて自分の部屋へと戻った



「…本当に良い人だなぁ……」



ぼんやりと座りながらそんな事を考える



「………ん……?」



そして途中で何かを思い出す



「…ぁ、………あれ?」



当初の目的と、テストの存在



「すっかり忘れてた…」



はがっくりと肩を下ろす



「まぁいっか…また会いに行けば良いし……」



そう呟いたものの、テストなんか既にどうでも良かった

伊作に会いに行きたい理由がそれ以外にも出来た気がしたから



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「でね、先輩ってば凄い良い人だったの」

「でしょ、あの先輩優しいから結構人気高いみたいだよ」

「そっかぁ」



人気の無い教室で和やかに会話する二人の少女



「で、上手く行ってるの?」

「何が?」

「そりゃ自分に惚れさせる為の手順だよ〜」

「あぁ〜〜…」



はたった今思い出した、と言う感じで微妙な返事を返す



「そういえば考えてなかったかも」

「大丈夫なのー?まぁらしいけどね」

「うーん…まぁ何とかなるよ、そっちは?」

「私?私はねー…」



友達はんー、と唸るとそのままぼそりと呟いた



「多分駄目だわ」

「え…?」

「それがさ、私の相手が後輩なんだけど、何か嫌いなタイプなんだよね…」



憂鬱そうにため息を吐き出す



「でも…仕事だったらどんな人が相手でも色々な手段を用いてでも遂行しなきゃいけないんだよね…」

「そうだよねー…それ考えるとプロのくの一って凄いって思わない?」

「そう…だね」

「何だか不安になっちゃうよー」



はふと伊作の言葉を思い出す



「…人にはそれぞれ相応、不相応と言う物がある……」

「え?何それ?」

「あ、うん…昨日先輩に言われた言葉なんだ…」

「へぇ…それで?」

「えっと、人には得意な事があって、それぞれ別だから上を見ても下を見てもキリがないんだよって」

「…なるほど」



友達はふぅんと頷いて納得している



「だから…もしこのテストが不合格でも、私は別に平気かなって思うよ」

「そうだね!!大体私は体力自慢なんだもん、そんな色仕掛けとかのキャラじゃないし」

「あはは、でも一応は頑張ろうね」

「もちろん」



お互いに笑い合っていると、友達がふとに問いかける



「でも…合格出来そうにないの?」

「んー…良く…解らないけど、テストとかそう言うので先輩をどうこうしたく無いなぁって思うんだよね…」

「ねぇ、ってもしかしたら逆に善法寺先輩に惚れちゃったんじゃないの?」



友達はにやにやと笑みを漏らしながらの頬を突付く



「な、…そんな事あるわけ……」

「無いって言い切れる?」

「だ、だって…まだ二回くらいしか話して無いし…」

「そんなの数の問題じゃないってぇ」



ぷにぷにとの頬を突付きながら友達はにっこり笑った



「本当は…良くわかんないの…」

「何が?」

「好きかって聞かれると困っちゃう…もちろん嫌いではないんだけど…」

「そっか。まぁ人見知り激しいし、今はまだしょうがないかもね」

「い、今はって…」



わたわたとうろたえるに微笑みかけながら友達は立ち上がった



「何だか私も負けてらんないなぁ…ちょっと行って来る!」

「ど、何処に?」

「相手の所!!ちょっと苦手な奴なんだけど、逆にやってやるぞって気になっちゃった」

「そっか、行ってらっしゃい、頑張ってね!!」

「任せとけ!!」



は微笑んで友達の背中を見送った



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「人に頑張って、とは言ったものの…私は具体的にどうすれば良いんだろう…」



独り言を呟きながら廊下をてくてくと歩く



「先輩…かぁ……好きでも嫌いでもないんだけどなぁ…」



そう言いつつも足は保健室へと向かっている



「で、結局来ちゃった訳だけど…」



入り口で立ち止まり中に入るか入るまいか躊躇する



「…昨日の今日だし……やっぱり不自然かな…」



そう考えてやはり引き返そうと思った矢先



「え?くの一の実習テスト?」



中から聴こえた声に思わず息を呑んだ



「うん、私や仙ちゃんの所にも来たから、いさっくんの所にも来てるんじゃないかと思って」

「俺の所にも来たぜ、すぐ追い払ったけどな」

「文次郎に当たった子可哀想〜」

「うるせぇ、忍者の三禁つったら女は大敵だろうが」

「…………」



どうやら中には伊作の他に二名程いるらしい

声だけなので良くはわからないが確実に自分が話題になっている事だけはわかった



「それで、そのテストって何なの?」

「えっとね、一人くじ引きで決めた相手を好きにさせなきゃいけないんだって」

「お前の事だからどうせ気付かずにいるんじゃないかと思ってよ」

「ん〜…私の所にも来たには来たけど…」



伊作のその言葉に思わず体が強張るのを感じる



「(気付かれてた…?)」



「何だ、いさっくん気付いてたの?」

「いや、今聞いて思い当たっただけだよ」

「これ以後どうする気だ?」

「別に、何も変えるつもりはないけど…」

「何で?」

「だって…」



伊作はそう言うと立ち上がり歩き出した



「もう手遅れだし」



そう言って部屋の入り口まで行くと、扉を開けて微笑んだ



「せ、先輩…」



動く事も出来ず佇んでいたは、伊作を恐る恐る見上げる



「あ、その子がいさっくんの相手ー?」

「うん、さんって言うんだ、可愛いだろ?」



伊作は扉に手を掛けたまま後ろを振り向きにこやかに笑う




「珍しく運が良いな」

「きっといさっくんは日頃不幸な分こう言う所で得してるんだよ」

「あはは、そうかもね」



和やかに笑う先輩三人組を見てはどうすれば良いのかわからず硬直する



さん」



今まで笑っていた伊作にふいに声を掛けられ、は一層緊張した面持ちでそれに答える



「はい!?」

「行こうか」

「ど、何処へ…でしょうか」

「ん?君の先生の所だよ。報告するんでしょ?」



そう伊作に言われ、は初めて思い出した



「あ、そうだ…テスト……え、でも…」

「何か問題ある?」

「だって…その……」



が口ごもっていると伊作はにっこりと微笑みながらの頭を撫でた



「私は既に君の事が好きだから、君は合格でしょ?」

「……でも…」

「君が今私を好きでなくても、別にそれは構わないよ」

「どう…してですか…?」

「だって…」



の頭を撫でていた手を下ろし今度はの両手を自分の胸の前で握る



「今度は私が君を落とすから」



そう言い額に軽く口付けた



「わー、いさっくん大胆ーー!」

「お前…、俺達がいる事忘れて無いだろうな?」

「もちろん忘れてないよ」



後ろではやし立てる二人に向かって苦笑すると伊作はの手を引き歩き出した



「とりあえずさん連れてっちゃうから、後よろしくね」

「任せてー」

「朝帰りはすんなよー」







その後、は伊作に引きずられて先生の元へ行き、見事に合格する事が出来た

二人して職員室から戻る途中、伊作はに話し掛ける







「それじゃ、明日から覚悟してね」

「え…?」

「近い内に今度は私が惚れさせてみせるよ」

「……はい…」



"さっきので十分好きになりました…"



と言う言葉を飲み込み、は赤い顔のまま微笑んだ




- END -



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'04/03/11