くのたま長屋を、一人の女生徒がフラフラしながら歩いている
彼女は
5年生にして実力も忍たまに劣らず、また立ち居振る舞いも優雅だが驕ることもなく誰とでも公平に接する彼女はくのたま憧れの的となっている
才色兼備とは彼女の為にある、とくのたまは口を揃えて答える
そんな今日は、彼女の誕生日だ
放課後、長屋への廊下を歩くたびにプレゼントをもらい、すれ違う人からは祝いの言葉をかけられと、自室へ入った時には両手が塞がっていた
「おかえりー。まぁ毎年恒例とは言え…年々増えてる?」
「ただいま…。嬉しいし気持ちは有難いんだけどね…さすがにこれは多いよね…」
年々増えてきたね、と苦笑いで話す友人のお柳(おりゅう)は、入学時からの付き合いのため、この光景は毎年の風物詩と化していた
「まぁ憧れの君の誕生日となれば、みんな気合い入るよねぇ。今年は珍しいの、あった?」
「女のコからは手作りお菓子とかかなぁ。後は紅とかもらったし、食堂のおばちゃんからはお手製ぼうろもらったよ」
「へぇ、おばちゃんの手作りか。いいなぁ。ところで、この花は?」
「戦国作法委員長立花先輩から…。廊下に名指しで『引け』って綱があってね、
引かないと後が怖いから引いてみたら、天井から落ちてきた。えーと、花瓶どこやったっけなぁ…」
「さすが……良かったね、簡易なもので」
作法に入るよう勧誘される度に、のらりくらりと躱すに立花が興味を持っているのを、お柳を始めみんな知っている
の誕生花まで知ってるとは思わなかったが、そこまで気に入っているということなのだろう
「なんでも、カルミアって異国の花で? 花言葉は『大きな希望』なんだって。ちょっと嬉しいよね」
「へぇ、いい花ね(これが一人の女として気に入られてるって気付いてないんだろうなぁ)」
花瓶を探すをおいて、他に面白いものがないか物色していると、飾り気のない木箱を見つけた
「ん、この木箱は?」
「食満先輩と潮江先輩から苦無磨き。ほら、普段会見委員会手伝ったり食満先輩の組手の相手してるから、その御礼だって」
5年生ともなると、6年生と組んだ二人一組の実習も増えてくる
武闘派として知られる潮江や食満ともたまに組手を行い、何かあれば中在家に不明な部分を聞きに行く
媚びない凛とした姿勢が、6年生から気に入られることにも繋がっているのだろう
それは勿論、お柳にも言えることで、彼女も6年生とよく世間話をする(恋人は不運委員長こと保健委員長の善法寺伊作というのもあるが)
「なんか、あの二人からって所が少し怖いね。どんな経緯でこのプレゼントになったんだろ」
「まったくだよね」
お互い苦笑いしか出てこないが、やはりからすると実用性のあるものだし、もらえることが嬉しいのだろう
その苦笑いも、心なしか嬉しそうだ
「さて、そんな喜んでいるさんにー、私たち5年生からのプレゼントです」
そう言ってお柳から渡された和紙には、紅の結紐と華奢な簪が入っていた
「対になってるわけではないんだけどね、綺麗なの黒髪に合いそうだなって」
「っ…! すっごい綺麗! これ、勿体無くて使えないよー」
「忍務の時は、下手したら簪壊れちゃいそうだもんね。だから結い紐くらいなら、普段から使えるかなって」
「いやいや、もらえるだけでも嬉しいのに…こんな綺麗なの、本当嬉しいよ! 大切にするね!!」
満面の笑みを浮かべて抱きついて来るを満足そうに受け止めて、お柳がふと目線を上に向ける
よしよしと頭を撫でてから、軽くの体を離す
「ねぇ、もう一人お客さんが見えてるよ。まーったく、せっかくともっといちゃいちゃしたかったんだけどなぁ?」
そう言いつつ忍たまの友を手にし、天井に聴こえるように、に話しかける
「さっき伊作先輩に呼ばれてたから、医務室行ってくるね」
「えー、行っちゃうの?」
「天井のお客さんは、に用事があるみたいだから、お相手してあげて」
心を許した友人にしか甘えないの寂しげな顔を見て、お柳は少し優越感に浸る
(無自覚、ってのがまた可愛いんだよねぇ…)
ごめんね、また後でね、と言いながら部屋を出て行ったお柳を見送ると、天井から降りてきたのは4年の滝夜叉丸だった
「あれ、滝夜叉丸じゃない。久しぶり。どうしたの?」
「いえ、あの…本日が先輩の誕生日だと知りまして…」
滝夜叉丸とは何度か忍務を同じくしたことがあり、体育委員長の七松の暴走を止めたり、次屋の捜索を手伝ったりと、よく顔を合わせている
自慢話が玉に瑕だが、それを差し引いても実戦を重ねている5年生に近い実力を持っている
可愛い優秀な後輩であるため、もお柳も、普段から可愛がっている
「え、それでわざわざ来てくれたの? 見つかったら大目玉食らうよ?」
「先輩も面白いことを仰いますね。私がそんなへまをすると思われますか? 文武両道のこの私が…」
「ふふ、それもそうだね。滝夜叉丸殿には大変ご無礼仕った」
いつもの調子を取り戻した滝夜叉丸を見て、が柔らかく笑う
その笑い方と忍務時の差が大きいのだが、そこがまた魅力でもある
笑顔を見て軽く頬に血が上るのを自覚しながら、滝夜叉丸が懐から包みを取り出した
「よろしければ、う、受け取ってください」
「まさか忍たまで後輩からもらえるとは思わなかったから、素直に嬉しいな。開けてみてもいい?」
「大したものではないのですが…お気に召していただければ」
包みを開けてみると、先程お柳たちがくれたものとは違う、藤色の結い紐と手鏡が入っていた
手鏡には結い紐に近い色の巾着も付いていて、柄も大判の華と、凝った造りになっていた
「うわぁ…この手鏡、寄木細工で出来てるの? 巾着もすごい好みの柄…」
「そうでしょう? この滝夜叉丸の見立てに間違いはありませんよ」
「さっきはお柳から紅の結い紐もらったんだけど、巾着と結い紐が同じ色というのは意味があるの?」
「…先輩の誕生月の、守護石をいうものを調べたのですが、中々見つからず…。色は薄い紫とあったので、藤色にしてみました」
「誕生月の守護石なんてものもあるんだね。調べてくれてありがと」
満面の笑みを浮かべるに照れ、しどろもどろになりながら、滝夜叉丸が言葉を紡ぐ
「紅もお似合いになると思ったのですが、紐屋でお柳先輩を見かけて、紅を買っていたのを目にしまして…」
「そんなに私、紅って似合うかなぁ?」
「…とても。ですが、藤色はあまりお持ちではないと思い、先輩の黒髪なら薄い色も映えて綺麗だと思ったので」
赤い顔を隠すかのように下向きになっていく滝夜叉丸を微笑ましく思いつつ、一つ忘れられていると思い歩み寄る
4年生とはいえ成長期、いつの間にか自分の背を追い越した後輩の顔を覗き込んで、頬を両手で包み、目線を合わせ、優しく問いかける
「先輩?」
「ねぇ、滝夜叉丸。私、まだもう一つもらってないのがあるんだけど」
自分の持ってきたプレゼントはに渡したし、他に何かあったか…と今までの行動を思い起こす滝夜叉丸を楽しげに見つめる
さて、答えに辿りつくか、もし分からなければどう教えようかと考えていると、思い当たったのか滝夜叉丸の顔が引き締まった
自分の頬を包んでいるの手を下ろし、その手を握ったまま赤い顔で滝夜叉丸が口を開く
「…お誕生日、おめでとうございます」
「うん」
「忍術学園に入ってくれて、生まれてきてくれて、ありがとうございます」
「うん」
「先輩と知り合えたことが、私にはとても誇りに思えます。…此処にいてくださって、ありがとうございます」
「えへへ、まさかこんな事言ってくれるとは思わなかったな。…ありがとう、滝夜叉丸」
薄く頬を染めて笑うを見て、滝夜叉丸も柔らかく笑う
この二人の恋が実るのはいつのことか。月が彼らを優しく見守っていた
★おまけ★
「あーぁ、も締まりのない顔しちゃってサ…」
「お柳、寂しいの?」
「そりゃあねぇ、あんな可愛いしっかりしてるようで実は甘えるの大好きな妹みたいなが、誰かに惚れるなんて…」
「ちゃん、滝夜叉丸の気持ちに気付いてないのかな?」
「あれで自分のことには疎いからねぇ。くっつくのは当分先だろうけどさー」
「まぁまぁ、拗ねないでよ。お柳には僕がいるでしょ?」
「っ伊作先輩…」
「しかしまぁ滝夜叉丸も、色んな意味で大変だろうねぇ。何しろ5,6年生を一気に敵に回したようなもんだもんねぇ」
「ふん、自業自得ですーぅ。せいぜい立花先輩から弄られるがいいわ!」
「それもそれで可哀相だけどね…えげつないから」
天井裏から覗いていた伊作とお柳
END