「ぇ?泉って明日が誕生日なんだ?」


放課後の教室

隣の席の女が少し驚いた顔でこっちを見る


「いや、お前覚えてなかったのかよ?」


俺の誕生日を知らない、そんな衝撃の事実に思わず顔を歪めて尋ねるが、そいつは悪びれる様子もなく首を左右に振る


「うん、全っ然知らなかった」


首をぶんぶんと振りながら答えるそいつの言葉に、俺は益々顔を歪めた


「いやいや、俺この間お前に言ったよな?」

「そうだっけ?いつ?」

「いつって、この前昼飯ん時言っただろ、そろそろ誕生日だって」

「えぇ?そうだったっけ?」

「そうだよ、そんでお前がいつ?って聞くから俺答えたじゃんか」

「ぇー…………うーん……」

「うゎ、まじで覚えてねぇのかよ」


俺の隣の席のこいつ、とは授業中に消しゴムの貸し借りやシャーペンの芯の貸し借りなどをするちょっとした仲だ

って言っても授業中お互いが困った時や何となく暇な時に話すだけ、と言う本当に"ちょっとした仲"だけど…

それでも俺はこいつの事がそれなりに気になってたし、向こうもそれなりに良い感情を持っているだろう、と思ってた

で、つい先日の昼休みに会話の流れで「俺そろそろ誕生日なんだよね」なんて話をして、「そうなんだ、いつ?」って聞くもんだから、答えた

そしたら「そうなんだ!!じゃぁ当日はお祝いしないとねぇ」なんて言ってくれちゃうもんだから、俺はもう自然に、普通に、当たり前に期待してた訳だ

それなのにこいつと来たら「全っ然知らなかった」って…

全と然の間に小さいつを入れて強調してまで知らなかったって…


「ありえねぇー…」


俺は思わず頭を抱え込んだ

何だよ、お祝いしないとねって言ってたじゃんかよ

俺柄にも無く楽しみにしてたのに

色々考えて期待して、もし告白されたらどう答えようかなとかそんなとこまで気にしてたのに

あの時の「お祝いしないとねぇ」は一体何だったんだよ

あれか

あれは所謂社交辞令か

全然そんな気無いのにとりあえずその場を持たせる為に使うっつー大人の常識的なあれか

そんでそんな社交辞令真に受けて一喜一憂しちゃうようなお子様は相手にしてらんねーみたいな…


「ってお前も高校生じゃん!!」

「ぇ?うん…、高校生だけど……」


色々考えた結果、何故かそこだけ叫んで突っ込みを入れると、が驚いたような困ったような顔で曖昧に返事をした


「ぇっと、泉…、大丈夫??」

「ぁーいや、悪ぃ、何かショックで頭飛んでた」


顔を上げ頭をぶんぶんと振って何とか平静を装う

はそんな俺をやや心配そうに見ていたが、やがてぽつりと話し出した


「ごめんね、私って人の誕生日とか覚えるの凄く苦手で…、今までも友達の誕生日当日にまともにお祝い出来た事ほとんど無くて…」


そんな事を言いながら、なんでかなぁ、と首を捻る


「それ覚える気が無いってだけじゃねぇの?」

「違うよ!!前日まではちゃんと覚えてて、お祝いしなきゃって思うんだけど、当日になると何故か頭から綺麗サッパリ消えちゃうんだよ!!」


俺の言葉には大きく首を振りながら必死に弁解をする

でもお前、まず俺との会話自体覚えて無かったじゃねーか…

なんて思いながら、それを言うべきかどうか迷っている俺をよそに、は「ぁー、でも…」と続けた


「今回は泉と話した事自体忘れてたからなぁ…」

「あぁ、うん…、俺も今それ突っ込もうとしてたとこ……」


自ら言い出してくれて良かったような気もするけど、そういう気まずい事実を自ら言い出せちゃうって相当俺ってどうでも良い存在じゃんとか、色々な事が頭を回る


「何で忘れてたんだろ…、普段なら泉との会話なんて絶対に忘れないのになぁ……」


そう独り言の様に呟いたの何気ない言葉に、俺の心臓はどきりと跳ねた

しかしは全く気付いていない様子で、一人でぶつぶつと何かを呟いている

何となく話しかけ難い雰囲気だとは思ったけど、そんな事よりさっきの言葉の意味が気になりすぎて落ち着かない

俺は思わずに声を掛けていた


「なぁ、今のって何?どういう意味?」

「へ?今のって??」

「あー、いや……だから、俺との会話は忘れない…って…言ってた、やつ」

「ぇっ!?あれ!?私今何か言ってた!?声出てた!?!?」


独り言のようにと言ったけど、あれは本当に独り言だったらしい

俺が尋ねた瞬間、の顔は見る間に赤くなった

両手を頬に当てているその姿から、明らかに動揺しているのだと解る

そしてその動揺っぷりとさっきの言葉を照らし合わせて、俺はホッとしたのか妙に笑えて来てしまった




「あー…、何か安心した」

「ぇ??な、何が!?」

「いや、俺てっきりお前にすげぇどうでも良い存在って思われてるのかなって思ってたんだけどさぁ」


誕生日覚えてないし、っていうか会話した事も覚えてないし?

そう少し責めるように言うとは「そっ、そんな事ないよ!!」と、これまた力強く首を振って答える

今日こいつは何回頭振ったんだろう、とか思いながら、俺はわざとらしく頷いて見せた


「まぁ、忘れちゃう事もあるよな」

「ぅ…」

「それが例え俺の誕生日だったとしても」

「うぅ…」

「それが例え俺の誕生日でしかも誕生日どころか会話したと言う事実さえも」

「うぅ〜…泉性格悪いよ……」


俺の畳み掛けるような言葉には言い訳も出来ず唸っている

俺は悪い悪いと謝りながら、そのまま話を続けた


「なぁ

「ん?」

「俺さ、欲しいもんがあんだけど」

「ぇ?」


急に何を言い出すんだと言うような顔で俺を見るに、俺は少しオーバーな表現をしてみせる


「今日すっっっげぇ傷ついたお詫びにさ、もし良かったらプレゼントしてくれない?」

「ぃ、いいけど、高い物は無理だよ?」

「いや、高いもんでは無いんだけど…、あー、でも無理なら良いから、うん」


無理なら良い、とは言ったものの、本当に無理って言われたらどうしよう、なんて今更だけど考える

でも此処まで言っちゃったらもう言うしか無いだろ?

でもなぁ、やっぱりちょっと唐突過ぎっかなぁ…

そんな葛藤が脳裏を駆けた

でも不思議そうに俺を見ているの視線に急かされてるような気になって、遂に言葉を口にする


「あー……なんつーか、俺と…さ、デートしてくんない?」


"次の日曜日に"

と付け加えて、俺はの様子を伺う

は最初言葉の意味が理解出来ていない様子で固まっていたけれど、少し経つと急に慌て始めた


「何テンパってんだよ」

「ぇ?だ、だって泉が…へっ 変な事言う、から…!!」

「変って何だよ、デートしてくれって言っただけだろ」

「だっ、デートってだってデートだよ!?」


訳の解らない事を口走っているに、俺は構わず言葉を続ける


「俺とデートすんの、嫌?」

「えっぁっや、嫌じゃない…けど、」

「けど何?」

「ぇっと、それじゃぁプレゼントにならないような…」


はそう言いながら、頬を両手で押さえて"プレゼントって普通物だし…"と呟いた

その頬が赤くなっているのを見て、俺は思わず椅子から立ち上がる


「じゃぁデートはお詫びって事にして、別の物もくれれば良いじゃん」

「ほ、他の物?」

「うん」


言うが早いか俺はにぐっと詰め寄る


「なぁ」

「な、何?」

「俺、お前の事すっげぇ好きなんだけど」

「へっ!?」

「貰って良い?」


驚いた顔で俺を見ているにそう尋ねると、は耳まで顔を赤くして、暫くの沈黙の後無言のまま小さく頷いた

そんなの仕草が可愛くて、俺はその小さな体を思いっきり抱きしめて唇を塞ぐ

緊張で強張っていたの体から、次第に力が抜けて行く


「…っん」

「………」

「ふ…」


柔らかい感触に別れを惜しみながら、ゆっくりと顔を離した

随分長い沈黙が続いた後、の視線が俺から外れる

はそっと自分の唇に手を添えて深呼吸の様に大きく息を吐いた後、もう一度俺を見て小さな声で呟いた


「誕生日、明日じゃん…」

「ぁー…、まぁ良いじゃん、前渡しって事で」


そう言って笑うと、も「仕方ないなぁ」と言いながら笑った

そんなが可愛くて、俺は抱き締めたままの腕にもう一度力を込めた


「ねぇ泉」

「ん?」

「誕生日、忘れちゃってて本当ごめんね」

「いいよ、結果的には忘れてくれててラッキーって感じだし」


俺が笑いながらそう答えると、も釣られて笑った

その笑顔が可愛くて、今度は頬にキスをした




『ハッピーバースデー、俺』