「ぁ、花井くん」

「ん?おー、じゃん」

家の近くを散歩中

前からクラスメイトの花井くんが歩いて来たので、声を掛けてみた

花井くんは片手を上げて挨拶をした後、私の側に来て立ち止まる


「野球部は今帰り?」

「おぅ、は?」

「私は散歩中」

「一人で?」

「うん、コンビニでも行こうかなーって思って」


私は花井くんを見上げて答える


の家ってこの近くなんだ?」

「うん、そこの角曲がってちょっと行ったとこ」

「そっか、学校から近くていいな」

「そうそう、遅刻しそうでも気合入れてチャリ漕げば何とかなるからね」


向かい合ってそんな他愛も無い話をしていると、花井くんはくるりと私に背を向けた

その意味が解らず、私は花井くんの背中を見つめて首を傾げる


「?」

「行かないのか?」

「ぇ?」

「コンビニ」


花井くんは顔だけをこちらに向けて不思議そうに私を見たけれど、私だって負けない位花井くんを不思議そうに見ていたハズだ

しかし、花井くんはそんな事にはお構いなしに、少し首を傾げてもう一度行かないのか?と聞いて来た


「行くけど…」


と、一応ながら答えると、花井くんは納得したように頷いて再度私に背を向けた


「んじゃ行くぞ」

「ぅ、うん…」


何だか解らないまま、私は花井くんとコンビニに向かって歩き出した

縦に並んで行くのも変なので、少し小走りで花井くんの横に並びながら、花井くんはたった今コンビニを通り過ぎて来たはずなんだけどなぁ

私が行くって聞いて、何か買い忘れた物でも思い出したのかな?

なんて事を考えたけど、結局良く解らなかったのでとりあえず私は気にしない事にした

一緒にコンビニまで歩けるなんて、花井くんに密かに想いを寄せていた私にとっては嬉しい事だ


「暗いねぇ」


夕日はすっかり落ちてしまって、辺りは既に真っ暗になっている

家を出た時にはまだ明るかったのに…と呟くと、花井くんも頷いた


「夏って日は長いけど、落ち始めるとあっと言う間だよな」

「そうだねぇ、夕焼けとか綺麗でボーっと見てたりするけど、すぐに暗くなっちゃうもん」

「夕日とか好きなんだ?」

「ん?好きだよー、何かノスタルジックな気持ちになるって言うか…、綺麗だよね、凄く」


私はそう答えながら、携帯のデータフォルダを開いて花井くんに向けた


「見て見て、結構良く撮れてるでしょ?」


歩きながらお気に入りの夕焼け画像を見せて、私は花井くんを見上げる

花井くんも同じように歩きながら、少しかがんで携帯を覗き込み、「ぉー」と感心したような声を出した


「綺麗だな、これ何処で撮ったやつ?」

「これはねぇ、向こうの方の川原、そんでこっちが学校の屋上からで、これが家の窓から撮ったやつ」


普段自分のコレクションを見せる相手なんて居なかったので、何だか嬉しくてついついたくさんの写真を花井くんに見せてしまった

でも花井くんは全く面倒臭そうな素振り一つ見せず、全部に目を通してその度に短く感想をくれる

そんな事をしている内に目の前にはコンビニがあって、ようやく私は我に返った


「ごめんね、何か嬉しくていっぱい見せ付けちゃった」


携帯を閉じながらあははと笑うと、花井くんは首を横に振った


「いや、俺も空とか結構好きだし、良く撮れてるから見てて楽しかったけど」

「本当?良かった、一人でテンション上がっててキモいと思われたらどうしようかと思った」


少し早口になりながら、気恥ずかしさを誤魔化す様に自動ドアの前に立った

ひんやりとした店内の空気にホッとしながら、私はジュースやお菓子を物色する

花井くんは何を買うのかなと思いチラリと花井くんの方を見たけれど、雑誌をパラパラと読んでいるだけで特に何かを買う訳では無さそうだった


「随分買ったな」


会計を済ませて外に出ると、既に出ていた花井くんが私の荷物を見て苦笑した


「うん、コンビニ来るとついつい色々買っちゃうんだよね」

「そっか、俺は金欠だからあんまり買い込んだり出来ないなー」

「私はあんまり外に出たり買い物したりしないから、コンビニで発散してる感じなのかも」


笑いながらそう答えたところで、花井くんは私の手からひょいと荷物を取り上げた


「えっ、ぁ……」

「持つよ、重そうだし」

「い、いいの?」

「とーぜん」

「ぇっと、じゃぁ、お願い…します」


何と言うか、花井くんて大人っぽいんだなぁと改めて思う

身長が高いのもそうだけど、野球部の部長だし、しっかりしてるし、色々達観してそうだし

同じ年なのに何かお兄ちゃんみたいだ

私は一人っ子だから、こんなお兄ちゃんが居たら良かったのになぁなんて思ってしまう


「ぁ、そう言えば」

「んー?」

「花井くん何か買わなくて良かったの?」


結局コンビニで何も買わなかった花井くんに、私は尋ねる

しかし花井くんはこちらを見てまた不思議そうな顔をした


「いや、別に買いたいもんは無かったけど…、何で?」

「ぇ、何でって言うか…、何か買いたい物があるのから一緒に来たのかなーって思ってたから……」


私がそう答えると、花井くんは急に立ち止まって何とも言えない顔をした


「ぇ、何々?私何か変な事言った?」

「変っつーか……、まぁ良いや、あのなぁ、この暗い中女一人でコンビニなんて行かせられないだろ?」

「ぇえ??じゃぁ花井くん私の為にわざわざ着いて来てくれたの!?」

「だから…フツーに考えりゃそれしかないだろ……」


花井くんは心底呆れた顔で私を見下ろして大きくため息をつく

私は思ってもみなかった言葉に驚いて、思わず足を止めた

急に立ち止まった私に合わせ、花井くんも立ち止まる


「花井くんって本当に紳士だねぇ…」

「はぁ?」


思わず変な事を口走る私を、花井くんは困ったような呆れたような顔で見ている


「や、何かもう、同じ年と思えないって言うか、野球部でも部長とかしててしっかりしてるし、背も高いし、お兄ちゃんみたい」

「お兄ちゃんって…」

「ぇっと、その…、ぁ、ほら、私一人っ子だから花井くんみたいなお兄ちゃんが居たら良かったのにって思うよ」


私は自分で自分の意見に賛同して頷いた後、花井くんを見上げた

花井くんは相変わらず呆れたような困ったような顔をしていたけど、その顔は何だかちょっと赤いように見えた


「背もおっきいし」

「まぁ…、はちっさいよな」

「うん、花井くんと並ぶと本当に兄妹みたいに見えちゃうかもね」


私はそう言って笑うと、再度歩き出した

少し進んでから振り返ると、花井くんは少し後ろを歩きながら何だか難しい顔をしている


「花井くん?どうかしたの??」

「っあのさ」

「ん?何?」


私が声を掛けると花井くんは意を決したような顔で、私の目を真っ直ぐ捉えたまま話し始めた


「その…、お兄ちゃんじゃなくて、さ」

「ぇ?」

「いや……だから、…彼氏……とかは駄目かなって…」


最後の方は視線が外れて声も小さくなっていたけれど、花井くんの口からは確かに"彼氏"と言う単語が出た

私はその言葉の意味が理解出来なくて花井くんを暫く見つめる


「彼氏って…、誰が?」

「俺が…」

「誰の…?」

「ぃゃだからお前、の……」


花井くんが、私の、彼氏

単語を並べて、ようやくそれが告白だと気付いて、私は驚きながらも恐る恐る花井くんに尋ねた


「ぇ…なって、くれるの……?」

「ぁー…まぁが…良かったら、だけど……」

「ぅ、うん!!あの、その…なってくれたら、嬉しい…です……」


混乱しながらも何とかそれだけ伝えると、花井くんは握った両手を真上に上げて「よっしゃー!!」と叫んだ

それが割と大きな声だったので私は慌ててしまったけど、花井くんは全然気にしてない様子で笑顔のまま私をぎゅっと抱き寄せた


「は、花井くん!?」

「悪い、もう無理、超嬉しすぎて死んでもいいレベル」

「し、死ぬってそんな…」


幸い周りには誰も居なかったけど、いつ人が来るか解らない状況でこの格好は非常に恥ずかしい

花井くんはそんな私の気持ちを察したのか、身体を離して私を見下ろすと照れているように頭を掻いた


「悪ぃ、だって俺結構前からお前の事気になってて必死で話し掛けたりしてたのに全く気付いてないっぽかったし…」

「ぇ?そ、そうだったの?」

「ホラやっぱり気付いてなかった」


花井くんの言葉に驚くと、花井くんは少し拗ねた様な口調でそう言いながら笑った

そんな花井くんを見て、私も負けじと言葉を返す


「で、でもそんな事言ったら私だって花井くんの事ずっと好きだったよ?」

「…まじで?」

「うん、まじで」


そう伝えると、花井くんは「ぇっ…」と言ったまま暫く固まった後に尋ねて来たので私はこくりと頷いた

すると花井くんは両手で顔を押さえながら呟いた


「あ〜〜どうしよう…、俺今すっげぇ締まりの無い顔してるよな」


そう言って苦笑気味に笑った花井くんの顔は確かにいつものキリッとした顔では無かったけど、
私はそんな花井くんも可愛くて好きだなと思った

憧れてただけの存在だった花井くんがこんな色々な表情を見せてくれる事が何だかとても嬉しくて、思わず花井くんに抱き着く

「っ、…!?」


私は予想通り驚いた声をあげる花井くんに抱き着いたまま、慌てる花井くんも格好良いなぁなんて考えていた



こうして晴れてお付き合いをする事になった私達だけど、
実はこの現場をご近所の田島くんに見られててあっという間に皆にバレてしまったのはまた別の話





END