そしてやって来た次の日の放課後
仙蔵はがてっきり頻繁に現れては何かやらかしてくれると思っていたが、実際はそうではなかった
は仙蔵の期待とは裏腹に、授業を全て終えた後に少し顔を見せる程度しか現れなかった
しかしその少ない時間の中でも二人は確実に仲良くなり、いつしか名前で呼び合う様になっていた
「は成績は良い方か?」
「うーん…、実技よりは筆記の方が得意ですね……」
「それはそうだろうな」
仙蔵はの言葉を受けて苦笑する
「仙蔵さんは実技の方が得意ですか?」
「そうだな…知っているとは思うが、私は火気を扱うのが得意だ」
「それなら先生からも聞きました。火気系なら学園一だって…」
「何、そんなに凄いものでも無いけどな」
すっかり自然に会話が出来るようになった二人の交流は、大体毎日がこんな感じで過ぎて行った
日が立つに連れて当初の目的意識は薄れ、もはや会いに行くのが日課と化していた
そしてテスト最終日まで残すところ後2日に差し迫ったある日、は仙蔵からある質問をされた
「ところで、このテストはどうなっているんだ?」
「どうって…何がですか?」
「射止めたかどうかを判断するのは先生なのだろう?」
「へ?あぁ…、そう言えばそうですね」
今まで特に考えた事もなかったが、虜にする等と一口に言っても真偽の程を見分けることが出来なければ意味がない
恐らく先生はそれについて説明をしたのだろう
しかしあの時のにそんな事細かく聞く余裕は無かった為、何も解らない
「ど、どうしましょう…。私、ちゃんと話聞いていませんでした……」
おろおろと考え込むを見て仙蔵は内心微笑んでいたが、ふいに話を振られたので割合適当な返事を返してしまった
「あぁ…では最終日に二人で先生の所へ行ってはどうかな」
「え…?」
「そこで私が結果を言えば良い」
仙蔵の案はあながち的外れでもなかった
しかし
「それって…私もその場で仙蔵さんの結果を聞かなきゃいけないって事ですよね…」
「当然そうなる」
「うぅ…それはキツいです…」
「期日までは後2日しか無いからな」
「はい…」
「自信はあるかい?」
「いえ…全然……」
これまで数日の間で大分仲良くなり、名前で呼び合う仲にもなった
普通なら多少なりとも可能性を見いだすであろうに、は相変わらず自信無さそうに首を左右に振る
「…は何故私の元に来る?」
「何故って…」
「テストの為だけなら私の元へ無理して来る必要もないだろう?ましてや自信もないのに毎日…」
仙蔵の言い分は最もで、は考えてもみなかったと言う顔をして暫く考え込んでいたが、ふいに顔を上げて呟いた
「あの、仙蔵さんと話すのが楽しくて…」
「……楽しい?」
仙蔵は聞き返す
「はい。最初は…確かにテストが目的だったんですけど、何日か経つに連れて仙蔵さんとお話出来るのが嬉しくて楽しくて…」
「どうしてそう感じるか解るかい?」
「良く解らないですけど…、私男の人と話したことってなかったから…。友達も多くないし……」
「それは……あぁ、いや…」
仙蔵は何かを言いかけてその言葉を飲み込んだ
「とりあえず…残り2日間頑張ってみると良い」
まるで人事の様にそれだけ告げると、"また明日" そう言って仙蔵は消えた
「…残り……2日かぁ…」
はそう小さく呟いてため息をつくのだった
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"頑張ってみると良い"
そんな言葉を聞き、頑張ろうと思いつつ
結局大したアプローチも出来ないまま、遂に今日が最終日となった午前
現在達はテスト期間で授業は無いが、他の生徒達は普通に授業をしている
従って、仙蔵に会えない午前中は毎日暇を持て余していた
は今日もいつもの様に庭の木陰に腰掛け、最近借りたばかりの小説に目を通していた
しかしふと目の前が暗くなり顔を上げると、そこには自分を見下ろしている仙蔵が居た
「仙蔵さん…」
「やぁ、今日は私の方から出向いてみたよ」
「あれ?あの…仙蔵さん、授業は……?」
少々困惑気味のに仙蔵は事も無さ気に答える
「自習だからサボりに来たんだ」
「い、良いんですか…?」
「まぁね。たまには息抜きも良いと思って」
「そうですか」
穏やかに微笑みながらは今まで読んでいた本を閉じた
「何を読んでいたんだい?」
「あ、いえ…ただの小説なんですけど…」
「どんな?」
「…恋愛小説……って言うんでしょうか」
少し顔を赤くしながらは小さな声で答えた
「恋愛小説?」
「はい、友達が勧めてくれたので、暇潰しに読んでいたんです」
「へぇ…少し見せて貰っても良いかな」
「はい」
は素直に本を差し出す
仙蔵はあらすじの部分だけさらりと目を通すと、やがてに本を返した
「はこう言った物に興味があるのか?」
「そうですね…本当にこんな恋愛出来ればとは思いますけど…普通じゃ無理かなって…」
苦笑しながら答える
「まぁ、これは只のお話に過ぎないからな」
仙蔵はそう呟くとの横に腰を下ろした
「で、今日がいよいよ最終日だけど…」
「あ…そういえばそう、ですね」
「先生の所へはいつ頃行こうか」
「………」
「?」
返答の無いの方を見ると、は何やら真剣に考え込んでいた
「…?」
「ぁ、ごめんなさい…」
「何をそんなに考え込んでいたんだ?」
「えっと…その……緊張してきちゃって…」
はそう言いながら苦笑いを浮かべた
「まぁ緊張するのも無理は無いが…、とりあえず放課後になったら行こうか」
「は、はい…」
こうしてと仙蔵はその後暫し雑談を楽しみ、遂に先生の元へ行く事になった
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「失礼します」
扉をそっと引き、二人は先生のいる部屋へやって来た
此処に来るまでに何組かとすれ違ったので、仙蔵の助言は外れてはいなかったようだ
「あら、さん…と、立花くんね」
「は、はい…」
「くの一のテストはとても趣深い内容ですね。お陰で大分暇が潰れました」
「中々楽しめたでしょう?その様子だと結構前から知っていたみたいだけど…」
仙蔵は笑いながら本心とも皮肉ともつかない言葉を吐く
そんな仙蔵にも慣れた感じで先生も軽く言葉を交わしていく
一方はそんな仙蔵の後ろで小さくなりながら先生と仙蔵の会話を恐る恐る聞いていた
「えぇ、初日にから聞きましたからね」
「…初日に?」
「あ、あの…思わず口を滑らせてしまって……」
慌てて手をばたばたさせながら必死に弁解する
そんな様子を心底楽しそうに見つめる仙蔵
そしてそんな二人の様子を見て少し驚いている先生
「初日でバラすなんて…さん相当混乱してたのね」
「は、はい……」
先生は軽く笑いながら赤くなって俯くを見て大げさにため息をついて見せた
「それで、立花くん…結果の方は如何かしら?」
「そう、ですね…」
仙蔵は腕を組み片手を顎に当て暫し考えた後、ぽつりぽつりと話し始めた
「初対面で唐突にあんな宣言された時は正直面食らいました」
「ふふ、それはそうよね…普通は隠しておくものだし……」
「しかもその後私の元へ足しげく通うのかと思いきやそうでもなく、正直性格が控えめすぎて今回のテストには向いていないと思いましたよ」
「そうね…確かにさんは行動派じゃないから…」
「最終的に何が目的だったのか、良く解らなくなりました」
そう言うと仙蔵はを見て微笑んだ
「虚勢を張ることも知らず、自信が無いと暴露してしまうしね」
「だ、だって…私なんか……」
「それがいけない」
が言葉を言い終わらぬうちに仙蔵はそれを遮る
「は自分を卑下し過ぎている、もっと自分に自信を持つべきだ」
「…ぇ……?」
「君は十二分に可愛らしい。そしてそれは武器になり得る。控えめなのもまた一興だが、それだけでは駄目だ」
「………、」
「何が君をそう卑屈にさせるのか私には解らないけれど、私はもう少し積極的に私の元へ来て欲しかった」
先生は何やら可笑しな方向へ進み始めた会話をただ微笑みながら見守っている
「でも…それだと仙蔵さん迷惑なんじゃないかと思って…」
「テストなのだからそこは割り切らないと仕方ないだろう?」
「そう…ですけど……」
「まぁ…そんな所もまた私を魅了して止まないのだけどね」
「はい…?」
そう言いつつに向かい微笑むと意味を良く理解していないの肩に片腕を回し先生に向かった
「そう言うわけですが…どうでしょう?」
「…はいはい、良くわかったわ」
「な、何が…ですか……?」
「さんお見事ね、合格よ」
「ご、合格って…?…え?……えぇ!?」
"合格"と聞きの表情が一変する
「ど、どうしてですか?」
「どうしてって…今立花くんが言ったじゃない」
「な、何をですか?」
「「…………」」
先生と仙蔵は顔を見合わせてため息をついた
「後はゆっくり立花くんに聞いて頂戴。そろそろ他のペアも来る頃だし行って良いわよ」
「解りました。さ、行こう」
「え、え?……ちょっ………あ、…」
仙蔵はを教室から強引に押し出す
そんな二人を見送るべく出口まで付き添うと、先生と仙蔵は意味深げな笑みを漏らしながら言葉を交わした
「それじゃ、ちゃんと説明してあげるのよ、立花くん」
「もちろんですよ」
「………?」
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「あの…」
「何だい?」
「結局何がどうなったんですか…?」
は仙蔵に引きずられて先程本を読んでいた場所まで戻ってきた
抵抗もせず今だ首を傾げているをその場に腰掛けさせ、自分もその隣へと座る
「…本当に意味が解ってないんだな」
「す、すみません…」
すっかり恐縮してしまっている
仙蔵はそんなを面白そうに見つめながら笑う
「先程合格だと言っただろう?」
「はい…言われました……」
「何故だと思う?」
「何故……?」
良くわかりません、と言った様子で考え込むに小さなため息を漏らす
「では質問を変えよう、合格の条件は何だった?」
「えっと…仙蔵さんの心を射止める…」
「そう言う事だ」
「射止めると合格…私は合格したから……仙蔵さん…の……心、を…………射止め…た……?」
自分で言いながらどんどん気付いていく
「わ、私合格ですか!?」
やっと自分の置かれている状況が確認できたらしい
は何ともまぬけな表情で仙蔵に詰め寄った
「だから、何度もそう言っているのに…」
「だって…だって……嘘……」
「私の言葉が信じられないのか?」
「い、いえ…」
「実を言うとね、私がに興味を持ったのは出会ってすぐなんだ」
ずいっと距離を縮めての肩に腕を回す
もう一方の手での手を握りながら仙蔵は続ける
はもう何をするでもなく、顔を真っ赤にして只仙蔵の声を耳に入れるだけだった
「しかし君の態度からして、テストの為に私に会いに来ているようだったから…」
「そ、そんな……」
「でも、この前私と話していて楽しいし嬉しい、と言う言葉を聞いて安心したよ」
「え…?」
「君は気付いていないだろうけど、それはつまり私を好いてくれていると言う事だろう?」
「…え……あ…は、はい…」
「つまり、これで晴れて両想いと言う訳だ」
言い終わるや否やの額に軽く口付ける
「どうやら先生も認めてくれたようだし、これからは遠慮せず私に会いに来てくれ」
「は…はい……」
こうして満面の笑みを零すと仙蔵は自分の教室の方へと戻って行った
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「あれ…何やってるの?」
「あ……」
先程から一歩も動かず、その場で今さっき自分の身に起こった全てを思い返している最中に友達が背後に現われた
「き…聞いて……!!」
「な、何…どうしたの?」
「私…小説より凄い事になっちゃった……かも」
「何々?」
その後話を全て聞いた友達に、散々驚かれ根掘り葉掘り詳しく聞かれ、祝福され、それは大変な騒ぎだった
しかし、それよりも大変なのはその友達の手により学園中に二人の関係が知れ渡った事だろうか
「な、なんでこうなるの…」
「いいじゃないか、私は別に気にしないが?」
「仙蔵さんはそうでも…私は……恥ずかしい…です」
「まぁ、他者の事など気にせず、は私だけを見ていれば良い」
「仙蔵さん…」
「全く、そんな可愛らしい顔で見上げられたら我慢出来ないじゃないか」
そう言っての唇に自分の唇を重ねながら、仙蔵はを抱き締め幸せそうに笑った
-END-
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'04/02/15