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それはある夜に起きた

ほんの些細な

それでいて少し不思議な出来事でした





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「誰かと思ったら…浦風か」

「ん?あぁさん、どうしたのこんな時間に」

「それは私の言うべき台詞だと思う」



それは真夜中、丁度丑の刻頃の事



「いやぁ、ちょっと昼間に落し物をしちゃってね、探してたんだ」

「探してたって…、こんな夜中じゃ暗くて見つからないと思うけど…」



が妙な物音に目を覚まして窓の外を見れば、同級生の浦風藤内の姿

寝巻き姿のままあっちを向いたりこっちを向いたり、きょろきょろと辺りを伺っては肩を落としていた

本当は無視して寝ようかとも思ったけれど、何となく好奇心に駆られて声を掛けてしまった



「ん〜…、やっぱり朝の方が良かったかなぁ…」

「うん…、浦風そのままじゃ不審者みたいだもん…、見つかったら捕まっちゃうよ?」

「心配してくれてるの?有難う、でも大丈夫だよ」



人懐こい笑顔で勘違い発言

はそんな藤内の言葉に呆れながらも、思わず笑ってしまう



「兎に角もう止めて明日にしなよ」

「でも…、今日は月も明るいし、もうちょっとだけ探してみるよ」



藤内はそう言ってに微笑むと、またがさがさと草むらを探し始めた

は呆れ顔で暫く藤内の姿を観察していたが、ふいに裸足のまま窓から外へと飛び出る



さん?」

「手伝う」

「良いよ、そんな申し訳ない事頼めないって、大体さん裸足じゃないか」



少し慌てた様にに駆け寄り説得する

しかしは口の端で微笑んで答える



「私が探したいから探すの、浦風に止める権利は無いでしょ?」

「でも…」

「良いの、このままじゃ気になって眠れないし、さっさと探しちゃってゆっくり寝かせて頂戴」

「………有難う、御免ね」

「だから別に良いって言ってるのに…」



技と呆れ顔でため息を付きながらそう呟いた

まだ渋そうな顔をしている藤内を無視しては藤内に尋ねる



「所で探し物って何?」

「あ、あぁ…、手紙なんだ」

「手紙?」

「うん、これくらいの小さな手紙、白い封筒だったと思うんだけど…」



藤内は手で手紙の大体の大きさを示しながらに告げる



「だったと思うって、それ浦風のじゃ無いの?」

「うん、今日の…いや、もう昨日のだね、お昼頃に貰ったんだ」



頭を掻きながら決まりが悪そうに笑ってそう言うと、まだ探していなかった草むらを再度探し始める



「何時の間にか落としちゃってたみたいなんだけど、まだ読んでなくて…」

「へぇ…」



は藤内とは逆の方向を向きながら同じ様に手紙を探し始めた

こうして二人は暫くの間、大した会話も無くただ黙々と手紙を探す

藤内は途中そんな空気に耐え切れずに何度かに話し掛けてみたが、の反応が余りに薄い為断念したらしい



「……………ん…?」



がふと小さく声を上げた

そして何やら姿勢を低くして岩陰に手を伸ばす

藤内が近寄ると、は体を起こして膝の土を払った



「どうかした?」

「……これ?」



藤内がに尋ねると、ぶっきら棒に腕を突き出す

差し出したのは少し薄汚れた白い紙きれ

藤内はそれをから受け取って確かめると、顔を上げて微笑んだ



「うん、これだよ、有難う!!」

「そっか、良かった」



これにて一件落着、とばかりにほっとため息をつく

藤内はそんなの両手を握り締めた



「本当に有難う、裸足のままで大丈夫だった?」

「…………いや…、別に平気……だけど…」

「だけど?どうかした??」

「手……」

「ん?」



しっかりと握り締められた自分の両手を見つめ、は呆気に取られた様な顔をしている

一方藤内はそんなの表情を不思議そうに見つめている



「手がどうかした?あ、もしかしてさっき怪我したとか!?」



藤内は慌てての手を覗き込むが別に何もなっていない



「怪我はしてないんだけど…」

「そう?良かったぁ」

「放して欲しい…」



少しだけ不機嫌そうな声色でそう告げる

しかし藤内はその手を握り締めたままに尋ねた



「もしかして…、照れてる?」

「…………」

「ご、ごめんごめん冗談だよ、嫌だなぁ」



少しからかうような言葉には藤内を無言で睨みつける

藤内は冷や汗を浮かべて笑うと手紙を持ったまま両手をぶんぶんと振った



「……そう言えば、その手紙って何なの?」

「あぁ、えっと…、5年生のくの一のお姉さんから貰ったんだけど…」



の質問に答えながら、藤内は手紙の封を切る

中から紙を取り出し、丁寧に広げて目を通す



「…………あぁ…」

「…………何?」

「恋文だ」

「恋文…?」



大した表情の変化も見せず、藤内はにっこり笑った



「僕とお付き合いしたいって書いてある」

「へぇ…、5年生からなんて…凄いね」

「そうかなぁ、この前は6年生と2年生から貰ったよ」

「そうなの?まぁ大事な手紙が見つかって良かったね、それじゃぁ私はもう寝るから」



そう言いながら一つあくびをして、くるりと背を向けるの腕を藤内が掴んで引き止めた



「…触らないでって言ってるのに……」



急に腕を掴まれ驚いたのか、びくりと肩を震わせた後に振り返って藤内を睨み付け、はため息交じりに尋ねる



「まだ何か用?」

「その足で部屋に戻ったら部屋が汚れちゃうでしょ、すぐそこの池で洗った方が良いよ」

「そんな事気にしないで良いよ。適当に拭いて入るし…」

「良いから良いから、行こ!!」

「…………」



自分の足を見ながら渋るの腕を半ば強引に引きながら、藤内は池まで歩き出した



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「はい、さんはここ座って!!」



池の周りに座り込み、自分の隣をぺしぺしと叩く

は戸惑った様に藤内を見下ろしていたがやがて諦めて大人しく指示に従った



「よいしょ」

「え、ちょっ……っ!?」



が腰を落ち着けると、藤内はの足をひょいと持ち上げ池の水に浸す

そして自らの手での足の汚れを落とし始めた



「や、やめっ……自分で…出来るから…!!」

「良いから良いから、こんなになるまで手伝ってくれたんだし、僕にもお礼くらいさせてよ」

「お礼ったって…別に浦風の為にやった訳じゃ……」

「それじゃぁ僕の気が済まないの!!」

「そんな勝手な……」



の抗議も空しく藤内は黙々との足を洗う

そんな藤内を横目で見ながらはため息混じりに呟いた



「………何で…こんな事に…」



のそんな呟きに応じて藤内が笑いながら言う



さんって色白いねー、肌もすべすべで気持ち良いし」

「っ何言ってんのこの変態!!」

「いてっ」



脈絡の無い、あまりに恥ずかしい台詞に思わず顔を赤らめ、が軽く藤内の頭を叩く



「正直な感想を述べただけなのに…」

「余計な事しないで良いの!!」

「は〜い…」



何だかんだで会話を続け、の足もすっかり綺麗になった



「はい、これで綺麗になったね」

「………有難う…って、お礼なんか言う必要無いよね。別に」



お礼の言葉を言い掛け、途中で止めてしまったに藤内は苦笑する



「まぁ僕が好きでやった事だしね」

「…………」

「さて、それじゃぁいい加減部屋に戻らなきゃだね」

「…うん」



が短く答えると、突然藤内はをひょいと抱き上げた



「ちょっ……、何のつもり!?」

「何って、部屋に帰るんでしょ?」

「だからって何で浦風に抱えられなきゃいけないの!?」

「だって、折角足洗ったのにまた汚したら意味無いじゃないか」

「…………」



確かに、このまま藤内が抱きかかえて行かねば今洗ったばかりの足がまた汚れてしまうのは事実

しかしは納得が行かないらしい



「芝生を選んで歩くから良い!!」

「もう〜…、ほんの少しくらい我慢したって良いじゃないか」

「よ、良くないの!!」

「どうして?」



の顔を覗き込んで小首を傾げてみせる藤内に、は頬を赤く染めて噛み付く勢いで捲くし立てた



「恥ずかしいんだってば!!さっきから何度も嫌だって言ってるでしょ、いい加減に察してよこの鈍感!!」



その言葉に嘘は無いのだろう

は顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、すぐに視線を逸らして黙り込んでしまった



「恥ずかしいって…、それでくの一目指してるのも変な話だね」

「うるさいな…」

「まぁ、とりあえず少しだけ我慢しててね、別に変な事はしないからさ」

「い、いいから早くしてよ!!」

「はいはい」



何気ない軽口に一々反応するが面白くて、藤内は思わず笑ってしまう

は以前顔を赤くして藤内の目を一切見ようとはせず、横を向いて不機嫌そうだった

藤内は一応大人しくなったを抱えて満足そうに微笑むと、の部屋へと歩き出した



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「ここだよね?」

「…うん……」

「じゃぁ…っと、」



藤内はを持ち上げると窓の淵に座らせる



「それじゃぁ、今日は有難う、さん」

「…どう致しまして」



にっこり笑ってお礼を述べる藤内に、は足をゆらゆらさせながらぶっきら棒に言い放つ



「まだ怒ってるの?」

「………まぁね…」

「笑ってよ、折角の可愛い顔が台無しじゃないか」

「…っ浦風がそう言う軽口叩くからでしょ!!」



の頬に伸ばされた藤内の手を振り払い、は藤内を睨み付けた

しかし藤内は、振り払われた自分の手を見ると口の端で不敵に微笑んだ



「でもそれって僕の事意識してるって事だよね?」

「なっ……!?」



藤内の言葉に絶句してしまったを見て、にこりと微笑むと藤内はそのままの片手を取った



「僕さんの事気に入っちゃった」



そう言うが早いか、捕まえたの手の甲に軽く口付ける

そして抵抗もせずただ唖然として藤内を見つめているに微笑みかけた



「今日はもう遅いから帰るけど、明日から本気で落としに掛かるかもしれないから、宜しくね」



それだけを告げるとくるりと方向転換し、背中を向けて歩き出した

は事情を把握し切れないまま、ぼんやりと藤内の背中を見送った



「…何なの…あいつ…」



耳まで赤く、熱くなる顔を必至に両手で押さえ付けながら小さく呟いた声は、誰に届く事もなく夜空に溶けていった





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それはある夜に起きた

ほんの些細な

それでいて少し不思議な出来事でした

そんな些細なきっかけで

二人が末永く一緒に居る事になると言う事実を

まだ誰も知らないのです



- END -



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'04/08/05