「滝夜叉丸!!」

突然の自分を呼ぶ声に振り返ってみれば、そこには仁王立ちでこちらを指差すが居た



「何だか…、今日は一体何の用だ?」



呼び止められた滝夜叉丸は頭を掻きながら少々面倒臭そうに尋ねる

するとは口の端に笑みを浮かべた



「アンタがそうやって先輩である私に対してふざけた態度を取れるのも今日までよ」

「何でだ?」



唐突なの言い分に滝夜叉丸が問うと、は得意気に言い放った



「私、就職先が決定したの!!」



そう言いながらはVサインしてみせる



「何の冗談だ…?」

「冗談なんかじゃないわよ。この前先生宛てに話が来て、昨日正式に申込されたんだから」

「いや、だってお前まだ5年だろう…6年生を差し置いて就職とは……そんなのありか?」



滝夜叉丸が呆れたように言うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべては答えた



「くの一の場合需要は多くても供給が少ないから有りなの。まぁそれ以上に私が優秀って事でもあるんだけどね」



はそう言うと滝夜叉丸にずいっと近寄る



「これから敬意を込めて先輩と呼んでくれても良いのよ?」



は滝夜叉丸の肩をぽんぽんと両手で叩きながら嫌味らっぷりに告げる

滝夜叉丸が呆気に取られていると、は満足そうに高笑いしながら去って行った



「……が…………就職………?」



その場に取り残された滝夜叉丸はの信じられない言葉に、暫くその場から動けなかった



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「山本先生!!!!」



男子禁制の女子寮の廊下を構わず疾走して来た滝夜叉丸は、職員室の扉を勢い良く開く



「あら…滝夜叉丸くんじゃない、そんなに慌てて何かあったの?」



の担任である山本シナは職員室内に駆け込んできた滝夜叉丸に冷静に尋ねる



「少々お伺いしたいことがありまして…」

「何かしら?」

の事なんですが…」

って…あぁ、さんの事ね。あの子がどうかした?」

「あの…先日城からスカウトされたと言うのは本当ですか…?」



滝夜叉丸の迫力に押されつつ山本シナは答える



「あら、もう知ってるの?」

「はい。先程本人から聞きました」

「そうなの。えぇ、昨日お城の遣いの方がお見えになってね、さんを是非雇いたいと言ってたわ」



山本シナの言葉での言葉が真実である事を知り、滝夜叉丸は驚いた様な表情で呟いた



「本当だったのか…」

「でもね……」

「っく、本当の事だとすればこうしてはいられない!!」

「えっと…、滝夜叉丸くん?」

「すみませんが私はこれで失礼致します!!どうもお邪魔致しました!!!!」



滝夜叉丸は話しかけている山本シナの言葉も聞かず、

そのまま入ってきた時と同じく慌しく走り去って行った



「…………もう、人の話はちゃんと聞かないと……」



残された山本シナはそう呟きながら、滝夜叉丸の去った方向に向かって苦笑した



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「ねぇねぇ、昨日内定貰ったって本当?」

「あぁうん。本当よー」



が食堂で昼食を食べていると、隣に友人が座り尋ねてきた



「やっぱ本当なんだ。凄いじゃん、あのお城かなり条件良いよね」

「そうかなぁ?」

「そうだよ〜。でもまさか5年生で就職決定者が出るとはねぇ。今学園中がその話題で持ち切りだよ」



友人の言葉に苦笑しながらは箸を口に運ぶ



「まぁ運が良かっただけだけどね」

「運も実力の内でしょ、とにかくおめでとう!!」



にこやかに笑う友人にはふと慌てて言う



「いや、あのね?確かに内定は貰ったんだけど、実は――」



がそう言い掛けた途端、食堂に物凄い足音が近付いてくる



「な、何々!?」

「ぁ、何か嫌な予感が……」



慌てる友人を余所にため息まじりにがそう呟いた途端



ーーー!!!」



滝夜叉丸が食堂に走って入ってきた



「あぁ………やっぱり…」

「今すぐ来て貰おう!!」

「何処によ」

「良いから!!」

「だって私まだご飯食べて……」

「兎に角来い!!」



渋るに業を煮やしたのか、滝夜叉丸はの腕を掴むとそのまま強引に連れ去って行った



「あらあら……お熱い事〜……」



取り残された友人がそうぽつりと呟くと、自分の頭上が暗くなった事に違和感を覚え顔を上げる



「…?」

「お残しは許しまへんでぇ〜!!」

「え、ちょっと待っておばちゃん…これ私のご飯じゃな……」



友人は焦りながらおばちゃんにそう弁解するが、おばちゃんの鋭い眼力に負けて結局の置いていった分を食べるハメになってしまった



「これで太ったらのせいだからね…!!」



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「ちょっと滝夜叉丸…一体何処まで連れてくつもり?」

「良いから黙って付いて来い」

「…アンタ本当に私を先輩として扱ってないよね……」



滝夜叉丸にずるずると引きずられながら廊下を行く

はいつにも増して強引な滝夜叉丸の行動に驚くやら呆れるやらで、途中何度もため息をついた



「ふん、此処ら辺で良いか…」



やがて滝夜叉丸が立ち止まる

やって来たのは校庭の裏側



「こんな所で何の話よ…」



が呆れ顔で問い掛けると、滝夜叉丸は至って真剣な面持ちでに告げた



「先程山本先生の下へ行ってきた」

「うん」

「どうやら内定云々と言うのは嘘では無かった様だな」

「だからそうだってば」



まだ信じていなかったのかと思いつつ、は滝夜叉丸を見る

整った顔には困惑の表情が見て取れる

自分のせいでこの綺麗な顔が崩れているのかと思うと、とても可笑しかった



「行かせはしない」

「は?」



滝夜叉丸の余りに唐突な物言いには思わず顔をしかめる



「何言ってるの?」

「お前をその城には渡さないと言ってるんだ」



そう告げる滝夜叉丸の口調は極当たり前の事を口にしていると言った感じだ



「いや…そんな事言われたって……」

「良いか?お前がこの忍術学園において最も優秀な私を差し置いて就職など許されない!!」

「はぁ……」

「まぁその辺は私がくの一では無かったから仕方無いと言う事で済ましても良いが……それよりも!!」

「それよりも…?」



高々と掲げた指をの鼻の前にびしっと突き立てると大声で言い放った



はいずれ私の嫁になるのだ!!!城に就職など許さん!!」

「……………………………………は…?」



の思考回路はそこで一瞬ぱったりと途切れ、思いがけず間抜けな声が出てしまった

しかしそんなにも構わず滝夜叉丸は自信満々に持論を展開する



「後2年もすれば私は超一流の忍者として大活躍する事になるだろう。そうしたら、お前は安心して私の元に嫁いでくれば良い、
わざわざ城に仕える必要は無いぞ。しかしが5年の時点で内定が決まったとなれば恐らく私とてその可能性が無い訳では無いだろうし…」



状況を把握し切れていないを差し置いて滝夜叉丸はいつもの様にぺらぺらとマシンガントークを始める



「だとすれば私が働き始めたと同時にが卒業すると言う事になるな…、それならも卒業後の1年を無駄に過ごさなくて済むし…
とりあえず最初は慎ましやかに小さな村で暮らそう。まぁ何時かは大きな屋敷に住める程になるだろうがな」

「……………」

「とにかく、そう言う訳だから早まるな!!後1年程待っていろ、な?」



滝夜叉丸はの両手を握り締め真剣な顔で説得する様に告げた



「…………」

?」

「…っはは………あは……あっはっはっはは!!!!」



滝夜叉丸の言葉に俯いていただが、突然大声で笑い始めた



「な、何がそんなに可笑しいんだ…?」



腹を抱えて笑い続けるに滝夜叉丸は尋ねる

は暫くそんな滝夜叉丸の問いに答える事も出来ない程笑っていたが、やがてやっと笑いを止めると滝夜叉丸を見た



「っく…っはは………は…はぁ…………はぁ〜〜、笑い過ぎてお腹痛い〜!!」

「はぁ…?」

「もう、滝夜叉丸ってば早とちりし過ぎ!!」



は笑いながら滝夜叉丸の背中をばしっと叩く

呆気に取られている滝夜叉丸には目尻の涙を拭いながら話し始めた



「あのね、私は確かに内定貰ったけど、断ったんだよ?」

「…………は?」



の言葉に今度は滝夜叉丸が動きを止める



「だから、その場で断っちゃったの。でも折角だから滝夜叉丸の事ちょっとからかってやろうと思ってさ」



明るく笑いながらそう告げる

すると滝夜叉丸は膝から崩れるように地面へと崩れ落ちてしまった



「あら、どうしたの?」



は地面に手を付いて項垂れる滝夜叉丸をしゃがみ込んで覗き込む



「そう言う事は早く言え…、無駄にあれこれ考えてしまったでは無いか……」

「だって滝夜叉丸が勝手に誤解して突っ走っちゃったんじゃない」

「それは…まぁそうだが………兎に角良かった……」



心底ほっとした様にそう呟く滝夜叉丸には思わず笑みが零れる



「何よ、そんなに私に抜かれるのが悔しかった?」



口元ににやりと笑みを浮かべながらそんな事を聞くと、滝夜叉丸は勢い良く顔上げての腕を引っ張った



「わっ!?」



突然腕を引かれバランスを崩したはそのまま滝夜叉丸の腕の中へ収まる



「抜かれるとか何とかそんな事は問題では無い」

「え?」

がこの学園から居なくなってしまう事が私には耐えられないだけだ」



をしっかりと抱き締めたまま滝夜叉丸はそう呟いた



「あら……可愛い所あるじゃない。いつもは私の事邪険に扱う癖に」



が笑いながらそう言うと滝夜叉丸は少しだけ顔を赤くした



が気付かないだけだろう?私はこれでもなぁ…」

「はいはい、全く気付きませんでした」

「…………兎に角、本当の本当に就職の話しは断ったのだな?」

「うん」

「じゃぁ学園に残るんだな?」

「そうだってば」

「私の前から居なくならないな?」

「ならないならない」

「私の事を愛しているな?」

「愛してる愛してる―…………って……ドサクサに紛れて何言わせるのよ」



が言うと滝夜叉丸は愉快そうに笑う



「こうでもしないとこんな台詞言ってくれないだろう?」

「そんな事……あるけど……」

「なら別にこれくらい良いじゃないか。心配させた侘びだと思え」

「侘びって……本当に偉そうなんだから……」



は諦めたように呟くと滝夜叉丸に体重を預ける



「滝夜叉丸も言いなさいよ」

「何がだ?」

「何がじゃないでしょ、私だけに言わせておくつもり?」

「あぁ、何だ、それくらいなら毎日でも言ってやるぞ?」

「それは遠慮しとく」

「そうか、それは残念だな」



そう言うと滝夜叉丸はの顎を片手でくいっと上げるとそのまま口付けた



「愛している」



唇が離れ二人の視線がぶつかると恥らう様子も無く告げる

は少々不満そうながらも頬を染めて横を向いた



「さて、そろそろ戻るとするか」

「ん?」

「午後の授業はとっくに始まっている」

「……………ぁ」



滝夜叉丸の言葉には思い出したように口を開ける



「やっば!!私出席日数危ないのに!!」

「何だそうなのか?私なんかは入学してから今までに一回しか休んだ事が無いぞ」

「そんな事どうでも良いわよ!!さっさと戻らなきゃ…!!もう、これで進学出来なかったら滝夜叉丸のせいだからね!?」



慌てながら立ち上がるに滝夜叉丸は嬉しそうにぽんと手を叩く



「あぁ、それは良い」

「はぁ!?」

が留年すれば私と同学年になるでは無いか」

「…………」

「そうすれば卒業も何もかも一緒になるな、と言う訳で、留年してみる気は―」

「さらさら無い!!!!」



人差し指を立てながらそう提案する滝夜叉丸にぴしゃりと言い放つとは猛ダッシュでその場から去っていった

取り残された滝夜叉丸は腕を組みながら首を傾げる



「中々良い提案だと思ったんだがなぁ……」



そんな事を一人呟きながら、滝夜叉丸は教室へとのんびり歩き出すのだった



- END -



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'04/07/04