「おい、そんなに急がなくても良いだろう」



滝夜叉丸は自分の前をどんどん歩いて行ってしまうに声を掛ける



「駄目、早くしないと日が沈んじゃうでしょ」



一方は振り返る事もなく答えながら益々速度を上げる

走ってこそいないものの、その速度は競歩並みに速い



「別に一泊する予定なんだから少しくらい遅くなっても構わないだろう…」

「煩いな…駄目なもんは駄目なの、文句言うなら滝夜叉丸は後から来れば良いじゃない」



はそう言いながら後ろを振り返る



「大体付いて来なんて頼んだ覚えは無いのに…ハッキリ言って迷惑よ」



そんなの冷たい言葉の数々に滝夜叉丸は少しも動じる事なくため息を付いた



「学園長に頼まれたんだから仕方無いだろう…私だってお前の様な可愛くない女と一緒に行動するのはご免だ」

「だったら帰れば良いじゃない、私は泊まるつもりなんか無いんだから」

「だから、学園長の頼みを断れるわけ無いだろう」

「それなら文句言わないで頂戴」



この二人、見ている限りでは仲が良いとは言い難い



「何で学園長もこんな男に護衛頼むのかしら…私一人だって十分なのに……」

「……暗いのが恐い癖に良く言うな」

「なっ……!?」



滝夜叉丸の言葉には思わず立ち止まり勢い良く滝夜叉丸を睨みつける



「何馬鹿な事言ってるの!?そんな訳ないでしょ!!」



滝夜叉丸はむきになるを見てにやりと笑う



「そうだったのか?あまりにも急ぐからてっきり暗いのが恐いのかと思ったぞ」



意地悪く笑いながら告げると滝夜叉丸はを追い抜いて歩き出した



「何をぼさっとしている、急ぐんだろう?」

「…っ本当に腹の立つ性格してるよねアンタって……」

「それはお互い様だろう」



そんなこんなで二人は学園長のお使いを果たしに寺まで向かうのだった



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「それでは、確かにお渡しいたしました」

「うむ、ご苦労だったな。この山道を歩いてくるのは大変だったろう?」

「いえ、これも授業の内ですから」

「そうかそうか、それで今日はどうするのかね?遅いし泊まって行ってはどうだ?」

「お気持ちは嬉しいのですが、私達は先を急ぎますので今日はこれで失礼致します」

「それは残念だがまぁ仕方ない…それでは、学園長に宜しく頼むぞ」

「承知致しました」



はぺこりと和尚に向かいお辞儀する

と和尚が話しているのを遠巻きに見ていた滝夜叉丸もと一緒に頭を下げる



「全く…私は別に先など急がないんだがな……」



二人には聞こえない様そう呟きため息を付くと、こちらに向かってくるを迎えた



「先を急ぐ用事などあったか?」

「別に無いけど?」

「だよな?では何故和尚の好意を受け入れないんだ?」

「泊まると色々面倒だもの」

「…ではこの暗い山道を二人で寂しく降りると言うのか?」

「忍者の端くれならこれくらい何て事ないでしょ」



はそう言うと歩き出す

滝夜叉丸は本日で何度目になるのか解らないため息を盛大に付くと両手を挙げて首を横に振った



「全く…もう少し可愛気があっても良いだろうに……」



そうは言っても相手が相手

何を言おうと今さらどうにもならない

滝夜叉丸は諦めての後に従うのだった



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「で、これは一体どう言う事だ?」



暫くの後に続き山道を歩いていた滝夜叉丸は、腕を組んだままに訪ねる



「どうもこうも…ちょっと道を外れたみたいね」

「全く…が無理して近道しよう等と言うから…」

「早く帰りたいって言ったの誰よ」

「私だ。しかし大人しく泊まっていればこんな事にはならなかっただろ」



は岩に腰掛け片肘を突きながら不機嫌そうに滝夜叉丸を見上げている

一方滝夜叉丸はそんなを見下ろしながら困っていた



「まぁとりあえず、これ以上深入りするよりはここで野宿した方が良いな」



滝夜叉丸はそう呟くと辺りを見回し野営の準備を始めた



「…………」

「ほら、も手伝え。私一人にやらせる気か?」



滝夜叉丸が呼びかけるとは渋々立ち上がり滝夜叉丸の傍に寄った



「何で二人も居て迷うかなぁ…」

「それだけまだ未熟と言う事だろ」

「…学園一優秀が聞いて呆れるわね」

「お前なぁ……」



相変わらず言い争いながらもテキパキと準備をする



「まぁこんなものか」

「はぁ疲れた…」



はその場にぺたりと座り込むと座ったまま伸びをする



「まぁ今日は敵に襲われる心配は無いだろうからそう気を張る必要も無いだろうな」

「まぁね」



滝夜叉丸が焚き火に薪をくべていると、が辺りをきょろきょろと見回し立ち上がった



「私近くの川で水浴びしてくるね」

「おい待て、一人で行って迷ったらどうするんだ?」



呆れたように訪ねる滝夜叉丸を振り返りながら、はひらひらと手を振った



「流石にそこまで方向音痴じゃないから大丈夫〜」



それだけ言うと後は何も聞かずそのまま歩いて行ってしまう

一人その場に取り残された滝夜叉丸は肩を落として頭を押さえた



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「全く学園長も余計な事言うんだから…」



川に到着したは、先程滝夜叉丸と分かれた場所からそう遠くない川沿いに荷物を下ろし着ている衣服を脱ぎ捨てた



「…あーもう腹立つなぁ…」



ゆっくりと水に浸りながらそう呟いて、は空を仰いだ

辺りはもう暗く、星がいくつか見え始めている

今日は三日月の様だ



「どうせ可愛くないですよーだ…」



すらりと鋭く尖った三日月を睨むと、は一気に顔を洗った



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一方こちらは取り残された滝夜叉丸



「全く何を考えてるんだあいつは…」



焚き火の前に腰を落ち着けながら盛大にため息を付く



「大体どうして学園長もにこんな使いを頼むのだ…」



滝夜叉丸は独り言と共にぼんやりと空を見上げる

そこにはとても大きくて美しい三日月がぽつんと上がっていた

その光り輝く三日月に、滝夜叉丸は思わず目を奪われる



「美しい…」



満月とはまた違い、何処か棘を持った印象を受ける金色の大きな三日月



と似ているな」

「…私が何に似てるって?」



滝夜叉丸が呟くと、後ろからの声がした

振り返れば相変わらず不機嫌そうな顔で佇むの姿



「いや、お前はあれに似ていると思ってな」



滝夜叉丸はそう言うと頭上の月を指差した



「あれって……月?」

「あぁ、しかもただの月では無く三日月だ」

「どう言う事?」



は訪ねながら滝夜叉丸の横に腰を下ろす

そしてがまとめていた髪の毛を下ろすと、雫が艶やかな髪を伝い地面へ落ちた



「満月はとても優しく美しいが、お前はあの三日月の様に鋭く尖った美しさを持っていると思ったんだ」



滝夜叉丸は月を見上げながら自分の言葉に納得しつつ話す



「…言ってる意味が良く解んないけど」



は滝夜叉丸から顔を反らしぶっきら棒に呟いた

そんな様子を見て滝夜叉丸は苦笑する



「お前は本当に人を寄せ付けようとしないな。何故だ?」

「何故って……」

「月は引力を持つ。それは物や人を惹き付ける不思議な力だ」

「…………」

「しかし一方で月は人々に厄災を招き入れる」



そこまで話すと滝夜叉丸はの顔を見て意地悪く笑った



「その点から言えばお前は人々を惹き付けた挙句逆上させてしまう上弦の月の様だな」

「それは馬鹿にしているの?…褒めているの……?」

「さてどっちだろうな」



そう言って小さく笑うと滝夜叉丸はそのまま後ろへ倒れる様にして寝転ぶ

真っ暗な空の色にぽつりと浮かぶ月を見上げ、そしてまた笑った



「何がおかしいのよ…」

「いや……、は本当に変な奴だと思ってな」

「滝夜叉丸だって十分変でしょ…」



はそう恥ずかしそうに呟くと、乾き掛けの髪の毛をさらりと撫でて同じように空を見上げた



「なぁ

「何?」



ふいに声を掛けられてが滝夜叉丸の方を向くと、滝夜叉丸がじっとの眼を見つめていた



「滝夜叉丸……?」



は何時に無く真面目な滝夜叉丸の表情に戸惑う



「どうしてだろうな」

「え…?」

「お前はこんなに無愛想で可愛らしさの欠片も無いのに…」



そう呟くと滝夜叉丸はの腕を掴んだ



「滝夜叉丸…アンタ何気に失礼じゃない…?」



がそう言うと滝夜叉丸は口の端でふっと笑う



「そう言えば月には人を狂わせる力もあると言うな」



滝夜叉丸は上体を起こすとの手の甲にそっと口付ける



「……っ!?」



突然の事にの体が一瞬強張る

滝夜叉丸はそれを見て意地悪く笑うとを上目で見つめ言い放った








「どうやら私はお前に狂わされたようだ」








そう言って自嘲気味に笑うとの髪を撫でる



「…………何それ…」

「そのままの意味だ」



滝夜叉丸を見つめ不機嫌そうに呟くが、の頬はほんのり赤い



「何なら今ハッキリとこの想いを告げてやろうか?」

「っそれは駄目…」



滝夜叉丸の言葉には大きく拒絶の反応を示すと、口をしっかり結び表情を固くしたまま首を左右に振った



「何故だ?私相手では不満と言うのか」

「違う…私は……」

「何だ?」

「私は…誰か付き合うとか、多分無理だから」

「どうしてそう考える」



滝夜叉丸から離れ少し距離を置いた位置に立ったままはうな垂れた



「駄目なの……他人に合わせるとか出来ないから…」

「どういう事だ?」

「今まで…色々な人と接してきたけど…駄目だった……」



月明かりの元は俯いて佇んだまま小さな声で滝夜叉丸に告げる



「私が淡泊過ぎるのか、友達も恋人も最後は一緒に居られないって離れてく…」

「………」

「私が恐いって…皆が逃げて行くの…。どれだけ頑張ってもどうしても優しくなれないの」

「そんな事は……」



言いかけての顔を見ると滝夜叉丸はまた一つため息を付く

そしてにそっと近付くとの肩に手を置いた



「泣かないでくれ…私が困るだろう」

「……だって…駄目…なの………無理…」

…、落ち着いて良く聞けよ?」



滝夜叉丸はそのままを抱き締めると、子供に言い聞かせる様に頭を撫でながら話し始める



「変わらなくて良いんだ、お前はそのままの自分で居ればそれで良い」

「…ぇ……?」

「無理に変わろうとするな、自分を変えてまで大切にしなければならないモノなんか無い」

「…………」

「誰かに傍に居て欲しいが為に無理に変わろうとしても、それは偽りの姿でしかない」



滝夜叉丸の声を聞きながら、は体の力を抜いて滝夜叉丸にしな垂れ掛かる



「本当の自分を受け入れて貰えないのでは結局辛くなってしまうだろ?」

「うん…」

「だからはそのままで良い。今まで誰がお前の上を通り過ぎて行ったかは知らないが…」



滝夜叉丸はそこまで言うとの体を引き離し両腕をしっかりと掴んだまま得意そうに笑った



「私ならずっとの傍に居てやれる自信があるぞ」



自信満々な態度でにそう言うと滝夜叉丸はいつもの調子で語り始める



「まぁ学園一優秀なこの私ともなれば誰かと共に歩まずとも十分だがな」

「…滝夜叉丸も性格悪いもんね」

「なっ、そう言う事を言ってるんじゃなくて…」



はむきになる滝夜叉丸を見ると苦笑する

そして小さく微笑むと滝夜叉丸の頬に唇を寄せた



……?」



滝夜叉丸が驚いた顔でを見ると、は悪戯っぽく笑った



「約束してね」

「?」

「ずっと、一緒に居てくれるんでしょう?」

「…あぁ、がそれで良いならな」

「うん、良いよ。……傍に居て」



はそう言いながらすがるように滝夜叉丸に抱きついた

滝夜叉丸はの意外な行動に驚きながらも優しく微笑む



「何だ。思ったより可愛く無い訳じゃなかったんだな」

「……何それ…」

「気にするな」

「…嫌な奴」

「お互い様だろ」



二人は顔を見合わせて微笑む



「滝夜叉丸」

「何だ?」

「………好き」

「私もお前が好きだ」



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二人でゆったりと抱き合いながら、何を話すでも無くただお互いの存在に触れその場に佇む



「こうして見ると三日月も中々可愛らしいな」

「三日月が可愛い…?」



ふと呟いた滝夜叉丸の言葉には訪ね返す

滝夜叉丸は意味がわからないと言う顔をしているに笑いかける



「とても鋭く、美しく、儚く、そして優しい…」



の頬に手を添える

そして唇が触れるか触れないかの距離まで迫ると得意げに言った



「お前の事だ」



滝夜叉丸はそれだけ告げるとそのままの唇を素早く塞ぐ

空には相変わらず大きな三日月が、美しく輝きながら二人を静かに照らしていた



- END -



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'04/06/25