ふと自分を呼び止める者がいる



「あぁ、滝夜叉丸か…何か用か?」



それはとても良く見知った人物



「用事がないと話しかけちゃいけないのか?」



入学当時から何かと縁があり



「…そう言うわけではないが…」



今までずっとつるんで来た



「実は頼み事が一つあるんだ」



意識的に一緒にいるのではない



「頼み事?」



"何となく"気が逢うから一緒にいるだけの事



「ある人に贈り物がしたいんだが私は男だからその人が喜ぶものがわからないんだ」



だったら何故



「それで私に付いてきて見立てろと言うわけか」



こんなに切ないんだろう



「まぁそう言う事だな」



何だか面白くない



「いつもの滝らしからぬ発言だな」



でもこんな気持ち悟られるわけにはいかない



「何故だ?」



考えるな



「いつもなら自信たっぷりで私が選んだものが気に入らないはずが無いと言うだろう?」



考えちゃいけない



は私を何だと思ってるんだ」



私はこの男の友達だ



「滝夜叉丸は滝夜叉丸だろ」



それでいいじゃないか



「あのなぁ…。まぁいい、付いてきてくれるよな?」



そう



「…それでこそ滝夜叉丸だな」



それだけで―



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そんなわけで二人は町へと出て来た

休日と言う事もあり町は人々で賑わっている

人込みを押し進みながらは無表情で呟いた



「町に出るのも久しぶりだ…」



そんなに滝夜叉丸も割りと無表情で答える



は出不精だからな」

「そういう訳でもないぞ?」

「そうか?」



何気なく会話しながら目的のありそうな店を捜し歩く



「ただ、一人で外を歩いても楽しくないだろう」

「誰かを誘えばいいじゃないか」

「生憎、私は滝夜叉丸と同じ境遇なんだ」

「私と同じ?」



首を傾げる滝夜叉丸

は皮肉っぽく笑って言った



「友人がいないんだ」



別段悲しむ様子もなく、それが当然とでも言わんばかりに言ってのけた



「…は作ろうとしないだけだろう」



そんな言葉聞いて滝夜叉丸はむすくれる



「人と付き合うのは苦手なんだ」



はそんな滝夜叉丸を見もせずに素知らぬふりで歩き続ける



「私はどうなる?」



ふと立ち止まり滝夜叉丸の方へ振り返る



「滝夜叉丸は人じゃないからな」



少しだけ笑って答えるに複雑な顔をして滝夜叉丸はため息をついた



「…人じゃないって……」



こんなやり取りの中は考えていた

先程の滝夜叉丸の言葉

"友達を作ろうとしない"

それは本当の事だった

には友達がいないし、また作ろうともしない

なぜなら人と付き合うのは煩わしいから

では何故滝夜叉丸とは行動を共にするのか?

そんな事わからない

わかっていても、それを認識し、納得してはいけない



「はぁ…」

「どうした?」



が小さくため息をつくと、いつの間にかを追い越していた滝夜叉丸が振り返り尋ねる



「いや、何でも無い」



首を左右に振って答えると、滝夜叉丸は首を傾げて訝しげにを見つめた



「何でも無いって事は無いだろう」

「いや、本当に何でも無いんだ。そんな事より早い所探してしまおう」



今だ不信気な顔をするも、滝夜叉丸を再度追い抜き先を行くを慌てて追いかけるより無かった



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「あぁ、ここら辺は良いかもしれないな…」



ふとが足を止めたのは小さな小物屋



「小物屋か」



外見からして可愛らしい造りの小屋を見て滝夜叉丸は少し考える



「女への贈り物なんだろう?」

「まぁ…そうだが」

「なら可愛い物がよいだろう」



はそう言うとさっさと店の中に入って行ってしまう



「…はこう言った物は好きなのか?」



後に続き店に入ると滝夜叉丸は尋ねた



「私は…そうだな、嫌いではない」

「それは意外だな」



少し気まずそうな顔で答えるに思わず本音が漏れる



「滝夜叉丸…お前は私を何だと思ってるんだ?」

「これでお相子だろ?」

「悪かったよ…」



意地悪く微笑む滝夜叉丸には諦めて謝罪し肩を落とした



「それにしても…随分と種類が豊富だな」



周りを見回せば、この狭い店内に良くもまぁこれだけの数を詰めた物だと言いたくなるような小物の数

滝夜叉丸は感心したような、半ば呆れたような声で呟いた



「そうだな。それじゃぁ後は滝夜叉丸が選ぶと良いだろう」

「しかし…こう種類があると迷うな…」

「送り主が身につけて喜ぶものをやると良いと思う」

「送り主に似合うものか…」



滝夜叉丸は少しの間目を伏せて考えていたようだが、すぐに顔あげ、物色し始めた



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「今日はすまなかったな」



全て買い物を終え、学園に帰って来た所で滝夜叉丸は言った



「いや…私も楽しかった」



特に表情は変えずにも答える



「そうか、まぁたまには息抜きも必要だからな」



そう言って頷く滝夜叉丸の背を見つめながら、はぽつりと言葉を漏らした



「この先…、もう二度と行くことはないだろうけど…」

?」



今度は聞き逃さなかったらしい

滝夜叉丸は不思議な顔をしてを振り返る



「どうかしたのか?」

「どうもしない…」

「どうもしない事は無いだろう…」



に近寄りながら途中まで言葉を吐き、滝夜叉丸は息を飲んだ



「何で泣いているんだ…?」



俯いたままのは静かに涙を流していた

は普段よりあまり表情豊かな方ではないので泣き顔などはこれまで一度も目にした事はなかったのに

滝夜叉丸が驚いて声を掛けるが、は俯きながら首を力なく振る



「なぜだろうな…」

…」

「私は…どうして泣いているんだ……?」



は顔を拭おうともせず、ただ涙を流し続ける



「………」



ふと体を締め付けられる感覚に襲われる

顔を上げれば滝夜叉丸の腕の中にいた



「…嫌だ……離して……」



言葉では抵抗するものの、体に力は全く込められてはいない

元より抗う気など無いように思える



「お前が泣き止むまで離さない」



そう言うと滝夜叉丸は今までより幾分か腕の力を強める



「優しい…から……」



抵抗するでも無く大人しくもたれかかるでもなく、は独り言のように言葉を吐いた



?」

「滝夜叉丸が…優しいから……勘違いしていたんだ…」



の声は小さく震えている



「滝夜叉丸は傍にいてくれるんだと思ってた…だから……それ以外は何もいらなかった…」

「……何の話だ?」

「友達も…恋人も…何もいらなかった……滝夜叉丸が居てくれるだけで良かった…」

…それは……」

「好きだとかでは無くて…このまま……今の状態のままでずっと居られると思ってたのに…」



その声はどんどん小さく力無い物になって行く



「滝夜叉丸は…離れていってしまうんだ……」

?私は何処へも行くつもりは…」

「嘘だ!!」



は抱き締められていた腕から勢い良くすり抜けると、少しの距離を置いて滝夜叉丸を睨みつける



「お前には…既に心を寄せる者がいるんだろう…?」

「は?」

「私の前から…いなくなるんだろう……?」

「いや待てって…」

「だったら…お願いだから…もう……私に構うな……!!」



そう叫んだ後、は頬に伝う涙を両手で拭いながらその場に座り込んでしまう

滝夜叉丸はの急な涙に驚いたものの、事態を把握すると苦笑しての傍に寄りしゃがみ込んだ

そして懐から何かを取り出し、の手を取る



…お前に渡したい物がある」

「…っ人の話を聞いていたのか!?」



は思わず声を荒げるが、手の平に乗せられた包みを見て首を傾げる



「滝、これ…」

「私には心を寄せる者が居る」



滝夜叉丸は真っ直ぐにの瞳を見据えて打ち明けた



「…だから何なんだ……」

「しかしその者はどうにも鈍感なようで、私の気持ちには気付いてくれないんだ」



目を伏せ大げさにため息をつく



「しかもその者は可愛げが無くて…大体無表情でな」

「…………」

「だが今日は珍しく笑ってくれた…しかも嫉妬して怒り、私を想い泣いてくれたんだ」



そう言うと滝夜叉丸は掴んでいた両腕を離し今度は体ごと抱きしめた



「私が心を寄せる者なんかしかいないに決まっているだろう」

「……嘘だ…」

「嘘付いてどうする、私は真剣にを想っている」



お互い顔は見えないが、お互いの顔を容易に想像することが出来た



「だったら…今日の買い物は一体……」

「あれはへの贈り物だぞ?」

「なんで…、私は贈り物をされる理由を持ち合わせていない…」



はまだ信じられない、と言った口調で小さく呟く



「今日が何の日か知らないのか?」

「今日……?」

「その様子だとわかってないな…」



滝夜叉丸はため息交じりにそう言うと、の手の平に乗せた包みを指差し小さく笑った



「ばれんたいん、と言う奴だ」

「ば…ばれんたいん……?」



は何の事だかわからない様子でただ疑問符を浮かべている



「先日知人から聞いたんだ。今日は愛する者に贈り物をする日らしいぞ」

「そう…なのか……」

「だから……その、受け取ってもらえるか?」



そう伝える滝夜叉丸の顔が赤いのは夕陽のせいだけでは無いだろう



「良い…のか?」

「当たり前だろう。その為に選びに選んだんだからな」

「あ、ありがとう…」



はそっと包みを受け取るとそれを胸に抱き締めた



「開けてみてくれ、気に入るかどうかはわからないが…」



そんな滝夜叉丸の声を受け、は包みを開く

中から出てきたのは小さな銀色の鈴が付いた髪留めだった



「可愛い……」

「その人に似合うものを買うと良いと言っていただろう?」

「わ、私に……似合うのか…?」

「それは付けた見ないとわからないな」



そう言っての手から髪留めを奪うと、滝夜叉丸は慣れない手つきでそれをの髪につけた



「…意外と似合うものだな」

「そ、そうか?」

「いや、しかし……」

「何だ…?」



適当に留めてみただけだったのだが、予想に反して美しかったので滝夜叉丸は思わず見惚れてしまう



「綺麗…だな」

「髪留めが、か?」

「もちろん髪留めも美しい、何せ私が選んだのだからな」

「…はいはい」

「しかしはそれ以上に美しい。何故なら…」



そこまで言うと、滝夜叉丸はの額に自らの額を当てて微笑んだ



「私が選んだ女性だからな」



- END -



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'04/02/14