"カコーン"



静かな夜

突如響いた小気味良い音が風呂場全体に響く

そしてそんな音の直後



「嫌ぁぁーーーーーー!!!!」



女性特有の細い絶叫が闇夜に木霊した



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ごっ…ごめんなさいーーー!!!」



そして叫ぶだけ叫んだ後、は扉をぶっ壊さん勢いで飛び出して行く



「ちょっ、待て!!!って……もういない…」



を追い掛けて浴室から飛び出したのは滝夜叉丸

落としてしまった桶を拾い、腰に手拭いを一枚巻いた姿で立ち尽くしている




「……何だったんだ一体…」



ここは男性用の風呂場

滝夜叉丸が使用していたところへがやって来た

幸いにも滝夜叉丸は腰にタオルを巻いていた為、別段見られて困るようなモノは何もなかったのだが

は相当うろたえた挙句悲鳴と謝罪を残して走り去った




しかしくの一であるが男子寮の風呂場に来たのは何故かなのか

それは数刻前まで遡る



「おっ風呂〜」



が夜の廊下をご機嫌で歩いている

今から風呂場へ行く途中だ



「あら、さん」

「あ、山本先生」



ふと前からやって来た山本シナ先生に話しかけられ足を止める



「貴女…今から湯殿に行く所?」

「はい、少し遅くなっちゃったけど…まだ開いてますよね?」



現時刻:20時14分

本来ならば既に就寝時間となっている

しかしのクラスは先程夜の実習があった為就寝は11時と決めらていれた



「他の子は皆入ってしまった様だけど…?」

「大人数で入るの嫌だから少し待ってたんです、この時間なら誰もいないだろうと思って」

「そう……でもね…」



先生は少し困った様な顔をした



「私が湯殿を最後に使ったんだけど…」

「はい、どうかしましたか?」

「お湯…抜いてきちゃったのよ」

「そうですか、………ってぇえ!?」



これでは風呂に入れない

この時代にシャワーなど存在するはずもなく

は真っ白になった



「そんなぁ…それじゃぁ……ぎょ、行水!?」

「流石にそれは可哀想だから、男子寮の湯殿を貸して貰いましょうか」

「で、でも…良いんですか……?」

「えぇ、私から事情は説明してあげるわ、早速行きましょ」

「あ、はい…」



こうしてと山本先生は男子寮へ行き、職員室にて事情を説明、

そしてしっかりと承諾を得た上で男子寮の湯殿へと向かったのだった



「男子寮の湯殿かぁ…」



は一人で歩きなれぬ廊下を行く



「やっぱり女子寮のより大きいのかな?」



てくてくと廊下を歩く

夜中にも近いので皆寝静まって廊下は不気味なくらい静かだった

気配を感じて誰か起きてこないだろうかと心配したが、に殺気があるわけでもないのでその辺は問題なかった



「あ、ここかぁ…」



のれんを潜り脱衣所へ入る

風呂場を見れば明かりがついている



「え……誰かいるの…?」



脱いだ衣服は特に見当たらなかったが、風呂場には明かりが付いたままになっている

は恐る恐る風呂場の扉を開けた



「…………」

「…………」



一瞬時が止まった

が目を開けた途端中の人物と目があった



………?」



滝夜叉丸が驚きのあまり桶を落とし、派手な音が浴室に響く

そして此処で最初の絶叫へと話しは繋がるのだった



「いっ………」

「い…?」

「嫌ぁーーーーー!!!!」



は絶叫して逃げ出してしまった



「ちょっ、待て!!!って……もういない…」



滝夜叉丸は追いかけようとするが今の自分の格好で追いかけてはただの変質者だと思いなおす



「……何だったんだ一体…」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「私の馬鹿……!!」



部屋に戻ったは一人で頭を抱える



「何であそこで扉開けちゃったかなぁ!?声掛けるべきでしょ…!!!!」



脳裏に焼きついてしまった滝夜叉丸の姿を思い出しては慌てている



「う〜……変な誤解されてたらどうしよう…」



は床に伏せその場でごろごろ転がる



「お陰でお風呂にも入れなかったし…」

さん?」



ふと部屋の扉が開き山本先生が顔をのぞかせた



「うわっ……山本先生…」

「何だか騒がしかったけど、結局お風呂には入れなかったの?」

「いえ…それがその……」



は先生に全てを話した



「あらあら、それは災難だったわねぇ」

「災難とかそういう問題じゃないですよ…」

「まぁ平気よ、事情は説明しておいたし」

「…ぇ?………そういえば先生、何で此処に?」



が不思議そうに尋ねると先生は微笑みながら話した



「実は、さっき滝夜叉丸くんが私の所に来て説明してくれたのよ」

「滝夜叉丸が…?」

「えぇ、今が絶叫して逃げて行ったからどうにかしてやってくれ、ってね」



それを聞いては赤面した



「そ、そういえば私思いっきり叫んじゃったんだっけ…」

「何人かの生徒が起きちゃったみたいだけど、滝夜叉丸くんが上手く説明してくれたみたいよ」

「そうですか…」



ほっと胸を撫で下ろすと、は思い出したように顔を上げた



「先生」

「何?」

「お風呂入ってきて良いですか?」

「………今度は気をつけてね」



先生は呆れたように笑うと部屋から出て行った



「良かった…さて、早い所行かなきゃ……」



外での実習の後、風呂にも入らずになど眠れない

はもう半ば自棄になって風呂場へと向かった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はぁ〜…良い気持ち〜〜」



女子寮のよりも少しだけ大きめの浴槽に一人でのんびり浸かる



「それにしても…滝夜叉丸って細いなぁ…」



先程見てしまった光景がやはり頭から離れない



「って、これじゃ私変態じゃない……」



はっと思いなおして自己嫌悪に浸る



「ふぁ…眠………もう出よ…、」



は勢い良くお湯から飛び出すと浴室から出て行った



「はぁ、すっかり遅くなっちゃった…」



音もなく廊下を走り自室へと向かう



「さ〜って、眠るぞ〜〜」



部屋の扉を開く



「随分と長湯だったな」

「いつもこんなもんだよ」

「そうか」

「うん…………って…」



部屋に入って会話をしてやっと気が付いた



「何でアンタがここにいるの…!?」



あまり大きな声を出さないようにしていた今までの苦労を全てぶっ飛ばして叫んでしまった



「馬鹿者、あまり大きな声を出すな…誰かに気付かれたらどうする」

「だ…だって……!!」



滝夜叉丸は今にも部屋から飛び出さんばかりのに音もなく近寄ると、その手を引いて部屋の中へ連れ込んだ



「人の部屋で何してたのよ…」

を待っていたに決まってるだろう」

「…何で」

「この私の美しく麗しい肉体美を目にしておきながら叫んで走り去ったんで様子を見に来ただけ」



滝夜叉丸は自信満々にそう告げた

は口を開けて呆れるばかりだ



「…美しいかどうかはこの際置いといて、ただ驚いただけよ、悪かったわね」

「それはこっちの台詞だ」

「そ、それもそうだろうけど……兎に角ごめんってば」

「別に謝れと言ってるわけじゃないんだが…それよりこの距離…どうにかならないのか?」



滝夜叉丸がと自分との距離の差を指で指し示す



「だ、だって……」



は部屋の限りなく隅の方で小さく体育座りをしている状態だ



「どうして人が話をしようとわざわざ真ん中まで引っ張ったのに隅へと逃げる?」

「いや…その……」

「何か私に近づきたくない理由でも…………」



そこまで言うと滝夜叉丸は何かを思いついた後意地悪く笑った



「そうか、わかったぞ」

「な、何が……」

…お前私の肉体美に魅せられたな?」

「な"っ!?」



にやにやと含みのある笑いを漏らしながら滝夜叉丸はににじり寄る



「やっ、やだ……こっち来ないでよ、」

「そんな事言って…大方決まりが悪いだけだろう?」

「…滝夜叉丸のド変態」

「今のお前に言われたくないな」



座りながら後ずさっていたが遂に捕らえられてしまった



「離せ〜」

「断る」



両腕を掴まれ慌てるをよそに未だにやにやしながら暴れるを楽しそうに眺める



「さぁ、私に見惚れていたと正直に言うが良い」

「…………けど、、」

「聞こえないぞ」

「う〜……確かに見惚れちゃったけど…」



は低く唸ると自棄になって叫んだ



「でも滝夜叉丸の体に見惚れたわけじゃないもん!」

「…じゃぁ一体何に?ていうか…本当に見惚れてたのか、冗談だったんだが…全く美しいとは罪だな…」

「自惚れんな阿呆!!」

「ぁだっ!?」



は悦に入り始めた滝夜叉丸の額に頭突きを食らわす



「何するんだいきなり!!」



滝夜叉丸が額を押さえながら抗議すると、は言葉に詰まった後でぼそぼそと話し始めた



「た、滝夜叉丸の髪の毛…」

「私の髪の毛が何だ?」

「その、下ろしてるの…見たの初めてだったから…」



は恥ずかしさのあまり下を向いたまま続けた

滝夜叉丸は頭突きされて未だに痛む額をさすりながら話を聞く



「一瞬誰か分からなかった……体も細いしさぁ…」

「なあるほど。で、何だ。、はその髪の毛を下ろした私に見惚れてしまったと言う訳だな?」

「ん…、ていうか滝夜叉丸自体に…?」

「………」



やけに素直に頷くの言葉を聞き、滝夜叉丸の動きが止まる



「滝夜叉丸?」



がそんな滝夜叉丸の様子に首を傾げると、滝夜叉丸はがばっと両腕を広げに抱きついた



「ぎゃぁ!?」

「全くそこまで私を想っていたとは…!!嬉しいぞ!!」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!!何でそうなるの…!?」

「何、違うのか?」

「違うわよ!!」



は滝夜叉丸を引っぺがすと早口で捲くし立てた



「何勘違いしてるのか知らないけど、誤解しないでよね!!」

「いや誤解って…」

「そりゃ確かに滝夜叉丸にドキッとしちゃったけど…でもどっちかって言うと嫌いになったから!!」

「は?何故だ?」

「だって…」

「だって?」



今度は滝夜叉丸が首を傾げる

すると一呼吸置いてからは立ち上がり、両腕を上に上げて叫んだ



「だって女の私より綺麗だなんて許せない!!!!」

「い、いや…それはどうしようもないというか私のせいでは…」

「何でアンタ男の癖にそんなに髪の毛艶々なのよ!?色は白いし体細いし…!!」

「お、おい…?」

「あ〜もうっ、絶対に許せない!!」

「いや、落ち着けって」

「そういう訳だから」

「ん…?」



滝夜叉丸は間抜けな声を出しを見つめる

は人差し指をを立て、座っている滝夜叉丸にぐっと顔を近づけた



「アンタは今から女の敵!!私の敵!!その内アンタより私の方がずっと綺麗になるから首洗って待ってなさいよね!!」

「な、何でそこまで…」

「何でって…」



は上体を起こし滝夜叉丸を見下ろすと、視線を反らし伏せ目がちに呟いた



「そんなの…好きな人が自分より綺麗って…ありえないでしょ」

「そりゃまぁそうだろうな………って……」



そんなの言葉を聞き、滝夜叉丸は一瞬きょとんとした顔をしてに尋ねた



、それはつまり、その……」

「…………何よ」

っ!!」

「うゎ!?」



顔を赤くしてそっぽを向くに、滝夜叉丸は勢い良く立ち上がると再度両腕を広げ勢い良く抱き付いた

その勢いに押されては後ろへと倒れ、抱きあったままの姿勢で二人して畳の上に伏せる



「ちょっと…、苦しいんだけど…」

「私は苦しくないぞ」

「そりゃそうだろうけど…」



呆れるをよそに滝夜叉丸はに抱きついたまま離れようとしない



「勘違いするなと言いつつやっぱり私の事が好きだったんだな」

「その一々自信満々な所は好きじゃないけどね」

「何だ照れる必要は無いぞ?私はのそう言う素直じゃない所も大好きだからな」

「なっ…」



急に好きだと言われ、絶句するにぽつりと滝夜叉丸が呟く



「大体は今のままでも十分だと思うんだがな」

「駄目!!滝夜叉丸より綺麗になるの!!」

「いや、私よりお前の方が美しいだろう」



言い合いは激化するが、内容はただ褒めあってるだけ



「そんな事ない」

「そんな事ある」



それでも二人はお互いに畳に寝転んだまま真顔で言い合いを続け



「………」

「………」

「「ぷっ…」」



やがてお互い堪え切れずに笑い出した



「あはは、馬鹿みたい…。これじゃ褒めあってるだけじゃんね」

「全くだ…。が強情だからいけないんだろう」

「だってやっぱりさ……」

「あ〜解った解った。もう何も言うな」



そう言うと滝夜叉丸はの唇を塞いだ



「んっ…」

「好きだ」

「滝夜叉丸…?」

「容姿外見に関係なく私はお前の事を愛してる。それだけだ」



は一瞬動きを止めた後すぐさま滝夜叉丸の胸に顔を埋めた



「私も滝夜叉丸が好きだよ…でも……でも本当に私で良いの?」



の問いに滝夜叉丸は得意げに言い放った



「愚問だな、私が良いと言うのだから間違いは無い」

「…左様で御座いますか」



滝夜叉丸の相変わらずの強気な発言には呆れたように肩を落とし、二人は顔を見合わせてまた笑うのだった



「私は決して嘘はつかない。だから安心して良いぞ」

「…有難う」



は恥ずかしそうにお礼を言うと、とても嬉しそうに微笑んだ

そんな表情を見て滝夜叉丸は堪らずに飛び付こうとするが、はそんな事には気付かず素早く身体を起こして立ち上がり叫んだ



「でも、やっぱりいつかは負かしてみせるんだからね!!」

「……もはやプライドの問題な訳だな…」



そう両手を握り締めて意気込むを、滝夜叉丸は一人畳に突っ伏したまま見上げ深いため息を吐くのだった



- END -



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


美しい、綺麗、麗しい、耽美、秀麗、どれもこれも良い響きですね

まぁどれもこれも私には無縁のモノですが。

仙蔵さんは"妖艶"滝夜叉丸は"秀麗"と言う言葉が似会う気がしますね



…えー………井上サマより「滝夜叉丸」がお相手と言うリクエストでした。

こんなんで真に申し訳御座いません(滝汗

長く待たせた上の作品がこんなもんで…あぅ……

本当は「距離感」と同じヒロインにしようと思っていたのに何故か可笑しな方向へ突っ走りました(謎

ごめんなさい、きっとテンション高かったんです…

これで良ければぜひお受け取り下さい…

そして出来れば見捨てないで下さい(笑


'04/02/28