「おい!!」

「なぁに?滝ちゃん」



仁王立ちでの名を呼んでいるのは幼い日の滝夜叉丸

それに答えているのは同じく幼い日の



「お前は将来私の嫁になるんだぞ!!」

「嫁…?嫁ってなぁに??」



は滝夜叉丸の命令らしき言葉に首を傾げている



「嫁っていうのはなぁ…、えーと……、嫁っていうのは…」

「うん、なぁに?」



"嫁になれ"とは言ってみたものの本質の意味を理解している訳ではないのか小さな滝夜叉丸は腕組みをして考えている

そんな滝夜叉丸の姿を不思議そうに見守る



「えーと…、そうだ!!ずっとずっと一緒に居る人のことだ!!」

「ずっと?」



暫く考え込み、ようやく滝夜叉丸が出した当たってるようで全く的外れな答えに疑問を抱く事もなく、は尋ね返す



「あぁそうだ!!ずっとずっと私と一緒に居るんだ!!」

「うん、解った!!私、ずーっと滝ちゃんと一緒に居る!!」



の問いに自信満々に答えた滝夜叉丸を見て、は嬉しそうに笑った



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「あー……そんな事も…あったっけねぇ…」



ある日の朝

そんな幼い日を何故か夢に見たは布団から体を起こすと座ったまま背伸びをする



「随分とまぁ昔の夢を…」



あくび混じりにそんな事を呟くと、一つ深呼吸をして一気に布団から立ち上がった



「あの頃は…私はもちろん、滝も結構可愛かったんだけど……」



のそのそと桃色の忍び装束に身を包む

そして準備を整えると部屋の戸を開け放ち空を仰いだ



「今じゃただのナルシストだもんね、奴は」



諦めたように呟くとは一気に部屋から飛び出し、屋根伝いに教室へと向かった



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「おはよう

「あぁおはよう」



教室に到着し、自分の席へ向かうと友達から声を掛けられる

朝の挨拶を済ませると友達はの肩を突きながらからかう様に話しかけて来た



「相変わらず教室に入って来るのは窓からなんだね」

「ん、廊下歩くと後輩に捕まるからね」



は苦笑しながら友達の言葉に答えると頭を掻いてため息をついた



「仕方ないよ、その辺の男の子よりずっと格好良いもんね、背も高いし」

「うーん…、まぁ確かに多少背は高いかもしれないけど…」

「でも背だけの問題じゃないよね」



首を傾げるの横で友達は笑いながら教室の入り口を見た



「ほら、早速ファンのお出ましだよ」

「ん?」



友達が指で示す通り教室の入り口を見ると見知らぬ女の子達がこちらの様子を伺っているのが見えた

は一つため息を付くとすっと立ち上がり入り口へと移動した



「どうしたの?4年生に何か用?」



穏やかに笑みを浮かべながら、2年生か3年生位であろう女の子達に声を掛ける



先輩…」

「えっと、その、私達先輩のファンなんです!!」

「それで…あ、あの…、これ、受け取って下さい!!」



に声を掛けられた3人の女の子はそれぞれ役割分担でもされたかの様な台詞を言うとに何かの包みを渡した



「うん、有難う 後でゆっくり拝見させて貰うね」



包みを受け取ったは女の子3人に礼を言いながら微笑んだ

そんなの言動に3人は頬を赤く染めたまま固まっている



「そろそろ戻らないと授業始まっちゃうけど、大丈夫?」



がそう尋ねると、ようやく我に返ったのか3人は同時のお辞儀をすると廊下を走って自分の教室へと戻って行った



「いやぁ、毎朝毎朝モテまくりだねー」

「何か…、嬉しいんだけどちょっと複雑……」

の言動が一々格好良すぎるんじゃない?」

「そう言われてもあんまり自覚ないからなぁ…」



教室中のクラスメイトにひやかされながらようやく席に戻る



「で、何貰った訳?」

「何だろう、えっと…、あぁ、お菓子だ」



席についたが早速貰った包みを開けると、そこには手作りらしきお菓子が入っていた

一つ一つラッピングされた可愛らしいクッキーを見ながら、は首を傾げる



「何か最近甘い物の差し入れが多いなぁ…」

って見掛けの割に甘いの好きだし良いじゃない」

「いや、好きだけど際限なく食べたら流石に太るし…」

「本物の男の子と違って女ってどうしても太りやすいもんねぇ」



友人はそう言って苦笑する



「って言うかさっきから"見掛けの割に"とか"本物の"とか、引っかかる言葉が多いんだけど?」

「あ、バレた?」

「バレバレ」



が友人の面白がるような口調に呆れた様子で答えると、丁度教室に先生が入って来た



「これは後で食べるか…」

「あ、私も手伝ってあげるからね」

「はいはい、どうせ一人じゃ食べきれないしね」



苦笑しながら友人の申し出を受け入れると、先生が朝の連絡事項等を話し始め、そのまま1限が始まった



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「それじゃぁ今日の授業はここまでにします」

「起立、礼!!」

「「「「「有難う御座いましたー」」」」」



午前の授業は全て終わり、やっと昼休みの時間になる



「はぁ、お腹減った」

「食堂行く?」

「んー…、食堂かぁ……、行きたいんだけど…今はちょっとなぁ…」

「あぁそっか、またファンに囲まれちゃうもんね」



友人はくすくすと笑いながらを見る



「笑い事じゃないんだけどね…」

「そうだよね、食堂が空く頃なんてお目当てのランチ売り切れちゃってるし」

「そうそう、おかげで最近は人気の無いメニューばっか食べてるよ、それでもおばちゃんの料理は美味しいけど」

「あ、じゃぁ変装して行けば?」

「そっか、その手があった…」



は友人の言葉を聞いて目から鱗が出た様な顔で呟いた



「今まで思いつかなかったの?」

「うん、思いついてたらとっくに実行してるって」

「それもそうだよね、じゃぁ早く変装して行こう」

「うん」



返事をすると、は少し考えた後に男装をしてみせた



「あー、駄目駄目そんなんじゃ、どうせ変装するなら何時もとは違う感じにしなきゃ」

「え?」

「だっては男装しなくても格好良いのに、男装したら益々格好良いじゃない」

「でも…」

「そんなんじゃ益々皆に囲まれちゃうよ」

「んー、それもそうか…」



友人の指摘には納得する



「でもそしたらどう変装したら良いのか…」

「普段が格好良いんだから可愛〜くなってみるのはどう?」

「可愛〜くって言われても……」

「良し、私に任せて!!」


そう言うが早いか、友人はの男装を剥ぐと目にも止まらぬ早業でに変装を施し始めた



「完成!!」



そう叫んだ友人は少しから離れた位置での姿を眺めた



「うーん…、上出来だわ」

「どうなったの?」

「はい鏡」



友人に手渡された鏡を覗き込むと、そこには「少女」と形容出来る姿の自分がそこにあった

普段の中性的なイメージとは打って変わった姿には戸惑う

背はやや高いものの、化粧を施され薄桃色の着物に身を包んだは誰がどう見ても"可愛い女の子"だ



「良いでしょ?」

「いや、これはちょっとやり過ぎじゃ…」

「そんな事ないよ、これ位やらなきゃってバレちゃうって」

「でも忍び装束じゃないと怪しまれるんじゃ……」

「何か聞かれたら私の友達で見学中って言えば大丈夫だよ、てか早く食堂行かなきゃランチなくなっちゃうよ!!」



こうしては友人に説き伏せられ、可愛らしい姿のままで食堂に行く事になった



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「うゎ、混んでる食堂は久々だなぁ…」



早速辿り着いた食堂はお昼時なので、当然の事ながら多くの生徒で溢れている

は自分の格好も忘れて久々の賑やかな食堂へ嬉しそうに足を踏み入れた

席に着くまでに何人もの生徒が振り返りを見てはひそひそと話していたがは気付かない



「(なぁ、あの子誰だ?)」

「(さぁ…、でも可愛いな)」

「(お前ちょっと声掛けて来いよ)」

「(何でだよお前が行けよ)」



「(ねぇねぇ、あんな子うちの学園に居たっけ?)」

「(居なかったと思うけど…)」

「(背高いし細いし可愛い〜、良いなぁ私もあんな感じになりたい!!)」

「(ね〜、転入生か何かかなぁ?)」



友人はそんな声を耳にして満足そうに頷いた



やっぱりその格好いけてるみたいだよ」



にそう耳打ちをするとは"何が?"と首を傾げた

周りの注目を集めている事にまるで気付いていないの様子に友人は苦笑する



「ううん、何でもない、所では何食べる?私はCランチにするよ」

「んー…、折角だから一番人気のが食べたいな」

「じゃぁBだね、席取っといてよ、私並んでくるから」

「解った、じゃぁよろしく」



友人がご飯を運んできてくれると言うので、はなるべく目立たない端の席を二つ取って友人を待つ事にした



「ん?じゃないか」

「ぇ?」



ふいに背後から掛かった声に、驚いてが振り返るとそこに立っていたのは滝夜叉丸だった



「あ、滝…」

「何だ、今日は随分普通の格好だな」



滝夜叉丸はの姿を一通り眺めて呟いた

はファンにバレた訳じゃない事に安心しつつも、少々驚きを隠せない



「…良くこの格好で私だって気付いたな」

「それはまぁ学園一優秀な私に掛かれば当然だ」

「はいはい」

「それにお前とは小さい頃から一緒だからな、解らない訳ないだろ?」

「そう言うものか?」

「そう言うもの、と言うかそれ以前に昔はいつもこんな感じだったじゃないか」



滝夜叉丸はの姿を指差しながら答えたが、は一瞬動きを止めた後に滝夜叉丸から目を背けると小さく呟いた



「そんな昔の事…、記憶にない」

「ん?」

「生憎、私は滝と違って頭が悪いんだ」

「頭が悪いってお前…」

「昔は昔、今は今、今の私と滝は昔の私と滝じゃないだろう」

「………」

「…そろそろ友達が戻って来るから…、滝も戻った方が良いんじゃないの?」

「あ、あぁ…そうだな、じゃぁな」



の様子に滝夜叉丸は一瞬戸惑った様子を見せたが、向こうからやって来るの友人の姿を感じその場を去った

間もなくして友人がの待つ机へと到着する

友人は二人分のお盆を机に乗せながらに訪ねた



「お待たせ〜、さっき誰かと話してた?」

「ううん、気のせいじゃない?」

「そっか、てっきりナンパでもされてるのかと思ったよ」

「ありえないって」

「そんな事ないよ、今のはどう見たって可愛いんだから」

「はいはい、そんな事より早く食べよう」

「そうだね、いただきまーす」



友人の言葉をはぐらかしながら、はそっとため息を一つついた



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「何だったんだアイツは…」



昼食を食べ終わり、自室へ戻る途中の廊下で滝夜叉丸は独り言を呟く



「覚えてないとか頭が悪いとか…全く、訳が解らん」



滝夜叉丸は先程のの様子がどうにも腑に落ちないようで、ぶつぶつと文句を言いながら歩き続ける



「…………」



腕を組みながら何かを考えていたようだったが、ふと足を止めると振り返った



「もしかしてアイツ…」



何か思い当たる所があるのか、滝夜叉丸はそう呟くと自室へ向かうのをやめ、今歩いて来た廊下を小走りに戻り始めた



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「ねぇ、この後どうする?」



昼食を取り終えたと友人は人の少なくなった食堂でお茶を飲みながらだべっている

友人がにそう尋ねるとは少し間を置いた後答えた



「そうだなぁ…、何時までもこの格好じゃ落ち着かないし部屋戻って着替えようかな」

「え〜、そのままで居れば良いのに」

「嫌だよ、何か自分じゃないみたいで気持ち悪い」



そう言いながら笑うとは手にしていた湯のみを机に置いて立ち上がった



「そう言う訳だから、私は先に戻るよ」

「あ、うん、私はもうちょっとのんびりして行くよ」

「そう、じゃぁまた後で」



はカウンターに湯のみを返すと友人に軽く手を振り食堂を後にした



「…………」



そして食堂を出た所ですぐに足を止める



「滝…」



目の前には私服の滝夜叉丸が壁に持たれかかっていた

が足を止めると、滝夜叉丸は壁から離れの前へと歩み寄る



、少し付き合え」

「え?」

「外に行く、外出許可も取ってある」

「な、何でいきなり…」

「良いから行くぞ、ほら」



そう言うが早いか滝夜叉丸はの手を取るとずんずんと歩き出した



「ちょっ、ちょっと待ってよ、そんないきなり」

「何だ?」

「何だじゃなくて、せめて着替させてよ」

「着替える必要など無いだろう、お前も丁度私服なんだから」



滝夜叉丸は片方の手での手を取って歩いたまま、もう片方の手での格好を指差す



「こ、これは私の普段着じゃ…」

「私は前からおかしいと思ってたんだ」

「え?」

「昔は可愛らしく私の後をくっついて来たお前が、入学してから急に男のような振る舞いをするようになって…」



滝夜叉丸に引っ張られ、いつの間にか門の外へと出たは急に立ち止まった

二人の手が離れる



「昔は昔だ、滝には関係無い」



はそれまで滝夜叉丸と繋がっていた手を、もう片方の手で押さえながら呟いた



「だから、それがおかしいと言うのだ」



滝夜叉丸はため息を一つつくとの両手を取った

が思わず滝夜叉丸を見上げると、滝夜叉丸は真剣な表情で問いかける



「お前は私との約束を忘れたのか?」



そう問われたは滝夜叉丸から視線を外す事も出来ず無言で見つめ返す



「忘れてないんだろう?」

「………、」

「ならば関係無い訳ないだろう」

「…………」

「それとも私が嫌いになったか?」

「……別に…そう言う訳じゃ…」

「だったらどうしてお前は無理して自分を変えた」

「無理なんてしてな…」

「してる、学園に入学してからのお前は明らかにおかしい」



そう言うと滝夜叉丸はの両手を離し、の両頬にそっと触れた



「私の知る限りは弱くて可愛い女のハズだ」

「……っ」



は滝夜叉丸の言葉と表情に思わず顔が赤くなるのを感じ、慌てて滝夜叉丸の両手を振り切った



「……違う…」

「ん?」

「…可愛くなんか無い…」

…?」

「こんな背で可愛い訳ない!!」



今にも泣きそうな顔では叫ぶ



「やはり背の事を気にしていたのか」



滝夜叉丸は呟くと自分と然程背丈の変わらないを見て苦笑した



「確かには入学して以来急に成長したな」

「そうだよ、今じゃ普通の男と変わらない…、こんな女が可愛い訳ないよ」



の目から涙が零れる

涙と同時に今まで溜めて来た想いもどんどん溢れ出す



「私だってずっと滝の隣に居たかった、女の子として、可愛いままで居たかったよ」



両手で顔を覆いながらは俯く



「でも私の背はどんどん伸びて、周りからも格好良いねなんて言われて…」

「で、それならばいっそと女らしくするのを止めた訳か?」

「だって…、格好良いなんて言われてるのに可愛くなんて出来る訳ないよ」



両手で顔を覆ったまま弱々しく首を振りはうな垂れた

滝夜叉丸はそんなを見て深いため息を吐くと、覆われていないの額にピシっと一つでこぴんを入れた



「痛っ!?」



驚いて顔を上げるに滝夜叉丸は言う



「お前今の自分を見てみろ、十分可愛いじゃないか」

「な、全然可愛くないよ、桃色の着物なんか変だよ、似合わないよ!!」

「まだ言うか」



滝夜叉丸が不機嫌そうに呟いたのを聞き、はまたてこぴんが来るのではと咄嗟に額を隠した

しかしの予想とは裏腹に、滝夜叉丸はそんなの身体を抱きしめた



「!?」

「確かに今のお前と私の身長はあまり変わらないがな」

「……滝…?」

「成長期の男を舐めるなよ?今にが私を見上げる位に成長してみせる」



自信満々にそう宣言すると滝夜叉丸はの頭をぐりぐりと撫でた



「私は別にお前が女らしい格好をするのが本当に嫌ならそれはそれで構わん」

「…………」

「でも本当はこういう着物が好きだろう?」

「ぅ……」

「だったら無理して男のように振舞う必要は無い、多少背が高くてもは十分可愛い」



滝夜叉丸はそう言うと満足そうに頷いてからの身体から離れ、再びその手を取り歩き出した



「さぁ、解ったら行くぞ」



は再び滝夜叉丸に引っ張られて進み出す

そしてようやく自分が何処へ連れて行かれるのか知らなかった事を思い出して尋ねた



「そう言えば行くって何処に行くつもり?」

「町だ」

「町?何しに?」

「指輪を買いに行く」

「指輪?誰の?滝の??」



今までの流れを全く無視したの質問に呆れながらも、滝夜叉丸は繋いだ手に少し力を込めて返した



「私の可愛い未来の嫁候補の、だ」



-END-



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'08/06/10