「あれ?先輩…、どうしたんですかこんな所で??」



風呂上り、さっぱりした気分で部屋に戻ろうと忍者らしからぬ足音で廊下を歩いていたその時

急にに天井から立花仙蔵が降ってきた



「風呂上りか?」

「はい、今から部屋に戻る所です」

「…そうか…それでは流石に無理だな…」

「何がですか?」



顎に手を置いて唸る仙蔵に小首を傾げて尋ねる

はくの一の作法委員で現在5年生

仙蔵とはほんの数回の面識しか無いが、仙蔵はたまにこうしてを尋ねてくる事があった

何だかんだで気に入られているらしい



「これから少し外に出ようと思ってたんだが、風呂上りではまた汚れてしまうかもしれないし、湯冷めすると困るだろう」

「外にって…、何処に何しに行くつもりだったんですか?」



が訪ねると、仙蔵は口の端で笑った



「面白い噂を耳にしたんでな、確かめに行こうと思ったんだ」

「面白い噂ですか?」

「あぁ、先日の委員長会議の日に聞いた話なんだが…」

「それを確かめるのに私は関係あるんですか?」

「もちろんだ。そうでなければわざわざくの一の長屋まで忍び込まん」

「それもそうですね」



は腕組みをして少しの間考えると、ぱっと顔を上げて微笑んだ



「それじゃぁ私着替えてきますね」

「良いのか?」

「えぇ、折角先輩が尋ねて来て下さったんですから、断ったりしたら勿体無いお化けが出ちゃいますよ」



はそう言って笑うと、また寝巻き姿のままぺたぺたと廊下を歩き出した



「では、着替え終わったら月見亭に来てくれるか」

「解りました」



こうしては自分の部屋へと着替えに戻り、仙蔵は一足先に月見亭へと急いだ



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「あれ?どっか行くの?」

「ぁ、うん。ちょっとだけ外に出て来るね」

「何しに行くの?こんな時間に…」



同室の子が着替えてるに話し掛ける



「良く解んない、呼ばれただけだから」

「誰にー?」

「…ぇ…っと、…内緒」

「ぁ、もしかして彼氏とか?」

「いやいやいやいや、そんなんじゃ無いよ」

「そうなの?まぁ良いけど、もう遅いんだから気を付けるんだよ」

「ありがと、それじゃ行ってきまーす」



は素早く着替えを済ませ同室の友人に声を掛けると廊下に出た

そして見送る友人に手を振ってその場から離れたが、内心は冷や汗物だった



「実は立花先輩に呼ばれたなんて知られたら…」



ぽつりと呟いて身震いする

同室の子が仙蔵のファンと言う訳では無いが、極力そう言う話題は知られたくない

もしその子の口から他の仙蔵ファンに女の子にでも漏れたらそれはそれは面倒な事になるのは解りきっているから

そんな事を考え一つ息を吐くと、は気を取り直して月見亭へと急いだ



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「立花先輩?」

「あぁ、誰にも見つからなかったか?」

「はい。同室の子には少し外に出て来るとしか言ってませんから大丈夫ですよ」

「そうか」



月見亭

その名の通り、夜には池に映った月がとても綺麗に見える場所である



「うわぁ、今日って満月だったんですね」



池に映った月を覗き込みながらは感嘆の声を上げた



「今日は雲も無いし、絶好の日和だ」

「…絶好の日和って……、何かするんですか?」

「噂を聞いたと言っただろう?」

「はい」

「その噂の真相を確かめてみようと思ってな」



仙蔵は悪戯っぽく微笑んでの背後から水面に映る満月を覗き込んだ

そんなに面白い噂など、月見亭にあっただろうか?

噂大好きのくの一教室に身を置くが知らない噂等、ほとんど無いはずなのに…



「くの一教室の間ではそんな先輩が喜ぶ様な噂は聞いた事ないですけど…、それって誰から聞いたんですか?」

「ん?くの一の作法委員長だ」

「先輩から?」

「あぁ」

「そんなに楽しそうな噂、月見亭にありましたっけ…」



が首を傾げていると、仙蔵は音も無くとの距離を近付けた近付いた







そしてふと呼ばれて振り返り仙蔵を見上げた途端、前からしっかりと抱きすくめられてしまった



「たっ、立花先輩!?」



仙蔵の突然の行動に驚くだが、仙蔵はの身体を抱き締めたまま離れようとしない



「…あ、あの……先輩…?」

「…………」

「…………」



呼び掛けても反応を示さない仙蔵に慌てながらも、身動きが出来ない



「………」

「…はい?」



の肩に顔を埋めていた仙蔵がぽつりと名前を呼ぶ

顔を赤くしたまま小さく返事をすると、仙蔵は顔を上げ、を見下ろして微笑んだ



「じっとしていろ」



仙蔵は普段より少し低い声でそう呟いて、の頬に手を添える

何が何だか解らずが混乱している内に、仙蔵の顔がぐっと近付いた



「せんぱ……っ…」



とても綺麗な顔立ち

色は白く睫毛は長く、真っ黒な瞳がの視線をしっかりと捕らえる

拘束されている訳でも無いのに不思議と身体が動かない

仙蔵の視線に動きを封じられ、は身動きも取れずにただ目の前の仙蔵を見つめるしか無かった



「………ん…っ」



ふいに柔らかく、暖かい物が唇に触れる

しかし何が起きたのか瞬時に理解出来なかった

気付いた時には仙蔵の顔は既に離れていて、をじっと見つめている



「…………ぇ…?」



は恐る恐る自分の唇に手を当てて、目の前に居る仙蔵を見つめた



「好きだ」



たったそれだけの短い言葉を仙蔵が呟いた



「…………」



混乱しながらもは必死に何かを答えようとするが、真っ白になった頭には何も浮かばない



「私の物にならないか?」



それは何とも仙蔵らしい告白の仕方だった

普通の男がこんな事を言えば何様だと一喝されて終わるだろう

しかし相手は立花仙蔵

不思議とそんな少し高慢な物言いも許せてしまうのだった



「どう言う事ですか…?」



は仙蔵を見つめながら小さな声で問い掛ける

月明かりが仙蔵をきらきらと照らし、色白な肌に月の光が溶け込むように注ぐ光景はとても幻想的で美しかった

しかし今のにそれを眺めて楽しむ余裕は無い



「噂って…一体何なんですか…?」

「何だ…、知らないのか?」



仙蔵は意外そうに呟いて顎に手をやった

仙蔵とは対照に、真っ赤になったを見ながら暫し考え込む



「知りません…、大体噂の実験の為にあんな事……いくら先輩でも酷いです…」



俯いたまま着物の裾をぎゅっと握り、は呟く



「待て、何を勘違いしてるのかは知らんが、別に遊び心では無いぞ?」

「そんな事言われても…」

「私が信じられないか?」

「……………」



肯定とも否定とも取れるの沈黙に、仙蔵は顎に当てていた手をふと外し、にゆっくり近付いた

そっと肩に触れるとの体がびくりと強張る

仙蔵は苦笑交じりにため息を付くと、片手での顎を上げて静かに話し掛けた



「満月の夜、池の真ん中に月が浮かぶ時刻に好きな人に想いを告げると、必ずその二人は幸せになれるらしい」

「…………」

「もう一度言うが私はが好きだ、決して嘘では無い」

「本当…ですか」



は仙蔵の言葉に赤くなりながら見つめ返す



「当たり前だ」

「でも…、いくら何でも告白する前にいきなり口付けするのは間違ってませんか?」



そんなの真っ当な意見に仙蔵は少々面食らいながらも、何とか持ち直すと被りを振って答えた



「…確かに突然だったし其処は私が悪かった…。しかし今はそう言う事を聞きたいのではなくてだな…」



仙蔵が額に汗を浮かべながら説得しようと言葉を連ねながらを見ると、はくすくすと笑って仙蔵の手を取った



「冗談ですよ」

「ん…?」

「何だかやられっ放しで悔しいから、からかってみただけです」

「……そうか…」



の悪戯な笑みに仙蔵は脱力しながらも安堵のため息をつく

そんな仙蔵を嬉しそうに眺めながら、は小さく呟いた



「私だって先輩が好きです」

「………」

「もちろん、嘘なんかじゃないですよ?」

「あぁ…」



の言葉に、仙蔵はほっとした様な表情を見せるとそのまま改めてを抱き締めた



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暫くの間二人は言葉も無く抱き合っていたが、ふと仙蔵がぽつりと呟く



「…私は……本当は噂なんか信じて無かったんだ…」



耳元で呟かれたその言葉に、は首を傾げる



「…そうなんですか?……だったらどうして…」

「実を言うと、自分から想いを告げるのはこれが初めてでな……断られる事を考えると恐かったんだ」



そう言いながら自嘲気味に笑うと、仙蔵はに尋ねた



「"噂を確かめる為"なんて嘘を付かねば惚れた女に告白すら出来ないなんて、情け無いだろう?」

「そんな事無いですよ…。私だって先輩と同じ状況ならきっとそうします」

「そうか…」

「はい。それに…方法はどうあれ…その……凄く、嬉しかったですし」

…」



そう言って照れながら笑うを見ながら、仙蔵も嬉しそうに微笑んだ



「しかし…、こう考えると噂は本当の事だったと言う事か…?」

「どうでしょう…」



兎にも角にも目出度くと仙蔵が相思相愛になって以来、

何処からか噂を聞き付けた生徒が満月の度に月見亭をが訪れるようになっていた

後日、仙蔵と共に様子を見に来たは木の上から月見亭を見下ろし苦笑する



「あんなに人が大勢いるんじゃ告白も何も無いですね…」

「やはり噂は噂だな」

「でも、私と先輩はずっと一緒ですよね?」

「当然だ」



満月が煌々と夜空を照らす中、幸せそうな二人はぴたりと寄り添い笑い合った



- END -



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'04/08/05