「仙蔵の髪の毛って本当に綺麗だよね」

「まぁな」

「良いなぁ、羨ましいなぁ…」

「そうか?」

「だって私の髪の毛なんて灰色だよ…?」



は仙蔵の髪の毛を櫛で梳きながらため息をつく



「そう言えばの髪の毛は中々不思議な色だな」



仙蔵はそう言いながらくるりとの方へ顔を向けた



「ぁ、首動かしちゃ駄目。髪の毛梳かせないでしょ」

「別に頼んだ覚えはないぞ」

「頼まれなくても私が梳かしたいんだから協力して下さいー」

「それは別に構わないが、…人の髪の毛をいじって楽しいか?」



仙蔵が尋ねるとはにこりと笑った



「人の髪の毛じゃなくて、仙蔵の髪の毛をいじるのが楽しいのよ」



そう言いながら再度櫛を通し始める



「でも夏は大変そうだよね、この量にこの長さ…、暑くない?」

「そうだな。確かに邪魔だが、まぁ梅雨時ほどでは無い」

「あぁ…、梅雨は確かに邪魔そうね。膨らむし」



のんびりとそんな事を話しながら二人で過ごす



「でもこれじゃぁくの一の子が羨ましがるのも無理ないよね…」



は小さな手に長く艶やかな仙蔵の髪の毛を一束取って呟いた



「肌は白い、髪は綺麗、頭は良い、顔も良い、本当に神様って言うのは不公平ね」



少し拗ねたように呟いて、は肩を落とす



は神を信じるのか?」

「…うーん……。心の何処かで否定してるけど、やっぱり信じてるんだと思う」

「どう言う事だ?」

「えっとね、居ないとは思うの。神様なんて」



は掴んでいた束をはらりと落とし、髪留めを片手に仙蔵の髪の毛を結い始める



「でも、死にそうになった時とか辛い時って、思わず神様助けて!!って、思っちゃうでしょ?」

「あぁ…、確かにそれはあるな」

「でしょ。それに…、自分よりも優れた相手を目の前にした時とか都合の悪い時とか、神様のせいにすれば楽じゃない」



自嘲気味にそう呟いて、は仙蔵の髪の毛を結びあげた



「嫌に卑屈だな。自分に何か不満でもあるのか?」

「ううん。私はこれでも優秀な方だし、友達や先生にも恵まれてるし、別に不満なんか無いよ」

「ならばどうしてそう悲観する必要がある?」

「それは貴方みたいな人が居るからでしょ」

「私か?」

「そう。仙蔵みたいな人」



は満足そうに美しく結われた髪の毛を見て頷くと、そのまま仙蔵の肩に後ろから抱きついた



「完璧な人って自分の駄目な部分と比べちゃって見てて腹立つんだけど、でもやっぱり憧れちゃうのよね」

「…は私が完璧だと言いたいのか?」



仙蔵は問い掛けながらの腕に触れる



「さぁ…。良くわからないけど……私の知ってる仙蔵は完璧だよ?それはもう嫌味な位に」

「そうか。私の知ってる私は…完璧とは程遠いけどな」

「あら、随分と謙虚ね」



意外な仙蔵の言葉を聞き、は仙蔵の耳元でくすくすと悪戯っぽく笑った







仙蔵は胡坐をかいている自分の足をぽんぽんと叩いてを呼ぶ



「はぁい」



は大人しく背中から離れると、遠慮なく仙蔵の腕の中に納まった

の身体を背後から抱き、髪の毛を優しく手で梳きながらそっと口付ける



「…の髪の毛、私は好きだがな」

「そう?でも…、生粋の日本人じゃ無いのがバレバレで私は好きじゃないわ」

は確か祖父が外国の人だったな?」

「うん。それでこんな灰色でどっちつかずの色になっちゃって…」



は自分の髪の毛を片手で掴み、くるくると指で弄びながら苦笑した



「目の色だってそうよ…」

「良いじゃないか、青の瞳などそう居るもんじゃない」

「まぁ今となっては気にならないけど、小さい頃はどれだけこの髪の毛と目のせいでいじめられたか…」



はため息交じりに呟いて仙蔵の肩にもたれ掛かった



「他の子と少し違うだけなのにねぇ」

「そう言う下らない奴等もいるんだな」

「うん、だから忍術学園に入って良かった。此処にはそんな幼稚な子居ないもん」



嬉しそうにそう呟きながら、は目を閉じる



「でも…、やっぱり私、くの一にはなれないのかなぁ…」

「まぁ夜間の忍務なら平気だとは思うが…。それでも一度でも顔を知られると危ないだろうな」



忍者の素質は目立たない事が第一である

人目を引く銀色の髪の毛に青の瞳

の容姿は一度でも顔を見られてしまえば、一発で印象に残ってしまうだろう

そうなると、とてもでは無いが忍びの仕事は勤まらない



「でも、仙蔵だってこんなに綺麗な顔立ちなんだもん、見られたら一発で覚えられちゃうよ?」

「まぁ鉢屋では無いが顔はいくらでも変えられるからな…」

「そうだよねー。でも流石に目の色は変えられないもんなぁ」



は諦めた様にそう呟くと、また一つ深い深いため息をついた



「先生にもね…、あまり向いてないんじゃないかって言われたの…」

「先生に?」

「そう、この前の面談の時にね、」

「面談か…、私もそろそろだな……」



後ろからの肩に顎を乗せて仙蔵は呟く

六年生はもう卒業間近

この時期は卒業後の進路を決める為に担任と相談をする事も少なくない



「全く何の為に入学したんだか…。まぁ忍術学園出て一般人として暮らす人も少なくは無いみたいだけど…」

「あぁ、むしろ忍びの道に進む方が少ないと聞くな」

「でも…、私はくの一として働きたいのよ…」

「何故だ?」

「……ん〜…」



は少し戸惑った様に考え込むと、ぽつりぽつりと話し始めた



「私のおばぁちゃんがね、くの一だったのよ」

「そうなのか」

「うん。それで、仕事中にその当時外国船の乗組員だった祖父と出会って、恋に落ちたんだって」

「それは母方の方か?」

「うん、お母さんの方」



そこまで言い終えると、は体を起こして横を向く

そしてお姫様抱っこの体勢で仙蔵の膝の上に座ったまま、仙蔵を見上げた



「で、お母さんもやっぱり若い頃はくの一だったんだって」

「そう言う家系なのか?」

「良く解んない。でも小さい頃からそんなお話をいっぱい聞いてたから自然に私もそうなりたいなって」

「なるほどな…」

「まぁ、おばぁちゃんとお母さんには反対されたけどね」

「どうしてだ?」

「この髪の毛と目じゃ、絶対になれっこないって言われたの」



は苦笑する



「それが何だか凄く悔しくて…、反抗して家を飛び出した時にこの学園の事を知って…」



そう呟いて仙蔵の首に腕を回す



「今思うと子供のちょっとした反抗心なんだけど、馬鹿な事したなって思うわ」

「しかし6年間忍術学園にい続けたんだ、生半可な気持ちじゃ無かったんだろう?」

「……そう言って貰えると嬉しいけど…」



は嬉しそうに微笑んでしがみ付く様に仙蔵に抱き付く

仙蔵はそんなの背中に腕を回し、そのの身体をぎゅっと抱き返して耳元で語り掛けた



「もし、本当にくの一を目指す事が難しいと感じたら私の元に来れば良い」

「…どう言う事?」



が尋ねると、仙蔵はの髪の毛を愛しそうに撫でながら答える



が本当にくの一になる事を諦めた時は私の元へ来い、私は何時までも待っている」

「…………」

「くの一になる事は、諦めろと言われて諦められる物では無いんだろう?」

「…それは……そう…だけど…」

「だからは全力でくの一を目指せば良い。ただ本当にどうしようも無くなった時は私が貰ってやるから、安心しろ」



仙蔵はそう言って柔らかく笑う



「くの一を目指す限り私とは一緒には居られないだろうしな」

「…うん………」

「だから、お互い一緒になれるその時までは、悔いの無い様生きてみろ」

「仙蔵……」

「居るかどうかもわからない神に頼るより、私を信じて居た方がずっと良いだろう?」



そう得意気に訪ねる仙蔵に、は苦笑した



「そうだね、カミサマよりホトケサマより、仙蔵の方がずっと信じられるかも」

「まぁ、と会えた事については神に感謝しても良いかもしれないけどな」

「そうだね、私も、仙蔵に会えて良かった」



二人は顔を見合わせて微笑んだ

それは卒業間近のある日の出来事

二人にとっては大切な大切な

そんな何気ない

普通の日のお話



-END -



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'04/08/11