さん、悪いんだけど傷薬用の薬草を裏庭で摘んで来てくれる?」

「あ、良いですよ、どれ位必要ですか?」

「ん〜、そうだな…、この瓶いっぱいに薬が作れる位、かな」



伊作はの質問に、空になった瓶を片手で持ち上げながら答える



「了解です、それじゃぁ行って来ますね」

「うん、よろしく」



採取用の籠を持ち、は保健室を後にする

伊作はそんなの後ろ姿をにこやかに見送った

此処は言わずと知れた保健室

通称不運委員なんて言われている忍たま達が集う場所

先日三郎に連れられて忍術学園に来たは、保健室の手伝いとして働く代わりに学園に置いてもらえる事になったのだ

保健室と言えばご存じ不運委員長…

もとい保健委員長の善法寺伊作が大体を取り仕切っている



「さて、委員日誌をつけないと…」



伊作がそう言いながら立ち上がったその時、保健室の扉が開かれた



さん?忘れ物でも…ってあぁ、鉢屋か」



扉を開けて入って来たのはを学園へ連れて来た本人



いないんですか?」

「うん、今薬草を取って来る様頼んだからね、裏庭にいるよ」

「そうですか」



三郎は短く答えると、ふと伊作の顔を見つめた



「会いに行かないの?」

「いや、今日はに用がある訳じゃないんですよ」



伊作の問いに、三郎は照れくさそうに答える

そして少しの沈黙の後、急に真面目そうな顔をして伊作に切り出した



「実はちょっと先輩に聞きたい事があるんです」

「ん?」



三郎の突然の申し出に伊作は首を傾げる



「あの…、、俺の事について何か言ってませんでしたか?」

「何かって…、どういう事?」



伊作は三郎の唐突な質問の意図を掴みきれずにたずねる

すると入り口に立っていた三郎は戸を締めると伊作の前に腰を下ろした

どうやら本格的に相談をしたいらしい



「俺…、この学園じゃ雷蔵の顔を借りて生活してるじゃないですか」

「うん、そうだね」

「今までずっとこの顔ですごして来たし…、今更素顔に戻る訳にも行かないんですよ」

「まぁそうだろうねぇ…」

「そうするとの前でもなかなか素顔に戻る隙っていうのが無くて…」

「あぁ、それでその事についてさんが何か零してなかったかって意味だったのか」



伊作はなるほど、と頷きながら三郎に笑い掛けた



「今の所はさんの口からそういった事は聞いてないよ」

「そうですか…」

「どうしても気になるなら僕がさり気なく聞いてあげようか?」

「え、でも…」

「鉢屋さえ良いなら僕は構わないけど?」



伊作の申し出に戸惑っている三郎を見て、思わず微笑ましい気持ちになりながら伊作は笑った



「それじゃぁ、お願い…します」

「うん、任せて」

「あー…、でも何か緊張しますねこういうの」

「はは、鉢屋はさん絡みになるととことん弱いんだね」

「言わないで下さいよ…」



伊作の楽しそうな言葉に顔を覆いながら三郎が呟いたその時、小さな足音が二人の耳に入ってきた



「戻って来たみたいだね」

「じゃぁ俺、部屋戻ります」

「あれ?会っていかなくて良いの?」

「いや、何かちょっと気まずいんで…」

「あ、鉢…」



三郎は伊作が呼び止めるより先に保健室から姿を消してしまった

伊作がそんな初々しい三郎の行動に笑いを堪えきれずにいると、やがて保健室の戸が開いた



「…………」

「ただいま戻りまし…、あの、天井がどうかしましたか?」



目の前で天井を見上げている伊作を見ては不思議そうに首を傾げる



「え、あぁいや、何でもないんだ、おかえりさん」

「あ、はい…、えっと、とりあえずこれ、薬草です」



しかし伊作が笑って誤魔化すと、は手から籠を下ろし床に腰を落ち着けた



「折角なのでそろそろ薬にしちゃった方が良さそうな物も摘んできちゃいました」

「ありがとう、それじゃ選別しようか、まだ薬草の見分け方については教えてなかったよね?」

「はい、お願いします」



伊作はそう言うとの正面に移動して、籠の中の薬草を取り出し二人で薬草の選別を始めた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「………あ、これってどっちでしたっけ」

「それは痛み止めの方だね、先が少し赤いでしょ?」

「はい」

「で、こっちの止血効果がある方は、形は一緒だけど先が緑のまんまなんだよ」

「なるほど…」



静かな保健室の中でかさかさと薬草を選別する音と二人の会話だけが響いている


「………」

「………」

「………」

「………」

「…あの…」

「ん?」

「えぇと………、少し相談があるんです……けど、」

「え?」



ふいにが切り出したのは先刻の三郎と似た様な言葉

伊作が思わず顔を上げて視線を薬草からに移すと、も顔を上げた



「こんな事…、善法寺さんに相談するのは少しお門違いかもしれないんですけど……」

「それは全く構わないけど…、一体どうしたの?」



伊作が尋ねると、は両手で薬草を小さくいじりながら話し始めた



「三郎の…事、なんです……」

「鉢屋の?」

「はい…、最近の三郎…少しおかしいんです」

「おかしいって、何が?」



あまりにタイムリーな相談内容に伊作は少々戸惑ったがすぐに気を取り直すとに尋ねた



「何だか、最近避けられているみたいで…」

「避けられてるって…、さんが鉢屋に?」

「はい…」

「鉢屋に限ってそんな事無いと思うけど、どうしてそう思うんだい?」



伊作が尋ねると、の表情が少し暗くなる



「以前より会いに来てくれる回数が減ったのと…、後、一緒に居ても何処か落ち着かない様子で…」

「落ち着かない…?」

「妙に周りを気にしてると言うか…、まるで私と居る所を見られるのを嫌がってる感じなんです」

「あぁ…そっか……」



の言葉を聞いて伊作は三郎の言葉を思い出した

確かに素顔に戻っている時に誰かに見つかってしまうのは三郎にとっては避けたい事だろう



「何か思い当たる節があるんですか?」



伊作の妙に納得した様な表情には思わず身を乗り出して尋ねる

伊作はそんなの様子を見て苦笑すると持っていた薬草を床に置いた



「実はね、鉢屋にも似た相談を受けたんだよ」

「似た相談…?」

「うん、…ねぇ、さんは鉢屋の今の姿についてどう思ってる?」

「今のって…?」

「ほら、鉢屋って普段同じクラスの不破の顔してるでしょ?」

「あぁ…」



伊作が説明するとは普段の三郎の顔…、もとい雷蔵の顔を思い浮かべて頷いた



「どう思うも何も…、特に何も思ってないですけど……」

「あの不破の顔をした鉢屋と接していても何も感じない?」

「そうですねぇ…、少し違和感はありますけど、でも、顔が違っても三郎は三郎だから…」



は伊作の問い掛けに首を傾げながら答える



「そっか、それじゃぁ鉢屋の取り越し苦労だったんだね」

「?」

「鉢屋はね、不破の顔をしたままさんと会うのを遠慮してたんだよ」

「そうだったんですか…」

「やっぱりこの学園に居る限り鉢屋が元の顔に戻るのは難しいだろうからね、それでその事をさんが嫌がってるんじゃないかって」

「三郎ってば…」



伊作の説明を聞いて納得したのか、は小さく息をつくと俯いて呟いた



「そんな事…、三郎と一緒に居られる事に比べたらどうでも良い事なのに…」

「それじゃぁちゃんとそう言ってあげなきゃ」

「そう…ですね、黙っててもすれ違っちゃうだけだし…」

「さぁ、それじゃぁ行っておいで」

「え?」



が伊作の思わぬ言葉に顔を上げると、伊作はにっこりと笑った



「こういうのは先延ばしにすると良い事ないからね」

「…善法寺さんて……何か、大人ですよね…」

「そんな事ないよ、仙蔵や長次に比べるとね」

「あぁ、あの方達は確かに色々と達観してそう……」



は仙蔵と長次の顔を思い浮かべて苦笑すると、薬草を籠に戻して立ち上がった



「あの、じゃぁ…、行って来ます」

「うん、行っておいで、後は片付けておくから」

「ごめんなさい…、」

「良いよ、これ以上保健室を"不幸の溜まり場"なんて言わせたくないしね」



申し訳なさそうに謝るに伊作はそう言っておどけてみせる

はそんな伊作を見つめると微笑んで頭をぺこりと下げた



「有難う御座います、やっぱり善法寺さんに相談して良かった」

「どうしたしまして、お役に立てて嬉しいよ」

「それじゃぁ、後は宜しくお願いします」



そう言い残しは保健室を後にした



「有難う…か、本当損な役回りだなぁ」



を見送った伊作は苦笑しながら呟く



「まぁそれでこその伊作だろう」



一人で自嘲する伊作に突然投げ掛けられた声に驚き振り向くと、そこには仙蔵が悪戯な笑みを浮かべて立っていた



「仙蔵…、覗きなんて悪趣味だよ」

「別に覗こうとした訳じゃない、偶然通り掛かっただけだ」

「白々しいなぁ」



仙蔵の言葉に伊作が笑うと、仙蔵は伊作の肩を叩き笑った



「まぁそんな事より今日は久々に呑むとしようか」

「え?何でいきなりそんな…」

「"伊作くん、振られちゃって残念会"だ」

「大きなお世話だよ…、っていうか別に振られるとか以前の問題だし…」



伊作の肩をばしばしと叩きながら楽しそうに笑う仙蔵の横で伊作はがっくりと肩を落とす



「まぁ今後もこの保健室と言う空間であの子と二人きりになる度心の中で大きく葛藤するが良いさ」

「お前…、本当に良い性格だよね……」

「まぁな、でもどうせ奪う気なんか無いんだろ?」

「当たり前だろ、…って、だから別に僕はさんが好きとかそういう訳じゃなくて」

「あの子がフリーだったら?」

「…………」

「まぁフリーだったら此処には居ないんだけどな」

「仙蔵…」



散々伊作をからかう仙蔵を恨めしそうに見ながら伊作は深い深いため息をつきうな垂れた



「いやぁ、今頃あの子は鉢屋と仲直りしてラブラブ中だろうな」

「もう放っといてくれ…」

「いいじゃないか、忍者に女は不要だぞ」

「文次郎ならまだしも仙蔵の口から聞いても全く納得行かないよ…」

「気にするな、さぁ祝杯の準備だ!!」

「何もめでたくない…」



こうして、が仙蔵の言う通り三郎に無事意思を伝え良い雰囲気になっている頃、

伊作はひたすら仙蔵にいじられ続け、その後更に文次郎や小平太によって素敵な慰めの言葉を受けるのだった



「僕の幸せは一体何処に…」



-END-



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ちょっと不思議な展開になった今回のDream

139番目のアンケートに答えて下さったカカシさまのリクエストで「風並みの続き、伊作出演」でしたw

何をどうしたもんかDreamとは掛離れた感じになりましたが、別に甘いだけがDreamじゃ…

いや、基本甘くなきゃ駄目か;

でもまぁたまにはこういう普通の日常も良いかな、と思いまして!!

そして折角自分の気持ちを殺してまでさんと三郎の仲を取り持ったと言うのに最後に仙蔵によって不幸のドン底へ突き落とされる伊作…

仙蔵はただのいじめっ子では無いんですがこれ見る限り本当ただのいじめっ子ですね(笑

何だかツッコミ所がありすぎて逆につっこめない作品となりましたが、こんな感じで勘弁して下さい_| ̄|○

ではでは、カカシさまを始め、アンケートに答えて下さっている皆様に心よりお礼を申し上げつつこの辺で…。



'06/09/09