「いいか?俺は当日他人の姿でその場に行くから、は俺だとわかっても知らない振りしろよ?」



三郎はを抱き締めたままゆっくりと自分の考えた計画を話す



「で、でも…他人って……一体誰の…?」

「今はまだ秘密」

「何で…?」

「何でも」



三郎の答えに納得の行かないは頬を膨らませる

そんなの顔を見て三郎は苦笑しながらその頬を突付いた



「まぁ心配するなって、絶対助けてやるからさ」

「…でもその顔を借りられた人が狙われちゃう事とかは無いの…?」



は心配そうに訪ねる

三郎は笑ったまま自信満々に言う



「それは絶対に無い」

「何でそんな事わかるの?」

「何でって……そうだな、追い掛けられる訳が無いから、としか答えられないんだけど」

「良くわかんない…」



が首を傾げて呟くと三郎は笑った



「兎に角、式の当日までは我慢してくれよ」

「うん、そろそろ私戻らなきゃ…」

「そうだな、おばさんには内緒で来たんだっけ」



は小さく頷く



「それにしても…の家からウチまで結構遠いのに良く裸足で来たな…」

「うん…なんか夢中で」



はそう言って苦笑した

三郎はそんなを一度力強く抱き締めるとそのままを持ち上げて立ち上がった



「三郎?」

「家まで送る」

「い、良いよそんな…」

「良いから、しっかり捕まってろよ?」



三郎は悪戯っぽく微笑むと窓から勢い良く飛び出して屋根の上に昇った

は三郎の軽々とした身のこなしと高い跳躍にただ驚くばかり



「さ、三郎……凄いね…?」

「まぁこれくらいはね」

「忍術学園ってこんな訓練するの…?」

「そうだな…もちろん筆記科目もあるけど大体こう言う実技が主体だよ」



三郎の言葉には納得すると三郎の首の後ろに腕を回す

すると三郎はを抱えたまま颯爽と屋根から屋根に飛び移りの家まで屋根伝いに向かった



「本当は忍者がこんな朝から派手な行動はしないんだけど」

「そう…だよねぇ……でも皆まだ寝てるだろうし…」



音も無く軽々と飛んで行く三郎

はただ驚いていたが、家に近付くと小さく呟いた



「三郎……凄く格好良くなったよね」

「……そうか?」

「うん……」



は少しだけ力を強めて三郎に抱きつくと三郎の首元に顔を埋めた



「本当は諦めてたのに…」

「諦めるって……何を…」

「…三郎にはもう会えないと思ってたから……」



はそう呟くと三郎の首筋に優しく噛み付いた



「っ………?」



一瞬の痛みに顔を歪めてを見る

はにっこりと三郎を見上げて微笑んだ



「当日、来てくれなかったら一生恨むからね」



可愛らしい笑顔で割りとキツイ事を言い放つ

三郎は苦笑しての頭を撫でてやった



「さ、着いたぞ」



の家の屋根の上にトンと着地すると三郎はそのままの部屋の前まで飛び降りた

をひょいと持ち上げ窓から部屋の中へ入れると窓越しに手を振った



「それじゃぁ、またな」

「…………」

「そんな不安そうな顔するなって…な?」



三郎は窓の淵に手を掛けて三郎を見下ろすに近寄ると軽く触れるだけの口付けをした



「絶対……来てよね…」

「わかってるって」

「約束だよ?」

「あぁ」



そして三郎はもう一回だけ手をひらひら振るとそのまま振り返ること無く消え去った



「……絶対………助けに来てよね…」



はそう独り言の様に呟くと部屋の中に戻った



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それから挙式までの数日間

二人が顔を合わせる事は一度も無かった

は一日のほとんどを自分の部屋で過ごし、ご機嫌を伺いに来た富豪の息子の従者達にも一切会おうとはしなかった



さん、式は明日ですからね、逃げようとは考えないで下さいね、怒られるのはこっちですから」



毎日の様に現れてはそれだけ言い聞かせて帰って行く従者達にはいい加減呆れ返っていた



「人の思いも考えずに……」



は悔しい思いに潰されそうになるのを堪えるのにかなり神経をすり減らした

しかし、それでも式を明日に控えた今日までやって来れたのは間違い無く三郎のお陰



「……三郎は来てくれる…………絶対に……」



は数日間の内に何度そう自分に言い聞かせたかわからない

兎にも角にも三郎だけがの心を支えていた

もちろんそんな気持ちは結婚相手も従者も、ましてや三郎自身も知らない事で…



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様、そろそろお召し変えの時間で御座います」



ついに挙式の当日となった

朝早くからの周りにはたくさんの女中達が集まり身の回りの全てを細々とこなしてくれる



様、式にて身に着けられる御召物が用意してありますのでどうぞこちらへ」



は無表情のまま女中の言葉に従い後に続く

今日の事を考えるとそれだけで狂いそうになる

三郎が助けてくれる事は信じている

しかし初めての挙式を上げる相手が思っても無い相手なのは女にとっては苦痛でしかなかった



「さぁこちらへ掛けて下さいませ」



義務的に仕事をこなす女中達

自分を助けてくれる人間はこの中には一人としていなかった

母親さえも部屋に入る事を許されていないこの屋敷はにとっては牢獄の用な物



「髪を結いますので動かないで下さいませ」

「次はこちらに御召変えますのでお袖をお通しください」



自分の周りで甲斐甲斐しく働く女中の言葉をぼんやり耳にしながらはただ窓の外を眺めていた

全ての準備が整う直前、襖が開く



「あぁ……なんて美しいんだ…」

「……………」



入って来たのは結婚相手の道楽息子

の表情は益々凍りつく



「俯かずにこちらを向かないか」

「……………」



逆らう事なくは大人しくその言葉に従い男をしっかりと見据えた



「やはりお前は美しい…あの様な村に居るのが間違いなんだ」

「……………」

「何、心配しなくて良い…お前が目出度く僕の嫁となった時村の一生の安定を約束してやる」



高慢な態度でにそう告げる

はただその言葉に頷き適当に相槌を打っている

やがて男は笑いながら満足そうに部屋から出て行った



「…………っ」



襖が閉められ足音が遠ざかったのを確認するとはその場にしゃがみ込んだ

心配そうに女中が駆け寄る



「如何いたしましたか」

「ご気分が優れないのですか」

「式までの時間お休みになられますか」



誰も逃げろとは言ってくれない

が望んでここに来たのでは無いことを知りながら…



「結構です…私は少し外の空気を吸ってきます……」

「わかりました、しかし式までにはお戻りくださいませ」

「…………」



あくまで事務的な女中を軽く睨み付けるとは廊下へと出て行った

しかし挙式用の着物では大して遠くへ行く事も出来ない

は近くの中庭へ足を運ぶと誰も居ない事を確認する



「……三郎…………」



耐え切れず涙が零れ落ちる

女中が傍に居たなら化粧が落ちるから泣くなと言う事だろう

はただ静かに涙を流し続けた



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挙式は屋敷の周りでとても盛大に行われた

町中の人々が一目を見ようとやって来る

町では評判の悪い金持ちの家に嫁ぐ女とは一体どう言う人なのだろう

そんな好奇心からか関係の無い一般人も多く見られた



「ねぇ聞いた?あの花嫁、村から無理矢理連れて来られたらしいわよ」

「それはお気の毒にねぇ…」



所々から聞こえるこんな話し声

やはり自分勝手に町を統治する様な富豪には町の人もうんざりらしい

しかし誰も逆らおうとはせずただやりたい放題の行く末を見守るだけ…

そんな中男とは祭壇の横で時間が来るのを待っていた

式を始めるのは午後0時



「随分と浮かない顔をしているな、嬉しくはないのか?」



嬉しいわけが無い



「いえ…ただこんな大勢の前で少し緊張しているだけです…」



口から出る嘘の数々



「そうか、まぁ仕方無い、皆の美しさにはさぞ驚くことだろう」



男は満足そうに笑う

はそんな男の笑顔から顔を背けた



「早く……」



とても小さな声でそう呟く



「何か言ったか?」

「いえ…何でもありません……」



力なくそう答えるとは壁の隙間から祭壇の下を覗き込んだ

高い場所に作られた婚儀の為の祭壇

周りには真っ赤な布が敷かれ、回りを見渡せば大勢の民衆がこちらを見ているのがわかった



「…………」



がぼんやりと民衆を見つめていると男に呼ばれた





「はい」

「そろそろ時間だ」

「…はい」



男はそう言うと祭壇へと先に上がっていった

は男の召使に連れられゆっくりと赤い布の上を歩く

実の父親に腕を引いて貰う事さえ許されない

こんな結婚式があるだろうか



「…………」



やがて男の元へ辿り着く

男は厭らしく笑いながらの腕を取る



「さぁ、目を閉じて……」



長ったらしい婚儀の祝辞とやらも終わり誓いの口付けの時となる



「…………」





戸惑うに男は少し強い口調で言う

は逆らえず目を瞑った



途端に物凄い爆音が鳴り響く



「何だ!?」



男は慌てて音のした方を見る

も目を開け同じ方向を見た



「なっ……どう言う事だ!?」



人々が賑わっていた下の方は煙に包まれ何も見えない



「おい!!誰かいないのか!!何をしているんださっさとあの煙の原因を調べて来い!!」



男がそう言うと煙の中から一人の人影が現れた



「調べる必要は無い」

「何奴!?」

「煙を巻いたのは俺だからな」



そこに現れたのは男と全く同じ顔をした人物



「……っ!?っ……わ、私がもう一人……!?」



自分と同じ顔の人物を目の前にして男は驚きを隠せない

一方は目の前の男が三郎である事に気付くが何も言わずただ立っていた



「悪いがこの娘は頂いて行く」

「ふざけるな!!誰かこの男を捕まえろ!!」

「残念だけど誰も来ない」

「何だと!?」

「既に倒しちゃったからな」



三郎はそう言うとにやりと笑う

男は益々慌てながら後ずさった



「抵抗するならお前も殺そうか?」



冷たい目で短刀を男の首筋に当てながら三郎は言う

男はすっかり震え上がり首を激しく横に振る



「わ、わかった…その女が欲しいのなら何処へでも連れて行け……だから私の命だけは…」



自分可愛さに嫁に取ろうとした女さえも差し出そうとする男に三郎は舌打ちする



「下衆め…」



男に扮した三郎はそれだけ呟くとを抱き上げ飛び上がった



「しっかり掴まっとけよ?」



小声でにそう言うと三郎は未だ煙の立ち込める中へ飛び降りそのまま走り去った



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を抱えた三郎は物凄い速さで人の間をすり抜けて行く

煙が立ち込める中人々が三郎とに気付く事は無く、二人は町から出た



「ここまで来れば平気かな」



三郎は一旦を地面に降ろすと変装を解いた



「全く…本当に最低な男だったな」

「…………」

?」



地面に立ち俯いたまま反応を示さないの顔を三郎が覗き込む

は泣いていた

とても小さな声で嗚咽を漏らしながら目に涙を浮かべている



……」



三郎はの肩をそっと抱き寄せた

しっかりと抱き締めその涙を指で拭う



「泣くなよ」

「だって……」

「ちゃんと助けただろ?」

「うん……」



三郎はの頭を撫でながら微笑んだ



「もう絶対に離さないから安心しろ、な?」

「三郎……っ」



は三郎に抱きつく

三郎はを抱きとめ子供をあやす様になだめた



「さて、何時までもそんな格好じゃ怪しまれるし…此処にも長くはいられないな」



そう言うと再びを抱き上げ三郎は走り出した



「ど、何処行くの?」

「忍術学園だよ」

「忍術学園って……私みたいな部外者連れて大丈夫なの…?」

「平気平気、何とかなるって」



三郎は明るく笑う

は三郎の首にしがみ付きながら苦笑した



「…ぁ……」



ふとは三郎の懐に入っている赤い風車に目を奪われる



「これ……持ってきたの?」



が訪ねると三郎はにっこりと笑う



「あぁ、元あった場所に還そうと思って」

「元あった場所って…村の近くの分かれ道…?」

「そう、が前に刺したあの場所」



三郎がそう言うとの表情が曇った



「でも……私はあの場所にはもう…戻れないよ………」

教えてくれただろ、かざぐるまの花言葉」

「え…?」

「旅人の喜び…だっけ?」

「そうだけど…」

「だから平気」

「……意味がわからないんだけど…」



が顔をしかめると三郎は含みのある笑みを見せた



は旅人の歓びをいってらっしゃいに例えたけど…いってらっしゃいがあるなら当然お帰りなさいだってあるだろ?」



そう言いながら風を切り三郎は走り続ける



「実はのおばさんに頼まれたんだ」

「…………お母さんに………?……何を?」

「昨日の夜俺を訪ねて来てさ…、を助けて下さいって」

「…………」



三郎の言葉には思わず言葉を失くす



「だから大丈夫…誰もを責めたりしない」

「………お母さん…」



は小さく呟くと再度涙を流し始めた



「だから……」



三郎はそう言うと立ち止まる



「お帰りなさいもちゃんとあるから、は何処へでも行けるんだからな」



そう言ってにっこりと微笑む

は頬に伝う涙もそのままに三郎を見上げると嬉しそうに笑った



「有難う……三郎…大好き……」

「俺もが好きだ」



二人は固く抱き合う



「やっぱりさ」



再びを抱え走り出しながら三郎は切り出した



「え?」

「旅人の歓びって自分の帰れる場所がある事が一番なんじゃないかと思う」

「…そう……かな」

「あぁ、だって俺久々に家に帰って、昔の知り合いやに会えて本当に嬉しかったし」



三郎は無邪気に笑う



「だから、今度は旅に出た人が安心して戻って来れる様に願って風車置こうな」

「………うん!!」



風を切って走りながら

二人は幸せそうに笑い合う

の手には一つの風車が握られている

真っ赤で小柄なその風車は

風に吹かれながら嬉しそうにくるくると回るのだった



- END -



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