久々の里帰り

村へはもう直ぐにでも付く、と言う辺りに差し掛かった所

三郎の目に止まったのは小さな風車

真っ赤な色をした風車は一本だけ地面に刺さってくるくると回っている



「……どうしてこんな所に…」



三郎は傍へ近寄るとしゃがみ込み風車を手に取った

風に揺られてくるくると回る風車

真っ青な空に真っ赤な色

その妙なコントラストが嫌に三郎の心を掴んだ



「風車か……懐かしいな」



風車を手に取り空にかざしながら

昔は良くと風車を片手に走り回り遊んだものだと思い返す



「…………」



物思いに更けていると背後から人がやって来た



「?」



振り返ればそこには絹の被りを羽織った女性がこちらへ向かってくる所

顔は布に覆われていて見ることが出来ない

しかし、さぞ美しい顔をしているのだろうと思わせる雰囲気がそこにはあった



「…………」



程なくして女性は三郎の前を通り掛かる

女性はにこりと笑って会釈した

表情を伺えるのは布を被っていない口元のみ

美しい桃色の口紅が妖艶さを醸し出していた



「……あの…何か……?」



自分の前に立ったまま動こうとしない女性に思い切って声を掛けてみる

女性はまた控えめに笑うと被っていた布をはずした



「…………っ」



女性が布を下ろしゆっくりと目を開け微笑んだ

三郎は思わず息を飲み込む



「…………?」



そう確かめるように呼ぶと女性は嬉しそうに笑った



「わからなかったの?」



先程の妖艶な雰囲気や容姿からはまるでそうぞうも付かないほど可愛らしい声

これでは女性ではなく少女と言った方が正しい



「全然わからなかった」



三郎の言葉にと呼ばれた少女は悪戯に笑う



「どうしたんだよその格好…」

「えへへ、中々良い女でしょ?」

「まぁ……な」

「さっきまで町に出てたの」

「町に?」



は頷くと三郎の持っていた風車をそっと奪った



「私ね、今度結婚するんだ」



まるで頭を何かで殴打された様な感覚を受け、三郎は思わず笑ってしまう



「一体何の冗談なんだよ」



三郎の言葉には笑った



「冗談なんかじゃないよ」



それはとても悲しい笑顔

今にも消えてしまいそうな程…



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「……どう言う事か話してくれないか?」



二人で並んで村への道を歩く

の手には真っ赤な風車が握られたまま

時々くるくると回っては風を知らせた



「……町の…大富豪の息子がね………」

「…………」

「私を気に入ったんだって…」



は視線を空にやりながら何処か他人事の用に話す



「それで…結婚してくれって言われたの」

「………はそれを受け入れたのか?」



三郎の声は落ち着き払っている

は三郎の言葉に無言で首を横に振る



「じゃぁ何で…」



三郎が訪ねるとはまた自嘲気味に笑って見せた



「家族の為よ」



の言葉に三郎の顔はわずかに引きつる



「………どう言う事だ?」

「……断ったら、お前の家の田畑がどうなっても良いんだな?って聞かれたの」



は相変わらずさらりと言い放つ

三郎は複雑な思いでそんなの横顔を見つめた



「どうなっても良いわけないじゃない?こっちだって生活掛かってるし…」

「………、」

「だから仕方なく話しを受けたの」

「何で……っ」



三郎は立ち止まり俯いて呟く

が不思議そうに三郎の顔を覗き込むと三郎は顔を勢い良く上げての手を取った



「何でお前はそんな風に笑えるんだ!?自分の人生だろ?はそれで良いのかよ!!」



思わず強い口調で吐き捨てるように口から出た言葉に三郎自身は驚く

しかしは一瞬驚きの表情を見せたものの、また普段の顔に戻る



「仕方ないでしょ…私に出来る最善の手はこれしかないし」

「だからって…そんな………っ」

「他にどんな手があるの?相手は町の大富豪だよ?何をしてもこちらが不利になる事なんか目に見えてるじゃない…」



は三郎の手を振り払うと再び歩き出した



「兎に角…もうこれは私が決めた事だから」

……」

「さぁ、早く村に戻らないとお母さんも心配してる…」



はそう小さく呟くとそのまますたすたと村への道のりを歩いていった



「…………」



三郎は久々に再開したの背中を見つめていた

驚く程美しくなり

その容姿は確かに誰もが目を奪われる程

後ろから見るだけでもは綺麗だった

その町の大富豪とやらが放っておくわけも無い



「………くそっ…」



三郎はの背中を見つめながら拳をぎゅっと握り締め悔しそうに呟いた



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「ただいま」

「おかえりなさい…大丈夫だった?」

「うん、別に平気、ちょっと疲れちゃったけどね」



は明るく笑う



「あ、そうだ、さっき三郎に会ったの」

「三郎くん…って………あの鉢屋さんの所の…?」

「うん」



は草鞋を脱ぐと居間に腰を下ろした



「全然変わってなかったよ」

「そう……懐かしいわね………昔は良く一緒に遊んでたものねぇ」

「……そう、だっけ…?」

「そうよ、あの頃はまだ二人とも小さかったものねぇ…」

「……うん…」

「凄く仲が良くて…いつかは三郎くんの所にお嫁さんになるんだって…」

「っやめて!!」



母親の懐かしそうな言葉には突然大声を上げる



「あ、ごめん………………私……、もう休むね」



驚く母親を残し、は自分の部屋へ逃げるように戻っていった



「…………」



一人残された母は居間でそっと涙を流した



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「…………」



三郎は久々に戻った我が家でくつろいでいた

最後に見た時と何の変わりも無い自分の部屋にごろりと寝転んで天井をぼんやり見つめる



「………っ」



何を考えようとしても出てくるのはの泣きそうな笑顔だけ

結局あの後は一言も交わすこと無く村に着き

そしてそのまま自分の家へ向かうに話しかけることも出来ず自分も家へ戻った

三郎は頭を振って立ち上がると窓から外に出て屋根の上に昇る



「綺麗だな……」



月を見上げながらぼんやり呟く

真夜中で人気の無い村は明かりも無く真っ暗で

金色に輝く大きな月が三郎だけを照らしていた

屋根の上に無造作に寝転んで月を見つめる



「…………」



ふと昼間の事を思い出した

家族の為に自分の未来を全て投げ打つと笑いながら言った

どうしてその時何も言えなかったのだろうか

どうして自分はあんなにもむきになって怒鳴ってしまったのだろうか

どうして…

どうしてあんな目をしたを放ったまま家に帰ってきてしまったんだろうか…



「……どうしてだ…?」



考えてみてもわからない

自分が今こんなにもイラついている理由は何だろうか

わからない

わからないけれどこのままにしては置けない

三郎は途方も無い事ばかり考えた

そして気付けば夜は当に更け、橙色の朝日が煌々と輝いていた



「……何やってんだろう…俺………」



月がいつの間にか太陽に変わってしまった事に驚く

暫くはぼんやり太陽を眺めていたが、ついに馬鹿らしくなり部屋へ戻って布団に潜った



「……眠…」



三郎はそのまままどろむと、何時しか眠りへと堕ちて行った



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三郎が眠りに付いた明け方

は既に起床して部屋の隅に座っていた

手には昨日三郎が持っていた風車

うっかり返しそびれていたのを今朝思い出した



「……どうしよう…これ……」



部屋の中では回る事の無い風車



「風が無きゃ回れないもんねぇ……」



そう呟いて指で風車の羽を弄ぶ



「……嫌だな…」



無意識の内に言葉が零れる



「嫌だよ……三郎………………助けてよ…」



涙が溢れ流れ堕ちる

は膝を抱え込んで静かに涙を流した



「何で…何で今更戻ってくるのよ………折角諦めたのに……」



嗚咽を漏らしながらはゆっくり立ち上がる

部屋を出ようとして襖の前で立ち止まる

そして何を思ったか部屋の窓から外へ飛び出した

何も履かず裸足のまま

は走った



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三郎は未だに眠り続けている

とは言っても今はまだ6時程度

寝ていても何の不思議も無い

三郎が浅い眠りの中にいると人の気配を感じた



「…………誰だ?」



窓に向かって呼びかけるとが顔を出す



「っ……!?」



思わず眠気も去り三郎は慌てて窓に駆け寄る



「何やってるんだこんな時間に…」



三郎が訪ねるとは少しだけ赤い目で苦笑した



「これ、返しに来た」



の手には赤い風車



「……これ、別に俺のじゃ無いんだけど…」

「知ってる」

「え?」

「これ…私があの場所に刺したんだもん」



はそう言うと窓の縁に腰掛けた



「中入らないのか?」

「……足汚れてるから」

「何でだよ…」



三郎がの足に目をやるとが素足である事がわかった



「な、何でお前何も履いて無いんだよ!?」

「お母さんに見つかるのが嫌で窓から来た」

「……兎に角これで拭いて中入れよ…」



三郎は近くにあった布巾をを手渡した



「……………」



は無言のまま足を拭くとやっと三郎の部屋の中に入る



「変わってないね」

「まぁ…そうだろうな」

「…………」

「それで…お前が刺したって……どう言う事だ?」



三郎が訪ねるとはその場にぺたりと座り込んで話し始めた



「かざぐるまって名前の花があってね、花言葉が旅人の歓びって言うの」

「旅人の歓び……?」

「うん…あそこはこの村から出て最初の分かれ道でしょ?」

「あぁ」

「だから…いってらっしゃいの意味も込めて置いてみた」

「何だそれ」



三郎はから受け取った風車を見つめる



「本物の花はいつか枯れちゃうから…こっちなら枯れなくて良いかなって思って…」

「でも…その意味に気付く人なんかいないんじゃないか?」



三郎はそう言うとは笑った



「良いんだよ別に…、自分の為に置いた様な物なんだから…」

「自分の為って…」

「また…ここに戻って来たいなって思ったの……無理なのはわかってるけど…」



の声が微かに震える



「私が逃げ出して村に戻っても……きっと誰も私を受け入れてはくれないのはわかってるの」

「何でだよ」

「あいつ等が嫌がらせに村を陥れるかもしれないから…」

「そんな…」

「私が逃げて戻っても…戻らずそのまま何処かへ消えても……やっぱり辛いのはお母さんや村の人」



は俯いて小さく呟いた



「だから…もう引き返せないように……いってらっしゃいって…もう戻ってきちゃ駄目だよって…」



はそう言って静かに泣いた

三郎はの震える小さな肩を抱き顔を歪めた

胸が締め付けられるように痛い

はこれから村や家族の為に愛しているわけでも無い者の元へ嫁ぐ

三郎はを強く抱き締めて切り出した





「…何?」

「俺はお前を奪う」

「え?」



三郎の言葉には首を傾げる



「お前がその町の大富豪の家に嫁ぐその日、その場でお前を攫う」

「何言って…」

「何処かの誰かに突然花嫁を攫われたとなれば、村のせいでものせいでも無いだろ?」

「……それは…そうだけど………」

「大丈夫、俺はこれでも忍者の端くれだし、変装は得意なんだ」



三郎はそう言って笑うと、の顔を片手で覆った



「………え?」



何の事かわからず混乱する

やがての顔から三郎の手が外されるとそこには知らない人の顔があった



「………三郎…なの?」



話しかけると知らない人の顔をした三郎は笑った



「これは俺と同室の不破雷蔵って言うんだ、学園では良くこいつの顔を借りてる」

「何で……」

「人に顔を見られたくないんだよ」

「………?」

「何を考えているか悟られる恐れがあるからな」



三郎はそう言うと一瞬のうちのまた自分の顔に戻った



「兎に角、お前は心配するな、絶対に助けて見せるから」

「でも……」



三郎の言葉には躊躇いがちに告げる



「私はそのまま何処に行けば良いの…?村には戻れないし…」

「忍術学園に来れば良い」

「そんな事出来るわけないじゃない」

「大丈夫、俺が絶対守るから…、俺が絶対を幸せにするから」



力強くそう言って笑うと三郎はの額に口付けた



「誰にも渡したくない」

「三郎……」

「約束しただろ?お前は俺の嫁になるんだって」

「………、」



は昨日の母親の言葉を思い出す



「(凄く仲が良くて…いつかは三郎くんの所にお嫁さんになるんだって…)」



は……俺が嫌い?」



三郎の問いには首を横に振る

のすがる様な目を見て三郎は満足そうに笑うと耳元で優しく呟いた



「愛してる」



三郎の言葉に、は顔を赤く染めて俯いた



「有難う…」



は恥ずかしそうに呟く

そして互いに見つめあい

二人の唇は重なった




- TO BE CONTINUED? -




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と言うわけで続きます。

今回の話しで遊んでみたのは「色」

赤、青、桃、金、橙…


それにしても三郎さんの一人称が定まってないまま書いちゃったんですけど「俺」で良いんでしたっけ?

三郎さんDreamはこれで2作目

無事に話しが終わるかは謎ですが、どうぞお付き合い下さいませ…。



'04/06/12