「全く…酷い目にあった……」



或る日の午後

こっそり忍び込んだにも関わらず忍術学園一のマニュアル小僧である小松田に見つかった

とりあえず逃げてはみたものの、小松田の凄まじい執念によって結局入門票へサインさせられた利吉は冒頭の台詞を吐いて学園内を進んで行く



「さて…父上は一体何処にいるんだ…?」



当ても無く歩きながら辺りをさっと見渡す

どうやら今は授業中の様で、校内は静かだ

とりあえず校庭へと足を運ぶとそこには一年は組と、自分の父である山田伝蔵がいた



「は組の授業中か…」



利吉は木の上からこっそりと様子を伺い考える

いくら伝えることがあると言っても、なるべくならは組みの子供達とは関わりたくない



「仕方ない…時間を潰すか」



授業は先ほど始まったばかりの様なので、一時間程暇が出来てしまった



別段取り立てて急ぎの用事でもなく、又自分自身次の仕事が入ってるわけでもない



「まぁゆっくりその辺でも見て回るか…」



利吉はそう呟くと教室がある長屋の方へと向かった



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久々に忍たま達の授業風景でも見て回ろうか…

そんな事をぼんやり考えながら屋根の上を移動していると中庭に人影を見つけた

近付くと縁側に座って船を漕いでいる少女の姿が確認出来た



「あれは……さんか…?」



利吉は音もなく屋根から飛び降りると、慎重な足取りで少女に近付いた

やはり寝ているらしい

少しだけうつらうつらとたゆたいながら幸せそうに眠っている

膝の上には大きな黒猫が一匹我が物顔で陣取っていた



「猫…………?」



じっと猫を見つめているとふと目が合った

しかし猫は利吉に興味が無い様で、すぐに目を瞑ってしまう



「…………」



猫に飽きられ、利吉は何だか釈然としないまま目の前で眠るを再度見下ろした



「全く……本当にここは忍術学園か…?」



あまりにも緊張感の無い無防備なその寝顔のまま眠る少女に思わず苦笑する

それから利吉は暫くの寝顔を見つめていた

別にその場に留まる理由など何一つ無かったが、何故かその場を動く事が出来なかった

そしてどれ程時が立っただろうか

がゆっくり目を開く



「ん……ふゎ……、あら?」



目を開けてゆっくりと伸びをする

そして息を吐いて一息ついて…

そしてやっと目の前に立っている利吉に気付く



「利吉さん、いらしてたんですか」



は利吉を見上げると、驚く事も慌てる事もせずにっこりと微笑んだ



「山田先生に御用ですか?」

「え?あ、はい……まぁ、そうです……」



利吉はの意外な行動に思わず言葉を詰まらせる



「どうかしましたか?」

「いえ…てっきりもっと驚くかと思っていたので…」

「慣れてますから」



は恥ずかしそうに笑う



「慣れてる?」



の言葉の意味が理解出来ずに聞き返す

は片手を頬に当てながら少し躊躇いがちに話し始めた



「良く…お天気の良い日はこうして縁側等でうたた寝してしまうんです…」



は膝の上の猫をゆっくり撫でる



「それで…起きたら何時の間にか自分の部屋に居たり…目の前に誰かが居たり…」



はそう言いながら情け無さそうに笑った



「そう……ですか…、それは…さんらしい、ですね…」



一方利吉はの言葉に少々面食らい、何故か目の前で笑うに若干の苛立ちを覚えた



「この前は起きたら知らない人の部屋で…あれは流石にちょっと驚きました」



しかしはそんな利吉の気持など露知らずにそう言って伏せ目がちに笑う



「一体…誰の部屋だったんです?」



利吉は益々苛立ちながらも、感情を抑えそう訪ねた



「えっと……」



は人差し指を顎にあて暫し考えると、やがて思い出したように手を一つぽんと打った



「あの時は確か潮江くんと立花くんの部屋でした」



利吉の頭の中に文次郎と仙蔵の顔が浮かぶ



「それで………一体どうしたんです?」



そう尋ねる利吉の顔は、何処かぎこちない



「えぇと…、その後はちゃんと部屋に戻って寝ましたよ?」

「そう、ですか」

「あの……利吉さん…?」

「はい?」



は心配そうに利吉の顔を覗き込む



「私…何か失礼な事言いましたか?」

「いえ……何故ですか?」



利吉はそんなの言葉に内心焦りながらも、務めて冷静に尋ね返す



「何だか…気を悪くされた様でしたから……」



すっかり肩を落としてしまったに利吉は慌てて弁解する



「い、いえ…別にさんは悪くありませんよ」

「本当ですか?」

「えぇ、もちろんです」

「良かった…」



ほっとした様子で微笑むの表情に、思わず胸が締め付けられる



「すみません、それでは私は父上に用があるのでこれで失礼します」



高鳴る胸や意図せず赤くなる顔に耐え切れず、利吉は逃げるようにしてその場から去って行った



「利吉さん……やっぱり変…」



1人取り残されたはそう呟きながら首を傾げるのだった



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「父上」

「利吉か」



上から降って来た利吉に伝蔵は振り返ることなく答える



「母上からの伝言等色々と預かってきました」

「ふむ……最近また家に帰ってないからなぁ……」

「家では母上大変怒ってらっしゃいましたよ…」



そう言いながら母から預かってきた"単身赴任セット"を伝蔵に渡した

伝蔵はしぶしぶ袋の中身を確認しながらぼやく



「全く参ったな…宿直もそう楽じゃないんだが……」

「今年の夏休みくらいは一度でも家に帰ってあげてください…このままだと山から降りてきかねません」

「そう言うお前こそ今年の夏は家へ戻れそうなのか?」

「いえ…私はまた別の仕事が……」

「ん?これは……」



利吉がそう言い掛けている時、伝蔵は袋の中から出てきた本の様なものを数冊持ち上げて首を傾げた



「何です?」

「いや…解らんが……手紙が付いてるな…」



そう言いと伝蔵は手紙に目を通し始めた

暫く普通に読んでいたが、途中で顔色に変化が現れる



「父上…どうかしましたか?」



利吉が尋ねると、伝蔵はにやりと笑って利吉の肩に手を置いた



「母さんがお前にこれを、と」



伝蔵はそう言うと先ほどの本の様な物を数冊利吉に手渡す



「一体何なんですか…」

「まぁ見れば分かるだろう」



伝蔵の言葉に利吉は本を開く

そして物凄い勢いでたった今開いた本を閉めた



「ち、父上!!こ、こここれは…!!!」



慌てる利吉に笑いながら伝蔵は言う



「あぁ、どうやら母さんは本気らしいな」



思わず落とした本が風でパラパラとめくれた

そこには女の人がかしこまって立っていたり座っていたり…



「わ、私は見合いなど……!!」



そう、その"本"は俗に言う見合い用の物であった



「しかし…母さんはお前がいつまでも独りなのを心配している様だぞ」



伝蔵は手紙をヒラヒラさせながら利吉に言う

利吉は額に汗を掻きながら必至に断ろうとする



「べ、別に心配などしてくれなくても私には想っている人が………………」



そこまで言って利吉は我に返る

見れば伝蔵がにやにやと笑っていた



「ほぉ、お前に想い人がいるとは初耳だなぁ」



「(はめられた…!!)」



利吉は意地悪な笑みを浮かべている伝蔵を前にがっくりと肩を落とした



「酷いですよ父上…」

「何の事かな?わしは別に騙そうとなんてしてないぞ?」

「………はぁ…」

「まぁまぁ、それで、一体その想い人とやらは誰なんだ?」



伝蔵に尋ねられ、利吉は思わず黙り込んでしまう



「何を恥ずかしがる必要がある、それとも父親のわしにも言えん様な酷い女性なのか?」



そう言われ利吉は思わず口を開いてしまった



さんはそんな人ではありません」



利吉はそう言い放ってから己の更なる失態に気付き、その場に手を付いてがっくりと肩を落とした



「ふむ、やはりさんか」

「な、気付いていらっしゃったんですか……?」



利吉がため息まじりに尋ねると、伝蔵は笑いながら答えた



「息子の趣味や好みくらい知らんでどうする」

「はぁ……」

「まぁ、確かにさんなら年も近いし良いだろうな」

「えぇ…まぁ…」

「で、これから一体どうするつもりなんだ?」

「はぁ……って、何がですか?」



生返事をしていた為伝蔵の言う意味が理解出来ず、利吉は思わず首を傾げて聞き返す

伝蔵はそんな利吉の様子に一つため息をつくと苦笑した



「想いを伝えはせんのかと聞いたんだ」



伝蔵の言葉に利吉は一瞬動きを止めて暫し間を開けると突如として慌て出した



「な、何言ってるんですか父上!!そ、そんな……言えませんよそんな事!!」



今までに利吉がこれ程までに慌てる姿を見た事のある者は少ないだろう



「そこまでに想っていたとはなぁ…」

「そ、そんなんじゃありません……!!」

「まぁ良い、早速母さんに知らせねば…」

「ちょっ、待ってください父上!!」

「いやいや、こう言う事は母さんにも知っといて貰わないとな」

「そんな勝手な…!!」



そんな必死の訴えも空しく、伝蔵は愉快そうに笑うと職員室へ便箋や封筒を取りに行ってしまった

利吉は追いかけて止める気力も無く、盛大にため息を付くだけだった



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「あら、利吉さん…」



が事務室へ戻ろうと廊下を歩いていると、再び利吉と出くわした



「……さっきはどうも。あの、逃げるように去ってしまってすみませんでした」



利吉は片手で頭を抱えながら申し訳無さそうに謝る

はそんな利吉ににっこりと微笑む



「そんな、利吉さんが謝る事ないです」

「何故です?」

「だって…私のせいで気分を悪くされたんでしょう?」



は両手を組んで俯きながら呟く



「そ、そんな事は……」



利吉は慌てて弁解しようとするが、自分自身何故あんなに苛付いたのか全くわからない為弁解のしようがない



「………利吉さん?」



どう説明すれば良いのかわからず悩んでいるとが不思議そうに利吉の顔を覗き込む



「あ、いや……その…」



心配そうな顔で見上げられては流石の利吉も理性のやり所が無い

そして唐突に、自分の中に渦巻く感情の意味を理解した



「………そうか…」

「あの…どうしましたか?」



一人納得した様に呟く利吉には問い掛けるが、利吉の耳にの声は届いていない

利吉は暫くぶつぶつと一人呟いていたがふいに顔を上げた



「……………さん」



そしての両肩に手を置いて利吉は真顔でを見つめる



「はい、何ですか?」



は利吉の真剣な顔つきを不思議に思いながらも、ほんわかと首を傾げる

いきなり肩を掴まれたと言うのに全く抵抗も無ければ焦りもしない

天然ならしいと言えばらしいが、今は一緒にほんわかしている状況では無かった



「どうかしましたか?」



利吉は微笑んだままのを見つめる

も真剣な面持ちの利吉を見つめる



「その…………」

「?」

「あの…………」

「………」



利吉は言い辛そうに視線を反らしながら、暫くの間反らした視線を泳がせていた



「…………」



しかし一度息を吐くと決心が付いた様で、もう一度しっかりとを見つめなおして想いを告げた



「私の嫁になってくれませんか」



何ともストレートな告白には一瞬何の事かわからず考え込む



「…………嫁?」



利吉の言葉を反芻してやっと意味を理解した



「私が……利吉さんのお嫁さんにですか…?」



理解したと同時に、どんどんの顔は赤くなる



「そ、それって……え?私が……利吉さんのお嫁さんで……あの…その………」

「駄目……ですか?」



利吉は真っ赤な顔をして慌てているにおずおずと尋ねる

利吉の顔もに負けず劣らず赤い



「だ、駄目じゃないです!!」

「え?」



利吉の言葉に思わず叫ぶ

利吉はそんなの勢いに驚く



「あ、あの……私…利吉さんの事好きです……!!」



目をぎゅっと閉じて自分の服の裾を掴みながらは恥ずかしそうにそう告げた

利吉はの思いがけない言葉に信じられないと言った顔で聞き返す



「ほ、本当ですか……?」



利吉が問うととは顔を赤くしたまま頷いた



「…………」

「…………」



そのまま二人は硬直して動かない



「あ、あの…」



やがて利吉がやっと口を開く



「はい…」



は未だ真っ赤な顔をしたまま利吉を見上げる



「…………」



利吉はそっとの手を引き体を近づけるとそのままふわりと抱き締めた



「り、利吉さん……?」

「私は…、恥ずかしい話ですけど、先程…嫉妬していたんです…」

「え…?」

さんがその…あまりに他の人に対して無防備だから……」



利吉はしっかりとを抱き締めたままの肩に顔をうずめる

そして暫くの間黙っていると、やがてゆっくりと顔を上げて口を開いた



「…これからは、出来ればその辺で不用心に寝ないよう気をつけて下さい」

「はい…」

さんの寝顔を他の男に見せるのは、心が狭いと思われるかもしれませんがどうしても嫌なんです…」

「ふふ、解りました」



そんな利吉の言葉には嬉しそうに微笑み、利吉は慣れない台詞に気疲れしたのかの笑顔を見ると力が抜けたように息を吐いた



「どうかしましたか?」

「自分が…、まさかこんなに独占欲の強い男だとは思いませんでしたよ」



が利吉に尋ねると、利吉は苦笑しながら呟いてにそっと口付けた



「………」

「………」



唇が離れ、お互いに見つめあう



「本当は…貴女の笑顔すら私だけの物にしたい位です」



利吉はそう言って一層強く抱き締めた



「あの……」



ふとが恥ずかしそうに口を開く



「はい?」



利吉が聞き返すとは利吉の背中に自分の腕を回して抱き付いたまま告げた



「…心は………私の心は全て利吉さんの物…です、……だから…」



そこまで告げるとは利吉から体を離ししっかりと利吉の目を見据えた



「利吉さんのお母様に……ご挨拶に行きましょう?」



はそう言って微笑んだ

利吉はの思い掛けない言葉にただ驚いて目を見開く



「な、何でその事を……!?」

「あ、あの……それは…」

「………!!」



戸惑うを見ながら利吉はふと自分の父親の顔を思い浮かべた



「そうか父上の仕業か!!!父上!!いるんでしょう!?出てきてください!!」



利吉が叫ぶと、廊下の天井から伝蔵が降って来た



「うむ、良かったな息子よ」



伝蔵は爽やかに言い放ちながら利吉の肩をぽんと叩いた



「よ、良かったじゃないですよ!!何でこんな勝手な……」

「いやぁ、さん、こんな愚息で良ければ傍にいてやってくれ」

「いえそんな…私こそお願いします……」

「うむ、これからは義父さんと呼んでくれて構わないからな」

「はい、宜しくお願いしますお義父様」



伝蔵との何とも微笑ましい会話に挟まれながら利吉は呆気に取られていたが、やがてその場に崩れ落ちた



「り、利吉さん大丈夫ですか!?」



は急にその場に崩れ落ちた利吉に声を掛ける



「利吉さん……?」

「私の……私のあの苦悩と葛藤は一体何だったんだ……」



両手両膝を付いて肩を落とす利吉

そんな利吉の背中に手を置き心配そうに見つめる

そしてそんな二人を見て満足そうに頷く伝蔵…

何はともあれ山田家に新しい家族が一人増えましたとさ



- END -



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'04/06/06