「……馬ーー鹿」

…お前なぁ……」

「馬ー鹿馬鹿馬鹿馬鹿もんじーーー」

「……はぁ…」



廊下ですれ違う度に行われるこのやり取りにはもううんざりだ



「お前あの事まだ怒ってンのかよ?」

「怒ってない」

「じゃぁ何なんだよ」

「ムカついてる」

「いやそれ同じだろうが」



こいつのこの台詞ももう何度聞いただろうか



「悪かったって、もう絶対にしないから、いい加減機嫌直せって、な?」

「文次郎は嘘つきだから信じない」



俺も…一体これで何回謝ったんだか……



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「今回も駄目だったのか」

「あぁ…ったくの奴強情過ぎンだよ……」

「まぁ全体的にお前が悪いからな」

「…しょうがねぇだろうが」

「その台詞は聞き飽きた」

「へいへい…」



部屋に戻るなり文次郎と同室の仙蔵が話を持ちかけてくる



「あ〜…もう……めんどくせぇな…」



本当に面倒臭そうにそう呟き、文次郎はごろりと床に寝転び大きく伸びをした



「しかしも半ば意地になってる様だな」

「そうなんだよな…こっちが謝ってんのに信じない、の一点張りだしよ」



仙蔵は読んでいた本からふと目を逸らし文次郎を見る



「信じない?」

「そう、俺は嘘つきだから信用出来ねぇってさ」

「そうか…」



文次郎の言葉を聞いた仙蔵は、確実に何か企んでる様な笑みを見せた



「お前…何する気だよ?」

「いや別に…?少し面白い事を思い付いただけだ」

「何だよ」

「それは言えないな。とりあえず私はちょっと出掛けてくる」



それだけ言うと仙蔵はあっと言う間に何処かへ消えてしまった



「何なんだよ一体…」



一人になった部屋で文次郎は暫く考えたが、解る訳もなく寝てしまった



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「仙蔵くん…」

、考えてくれたか?」

「でも…」

「大丈夫、何も心配しなくて良い。私に任せておけば全て解決だ」

「うん…」



暫く惰眠を貪っていると、ふいに聞こえた廊下からのひそひそ声で目を覚ました



「うっせぇな…」



文次郎はごろりとその場で寝返りを打って声のする方に耳を傾ける



「ん…?」



障子の向こうには二つの人影



「…仙蔵と………?」



二人は廊下で何やら話しこんでいるようだ



「…………」



文次郎は気配を殺したままそっと障子に近寄る



「……と言うわけで、付き合わないか?」

「仙蔵くんと…?」

「そう、あんな野蛮な男よりはずっとマシだと思うぞ?」

「それは…、まぁそうかも……」



隙間からそっと覗き見れば、そこには仙蔵とが話しこんでいるようで



「だろう?そうと決まれば明日の正午、門の前で待っているからな」

「…解った……」



やがて仙蔵はにこりとに笑いかけるとの耳元で何やら呟いた



「あいつ…!!」



その距離があまりにも近く、思わず二人の前へ飛び出そうとすると仙蔵がふいに文次郎の方を向いてにやりと笑った



「………っ」



文次郎はその笑みに動きを止められる



「じゃぁな、今日は早く寝ると良い」

「うん、じゃぁ明日ね」



動きを止めている間に、仙蔵はと別れて部屋へと帰って来る



「……一体何のつもりだ?」

「何、ちょっとした余興さ…。所で文次郎、お前明日は暇か?」

「は?」



喧嘩腰で話し掛けて来る文次郎を軽くあしらいながら、仙蔵は明日の準備を整え始めた



「暇かと聞いているんだ」

「いや、そりゃまぁ暇だけどよ…」

「そうか」



仙蔵はくるりと文次郎の方へ向き直ると含みのある笑みを見せた



「それなら良いんだ」

「はぁ…?なんだよそれ…」



何が何だかわからず文次郎は間抜けな声を出す

しかし仙蔵は勝手に満足して、結局その後は何を聞いても答えてはくれなかった



「何なんだよ…」



文次郎は仕方なく仙蔵への質問を諦めると、そのまま不貞腐れて寝てしまった



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「で、一体どういう訳だよ」





起きて顔を合わせた途端文次郎が仙蔵に尋ねる



「お前は朝起きて挨拶も出来ないのか?」

「んなこたどうでも良いんだよ、兎に角昨日の事を説明しやがれ」



文次郎はどこまでも人を小馬鹿にした態度の仙蔵にイラつきながらも尋ね続けた



「私は今日と町へ出かけるんだ」

「何の為に」

「お前の為さ」

「はぁ?どうしてお前がと一緒に出かけるのが俺の為になるんだよ」

「さぁな」

「……お前なぁ…」



何を聞いても曖昧な返答しかしない仙蔵に、文次郎は呆れて物も言えず黙ってしまった

そんな文次郎に仙蔵は楽しそうに話しかける



「さてそろそろ時間だな…、じゃぁ私は出掛けて来る」

「おいちょっと待てって……」



そう言って止めようとするが、仙蔵は文次郎の言葉も聞かずにそそくさと出掛けてしまった



「………何考えてんだあいつ…」



独りになった部屋でぐるぐると色々な考えが頭を巡る



「(……と言うわけで、付き合わないか?)」

「(仙蔵くんと…?)」

「(そう、あんな野蛮な男よりはずっとマシだと思うぞ?)」

「(それは…そうかも)」



昨日の二人の会話が頭の中で繰り返され、文次郎は居ても立ってもいられずに二人の後を付ける事にした



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賑やかな町の中

行き交う人々は楽しそうに笑い合っている

それなのにどうして自分はこそこそと尾行なんかしているのだろうか



「くっそぉ……」



悔しい気持ちを抑えつつ文次郎が二人に気付かれないように一定の距離を保って後をつけていると、ふと仙蔵がの肩に手を掛けた



、気付いているか?」

「ぇ?何が?」

「お前…本当に気配には鈍感なんだな……」

「ぇ?え??」



まるで意味を理解していないに仙蔵はひっそりと耳打ちをする



「(後ろ、文次郎がつけて来ている)」

「(え、嘘!?)」



は思わず辺りを見回しそうになるが、仙蔵が慌てての頭を押さえ込む



「(こら、それでは文次郎に気付いているとわかってしまうだろう)」

「(あ、そっか……)」

「(全く……まぁこれで計画通りだな)」

「(んー…でも本当にこれで上手く行くのかな?)」

「(まぁ大丈夫だろう)」



二人がそんな会話をしているとは露知らず



「何なんだよあいつら…妙にくっつきやがって……!!」



仲良さそうな二人の姿を目の前にして、何だか胸にもやもやした物がこみ上げて来る

しかし文次郎はそんな物など気にしていられないとばかりに二人を追う事に集中した



「さて、まぁこの辺りで良いか…」



やがて、仙蔵とは人気の無い場所へとやって来た



「ほ…、本当にやるの?」

「あぁもちろんだ、だって昨日承諾しただろう?」

「いや、そうなんだけど…」

「それとも何か?は文次郎の本気のが見たくはないのか?」

「………」



何やらさっきからずっと二人でこそこそ喋ってるが、文次郎には何を話しているのか全く聴こえない

とりあえず二人の距離が妙に近いのが気になり、後少しだけ近付こうかと思っていたところ



「それじゃ、まぁ少しの間我慢するんだな」

「うん…」



仙蔵がに一歩近付いた



「……何のつもりだあいつ………」



文次郎が頭に疑問符を浮かべている間にも二人の距離はどんどん縮まり



「………ちょっ、おい!?」



やがて仙蔵の唇はの頬へと寄せられた



「っのやろう!!!」



状況を正しく把握する前に、文次郎の体は二人の元に動いていた

そして勢い良く二人の前に出て仙蔵からを引きはがすと仙蔵に向かって捲くし立てる



「てめぇに何してんだ!!!!」

「文次郎…」

「お前も一体何のつもりだよ!?」

「おい、少し落ち着け」

「黙れ!!これが落ち着いていられるか!!」



文次郎は叫びながらを引き寄せ仙蔵との間合いを取る



「昨日から何か様子がおかしいとは思ったがそういう事か…」

「そういう事とは一体どういう事だ?」

「とぼけるな!!仙蔵…お前もが好きなんだな!?」

「だったらどうする?」

「お前なんかに渡すか!!は俺のモンだ!!!!」



文次郎がハッキリとそう言い切ると、の呆れたような声が辺りに響いた



「…いつから私はアンタのモンになったのよ……」



文次郎はそんなの声にはっと我に帰り腕の中でじとりと自分を見上げているを見下ろした



「あ、いや……今のは、その…なんつーかノリみたいなモンで……」



急に冷静になって、今までの自分の言動を振り返ると何だかとんでもない事をした気がする



「へ〜、文次郎は私をノリで自分のモノにしちゃうんだ?」

「いや、それは…その……」

「大体、仙蔵くんが悪いみたいに言ってるけど、別に仙蔵くんが悪いわけじゃないし?」



そう言うとはひらりと文次郎の腕を振り払い仙蔵の横へ移動した



「仙蔵くんは誰かさんと違って優しいし、誰かさんよりずーっと格好良いもん」



は仙蔵の肩に両腕をまわして抱きつく



…お前………」

「成績も優秀だし、いつでも冷静だし、私の事好きだって言ってくれたし。ね、仙蔵くん」



そう言ってはにこっと仙蔵に微笑みかける



「あぁそうだな。今までは文次郎に遠慮していたんだが、もうその必要は無くなったようだ」



仙蔵もまたに答えながら微笑む



「な…お前等……まさか…本当につ、付き合ってたり…するのか……?」



そんな二人を見つめながら文次郎は微妙に後ずさり尋ねる

すると文次郎の質問に一度仙蔵とは顔を見合わせて微笑み合うとにこやかに言い放った



「「そうだとしたらどうする?」」



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「ちょっとやりすぎちゃったかなぁ」

「まぁ丁度良いくらいだろう」

「でも文次郎走って行っちゃったよ?」

「よほどショックだったんだろうな」



仙蔵とは草むらに座りながらのんびりと話しこんでいる



「まぁ、これでもアイツの本心が解って満足しただろう?」

「うん…、文次郎ってホント馬鹿だよね……」

「そうだな。でもそんなアイツが好きなんだろう?」

「…うん。そうみたい。何か悔しいけど、…でも好きなんだよね……」

「だったら早く行ってやれ、あのままじゃ自殺しかねん」

「あはは、そうかもね」



はすっと立ち上がると、まだ座っている仙蔵を見下ろした



「ありがとね、仙蔵くん」

「まぁ、私も十分に楽しんだしな」

「それじゃぁ私行ってくる」

「あぁ」



こうしては文次郎の後を追ってその場を後にした

仙蔵はの背中を見届けてからぽつりと呟き苦笑した



「全く世話の焼ける……」



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「さて、文次郎は何処まで行っちゃったのかな…」



はてくてくと歩きながら辺りを見回す



「ん〜〜…まさか本当に自殺はしてないよねぇ?」



ふとそんな事を呟き足を止める



「馬鹿もんじ出て来ーーーい!!!!」



そう叫んでみたが声は空しく木霊するだけ



「…文次郎の馬鹿………」



いつもだったらすぐに背後から現れて憎まれ口を叩くはずなのに、今は何の音沙汰もなくは一人道に佇む



「…学園に帰っちゃったのかな」



はその場に立っていても仕方ないので一度学園へ戻ろうと足を踏み出したその時



「何処行くんだよ?」

「学園に……って…」



背後からの声に振り返ると、そこには不機嫌そうな顔をした文次郎が立っていた



「……文次郎…」

「お前もくの一の端くれならちったぁ周りの気配位読めよ」



の頭をわしわしと撫でながら、文次郎はお決まりの台詞を吐く



「…………っ」



いつもならここでの反撃が繰り出される………はずなのだが



「ぅわっと……、お前…」



は何も言わずに文次郎に抱きついた

正確には飛びついた、と言う表現の方が相応しいかもしれない



「馬鹿」

「何でだよ」

「馬鹿馬鹿馬鹿…!!」

「何なんだよ…」



困惑する文次郎を、抱きついたままで見上げながらは言った



「一つ目は嘘付いたから馬鹿、二つ目は私と仙蔵くんに騙されたから馬鹿、三つ目は…」

「何だ?」

「……悔しいから…馬鹿」

「はぁ?」



一つ目と二つ目の理由はわかった、確かにそれらは馬鹿だと言われても仕方ない事だろう

しかし三つ目の理由は全く意味がわからない

の腰の辺りで組んでいた手を解き、そのまま両手での両頬を優しく挟む



「意味不明な事ばっかり言うなよ」

「だって、悔しかったんだもん…」

「だから何がだよ?」



再度尋ねるとの目尻に涙が浮かび始めた



「……文次郎が…きって……たか…ら…」

「いやお前何泣いてるんだよ!?っつーか何言ってるかわかんねぇって…」



文次郎は突如泣き始めたにうろたえる



「だからっ……もん、じが……好きって…気付いた…から……」

「なっ……!?」



そんなの思いがけない言葉に、文次郎は言葉を失う



「好き…かもって…思っ……もんじの、事…私……」

「…………と、とりあえず泣くなって…」

「だ……って…ぇ………」

「っだー!!!ったく、いい加減に泣き止め!!!!」



文次郎は叫びながらを力強く抱き締めた



「……っ………もん…じろぉ…の……ばかぁ…」

「…解ったから、馬鹿でも何でも良いからよ……」



赤面しつつため息まじりに呟く文次郎



「泣きたいのは俺の方だっつーの……」

「何で…?」

「何でって……お前が…あんな性質悪い事するから…」



文次郎は視線を空へ泳がしそう呟く



「性質悪いって…仙蔵くんとの事?」

「……それ以外に何があんだよ…」

「もんじ…ショックだった…?」

「ったりまえだろうが…」



文次郎がそう言うと、は泣き顔のままくすくすと笑った



「そっか、良かった…」

「なっ…何が良かったんだよ!?」

「だって…もんじいっつも嘘ついたり冗談言ったりで私の事からかってたから…好きって言うのも信じられなかったんだもん…」

「あ〜………」



なるほど、と納得した様な表情の文次郎には言う



「だから、今日のでもんじの好きが本当だってわかったから…だから良かったなって」

「…悪かったな」

「うん」

「いやそこはあえて否定しろよ」



軽くつっこみを入れながら文次郎は笑う

も文次郎につられて笑う

そして二人の視線がぶつかる



「好きだからな、嘘なんかじゃないぞ」

「私も……もんじの事好きだよ、多分」

「多分かよ…」

「うん…だってまだ良くわかんないし…」

「ま、今はまだそのまんまで良いけどな」



文次郎は口の端で笑うとの前髪をかき上げ額に軽く口付けた



「その内俺しか目に付かない様にしてやるからな」

「うん、じゃぁ楽しみにしてる」



こうして晴れてお互いの気持ちを素直に打ち明ける事が出来た二人は、手を取り合って笑った



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「さぁ、そろそろ学園に戻るとするか」

「うん!!……って仙蔵くん!?!?」

「うぉっ、お前いつからそこに……!!」

「何を言ってる、私はお前たちが恥ずかしいやり取りを始めた辺りからずっとここにいたぞ?」



突如頭上の木から現れた仙蔵に慌てふためく二人

そんな二人を見て軽く笑いながら仙蔵は言った



「全く、二人揃って鈍感だな」

「「……………」」



-END-



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'04/04/08