「ねぇねぇ、って潮江くんの何なの?」



はある日、友人からこんな質問を受けた



「ん?何なのも何も友人だけど…」



は極力顔色を変えないようにそう答える



「嘘だぁ、端から見たら恋人同士にしか見えないのに」

「…そんな風に見える?」

「見える見える。本当は付き合ってたりするんじゃないの?」

「あはは、それは無い無い」



はのらりくらりと友人の勝手な想像から逃げる

そう

これは友人の勝手な想像だ

実際のところと潮江文次郎は付き合ってなんかいないし、幼なじみでもなければ恋人同士でもない

委員会が同じなわけでも無ければ運命的な出会いをしたと言う訳でもない



「付き合ってなんか無いよ。ただたまに一緒にいるだけで…何する訳でもないし友人で十分だよ」

「そうなの?でも…潮江くんの事好きだと思うんだけど」



不満気に呟く友人の言葉を聞き流しながら、は苦笑した



「はいはい、そんな人のこと気にする前に目の前の宿題の山をどうにかしようね」

「そーでした…」



さて、話は変わるが達は今暴力的な量の課題を目の前にしている



「先生も鬼だよね」

「本当だよ…何処から手をつけるべきか…」



たちは机の上に山と積まれたそれを見て盛大にため息をついた



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「あーもう限界!!」



暫くの間課題を黙々とこなしていると、友人が突然立ち上がって叫び始めた



「確かに…。結構頑張ったけどまだまだ先は長いねぇ…」



がそう言うと、友人は一向に減らない課題の山を軽く睨みつけて伸びをする



「もう今日はいいや。私ちょっと息抜きに遊びに行って来るね」

「遊びにって…、提出は明後日だよ!?」

「平気平気。いざとなれば他の子の見せて貰ってでもどうにかするからさ」



の言葉にそう答えるが早いか、友人は部屋から出ていってしまった



「大丈夫なのかな…」



一人部屋に残されたは、とりあえず自分だけはもう少し頑張ろうと課題の山に再び手を付け始めた



「…もう少しだけ頑張ろう…」



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「んー…」



どれ位の時間が経っただろうか

少しは減ったけれどそれでもまだ終わらない課題を前に、は座ったまま伸びをしてそのまま後ろに倒れた



「よぉ」

「ぎゃぁ!?」



倒れた視線の先には窓枠に腰掛けた文次郎が逆さまに映っていて、は思わず叫び声を上げる



「も、文次郎…、いつからそこに!?」

「ん?丁度お前と同室の奴が出て行った辺りだな」

「うゎ、全っ然気付かなかった…」

「忍び失格だな」



驚いて呆然とするに向かい、文次郎がにやりと笑う



「煩いなぁ、集中してたんだから仕方ないでしょ」

「あぁ、何だか随分一生懸命机に向ってたな。つーかその教科書の山は何だよ?」



そう言いながら、文次郎は窓枠から降りての隣に腰を下ろした



「これ課題なの…。明後日までの…」

「こりゃ随分とため込んだな」

「あはは……はぁ」



文次郎の呆れ顔には乾いた笑いを漏らしながら、やがて盛大なため息をついた



「それ終わるのかよ?」

「頑張ってるけど無理っぽいかなぁ…」

「…手伝ってやろうか?」

「いいの!?」

「ん。別に暇だしな」

「やった!!」



文次郎の申し出に両手を上げて喜ぶは、その横で文次郎が不敵な笑みを浮かべた事にはまだ気付かなかった



「何だよ、別にそんなに難しい問題じゃないんだな」

「いやぁ、問題自体は簡単なんだけど何せ量がね…」

「お前がため込み過ぎなんだよ」

「ぅ…。だって友達が遊びに誘って来るからつい……」

「あのなぁ…ホラ、こっち終わったぞ」

「ありがと〜、こっちもあと少しで終わる…はず」

「早くしろよな、日にち変わっちまうぞ」

「うぅ〜…」



は文次郎に急かされながらも必死に腕を動かす

文次郎はと言うと、特にやる事も無くなったのでのんびりの横で寝転がっていた



「……終わったーーー!!!」!



暫くした後で、は叫ぶと先程と同じように両手を伸ばしてそのまま後ろに倒れた



「おー、やっと終わったか」

「うん…あ〜〜〜長かった…」

「今度からはしっかりやれよな」

「解ってますー…」

「にしてもお前のルームメイト…帰って来ないな」



文次郎は床に伏せたままいつの間にか真っ暗になった窓の外を見ながら呟く



「あぁ、多分今夜は帰ってこないよ」

「何でだ?」

「ん〜、お泊りしてると思うから」

「なんだ、彼氏持ちか」

「うん、そうみたい。何か何時の間にか彼氏出来たとか言い初めてさー…」



は愚痴っぽく何事か呟いていたが、文次郎は聞いていなかった



「んじゃ、そろそろ…」

「あぁ、もう帰る?」

「何言ってんだ」

「…へ……?」



文次郎は上体を起こして口元に笑みを浮かべると、仰向けになっているの上に被さった



「んなっ、ちょっと文次郎…!?」

「何だ?」

「いや、それ私の台詞ですけど」

「気にするな」

「…気にするわアホ!!」



は文次郎の額に思いっきり頭突きを入れる



「ってぇ…!!何すんだよ馬鹿力女…!!」

「そっちこそ何なんのいきなり!!」



文次郎の言葉に抗議するようにが喚くと、文次郎は一瞬驚いた顔をした後に



「お前さ、俺の女になる気ないか?」

「は、はぁ!?」



状況を把握し切れていないと言った顔では口を大きく開ける



「今まで一緒にいた時間は結構長いし、別に問題ないだろ」

「いや、あるから!!」

「あるのか?」

「え?あ、いや…そんないきなり言われても……」



あたふたと慌てふためくを眺めながら文次郎はにやにやしている



「いきなり?俺はかなり前からの事好きだったんだけどなぁ」

「は!?」

「お前…本気で気付いてなかったのかよ…」



半ば呆れ顔で盛大に肩を落とす



「だ、だだだだだだだって!!!」



の顔はいよいよ赤い




「それとも何か、他に好きな野朗でもいるのか?」

「いや…い、いないけど…」

「だったら良いじゃねぇか」



そう言ってもう一度迫ろうとする文次郎の顔を押さえつけ、は抵抗した



「と、とにかく嫌!!駄目!!私は彼氏なんかいらない!!!!」

「おい!?」



はそう叫ぶと部屋から出て行ってしまった



「くそっ…何でだよ……」



部屋に残された文次郎は悔しそうに吐き捨てた



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「そんな所で何してるんだ?」

「あ、仙蔵くん……」



意味も無く廊下を疾走し、気付けば男子寮まで来ていたらしい

とぼとぼと歩いている所を仙蔵に発見されてしまった



「い、いや…何でもないんだけど…」

「そうか…それより文次郎を見なかったか?」

「文次郎…」

「すっかりと一緒にいる物だと思っていたんだが」



はその言葉に反応する



「ねぇ、仙蔵くん…私ってそんなに文次郎と一緒にいるかな?」

「そうだな…文次郎とは既に対となっている存在にしか見えないが…」



一瞬考え込んだ後に返ってきた答えがこれだった



「私…彼氏なんかいらない……」

?」

「うぅ〜…なんでこうなるかなぁ……」

「お、おい…何を泣いているんだ…?」



突然廊下の真ん中で泣き始めたに仙蔵は少々うろたえる



「とりあえず私の部屋に行こう、どうせ文次郎はいないのだし」

「……ぅ…、うん…」



こうして二人は仙蔵の部屋へと向かうのだった



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「で、一体何があった?」



部屋に入り、二人とも腰を下ろしたところで仙蔵が切り出した



「じ、実は…ね……」



は隠すことなくすべてを仙蔵に伝えた



「そうか…しかしそれはも……悪いわけではないが無神経ではあったと思うな」

「私が…?」

「あぁ、文次郎はあれでもの事を好いている様だからな」



仙蔵は頷きながら言う



「でも…私……恋人とかは嫌なの…」

「どうしてだ?」

「だって…行動が制限されちゃうし…」

「制限…?」



は呟くように話し始めた



「例えば、今までみたいに小平太くんと遊んだり、こうやって仙蔵くんとお話したり出来なくなっちゃうでしょ」

「………いや、別に一概にそうとは…」



仙蔵はの口から出たそんな言葉に思わず考え込む

別に誰かと付き合う事になったからと言って今までの友人関係が一掃される事は基本的には無いが、

の中ではどうやら誰かと付き合うと言う事は異性の友人との付き合いが制限される物だと決まっているらしい

要するに、はまだ"恋"や"愛"と言うものを理解していないのだ



、私からは何も言えないが、その辺りは一度しっかり文次郎と話し合いをするべきだと思うぞ」



仙蔵は半ば呆れながらも、やっとそれだけをアドバイスした



「でも文次郎の奴話し合いをする前に押し倒して来たよ!?」

「ぁー…。安心しろ、それは私から良く言っておくから」

「本当?有難う仙蔵くん」

「うん…、まぁとにかくだ。今日の所は帰るんだな、いい加減そろそろ文次郎も戻って来るだろうし…」

「解った。それじゃぁまたね、話聞いてくれて有難う」

「あぁ、気を付けて戻れよ」



はひらひらと手を振るとそのまま自分の部屋へと帰って行った



「そう言うわけらしいぞ。馬鹿者め」



仙蔵はの気配が無くなるとそのままの体勢で誰もいない空間に声を掛けた



「何だよ気付いてたのか」

「当たり前だ」

は気付いてなかったみたいだけどな」

は少し気配に対して鈍感すぎるな」

「同感だ」



やがて文次郎が上から降ってきた



「で、今の話の流れからすると全面的にお前が悪いな」

「だってよ……の奴あまりに警戒心がねぇもんだからつい…な」

「それは解らないでもない、」

「だろ?」

「だからって実際に襲うのは馬鹿だ。それにしてもで随分厄介な考えを持ってるな…」

「行動が制限されるって…、そりゃ違うよなぁ…」

「まぁ今のにとって愛や恋と言うのは唯の重苦しい物でしか無い様だな」

「あいつ…天然か……?」

「そうかも…しれないな」



仙蔵と文次郎は肩を落として呆れるばかりだった



-Next-



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'04/02/22