「暑い…」

「夏だからな」

「どうにかしてよ文次郎…」

「無茶言うな」

「大体暑いのは夏のせいだけじゃないでしょ」

「俺だって暑いんだから我慢しろ」

「…だったらいい加減離れなさいよ」



の訴えも空しく文次郎は一言



「却下」



そう告げて先程よりも腕に力を込める



「何でこのくそ暑いなか文次郎とくっついてなきゃいけないの…」



ががっくりと肩を落とす



「お前が何でもするっつったんだろうが」



文次郎はを抱き締めたまま、の肩に顔を埋める



「何でもとは言ってないわよ」

「でも言う事は聞くっつっただろ」

「拡大解釈し過ぎ」

「まぁ今更んな事言われても手遅れだけどな」



ここは文次郎の部屋

詳しく言えば文次郎と仙蔵の部屋だが、今は仙蔵は留守でいない

そして仙蔵が不在の今

文次郎とは二人文次郎の部屋にて雑談中である



「………暑い…」

「そればっかだな」

「だって…暑いの嫌い…」



はぐったりと文次郎にもたれ掛りながら先程から同じ言葉を繰り返している

季節は夏

そして本日は嫌味なくらい晴天で、気温も高い

それなのにの体勢と言えば、しっかりと文次郎に抱きすくめられている状態



「もう良いでしょ…?いい加減離れてよ…」



は暑いのが心底苦手らしい

文次郎に触れている部分の全てが熱く、実に居心地が悪そうだ



「何がしたいのよアンタ…」

「別に」

「別にって…」



は盛大にため息をついた



「お前が負けるの解ってる勝負吹っ掛けるから悪ぃんだろ」

「うっさいな…勝てると思ったのよ……」

「それがそもそもの間違いだろ」



文次郎は軽く馬鹿にした様な口調で言う

はそんな文次郎の言葉に少々むっとしつつも、何も言い返す事が出来なかった



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「勝負よ文次郎!!」

「またか」

「えぇ、今日はちょっと自信あるから、いつもの様には行かないわよ」



そんな事を言いながらが勝負を仕掛けて来たのはほんの2時間前の話し



「で、今日は一体何で勝負する気だ?」



文次郎が不敵に微笑みながら訪ねると、は懐から何かを取り出し文次郎の顔に突きつけた



「これよ!!」

「これって……何だ、さいころじゃねぇか…」

「そうよ」

「これで何する気だ?」

「双六(すごろく)よ」



は手の平に乗っている二つの小さなさいころを握り締める



「双六…」

「そう、これなら技術は関係ないでしょ?」

「まぁ…そうだろうけど」

「用意はもう出来てるから、さっさと始めましょ」

「ちょっと待て」



いそいそと準備を始めるに文次郎は待ったを掛ける



「何よ」

「双六ってのは賭博だよな?」

「そうよ」

「じゃぁもちろん俺達も何かを賭けないとな」



文次郎はさいころを持っているの手首を掴みにやりと笑う



「良いわよ。ただ勝っても面白くないし、折角だから何か賭けましょ」



は既に勝つ気でいるらしく、いとも簡単に文次郎の案を呑む



「じゃぁ何を賭けようか?」

「そうだな、ここはお約束で負けた方が勝った方の言う事を聞く、で良いんじゃねぇか?」

「……わかったわ、出来る範囲で、だけどね」

「っしゃ、そんじゃぁ早速やるか」

「今日は絶対に負けないわよ」



文次郎の部屋の床に広げられた大き目の半紙

"始"と書かれた場所にそれぞれの駒を置く



「じゃぁ先攻と後攻決めなきゃね」

「さいころ振って出た目が大きかった方が先攻で良いだろ」

「そうね」



は手の平に二つのさいころを乗せコロコロと弄ぶ



「よいしょ」



ころりと床に転がしたさいころ

出た目は三と五



「合計で八ね」

「んじゃぁ俺な」



文次郎はと同じようにさいころを投げる

出た目は二と四



「文次郎は六…、私が先攻ね」



は嬉しそうにさいころを文次郎から受け取る



「それじゃぁ早速…勝負!!」



こうして二人の地味な戦いは始まったのだった



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「っげ…、三駒戻る……」

「俺の番だな」

「早くしてよ」

「っせぇな…、……………っと……一回休み……」

「ざまぁみろ」

「んだと?」



双六を開始してから早30分程の時間が過ぎている

二人の駒は抜きつ抜かれつで、今は丁度中盤の辺りに位置している



「結構進まないもんだね」

「つーかこの双六どっから持ってきた?」

「ん?図書室で長次くんが貸してくれたの」

「何で図書室にんなもんがあるんだよ…」

「何かの本に付いてたおまけらしいよ」

「はぁ……」



は説明しながらさいころを振る



「あ、やったぁ、一気に十駒進むだ」

「お前良くそこまで盛り上がれるな…」



文次郎は呆れた様に呟く



「うるさいわね、ほら、文次郎の番よ」

「へいへい」



そんなこんなで二人の双六はのんびりながらも順調に進み、遂に後少しでゴールとなった



「よーし、ぴったり五が出れば私の勝ちね!!」



は意気込みながらさいころを手の中で遊ばせている

一方文次郎は七を出せば上がり

つまりお互いに出さねばいけない数字が決まっていた



「うりゃ!!」



勢い良く投げつけたさいころ

出た目は二と五



「七……」

「お前が出してどうすんだよ」

「うぅ〜…」



は悔しそうに文次郎を睨みつけながらさいころを手渡す



「はずせ、はずせ、はずせ〜…」

「お前な…」



すぐ横でが念を込めている

文次郎は呆れながらさいころを振った



「…………残念だったな」

「うそぉ………」



出た目は三と四

勝負は呆気無く付いてしまった



「何で!?運だったら絶対文次郎の方が悪いのに!!」

「馬ー鹿、運なんてもんは気合でどーにでもなるんだよ」

「意味わかんない!!うわーんまた負けたーーー!!!」



は心底悔しそうに喚き散らす



「何で勝っちゃうのよ!?」



仕舞いには文次郎に掴みかかり逆ギレする始末

涙目で文次郎に講義するを、文次郎は片手であしらう



「っせぇな、これでわかっただろ、お前は俺にゃ勝てないんだよ」



勝ち誇った笑みを見せつつ横目でを見る

は床に悲劇のヒロインよろしく座り込み、ひたすら悔しがっていた



「さて」



そんなの傍にしゃがみ顔を覗き込む



「約束通り、言う事聞いて貰うぞ」



負けた悔しさに打ちひしがれているに追い討ちを掛ける様に文次郎は笑った



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そんなこんなでは今文次郎の腕の中に納まっている



「何でこんな事に…」

「お前が向こう見ずだからだろ」

「実力の関係無い勝負で負けるとは思わなかったもん」

「つーかお前勝つ事にこだわり過ぎてないか?」

「負けっ放しは性に合わないの!!」



不機嫌そうに文次郎に体重を預ける



「それにしても暑い〜…」

「それしか言えないのか」

「暑いんだから仕方無いでしょ」

「そうか、それじゃぁ涼しくなりゃ大人しくなるんだな」



文次郎はそう言うとから離れる



「はぁ涼しい……、文次郎の体温って高すぎなのよ」



はやっと開放されたと安堵のため息を漏らす



「文次郎?」



しかしほっとしたのも束の間、文次郎はふいにの肩に手を置いた

不思議そうにが文次郎を見ていると、文次郎はにやりと笑った



「暑いんだったら脱いじまえ」



そう言うなりの服の襟を掴む



「やっ…ちょっと何馬鹿な事言ってんの!?」

「暑い暑い言うから悪ぃんだろ」

「何でそうな…ちょっ……!?…」



抵抗を試みるがそれはもはや無駄な努力

文次郎は相変わらずにやりと笑いながらの服を引っ張る

そして桃色の忍び装束を慣れた手付きで脱がせてしまった

は忍び装束の下に着ていた薄く黒い服だけとなる



「やだっ、何すんのよこの変態!!」



は慌てながら着崩れた服を直そうとする

しかしそんな事を文次郎が許すはずもなく、は両手の手首を文次郎に抑えられてしまう



「これで涼しくなっただろ」

「何言ってんのよ…!!」



真っ赤になりながら文次郎を睨むを無視して、文次郎は上機嫌だ



「っ離してよ…!!」

「約束は約束、きっちり守って貰うぞ」

「だから…って……っどこ触ってんのよ!!」



文次郎は片手での両腕を押さえ、もう片方の手でに触れる

頬、首筋、肩、鎖骨、更に下へ…

位置を変える度にの見せる反応が楽しく、文次郎は悪戯に微笑んだまま悪戯を続けた



「諦めたか?」



ふとの体から力が抜けたのを感じて、文次郎は意地悪く訪ねる

は半ば涙目になりながら文次郎を横目で睨んでいる



「変態」

「さっきも聞いた」

「助平」

「同じ意味だろ」



文次郎はの言葉を軽く交わして押し倒されたままのに深く口付けた



「…っん……」



は文次郎の唐突の行動に眉根を寄せて一瞬抵抗するが、直ぐに諦めた様に目を閉じる



「ふ…ぁ………」



文次郎は既にされるがままの状態のを見下ろし、満足そうに微笑む



「俺の完全勝利だな」



そうぽつりと呟くと、珍しく嬉しそうに笑った

それはまるで子供が新しい玩具を手にした時の様な笑み



「…………卑怯よ…」

「あ?」

「…………別に…」



は文次郎の見せた子供っぽい笑みにすっかり抵抗する気を削がれ、文次郎の首に腕を回した



「今度は絶対負かしてやるんだから……」



そうため息まじりに呟きながら、は未だに自分を捕らえて離さない文次郎に自ら口付けた




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「それにしても」

「何だ」



は文次郎に抱き締められたまま不満そうに切り出す



「何で私は文次郎に勝てないの?」

「まだ言ってんのか」

「だって悔しくて…」



そう呟くの頭を、文次郎は苦笑しながら優しく撫でた



「いいじゃねぇかもう」

「何がよ」



が訪ね返すと文次郎はに軽く触れるだけの口付けを落として低く呟く



「いくら無敗の俺だって、お前にゃ敵わねぇんだからな」



あっさりと言い放つ文次郎に、は顔を赤く染めた



「臭い台詞………、暑いし臭いし、最悪ね」

「その顔で言われても説得力ねぇな」

「…………私だって…」

「んぁ?」

「文次郎には敵いっこないわ……」



はそう呟いて視線を逸らした

文次郎は満足そうに微笑んでをより強く抱き締める

幸せそうに二人が抱き合う中

部屋の外では何時までも返しに来ない双六を取りに来た長次が所在無さ気に立ち尽くしていたと言う…



- END -



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'04/07/23