「文次郎」

「あ?」

「眼の下、何時にも増して隈が凄いよ?」

「あぁ、昨日ちょっと徹夜したからな」



食堂の入り口で偶然会った二人は、極自然にカウンターに一緒に並びながら言葉を交わすbr>
は文次郎の眼の下を軽くつついて笑った



「徹夜って…何でまた…?」

「別に理由なんかねぇ」

「は?」

「気付いたら朝だったんだよ」



頼んだ定食を受け取り文次郎とはきょろきょろと辺りを見渡しながら話し続ける



「本当に修行好きね」

「まぁな」

「このマゾヒストめ」

「違ぇ」

「あ、文次郎あそこ空いてる」

「おぅ」



二人は空いている席を見つけると向かい合って座る



「いただきまーす」

「………」

「あ、こら、ちゃんと挨拶くらいしなさいよ」

「腹減ってんだよ」

「行儀悪いよ」

「気にすんな」

「するよ」



挨拶も無しに食べ始める文次郎をたしなめるが、全く効果などなく

は一つため息を付くと箸を手に取り食べ始めた



「そう言えば…文次郎の将来の夢って何だっけ?」

「学園長」



相変わらずご飯を食べ続けながら文次郎はぶっきら棒にそう答えた



「あぁそっか学園長か、相変わらず馬鹿だね〜」

「あ"?」

「冗談冗談」



は手をひらひらさせて笑う

その後、文次郎はひたすら食べ続け、はちょこちょこ話しをしながら食事を続けた



「…よし、喰い終わった」

「早いよ、私まだ半分くらいなのに」

「ぐだぐだ喋ってるからだ」

「いいじゃん、無言でご飯だなんて味気ないでしょ」

「いいから早く喰っちまえよ」

「うん」



は文次郎の言葉に素直に頷くと先程より少し食べるスピードを上げた



「…………」



文次郎は一生懸命食べ続けるを片肘を付きながらぼんやり眺めている



「〜〜〜〜っ」

「どうした?」



やがては箸を動かす手を止め机の上に両手の拳を乗せて俯いた



「ごめん文次郎、ちょっとあっち向いてて」

「はぁ?」



俯いたままそう言うに、訳が分からず聞き返すと、こんな答えが返ってきた



「何か……食べてる所見られるのやだ」

「………ったく…」



文次郎は頭を掻きながらしょうがねぇなと一言呟くとくるりと座ったまま横を向いた



「とっとと喰え」

「わかってるよ」



は再度食べ始め、ようやく食べ終わると机に箸を置きは手を合わせた



「ご馳走様でしたっと、」

「やっと喰い終わったか」

「頑張った」

「へいへい、んじゃ行くか」

「うん」



二人は立ち上がりカウンターにお盆を返す



「おばちゃん、ご馳走様でした」

「はいはい、どうもお粗末サマでした」



二人は廊下に出る

食堂から少し歩いた所では立ち止まり文次郎の方を向いた



「っていうかさ…」

「何だよ」

「文次郎、別に私を待ってる事無かったんじゃない?」



は文次郎を指差しながらさらりと言う



「………言われてみりゃそうだな」



文次郎は片手を顎に当てながら呟いた



「まぁいっか。それより文次郎のこれからの予定は?」

「俺は、中庭で筋トレだ」

「そっか、じゃぁ暇なのね」

「いや人の話聞けよ」



の言葉にびしっとつっこみを入れながら文次郎は額に汗を浮かべた



「今の話の何処をどう間違ったら暇になるんだよ」

「暇だから筋トレなんでしょ」

「違ぇよこれは日課なんだよ」

「え〜〜」

「え〜じゃねぇよ」



軽くの頭にチョップを入れる



「で、お前は何するんだ?」

「私は特に予定無いけど…」



文次郎の質問には腕を組んで天井を見る

暫く考え込んでいると急に思いついたように手をぽんと叩いた



「ぁ、決めた」

「何だ」

「文次郎の部屋に行く」

「はぁ?」

「よし、決まり。レッツゴー」



はそのまますたすたと文次郎の部屋の方へ走っていった

文次郎は慌ててその後を追う



「おいちょっと待て!!」

「何〜?」

「俺はこれから筋トレだっつってんだろうが!!」

「別に良いし〜」

「何がだよ!!」

「仙蔵とお話でもするから〜」

「仙蔵つったってお前…」



文次郎の部屋の前に着きは勢い良く扉を開く



「お邪魔しまーす」

「おい待てって!!」



は遠慮無しにずかずかと部屋に入り込む

慌てて文次郎もその後に続いたが、部屋に仙蔵の姿は無かった



「あれ?出掛けてるのかな」

「残念だったな。仙蔵がいなけりゃ意味ねぇんだし、お前もう大人しく帰れ」

「え〜」

「いいから、俺だって暇じゃねぇんだよ」

「まぁいいや、それじゃぁ伊作の所にでも行くから」

「何でそうなるんだよ」



くるりと方向転換して歩き出すの肩を掴み引き止める



「だって誰かとお話したいんだもん」

「意味わかんねぇよ」

「だって仙蔵居ないし文次郎は相手にしてくれないし、伊作ならきっと相手してくれるもん」

「いやだからって…」



の肩を掴んだまま文次郎は何やらぶつぶつと口の中で呟いた



「別に私が何処行こうと誰と何をしようとも関係ないんでしょ?」



は文次郎を横目で見ながら意地悪く訪ねる



「そう言う事だから、伊作とのんびりお茶でもしてくる」



文次郎の手を軽くあしらってはまた歩き出す



「…何?」



歩き出すその体を後ろから抱き締められは訪ねる

文次郎はの体をやんわり束縛しながら、がっくりと肩を落とした



「負けました」

「解れば良し」



は小さくガッツポーズを取ると文次郎の腕からするりと抜ける

そしてすたすたと押入れの前まで歩み寄ると何の躊躇もなく押入れを開く



「よいしょっと」


「何してんだ」

「え?んっと……あ、これこれ」



は押入れから枕を取り出した



「何する気だ?」

「えっとね…」



そしてそのまま壁際に枕を配置し、その枕をクッション代わりに座り込むと文次郎を見てにっこり笑った



「昼寝しよ」



無邪気な笑顔で答えるに文次郎は不覚にもときめく



「文次郎、はい」



は投げ出した自分のひざをぽんぽんと叩く



「…………」



文次郎は顔を赤くしながらも無言での隣に座ると、そのままの膝を枕代わりに寝転んだ



「よいしょっと」



そんな文次郎を満足そうに見下ろすと、先程枕と一緒に取り出した夏用布団を体に巻きつける



「たまにはのんびりするのも良いでしょ」

「………まぁな」



は嬉しそうに笑う

文次郎は顔を赤くしたまま頷く



「文次郎って分かりやすいよね」

「…うるせぇ」



小さく笑いながらは文次郎の前髪をさらりと撫でた



「お前が分からなさ過ぎるんだよ」

「え?」



前髪を撫でるの手を捕まえて文次郎は呟いた

は何の事だかわからないと言った顔で首を傾げる



「お前が何考えてんだかわかんねぇって事だ」



微妙に不機嫌そうにそう答えると文次郎はの手をきゅっと握った



「簡単に心読まれたらたまんないよ」

「そうじゃねぇだろ」

「ん〜…」



は苦笑しながら考える



「私は…、文次郎の事考えてる」

「………あ?」

「いっつも文次郎の事考えてるよ」



そう言ってまた微笑むと、空いている手で文次郎の頬に触れた



「いつも無茶ばっかして眼の下に隈まで作って、一生懸命で真っ直ぐで……」

……?」

「ちょっと突付けばすぐに怒ったり笑ったりして、あんまり忍者に向いてないよね」

「…あのなぁ……」



は悪戯っぽく笑いながら文次郎の頬をつまむ



「ねぇ、いつになったら告白してくれるの?」

「は?」

「ずっと待ってるのに」

「お前何言ってんだ」

「早くしないと私他の人の所に行っちゃうよ?」

「………」

「いつまで経っても修行修行って体ばっかり鍛えてさ…」



文次郎の頬をつまむ指にわずかながら力が入る



「いつでも馬鹿みたいに努力ばっかりで全然相手にしてくれないし、いい加減に疲れたんだけど?」



そう言って頬から指を離すと、はにっこりと微笑んだ



「お前……何処からその自信が沸くんだ?」



の手が離れた場所が少しだけ熱を持ってじんじんと痛む

そんな頬を片手で押さえながら文次郎はの言動に驚きつつ尋ねた



「別に、自信なんか無いよ?言ってみただけ」

「何だよそれ…」

「馬鹿だなって言って流してくれれば良いのに…」

「…お前、大丈夫か?」



文次郎はの膝に横たわったままの頬に触れる



「泣くなよ」



触れた場所から文次郎の手を伝い涙が零れる



「好き…」

…」

「文次郎が好き」

「おい……」



慌てる文次郎を余所に、の涙は静かに零れ落ちる



「文次郎は私が好きじゃないの?」



潤んだ瞳で真っ直ぐ文次郎を見つめては尋ねる

文次郎はそんなの表情に思わず見惚れて動きを止めた



「好きじゃないんだったらハッキリ言ってくれなきゃわかんないよ…」



はそう言うと視線を逸らして下を向く

文次郎はそんなの頬をそっと両手で挟み、俯いてしまったの顔を上げた



「文次郎…?」

「…………」



眼に涙を溜めたまま不思議そうに文次郎を見る

文次郎は無言のままの額に口付けた



「……っ」



の体が一瞬強張る

文次郎は唇を離すと次は頬に



「も、もんじ……」



の涙を舌で掬い次は首筋へ



「ひゃ……ん…ぁっ」



様々な場所に口付けると文次郎は無言のまま顔を見つめる



「な、何……?」



うっすらと紅潮した頬

潤んだ瞳

上気する吐息

我慢できるわけもなく文次郎はを押し倒す



「ちょっ……もんじ…ろ、ってば」

「好きに決まってんだろ…」

「ぇ…?」



片手での頬に掛かる髪の毛を梳きながら文次郎は低く呟いた



「嫌いな女の傍に俺がいるわけないだろうが」



そう言うと有無を言わさずの唇を奪う



「…………」



大した抵抗も無くは文次郎の背中に手を回してしがみ付く

暫く二人はそのままで抱き合っていた



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「いやぁ、やっぱり文次郎は忍者に向いてないねぇ」

「………あ"?」



文次郎の腕の中で幸せそうに微笑みながらはぽつりと呟いた



「だってあれくらいの事で動揺しちゃうんだもん」

「あれくらいの事って………お前まさかっ!?」



文次郎は勢い良く起き上がって寝転んでいるを見下ろす

はにやりと意地の悪い笑みを浮かべると言い放った



「気付くの遅いんじゃない?」

「てっめぇ…嘘泣きか!!」

「あら嫌だ、女の涙は最大の武器なのよ〜?」



愉快そうに笑いながらは文次郎の肩に手を載せた



「学園長への道のりは遠いねー?」

「っのやろう……」

「まぁまぁ、自分が悪いんでしょ?まんまと騙されちゃうんだから」

「だからってなぁ…」

「まぁいいじゃない、だって………」

「何だよ」



悔しそうに呟きを睨みつける文次郎

は余裕の笑みを口元に浮かべて文次郎の頬に軽く口付けた






「涙は嘘だけど、言葉は全部本物なんだから」






そう言って微笑む笑顔はとても眩しくて憎たらしくて

そんながとてもとても愛しく思えてしまった




文次郎は次の日から少しだけ優しくなり

は次の日から少しだけ大人しくなったらしい




「そういやお前の将来の夢って何だ?」

「私?私はもちろん学園長の…もとい文次郎の嫁よ!!」

「お前も馬鹿じゃねぇか」



- END -



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'04/06/01