「あ〜ぁ……暇だなー…」



授業をこっそり抜け出して近くの原っぱに出てきた

そこまでは何の問題も無い

皆が勉強で苦しんでいる間にのんびり過ごすのは何とも気持ち良いモノだ

しかし一つだけ問題が



「うぅ〜……誰か道連れにすれば良かったなぁ…」



ごろごろと体勢を変えながら一人呟く



「やっぱ一人じゃつまんないなぁ…」



真っ青で綺麗な空に浮かぶ真っ白な雲

天気はいわゆる晴天で、気温も程良ければ頬を撫でる風も気持ち良い



「折角こんなに天気良いのになぁ…」



そうぽつりと呟き空に手を伸ばし

雲が掴めそうだな…

そんな事をぼんやりと考えていると、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた



「あれ?今……誰か呼んだ?」



起き上がって辺りを見渡す

目の前は川

後ろは土手

緩やかな斜面には緑の草が惜しげもなく生い茂っている

きょろきょろとしているとふと視線が一点に定まった

向こうから誰かがやって来る

一面に生い茂る緑の絨毯と同じ色の服…



「………6年生?」



は立ち上がる

よくよく目を凝らせばやはり6年生の様だ



「ん〜……あ、……文次郎先輩だ…」



がそう呟いて納得すると、やがて文次郎がの傍へやって来た



「よぉ、不良女」

「不良じゃないですよ」

「授業を堂々とサボってる時点で不良だろ」

「文次郎先輩こそサボりじゃないですか」



は再度その場に座り込みながら文次郎を見上げた



「お前が庭を横切ったのが見えたからな」

「うぇ、気付かれてましたか」

「まぁ気付いたのは俺と仙蔵だけだけどな」

「立花先輩は来ないんですか?」

「あいつは授業をサボる奴じゃないだろ」

「まぁ…そうですね」



は納得して頷くと先程と同じように仰向けになった



「折角です、文次郎先輩も一緒にのんびり致しましょう」

「お前…授業出なくて平気なのかよ?」



文次郎はそう言いながらもの横に腰をおろした



「平気ですよ〜、いつもサボってるわけじゃないし…それに私結構成績優秀な生徒ですから」

「この前補習受けてなかったか?」

「それは授業日数足りてなかったんですよ」

「……いつもサボってるわけじゃないんじゃねぇのか」

「余り細かい所を気にするような男はモテませんよ」

「余計なお世話だ」



文次郎はの額を軽く小突いた



「か弱き乙女に手をあげましたね?」

「か弱くも無いだろうが」

「これでも繊細な少女ですよ?」

「へいへい」



呆れ顔の文次郎を満足そうに見つめながらはくすくすと笑った



「文次郎先輩は面白いですねぇ」

「………お前は本当に変な奴だな」

「えぇ、良く言われますとも」



は空を仰いだまま文次郎を見て微笑むと、左手でそっと文次郎の頬に触れてむにむにと軽くつまんだ



「でも、先輩だって十分変な人ですよね?」

「何でだよ」



自分の頬に触れる小さな手を握り返しながら文次郎は聞き返す

は悪戯っぽく微笑んだ



「だって私みたいな変わり者を相手にするんですから」

「…お前それ自分で言うか?」

「何せ変わり者ですから」



にっこりと自分を自虐しながら笑うの笑顔に文次郎は思わず動きを止める

暫くを見つめていたが、何か吹っ切れたようでそのまま無言での唇に自分の唇を重ねた



「……ん………っ…」



はさして驚いた様子もなく自然にそれを受け入れる

長くて短い口付けの後

唇を離すとその余韻に浸ることもなくは笑った



「先輩は変な人じゃなくて変態ですね」

「お前な……」

「冗談ですよ、冗談」

「冗談に聞こえなかったぞ」

「気にしたら負けですよ」

「何にだよ」

「私にですよ」



そう言いながら体を起こすとそのまま文次郎の胸に飛びついた



「先輩は大きくて気持ち良いですねぇ」

「…………」

「天気だって良いし……こんな気持ち良い日に、何で皆は教室で勉強してるんでしょうね?」

「…さぁな……」

「もったいないなぁ…」



ごろごろとまるで猫の様に文次郎に抱きつきながらは気持ち良さそうに伸びをした



「私が真面目に勉強したら、きっと優秀なくの一になりますよ」

「何の話だいきなり」



暫く間があったが、は突然訳の分からない事を言い始めた

文次郎は思わず顔をしかめる

しかしはそんな事などお構い無しに話しを進める



「勉強なんかしたら、そこら辺の女の子よりずっと優秀になっちゃうんですよ」

「………それで?」



文次郎はそれ以上深くつっこむ事を諦めの話しを聞く事にした



「そうしたらきっと暇なんか無くなります、なにせ売れっ子になるんですから」

「売れっ子ねぇ……」



何処かの売れっ子忍者の顔がふっと浮かぶ

確かに暇など無さそうだ



「私を求める城が後を絶たないでしょう、だから私はきっと休む間も無く働くんです」

「そりゃぁ大変だな」

「えぇ、とても大変です」



は文次郎の腕に抱かれながら空を見上げる



「そうすると…きっとこうやって空を見つめる暇だって無くなっちゃいます」

「…………」

「こうやってのんびりする事も、先輩と一緒にお話する事も無くなっちゃうんですよ」



しっかりと文次郎の服の裾を掴む



「そしていつの日か……空を見上げる事さえ忘れてしまうかもしれません…」

……」

「だから…私はゆっくりと過ごせる今を一生懸命のんびり過ごしてるんです」

「………そりゃ屁理屈だ」



文次郎は苦笑しながらの頭に手を乗せた



「失礼な、私はいたって大真面目ですよ」

「……まぁ…………もし…仮に、だ」

「はい?」

「万が一お前が優秀なくの一になって、空を眺める事すら忘れちまったら俺が思い出させてやるよ」



文次郎はぶっきら棒にそう言うとを腕に抱き締めたまま仰向けに寝転んだ



「何だか……とても珍しい光景を目の辺りにした気がしますね」

「お前なぁ…人が折角親切に…………………って……何笑ってんだよ」



文次郎の胸にすがりついたままは小さく震えていた



「……どうしたんだ?」

「だって……………文次郎先輩が……優しいから…」

「……俺が優しいとおかしいのか?」

「おかしい……と言うか………凄く…あははっ…」

「凄く、何だよ」



ちょっとだけ不機嫌そうな顔で文次郎は尋ねる

は笑っていて中々答えてはくれなかったが、やっとの事で笑いを止めると文次郎の首に手を回して抱きついた



「嬉しいんですよ……凄く…凄く嬉しいんです……」



は小さな声でそう言うと文次郎に抱き付いたまままた肩を震わせた



「嬉しいのはそりゃ結構だがな……」

「文次郎先輩って実は良い人ですよね…」



笑いながらは言う



「"実は"ってのが余計なんだよ」



首にすがりつくようにして未だ笑い止まないの髪の毛をそっと撫でた



「まぁ…お前が優秀なくの一なる事なんか無いだろうけどな」

「あら、わかりませんよ〜?私ってば実は天才なんですから」

「……自分で言ってりゃ世話ねぇな」

「学園一忍者している男の人だってきっと私には敵いませんよ〜」



自信満々に言い放つ



「何でんな事わかるんだよ」

「だって、文次郎先輩私の事大好きでしょう?」

「………っ」



極めて自然にそんな事を言ってのけるに、文次郎は思わず眉を寄せる



「違うんですか?」

「違うって……いや、……別に…違わねぇけど……」

「でしょ?だから、先輩は私に敵いません」



不敵に微笑みながらは言ってのける

文次郎と言えば面食らったような顔でを見ているだけだ



「………お前は……どうなんだよ」



やがて、文次郎が呟くように尋ねた

それはとても小さな声で

は何の事かわからず首を傾げる



「どうって……何がですか?」

「だから!!…………っ、………何でもねぇ!!」



素でボケたに思わずムキになるが、すぐに我に返ったのか

文次郎は顔を真っ赤にしながら片手で自分の顔を覆ってしまった



「先輩?」



はそんな文次郎の顔を覗き込むようにする

文次郎はの顔をちらりと横目で見ると、悔しそうに小さく舌打ちをした



「先輩顔真っ赤ですよ?」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「私ですか?」

「わかってんなら聞くな!!」



未だに顔を覆いながらと目も合わせず横を向いたまま怒鳴る



「あはは、文次郎先輩可愛い」



はそんな文次郎の気持ちなど露知らず照れたままの文次郎の頬に軽く唇を押しあてた



「…………」

「うぁっ……っと、……先輩?」



の顔が文次郎の頬から離れるその刹那、文次郎は思わずの頭に手を回し離れる事を阻止した

驚いたの目が不思議そうに文次郎を覗く

二人の距離は限りなく近い



「………先輩?」

「……………」



文次郎は何も言わず、の頭を引き寄せ再びその唇を塞いだ

先程とは全く違う口付けには少々戸惑うが、やがて目を閉じされるがままの状態になる

長い長い口付けの後、文次郎がぽつりと呟いた




「………」

「……先輩?」

「お前は…、その……」

「好きですよ」



文次郎の言葉が終わるその前には答える

文次郎は驚いた顔でを見つめた

はふわりと笑う



「好きですよ、私だって文次郎先輩が大好きです」

「………」

「でも…どれだけ好きでも敵同士になったらこの手で先輩を殺さなければいけなくなるかもしれない」

「お前………」



は文次郎を見つめたまま告げる

文次郎はいつに無く真剣な面持ちのに少し戸惑った



「だから……私は勉強なんかしないんですよ」

「…………は?」

「考えてみても下さい。勉強をすると優秀なくの一になる、優秀なくの一になれば色々なお城に遣える事になる…」



の表情はいつのまにか元に戻っている



「そうしたらいつか先輩と敵同士になってしまうかもしれないんですよ」

「………はぁ…」

「そんなの嫌です。だから私は勉強しないんです」



にっこりと笑いながらはそう言い切った



「それは結構だけどよ…そんなんでお前将来どうすんだ?」

「将来って?」

「就職だよ、後2年もすりゃお前だって卒業だろうが」

「何言ってるんですか、先輩は私より先に卒業しちゃうんですよ?」

「……当たり前だろ」

「そしたら文次郎先輩が私を貰ってくれれば万事解決ですよ」

「………は!?」



は驚く文次郎そっちのけでにこにこと続ける



「私が卒業するまでの1年間で文次郎先輩が学園長になって、私の卒業後は私を貰ってくれれば何の心配もいりません」

「いや、1年じゃ学園長は無理だろ」

「それならそれでも良いですよ、一緒に頑張れば良いんですから」

「ていうか何だ、俺がお前も貰うのは決定してんのか?」

「えぇ、決定事項です」



嫌味でもなければ冗談でもなく、極々自然にそう言い放つに文次郎は思わず噴出す



「しょうがねぇな……」



そう言って苦笑すると、自分よりずっと小さく細いその体を強く抱き締めた



「貰ってやるよ、だからとりあえず卒業出来るようにしろよ?」



抱き締めながら頭をくしゃくしゃと撫でる

は文次郎の自らも背中に手を回してとても幸せそうに笑った



「もちろん、何たって私は優秀ですからね」

「へいへい」



天気の良い麗らかな午後

密かに交わされた甘く儚く結ばれた約束

それはそれはとても幸せな午後の事……



-END-



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






'04/05/08