「っこの!!いい加減に返しやがれ!!!!」

「へっへーんだ!!こんなん取られる文次郎がいけないんだもんねー!!」



ある日の忍術学園の廊下を一組の男女が猛スピードで駆けて行く



「今日こそは許さねぇ…!!」

「べ〜っだ!別に文次郎なんかに許してもらいたくなんてないですー!!!」



一人は物凄い形相をした潮江文次郎

もう一人は舌を出して悪態を付きまくる

の片手には文次郎の髪の毛を束ねるゴムが握られている



「何でお前はそう女らしくないんだ!!」

「うっさい!!文次郎なんかの前で女らしくしてどうするの!?」



こんなやり取りに周りも慣れきっていて、もはや何も言わない



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事の始まりは今朝の朝食の時



「さて、食うか」

「おい文次郎、行儀悪いぞ」

「うるせぇな、何でお前に一々んな事言われなきゃならねぇんだよ」

「お前な…」



いつもの様に食堂で朝ご飯を食べようとしていた文次郎と仙蔵

挨拶もなしにがっつく文次郎をたしなめていた仙蔵の言葉がふっと止む



「何だ?急に黙って…」



そう言いながら目の前の仙蔵の目線を追って振り返ると、振り返った途端に頬に衝撃が走った



「おりゃっ!!」

「おい……」



文次郎は怒りに震えながらも静かにその名を呼ぶ



文次郎の最凶の敵にして最大の好敵手だ



「痛かった?」



両手で文次郎の頬を押さえつけながら悪びれる様子も無く、むしろにやにやと笑いながら言い放つ



「痛ぇに決まってんだろうが!思いっきり叩きやがって!!!!」



そう言いながら文次郎は勢い良く立ち上がった



「はっ、相変わらず小せぇなぁ?」

「っぐ…。良いんだもん、忍者は小さい方が有利なんだから!!」



を見下ろしながら勝ち誇ったように笑う文次郎に、は顔を背けながら対抗する



「まぁ俺はそう高い方でも無いけどよ…、お前と比べたらそりゃでかいよなぁ?」

「………っ」



馬鹿にした態度でにやにやと笑う文次郎を前にの顔は赤くなる

もちろん照れているのではなく、怒っているだけだ



「このっ…馬鹿もんじー!!!」



そう叫ぶとの右手が文次郎の顎へとクリーンヒットした

いわゆる " ア ッ パ ー " だ

鈍い音と共に文次郎は短い悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込む



「って〜〜!!!何しやがんだこの怪力馬鹿女!!」

「怪力じゃない!!」

「怪力だろ!?チビの癖に力だけは強ぇんだから始末に終えねぇな!!」

「まだチビとか言う!?」

「小さいからチビだろ、チビチビチビチビ…」

「だぁーーー!!もう怒った!!こうしてやる!!」



はそう言うと文次郎の髪留めをするりと外し、ダッシュで食堂から出て行った



「なっ、てめっ…なにしやがる!返せ馬鹿野朗!!」



そう叫び追いかけようとする文次郎

しかし



「お残しは許しまへんでぇ!!!」



を追いかけるその前に、忍術学園最強である食堂のおばちゃんにそう凄まれ仕方なく全てを平らげなければならなかった



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そんなこんなで

どうにか全てを食べ終わった文次郎は髪の毛もそのままにを探す

廊下で逢う人に片っ端から尋ねるが、誰一人としてを見ていないと言う



「ったく…あの馬鹿何処行きやがった……」



ぶつぶつ文句を言いながら廊下を歩く文次郎



「………ん?」



ふと見れば廊下の一番向こうの曲がり角に自分の髪留めが落ちていた



「あんな所に落としてやがったのか…」



近付いて拾おうとしたその瞬間、髪留めが急に宙を舞った



「んな!?」



驚いて髪留めの行く末を見ていると



「引っかかった〜」



屋根の上には

の手には釣竿

釣竿の先には透明な糸と文次郎の髪留め…



「文次郎を釣り上げました!!」

「っ馬鹿言ってないで返せ阿呆!それ一つしかねぇんだからよ!!」

「まぁまぁ良いじゃん!!そっちも中々似合ってるよ!!」

「そういう問題じゃねぇっつーんだよ!!!」



文次郎は屋根へと飛び移る

文次郎が飛んだ瞬間は屋根から飛び降り、すれ違い様にくすくすと言う笑い声が耳に入り文次郎は額に青筋を浮かべる



「っのやろ!!」



しかしは釣竿を持ったままあっという間に廊下を走って逃げ、文次郎はそれを追う



め…何考えてやがる……」



そう呟きながら文次郎は廊下の曲がり角を曲がる

その途端足に何かが引っかかり思わず転びそうになるが、そこは流石文次郎

くるりとそのまま前へ一回転して着地した



「って…何だよ一体!!」



振り返り足元を確認してみれば、先ほどが持っていた釣竿が置いてある



「あいつ…こんなもんまで仕掛けやがって…」



文次郎はため息を一つ付くと一度目を瞑った



「絶対に捕まえてやる……!!」



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一体どれ程の時間をこの鬼ごっこに費やしたんだろうか

文次郎は学園中を走り回りながら呟く



「くそっ…逃げ足だけは速ぇな…」



闇雲に走っていても仕方無いと考えた文次郎は、ふと立ち止まり目を瞑ると意識を回りに集中させ気配を探った



「…………」



神経を辺りに張り巡らせていると、天井から微かに呼吸音が聞こえた



「…そこかっ!!!」



文次郎は懐から出した手裏剣を天井へと投げつける

手裏剣が天井へ刺さった途端が上から降ってきた



「あっぶないなぁ…刺さったらどうすんの」

「刺さらなかったんだから良いだろうが」

「そういう問題じゃない!!」

「ぐだぐだうっせぇな…とりあえず……」



文次郎は言いながら素早くの腕を掴んだ



「これは返して貰うぜ」

「あ〜ぁ…つまんないのー」

「お前な……」



文次郎はむすくれるに呆れながらも取り返した髪留めで自分の髪を再度束ねる



「下ろしてても良かったのに…」

「何が良いんだよ、邪魔なだけだろうが」

「でも新鮮で面白かったよー?」

「面白いとかそういう問題じゃねぇだろ」



文次郎は髪を束ね終わるとその場で軽く伸びをした



「ったく…お前のせいで余計な時間費やしちまった……」

「文次郎足遅いんだもん」

「お前が早いんだよ、ちょこまかちょこまか動きやがって」

「それが忍者でしょー」

「お前の場合は只小さいから小回りがきくってだけだろうが」

「なっ…そんな事ないもん!」

「んな事あるからそう言ってるんだよ、大体お前身長いくつなんだよ?」



いつもそうだ

最初はが優勢なのに後からどんどん文次郎が追い上げてきて

結局文次郎のペースにはまってしまう



「ひゃ…百五十二……とか…そのくらい」

「………嘘だろ」

「う、嘘じゃない……よ…」

「いーや、嘘だな」



ずずっと詰め寄って来る文次郎から仰け反るように逃げながら、は言葉に詰まった



「本当は百五十も行って無いんじゃないか?」

「い、いってるもん!!」

「嘘だろ、このチビ」

「チビじゃない!」

「チビチビチビチビチビ…!!」



先刻も似た様な言い争いをした様な気もするが

まぁこの際それは置いておくとして…



「…黙れこのロクデナシーーー!!!」



これまた先刻と似た光景

の拳は見事文次郎の鳩尾へとヒットした



「ぐはっ…!!」



突然の攻撃に受身が取りきれず、の鉄拳をモロに喰らった文次郎は膝を床につく



「馬鹿…力……」



そして文次郎はそう一言だけ言い残すと意識を手放した



「嘘っ!!気絶しちゃった!??うっわ…ヤバ……と、とにかく運ばなきゃ!」



はとりあえず文次郎を抱きかかえて部屋まで送ろうとする

しかし



「お、重い…」



男女と言うその差だけでも不利なのに

更にそこへ身長差の問題まで降りかかってはにはどうしようもない



「うぅ…誰か呼んでくるか……」



は諦め文次郎と同室の仙蔵に助けを求めるのだった



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「と、言うワケで…何だか気絶しちゃったんだよね」

「…全くお前は……」



ここは文次郎と仙蔵の部屋

と話しているのは仙蔵

仙蔵との前には布団で寝ている文次郎

その表情は苦痛に歪んでいる



「もう少し大人しく出来ないのか?」

「酷い。仙蔵までか弱い女の子に向かってそう言う事言うの?」

「か弱い女は拳一発で男を倒せないからな…」



仙蔵は半ば呆れ顔でを見る

は困ったような怒ったような顔をして必死に抗議するが…



「違うって!!たまたま良い場所にキマッちゃっただけで…」

「この前も似たような事件起こして先生に怒られてただろうが」



全くもって説得力の欠片もないらしい

暫くの間そうして仙蔵と話していたが、仙蔵はやがて立ち上がりを見下ろして声を掛けた



「さて、私はこれから課題で町へ出なければいけないので、後は頼んだぞ」

「え?課題って、文次郎は行かなくて良いの?」



立ち上がっている仙蔵を見上げながらは尋ねる



「いや…まぁ仕方ないだろう」



ちらりと文次郎を見て起きる事が無さそうだと判断すると、ため息まじりにそう言ってに背中を向けた



「良いのかなぁ」

「とりあえず先生には私から言っておく」

「そっか、じゃぁ文次郎が起きたら伝えておくね」

「あぁ。それじゃぁな」

「うん、いってらっしゃーい」



こうしては仙蔵の背中を見送った



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「う〜ん……」



仙蔵が出て行ってから暫くの間、は文次郎を看病していたが



「うぅ……んん〜……」



文次郎のうなされっぷりの凄い事



「何か悪い夢でも見てるのかなぁ…」



は少し心配になり、思い切って文次郎を起こす事にした



「…文次郎〜」



小さく文次郎の体を揺らす

しかし文次郎はまだうなされながら眠り続けている



「文次郎ってば〜」



先程より少し強めに揺さぶる



「……ん……〜〜っ」



文次郎は一瞬顔を歪めると次の瞬間目を開けた



「……ここは…つーか………え…?」



夢から醒めたばかりの文次郎は少々寝ぼけているらしい

そこにが声を掛ける



「目覚めはどうよ」

「……最悪」

「何だって?」

「冗談だ」



文次郎は布団の上に座りながら一つ大きな伸びをする



「ここ…俺の部屋か?」

「うん」

「お前が運んだのか?」

「ううん、仙蔵に手伝わせた」

「んで、その仙蔵は?」

「何か課題で実習に行ったよ」

「…………!!」



の言葉を聞いた瞬間、文次郎は勢い良く立ち上がる



「俺も行かねぇと…!!」

「わ−−−ストップストップ!!」



ずんずんと歩き出す文次郎の腰に飛びつきながらは文次郎を止める



「何だよ」

「仙蔵が先生には言っとくって」

「………」

「ていうか今からじゃ遅いよ、行っても無駄だってば」

「……お前なぁ…」



文次郎は自分の腰にすがり付いているを見下ろして少しだけ顔をしかめた



「お前のせいだからな」

「え?」

「お前のせいで仙蔵にこれ以上差付けられたらどうすんだよ」

「………ごめん、……なさい…」



は文次郎の腰から離れると、俯いて呟いた



「…んだよ、珍しく素直だな」

「だって…こんなに迷惑掛けるつもりじゃなかったもん……」

「まぁ何でも良いけどよ…ったく、お前本当に力強いよな…」



文次郎は俯いたままのの頭に片手をぽんと乗せて笑った



「も、文次郎が弱いんだよ」

「ちっげぇよ、俺が弱いわけ無いだろ」

「じゃぁ偶然だよ、私強くないし」

「お前良くそんな事が言えるなぁ?人の事吹っ飛ばしといて…」



お互いに向かい合って座りながら、は俯いていた顔を上げる



「だって…、文次郎がいつも馬鹿にするからいけないんじゃん!!」

「ぁ?お前がつっかかってくるのが悪ぃんだろうが」

「じゃぁそれに乗る文次郎がいけない!!」

「乗ってやらねぇとお前拗ねるだろうが!!」

「す、拗ねないし!」

「いいや、前一度無視したらお前泣き出したね」

「なっ……」



今日でこんな会話は三度目だ



「マジな話さ、お前もうちょっと女らしく出来ねぇのか?」

「何で?」

「いや、普通女ってもっとおしとやかだろ」

「じゃぁ……」



は文次郎を睨みつけて尋ねた



「私が毎日文次郎の前で可愛くしてたら文次郎は私を好きになってくれるの?」

「は?お前何言って……」

「他の子みたいににこにこ笑って体裁だけ取り繕ってて文次郎は私を気に掛けてくれるの?」



は文次郎から目を逸らして再度呟いた



「女らしくしなきゃ文次郎が振り向いてくれないなんて意味ない」

「………」

「…女らしくした私は私じゃないから……」

「お前……何だ、可愛い所あったんだな」



文次郎は言うと、目の前で今にも泣きそうな顔をしているを抱きしめた



「〜〜〜っ……」



抱きしめた途端は泣き出す



「あ〜、泣くなよ…ったく……」

「だっ……て…………ふぇ…っく……」



仕方ねぇなと言いながら文次郎はの頭を優しく撫でる

は文次郎の服をしっかりと掴みながら小さな声で泣き続けた



「俺の気引くためだったのか?」

「………うん…」

「……本当に馬鹿だな」



文次郎は嬉しそうに笑うと再度を強く抱き締めた



「文次郎だって…似たようなもんでしょ……」

「…んじゃぁ馬鹿同士って事で丁度良いだろ」

「……うん」

「で、お前は俺が好きなんだな?」

「へ?う、うん…」



突然の文次郎の言葉に少々驚くをよそに、文次郎はにやりと笑った



「じゃぁちゃんと言え」

「な、何を…」

「俺が好きって、言ってみろ」

「何で……」



は気まずそうにもがくが、文次郎はそんなをしっかり抱き締めて離さない



「………き…」

「聴こえなかった」

「な、そんなの嘘だ〜!!」

「嘘じゃねぇって」

「馬ー鹿」

「いやそれ違うだろうが」

「うぅ〜………」



は暫くの間渋っていたが、突然何かを閃いた様な顔をすると文次郎の耳元へそっと唇を寄せた



「大好きだよ。文次郎が好きで好きでどうしようも無い位大好き」



少し低めに囁かれた初めて聞くの声に、文次郎は思わず動きを止める



「お前……そりゃ反則技だろ…」

「ふふん、くの一をなめるなよ」



得意げに胸を張るに、文次郎はお返しにと言わんばかりに囁いた



「俺もお前が大好きだよ、

「……っ、、恥ずかしい台詞ーーー!!!!」

「うるせぇ!言ってる俺だって恥ずかしいんだよ馬鹿!!」



は顔を赤くしながら笑う

文次郎もつられて笑う

二人はそうして暫く笑い合った



「やっぱり私達馬鹿だね」

「……そうだな」



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ーー!!!いい加減にしろーーー!!!」

「文次郎の鈍足ーー!!追いつけるもんなら追いついて見ろー!!」



今日も今日とて忍術学園の廊下を一組の男女が猛スピードで駆けて行く



「お前この前ので大人しくなるんじゃなかったのかよ!?」

「何でそんなん決め付けるの?」

「いや普通そうだろ!!」

「そんなん知らなーい!!」



二人は廊下を疾走し



「気引くためにわざとちょっかい出してたんじゃないのか!?」

「はぁ?そんなワケないじゃん、私を見て欲しいから私のまんま接しただけだもん!!」



屋根から屋根へ飛び移り



「やっぱり可愛くねぇーーー!!」

「何よ!この前好きって言った癖に!」



道行く一般人を巻き込みながら



「先に行ったのはお前だろうが!」

「言わせたのは文次郎でしょ!?」



今日も今日とて追いかけっこは続く…




- END -



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'04/03/20