「あれ、また逃げてきたの?」



ある日

道端で何かを見つけた少女はその場にしゃがみ込んでソレの頭を優しくその撫でた



「あまり困らせちゃ駄目って前から言ってるでしょ?」



更に指の先でソレの顎を触りながら、にっこりと言い聞かせるように微笑む



「仕方ないなぁ…」



少女はそう呟いてソレを優しく抱き上げると、裏庭に向かって歩き出した



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「孫兵くん」

「ぇ?あぁ、ちゃん」



大変慌てた様子の伊賀崎孫兵の肩をぽんと軽く叩いて声を掛け、は笑いながら尋ねる



「ねぇ、そんなに慌ててどうしたの?」

「どうしたもこうしたも…またジュンコが逃げちゃったんだよ」



孫兵はそう言いながらがっくりと肩を落とした



「ふふ、はいどうぞ」



そんな孫兵には両腕を差し出す

孫兵が顔を上げると、そこには見慣れた赤色の蛇が嬉しそうにの腕に絡み付いていた



「ジュンコ!!」



の腕に絡み付いているジュンコと呼ばれたその赤い蛇は、舌をちろちろと出しながら孫兵に手渡される

しっかりとその蛇を抱き締める孫兵に笑いかけながらは校庭の隅を指差した



「さっきそこでお散歩してるの見つけたんだ」

「そっか、どうも有難う。助かったよ」

「いえいえ、どういたしまして」



礼を言う孫兵に答えながら、は蛇の頭に人差し指をちょこんと乗っけた



「あんまりご主人様困らせちゃ駄目だよ」



そう言って蛇に笑いかける



「それじゃ、私は次の授業があるから、またね」

「うん、それじゃぁまた」



そう言うとは壁を乗り越え女子寮へと戻って行った

ひらりとに向かい手を振った後、孫兵もジュンコを抱えて教室へと戻っていった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



、遅かったじゃない。授業始まっちゃうよ?」

「大丈夫大丈夫。まだ先生来てないでしょ?」



教室に入るなり話し掛けて来る友人と話しながらは自分の席につき、友人もの隣に座る



「何してたの?」

「ん?孫兵くんの所に行ってたの」

「孫兵くんって…あの伊賀崎孫兵?」

「うん」



友人は少し驚いた様な顔を見せるがは気にせずににっこりと微笑む



「…って物好きだねー…」

「何で?」

「だって伊賀崎孫兵って言ったら爬虫類マニアでしょ?常に蛇とか持ち歩いてて…」

「そうだね。実は今もジュンコが逃げ出しててね、偶然見つけたからジュンコを届けてたんだ」



先刻の事を思い出しながらがそう話すと、友人は引きつった笑みを浮かべた



「と、届けたって……どうやって……?」

「え?普通に…腕に巻きつけて……」

「蛇を!?」

「う、うん……」



友人の顔は益々引きつる

どうやら蛇に触る事が考えられないらしい



って……ゲテモノ好き?」

「え?いや…別にそういう訳じゃないんだけど……」

「だって蛇とか蛙とか平気で掴んじゃうでしょ?」

「うん…」



控えめにそう答えると友人はもう何も言えない、と言ったように両手を軽く挙げた



「まぁ…ならお似合いかもね、頑張りなよ」



の肩をぽんと叩き友人は笑った



「お似合いって……何が?」

「何がって…孫兵くんが好きなんでしょ?」

「孫兵くんが…好きって、ちょっと待ってよ何でそうなるの!?」



は友人のそんな言葉に暫く動きを止め、思わず立ち上がって顔を真っ赤にして抗議する



「そんなに慌てなくても良いじゃん…」

「だ、だって!!別に私そんな好きとかじゃ……」

「またまた〜、もうネタは上がってるんだから、素直に白状しちゃいなよ」



顔を赤くしながら再度座るをからかいながら友人はニヤニヤと笑う



「な、何でそんな事……」

「隠したってバレバレだよ。まぁ伊賀崎って趣味はちょっとアレだけど悪い人じゃなさそうだし、結構良いと思うよ?」

「そ、そんな…」

「そこのお二人さん?さんが誰を好きでも良いから、授業を始めて良いかしら?」



ふいに頭上が暗くなり、二人が顔を上げると教師が頬を膨らませて立っていた



「うゎ、先生来てたんですか」

「ご、ごめんなさい…!!」

「全く…次から気をつけてね。さぁ授業を始めるわよ、今日は45ページの……」



小さくなりながら謝る二人に先生は苦笑すると黒板に向かい始めた

そんなこんなで授業が開始され、結局の誤解は解けぬまま其の日一日が過ぎて行った



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「…………」



放課後、は廊下を一人歩きながら考える



「孫兵くん………かぁ…」



今まで考えた事は無かったが、確かには孫兵が嫌いではない

二人が初めて出会ったのは丁度去年の今頃

例の如く脱走してしまった毒を持つ爬虫類をが偶然保護したのがきっかけだった



「あの時は確かサソリのジュンイチだったっけ……」



ぼんやりとそんな事を思い出しながら歩いていると、角を曲がった先で誰かに思いっきりぶつかってしまった



「うゎっ!?」

「きゃぁ!?」



ぶつけてしまった顔を片手で抑えながら相手を見れば、そこには同じく顔を抑えた孫兵がいた



「ま、孫兵くん…!?ご、ごめんね!!私、ちょっとぼーっとしてて…」

「いや、僕も今ちょっと考え事してたから…、こっちこそごめん」



相変わらず首にジュンコを巻きつけたまま、孫兵は素早く立ち上がると笑ってに手を差し伸べた

は一瞬躊躇った後でその手を取り、同じように立ち上がって照れたように笑う



「ありがと」

「うん。………あの、ちゃんってこれから何か予定ある?」



孫兵はの言葉に小さく微笑んだ後、少しだけ真剣な面持ちでにそう尋ねた



「え?予定は特に無いけど…」

「本当?じゃぁちょっと付き合って欲しい所があるんだけど良いかな?」

「うん、良いよ」

「ありがと、それじゃぁ行こう」



急な申し出ではあったが、する事も無かったので承諾したはそのまま訳も分からず孫兵の後に続いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あの、何処に行くの?」

「ぇっと、実はジュンコ達の散歩に行く時間なんだ」

「散歩?」

「うん。良かったらちゃんにも付いて来て欲しいと思って…。迷惑だったかな」

「ううん、全然。是非行きたい!!」

「良かった」



突然の誘いの内容に無邪気に喜ぶの言葉に、孫兵は嬉しそうに笑う

こうして二人は飼育小屋から一通り孫兵のペット達を出すと、学園を後にした



「今日は曇りだから空気が湿ってて良いねぇ」

「そうだね、あんまり暑いとジュンコが辛いし。でもジュンイチはもう少し暑い方が良いみたいだけど…」

「サソリだもんね。でもそう考えると結構皆体質も違うし大変だよね」

「そうだね、でもこれくらいは全然平気だよ」



孫兵は自分の後に付いて来るペット達を見て微笑んだ



「…………」

「ん?ちゃんどうかした?」



ふと孫兵は自分を見て微動だにしないに気付き声を掛ける

声を掛けた途端ははっと我に返った様に孫兵を見て笑った



「あ、ごめん、ちょっとまたぼーっとしてた…」

「何考えてたの?」

「えっと……、孫兵くんは本当にこの子達が好きなんだな〜って…」



はペット達を横目で見ながら苦笑した



「それで…良いなぁって思って……」

「良いなって…何が?」



孫兵が尋ねると、は恥ずかしそうに視線を外し小さな声で呟いた



「こんなに大事にされてて羨ましいな、って…」



はそう言うとしゃがみ込んでサソリのジュンイチの頭を人差し指で撫でる

そんなの様子を見下ろしながら首を傾げた



ちゃんだって大事にされてるんじゃないの?」

「…誰に?」

「両親とか、兄弟とか…、後は友達とかさ」



孫兵は自分の指を折りながら例を挙げるとの方に顔を向け笑った



「僕は親も兄弟も、友達もいないから」



そう言ってみせる孫兵の表情には、特に悲しい、辛い等と言う感情は何処にも見られなかった

は何を答えれば良いのかわからず、ただ孫兵を見つめる



「あぁごめんね、変な事言っちゃって」

「…………」

「まぁこいつ達は僕にとって本当の家族と同じだから…、大事にするのは当然だよ」



ジュンコを腕に絡ませて微笑んでいた孫兵にが問う



「……私は…」

「ん?」

「私は……孫兵くんの友達じゃ…ないの?」




は孫兵を真っ直ぐ見つめて不安そうな瞳で訪ねる

そんなに孫兵は口元で笑うと微笑みながら告げた



「違うよ」



思い掛けない孫兵のその一言に、は動けなくなる



「僕はちゃんは友達にしたいと思わないからね」

「…なん…で……?」



そんな孫兵の言葉があまりにもショックで、の目にはじわりと涙が滲む



「うゎっ、ちゃん!?何で泣いてるの!?」



慌てた孫兵はの横に移動するとしゃがみ込んでの顔を覗き込む



「ごめん、僕何か悪いこと言った?」



泣き続けるに孫兵が尋ねると、は嗚咽を漏らしながら答えた



「だ、だって、友達じゃないって…。私の事……友達にしたくない、って……」



両目に手を当てて泣きじゃくりながらは呟く

そんなの言葉に納得したのか、孫兵は困った様子で頭を掻きながら言い難そうに告げた



「……だって…、僕ちゃんが好きなんだ…」



孫兵は顔を赤くしながら視線を泳がせる



「ぇ…?」



はあまりにも急な展開に言葉の意味が理解出来ず泣く事も忘れて孫兵を不思議そうに見つめた



「だからその…、僕はちゃんが好きだから…友達としては見れないって……そう言う事だったんだけど…」



益々赤くなりながら孫兵はそう説明すると横を向いたままの表情を窺う様にちらりと視線をやった



「…びっくりした……」



途端には力が抜けた様にその場に座り込んだ



ちゃん!?」

「…良かったぁ……」

「え?」

「私、嫌われてるのかと思って…焦っちゃったよ…」



は目尻に涙を溜めたまま、しゃがんでいる孫兵を見上げて安心したように息を吐く



「そんな、嫌いな訳ないじゃないか」

「だって……」



孫兵は一歩の傍に寄ると、自分の袖での涙を拭いながら呟いた



ちゃんは初めて僕なんかに話し掛けてくれた人だし…」



そう言いながらの涙を拭い、満足そうに笑った



「僕と普通に接してくれるし、何よりジュンコ達の事を怖がらないからね」



はそう言って笑う孫兵の言葉を聞き、何かを考え込みながら俯く



「ど……して、かなぁ」

「え?」

「どうして皆、恐がったり嫌がったりするのかな…」



は座り込んでいる自分に心配そうに寄って来た孫兵のぺットを抱き上げながら呟いた



「皆良い子だし、脱走はしても襲って来たりしないし…。大体爬虫類自体が恐くても…孫兵くんは凄い良い人なのに……」



そんなの疑問に、孫兵は少し困った様な顔をしながら苦笑してみせる



「良いんだ、別にわかって貰えなくても」

「どうして?」

「だってちゃんは僕の事恐がらないでしょ?」

「うん…」

「だから、僕はもうそれだけで満足だよ」



孫兵はそう言うとの肩に手を乗せてを見つめた



ちゃんは僕の事…嫌い?」



孫兵の質問には首を大きく横に振ると、耳まで真っ赤にしながら小さな声で答えた



「…好き………、大好き……」



消え入りそうな声でそれだけ告げる

孫兵はの言葉を聞くと嬉しそうに微笑んでをぎゅっと抱き締めた



「…………」

「…孫兵くん?」



を抱き締めて肩に顔を埋めたまま黙ってしまった孫兵にはおずおずと声を掛ける



「どうしたの?」

「………ん…何でもないよ、そろそろ帰らないと日が暮れちゃうね」



心配そうなに笑いかけて立ち上がると、孫兵はに手を差し伸べた



「帰ろう」

「…うん」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「…………」

「…………」



帰り道

夕陽が二人の背中を赤く染める

二人の後ろには何匹もの孫兵のペット達

道行く人など誰もいない

二人は会話も無く学園へ向かっている



「…………」

「……あの…」



ふと、が隣の孫兵に声を掛けた



「ん?」

「……えっと…」

「うん」

「その……」

ちゃん?」

「…………う〜…」



歩いたままは一人で何かを言おうとしては止め、また言おうとして黙ってしまう



「どうしたの?」

「うーん…」



心配そうにの顔を覗き込む孫兵に苦笑しながらは一度大きく深呼吸した

そして意を決すると真っ直ぐ孫兵を見据えて話し始めた



「あの……さっき…、私がいれば……他の人がいなくても平気だって…言ったでしょ?」

「うん」

「私は…嫌だな……」

「どういう事?」



は一度視線を逸らした後、再度孫兵を見つめる



「自分の好きな人が…他の人に嫌われちゃうのは……悲しいから…」

「…………、」

「きっと……大丈夫だよ…、孫兵くん悪い人じゃないもん……話し掛けたら皆仲良くしてくれるよ…」



の声はどんどん小さくなっていく

遂には何も聞こえなくなって、二人はその場で立ち止まった



「……でも…皆はジュンコやキミコを受け入れてはくれないよ」

「うん…多分……それは仕方ないと思うの………でも、わかってくれると思う…」

「…ちゃんは……どうしてそんな事言うの?」

「……私の友達はわかってくれたから…」



は顔を上げて小さく笑いながら言う



「応援してくれたの、私が孫兵くんの事好きなの知って…頑張れって言ってくれた…」

「………」

「その子も…爬虫類は苦手だけど……、でも孫兵くんの事は悪い人じゃないだろうって言ってたよ?」



孫兵は驚いた様な顔をしていたが、の真剣な顔に思わず笑い出す



「な、なんで笑うの…」

「っはは……ごめんごめん…」



孫兵は目尻の涙を片手で拭いながらに微笑んだ



ちゃんがあまりに素直だから…」

「……?」

「そうだよね、ちょっと僕も意固地になってたかもしれないな」

「…意固地?」



一人で呟き一人で頷く孫兵には疑問符を浮かべながら尋ねる

孫兵は両腕を頭の後ろで組みながらまた歩き出した

は慌ててそれに続く



「…皆がジュンコやジュンイチの事を認めてくれないのが悔しくってさ、僕から皆を避けてたんだ」

「………」

「でも…自分の好きでもない物を受け入れるのって大変だし、無理に決まってるよね」

「………うん…悲しいけど…そうだね」

「…ちゃんの言う通り……僕もちょっと素直になってみようかな」



孫兵はそう呟くとの方を振り向いて子供っぽく笑った



ちゃんくらい純粋になれたら…友達もいっぱい出来るだろうね」



孫兵はそのままの方へ体を向けると後ろ向きのまま歩き始める



「良くわからないけど……でも、きっと孫兵くんならすぐに皆と仲良く出来るよ」



は嬉しそうに微笑む

孫兵も一緒に笑う

二人はどちらとも無く手を繋いだ

夕陽が二人の背中を赤く染めている

道には幸せそうな二人と数匹の陰が長く伸びていた



- END -



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





'04/06/10