「アンタが忍者になれる訳ないじゃない」

「でも…」

「でもじゃないわよ、もうちょっと自分の事考えたらどうなの?」



随分とキツい物言いで捲くし立てているのは忍術学園の事務員の一人、

そしてそのに散々言われたい放題なのは、同じく事務員の小松田秀作



「大体事務員の仕事もろくに出来ない癖に、忍者になれると思ってるのが可笑しいのよ」

「そんな事言われても…」

「良いわよね、そうやって無駄な夢を見て、他人に迷惑掛けてもその夢に向かって進めるんだから」

「………」

「アンタなんかがこの学園に居られる事自体不思議なのに」



はそう言い切るときっと小松田を睨みつける

小松田は相変わらず困った顔でを見ていたが、そんな態度にまた腹を立てたのか

は踵を返すと何処かへ行ってしまった



「おやおや、災難でしたね小松田くん」

「うわぁ!?あ、吉野先生……」



の背中をぼんやり見送っていると背後から事務主任の吉野が現れた



「言われたい放題でしたね」

「はい…」

「言い返さないのですか?」



吉野がそう訪ねると、小松田は暫く考え込み、顔を上げて笑った



ちゃんは悪い所無いですから」



そう言いながらいつもの様に、見ているこっちが脱力する笑顔を向ける



「はぁ…、まぁ小松田くんがそう言うのなら別に構いませんがね」

「はい、僕は別に平気です、でも…」



小松田はそこで言葉を留めて下を向く



「どうかしましたか?」

「僕…、ちゃんを怒らせるような事しちゃったんでしょうか…」



真剣に考えながら首を傾げる小松田

吉野は苦笑すると、ため息まじりに告げた



「それは本人にしか解らないと思いますよ」

「そうですよね…」

「まぁ直接聞いて素直に答えてくれるとは到底思えな……」



吉野が言いかけてふと横を見ると、小松田の姿はもうそこには無かった

廊下の少し先をてくてくと早足で歩いている



「何処に行くんですか小松田くんっ!!」



少しばかり急ぎ気味の背中に声を掛ける

小松田は振り返るとへらりと笑って手を振った



「僕ちゃんに直接聞いてきます!!」



そして早歩きのまま小松田は角を曲がり見えなくなってしまった

あくまでも廊下は走らないと言う規則を守っている点は褒めるべきだろう



「しかし人の話しは最後まで聞いて欲しいものですね…」



吉野はいつも通り困った顔でため息をついた



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ちゃーん!!」



が正門の掃き掃除をしている所に小松田が箒を持ってやって来た

は、ジトリと一睨みしながらその姿を確認する

そして直ぐに視線を逸らし、また掃き掃除に専念し始めた



「ねぇ、僕何か悪い事しちゃった?」

「……………」

「確かにいつもドジばっかで迷惑掛けてるかもしれないけど…」

「……………」

「言ってくれれば次からはちゃんと気をつけるから、だから」

「っうるさい!」



は勢い良く小松田の方を向く

そして小松田を睨みつけながら呟いた



「そう言う態度が気に入らないのよ」

「そう言う態度って…?」

「気をつけるから、ですって?そんなの最初からそうすべきじゃない、あんたのせいでどれだけ私が苦労したと思ってるのよ…」

「…………」



は顔を上げ、キッと小松田を睨んだ



「良いわよね、失敗したってへらへら笑ってれば済むんだもの」

「別にへらへらしてなんか…」

「挙句の果てにそれで忍者目指してるんだから、笑っちゃうわよ」



小松田はに睨まれたまま、何を言えば良いか解らずすっかり困り果てていた



「私はアンタなんかよりずっと優秀なのに事務員にしかなれないのよ!?」



心底悔しそうにそう呟いたは今にも泣きそうだった



「……ちゃん…?」

「…………っ!!」



に近付き心配そうに差し出された小松田の手を振り払う



「アンタなんか嫌いよ!!」

「な、何で……」

「全部が…、アンタのその行動の全部が嫌い!!大っ嫌い!!」





「何でアンタっていつもそうやってお人良しなの…?」

「へ?」

「少しは怒りなさいよ!!それとも本当に自分は駄目な奴だって認めてる訳!?」

「別にそう言う訳じゃ…」

「だったら何で怒らないの…、何で………」

「あ、あの…」

「〜〜、……もう………やだ……」



はそれ以上言葉を続ける事が出来ずに泣き出した

これには小松田も慌てるしかない

何せが忍術学園に来てから泣いてる姿なんてたったの一度も見た事は無かったのだから

ましてや原因は自分らしいし、小松田は箒を地面に下ろしておろおろとの顔を覗き込んだ



ちゃん…?」

「っく……あんた…なんか………っ…」



声にならない声で必至に嗚咽を抑えようとしながら、は言葉を続ける



「……嫌い…、…いつ…も…笑ってて……」

「……………」



小松田は力なく首を横に振るの頭にそっと手を置いた

一瞬の体がびくりと強張る

しかしすぐに大人しくなり、動かなくなった



「……………」



どうしたら良いのかわからず、小松田はただ優しくの頭を撫で続けた

最初は引っ切り無しに聞こえていた嗚咽も、やがて時の流れと共に小さくなって行く



「……………ごめん……」



どれ位そうしていたか解らないが、ふと小さく掠れた声でが呟いた

目は赤くなっているものの、しっかりと小松田を見上げている



「僕……何かした?」



また怒られるだろうか

そんな事を思いながらも、どうしても気になっていた事を再度訪ねる

は視線を逸らし、斜め下を見下ろした



「別に…八つ当たりよ…ただの……」

「八つ当たり…?」

「私も…くの一を目指してたの……」



は着物の裾をぎゅっと握り締めながら話す

小松田はの頭から手を離してじっとを見つめた



「本当はくの一に…なりたかった……、でも…私は昔から足が悪くて高く飛んだり走ったり出来なくて…」

「……………」

「だから仕方なく事務員になったけど…、アンタは違うでしょ……」

「え?」



良くわからないの言葉に間抜けた声で聞き返す



「別に体が弱いわけじゃないし…、努力すれば……夢が叶うかもしれないんだから…」



羨む様な視線を小松田に向けながら、はため息をついた



「一人じゃ何も満足に出来ない癖に憎めないし…、失敗ばっかりなのに周りに可愛がられて…何だか悔しかったのよ」



決まり悪そうにそう呟くと小松田を見つめた



「だから、アンタは何も悪くないわ…」

「良かったぁ…」



小松田はの言葉にほっとした様な顔で笑う



「でも、やっぱりアンタの事嫌い」



ほっとしたのもつかの間、の口から出たのは、やっぱり棘だらけの言葉



「何で…」

「悔しいから…」

「悔しい?」



首を傾げてを見つめる小松田

は一瞬怯んだ様に後ずさり、何かを言おうとして止める



「……っ、兎に角!!嫌いな物は嫌い!!私先に戻るから!!」



そう叫ぶ様に告げると、はくるりと踵を返して歩いて行ってしまった

一瞬見えた横顔は誰が見ても解る程真っ赤だった

小松田は何も言えないまま、の背中を見送った



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「戻りましたー」


ガラリと襖を開けて小松田が事務室に入ってくる



「あれ?ちゃん戻ってきてませんか?」



吉野は振り返り、ちらりと小松田を見るとすぐに視線を書類に戻し小松田の質問に答える



さん、ね……、今少し席をはずしてますよ」



吉野は隣にあるの席を見ながらそう答えた



「そう言えば…、さんとはちゃんと話せましたか?」

「それが…」



そう訪ねる吉野の声は何か笑みの様な物を含んでいた

しかし小松田はそんな物には気付かず、事の経緯を吉野の傍に座ると話し始めた



「と、言う訳で、嫌いって言われちゃいました」



小松田はあははと笑いながら吉野に報告する



「…それで、どうして貴方は笑っていられるんですか」

「へ?」

「悔しくないのですか?そんなにボロクソに言われて…」



振り返り小松田の顔を見ながら呆れた様な、怒った様な顔でそう訪ねると、小松田はへらりと笑った



「別に平気ですよ」

「はぁ…」



吉野がため息をつくと、小松田は少し照れたような顔で頭を掻いた



「何言われても僕はやっぱりちゃんが好きだし…、ちゃん本当は優しいって知ってますから」



小松田は優しい声色でそうぽつりと呟くと、静かに立ち上がる



「そう言えば裏門の掃除がまだだったから済まして来ちゃいます」



そして小松田はそう吉野に告げると、そのまま廊下に出て行った

急に静かになった事務室で、吉野は小さくため息をつく



「……全く…貴女も素直じゃ無いですねぇ…?」



小松田の足音が遠ざかってから暫く、ぽつりと吉野が天井に向かって話しかけた



「…………」



すると天井からが気まずそうな顔で降ってきた

吉野の背後に立ったまま、は真っ赤な顔を片手で覆うと深いため息をついた



「それはそうとさん、貴女体が弱いのは本当なんだから、あまり忍者の真似事しちゃ駄目ですよ」

「わかってますよ…、でもいきなり来たから…」



は未だに赤い顔で悔しそうに呟く

小松田が事務室に入ってくるまでは自分の机の前に座っていたのだ

しかし急に小松田が戻って来た為、思わず隠れてしまったらしい



「別に隠れる必要など無かったでしょう」

「…あんな醜態晒した直後に顔なんか会わせられませんよ…」

「まぁ、そのお陰で良い事聞けましたね」



吉野は先程と同じ様な含みのある笑顔でに言う

は完全に負けを悟った顔で呟いた



「天然過ぎなんですよ…、人の気も知らないで……」

「でもそこにどうしようもなく惹かれるのでしょう?少しは小松田くんを見習って素直になるんですね」

「………そう…ですね」



吉野の言葉に答えながら、は小松田の出て行った襖を見つめた



−END−



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'04/12/6