「どう…して…」

「……………」

「小平太…?」



辺りは真っ赤に染まっていた



「眼を醒まして…こんなの……こんなの違うよ…」



身体中に付着した血液の感触と臭いが気持ち悪い



「何が違うの…?」

「だって…こんなの小平太じゃない……!!」

「どうして?私は私…。何が違うの?」

「何がって…」



恐怖に怯える声は微かに震え、血塗れの身体は強張って上手く動かない



「違う…小平太じゃない、こんな小平太知らない……!!」

「やだなぁ。私の顔を忘れちゃったの?」



そう苦笑気味に呟いて首を傾げている小平太は、とても虚ろな眼をしていた



は言ったよね…?」



べったりと血の付いた手がの頬に優しく触れる



「私の事、ずっと好きで居てくれるって」



の身体は怯える様にびくりと跳ねる



「それなのにどうしてそんなに怯えるの…?どうして私を避けるの…?」

「こへ…」



"これは悪夢だ"



そう信じたいのに



「ねぇ…」

「……っ」

「私が嫌いになった…?」

「…………」



やんわりと顔を固定され

眼を離す事も出来ず

は涙を流しながらただ眼前の小平太を見つめた



「…嫌……」

…」



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ー!!」

「あれ?小平太どうしたの?」



或る日の昼下がり

いつもの様に小平太が廊下の向こう側から勢い良く走ってきた



「実は私、これから忍務なんだ」

「忍務なんだ、って…そういう事は秘密にしておかなきゃ駄目じゃない」



は半ば呆れながら忍者の心得を小平太に説くが、小平太は頭を掻いてへらりと笑う



「いやぁ、にだったら良いかなって思って」

「またそんな事言って…。これでもし私がスパイだったりしたらどうするの?」



まるで親が子に言って聞かせる様に尋ねると、小平太は豪快に胸を張ってみせた



「大丈夫!!はそんな事しないって信じてるから!!」

「そう言う問題じゃ無いでしょ、全くもう…」



顔を片手で押えながら肩を落としていせるものの、自信満々にそう言い切る小平太の笑顔がは好きだった



「って言うか、行かなくて良いの?」

「あぁうん…、そろそろ行かなきゃなんだけど…」

「ん?どうしたの?」



行かなきゃと言う割に、小平太はの傍から離れようとしない



「………」

「もしかして、怖気づいちゃった?」

「なっ…」



中々行こうとしない小平太をからかう様にくすくすと笑って尋ねると、小平太は少しムキになった様な表情を見せた



「………」



しかし小平太はすぐに不安そうな顔に戻り俯いてしまう

はそんな小平太の肩を優しく叩くとそのまま小平太の頭をわしゃわしゃと撫でた



「冗談冗談。小平太なら大丈夫だよ」

「ぇ?」

「だって、小平太なら何があっても無事に帰って来るって信じてるもん」

…」

「だから、ぱぱっと言ってぱぱっと済ませてさっさと帰って来てよ。ね?」

「…うんっ!!有難う、大好き!!」



先程まで何処か不安定だった小平太はの言葉に徐々に自信を取り戻したのか、いつもの調子に戻り大きく頷くとの身体をぎゅっと抱き締めた

もそんな小平太の背中に手を回しながら胸元に顔を埋める



「うん、私もこへの事大好きだよ」

「良し!!それじゃぁ行って来る!!」

「はーい、いってらっしゃい。気を付けてね!!」



こうして手を振り見送るに背を向けた小平太だったが、少し歩いた後でふと振り返りを見た



「そうだ

「なぁに?」

は…、本当に私を好きでいてくれる?」

「へ?当たり前でしょ。ずっとずっと大好きだよ」



小平太がこんな質問をするのは何も今日だけに限った事ではなかった為、は驚く事も無くにっこり笑ってそう言い切る



「絶対?」

「うん」

「私が私でなくなってしまっても?」

「ん?どう言う事?」

「良いから答えて、は俺の事、ずっと好き?何があっても好き?」



しかしいつもなら最初の質問のみで満足する筈が、今日の小平太はいつもと少しばかり様子が違っていた

そんな小平太の様子には戸惑いながらもこくりと頷く



「ぅ、うん…。もちろん好き、だよ」

「そっか。それなら良いんだ…。変な事聞いてごめん!!っそれじゃ!!」

「ちょっ…こへ!?………行っちゃった……」



様子のおかしい小平太に少し驚きながらもいつもの様に好きだと答えたの答えに満足したのか、

小平太はいつも通り明るく笑うと忍術学園を飛びだして行った



「変な小平太…」



一人残されたは小平太の消えた方向を見つめて首を傾げ、得体の知れない胸騒ぎにごくりと息を呑んだ













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との会話を終え、忍術学園を出発してからどれ程の時間が過ぎただろうか

今や自分の周りにあるのは物言わぬ死体だけだ



「……良し、仕事完了っと…」



自ら殺めた人々の残骸を見下ろして、小平太は無邪気に笑う

足元には自分の物では無い血液が、ぴしゃりと叩きつけられた様に貼り付いている



「随分汚れちゃったなぁ…」



そう呟いて顔を拭い、小平太は腕についた鈍色の液体を見つめた



「さて、それじゃぁ帰ろうかな…。、居るんでしょ?」

「…っ……」



ふと、葬り去ったはずの屍の山の方に向かって声を掛けると、小さく息を呑む音が聞こえた

小平太が死体の山の傍で蹲っていたの元へとゆっくり歩み寄ると、身を隠していたが酷く怯えた様子で小平太を見上げていた



「一応聞くけど、何でが此処に居るの?」

「っな…何か小平太……様子が変、だったから…し、心配で…」

「そっか、それで私の後を付いて来てくれてたんだね。は優しいなぁ」



小平太はそう言って笑いながら座り込んだに手を差し伸べた

しかし―



「……嫌っ!!」

「ぇ…?」

「………」

「…………?」



勢い良く振り払われた手を驚いた表情で見つめながら、小平太は不思議そうにを見つめる



「どうしたの?早く帰ろうよ」

「やだ…こっち来ないで……」

…?」



じりじりと後ずさるの表情は強張り

小平太を見るその眼は何か異端のモノを見る眼だった



「どうして…」

「何が?」

「どうして……あんなに…楽しそうに……」

「楽しそう…?」



小平太の後をつけていたは、小平太が自分を取り囲む追手を倒す為にその手を紅く染め行く様を見ていた

逃げ惑い、命乞いをし、必死で叫ぶ人々の声をその耳に聞きながら嗤う、小平太の狂気に満ちた姿を見ていた



「おかしいよ…」

「……おかしい…?」

「だって小平太…あの人達を殺す事を……楽しんでた…!!」

「楽しむ?私が…?」



小平太は小さく呟く



「…楽しい?…血が出るのが?……人が…叫んで…逃げ惑うのが…?」



ぶつぶつと反芻するように呟く小平太が何を言っているのかは解らない

はそんな小平太を見つめながらただ恐怖心を抱くしかなかった

小平太は暫く何かを呟いた後で、改めてを見つめて声を掛ける



「ねぇ…」

「やっ…」

「嫌?どうして…?どうして私を避けるの?の言う通り早く片付けたんだから、早く忍術学園に戻ろうよ」

「…嫌……嫌ぁ…っ…!!」



鈍く光る血の赤が辺りを染める中、は両手で頭を抱え込みきつく眼を閉じたまま小平太を拒む



……」

「来ないで!!」

「どうして…」

「やっ…小平太……やだ…、怖い…怖いよ……!!こんなの小平太じゃないよ!!」

「私だよ………お願いだから…私を見てよ…」



小平太は錯乱しているの腕をがっちりと掴むと、虚ろな眼のままでを覗き込んだ



「………?」

「…嫌……」

「ねぇ?どうして…?私を好きでいてくれるんじゃないの……?」



を見つめながら尋ねる表情は酷く虚無で、問い掛ける言葉からは生気が感じられない



「どうしちゃったの…?小平太……おかしいよ……こんな……こんなの…」

「おかしくなんかないよ。私は前からこうだよ?…そう…そうだよ。前からずっと…」



の両手を掴んだまま、まるで独り言の様に呟きながら既に事切れた死体を見回す小平太の眼に微かに殺意が滲む



が気付かなかっただけだよ。いや、私が隠してたから気付かなくて当たり前なんだけどさぁ…」



何故か自嘲気味に笑うその声がの耳に痛い程響く



「隠してたって…どうして……」

「だって、私が"こう言う人間だ"って知ったら、は怖がるでしょ?」



の言葉に答えながら、小平太は口の端に不気味な笑みを浮かべた



「だから聞いたんだ…」

「何…を……」

「…私が、私でなくても…好きで居てくれる?…って」

「ぁ……」

「そしたらは好きだって、ずっと好きだって言ってくれたよね」



小平太はの眼の前にしゃがみ込むといつもの様に笑ってを見た



「だから、今までが怖がると思って隠してたんだけどもう良いかなと思って。が付いて来てたのは知ってたけど放っておいたんだ」

「………」

「ねぇ、私を好きでいてくれるよね?変わらず愛してくれるよね??」

「……っ」

「…どうして答えてくれないの…?」

「…ぃ………」

「答えてよ。いつもみたいに笑ってさ」

「嫌……」

「何で?どうして??好きだって言ったよね?私の事好きって言ってくれたよね?それとも嘘だったの??」

「ぅ、嘘なんかじゃ…」

「そうだよね、は私に嘘なんか付かないよね。だったらどうして?どうして今私を好きって言ってくれないの??」



血塗れの両手での両頬を包みながら、小平太は歪んだ顔で笑って尋ねる



「ねぇ、私が怖い?私は気持ち悪い?失望した?嫌いになった?」



答える隙を与えず畳みかける様に尋ねる小平太の両手が、の頬から首へと下がる



「私はの事が好きだよ。明るくて可愛くて誰からも好かれるが大好きだよ」

「……こ、へ…?」

「でも好きになればなる程許せないんだよ。誰かがに近付くのも、話し掛けるのも…」



そう呟く小平太の指に僅かに力が入る



が誰かと話しているのを見るだけで気が狂いそうになるんだ。相手はもちろんにもイライラする」

「っや……苦し…よ」

「でも前の忍務でたまたま人を斬った時にそのイライラした気持ちがすっと消えてさ」



の首を優しく掴んだまま、小平太は穏やかな表情を見せる



「こうやって定期的にイライラが解消出来れば私はいつだっての好きな私で居られるんだって気付いたんだよ」



まるで子供の様ににっこりと微笑んで、小平太は言葉を続ける



「だからこんな風に人を斬ったんだ。何人も何人も何人も何人も。

でもはやっぱり変わらず人気者で色んな人から声を掛けられていて、

その度に関係無い人達を殺して殺して、でもやっぱりがいつか私以外の男の所に行っちゃうんじゃないかって不安で仕方なくて…」



ふと言葉を止めて、小平太は静かに首を振った



「そんなの駄目だよ…」

「……え…?」

は誰にも渡さない…。誰にも…誰にも…」



そうまるで独り言のように呟きながらの両肩を掴み、身体を引き寄せ抱き締める



「小平太…」



自分を抱き締めながら愛情を求める子供の様に顔を寄せる小平太に、が思わず小平太の背中に手を回し掛けたその瞬間

は首筋に鋭く突き刺さる痛みに目を見開いた



「っ…!?」



痛みと同時に崩れ落ちるように地面へと倒れたを抱き起こし、小平太は穏やかに微笑む

その手に握られていた細長い針を見て、ようやくは小平太のしようとしている事に気付き絶望と共に小平太を見上げた



「こへ……た…」

「ごめんね…。でも…もうこうする以外他に方法が思いつかないんだ」

「嫌…」

の声も、目も、髪も、首も胸も手も足も心も命も何もかも…、これでようやく全部私の物になるんだね…」

「……たす…け、て…」

「愛してるよ。ずっと、ずっと、永遠にね」










- END -










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'04/03/12

'14/01/11 リメイク