「おい小平太、町行くぞ」

「もんじ…、悪いけど放っといて…私今何もしたくない……」



四限目が終了すると、文次郎は小平太のクラスに向かった

教室の隅の方で一人暗い空気を身にまとっている小平太に声を掛ける

しかし小平太はちらりと文次郎を見ると深いため息と共にそう告げた



の事まだ引きずってんのか」

「だってさ〜…、私がこれだけ好きだって言ってるのに全部 "はいはい" で済ますんだよ?」

「なんでお前もそんな奴が好きなんだよ…」

「だって……」

「兎に角、何時までもぐだぐだ言ってねぇで町に出て頭冷やせ、な?」



文次郎はそう言って強引に小平太の腕を掴む



「町出て何すんのさ…」

「飯でも食うんだよ、はどうせ他の用事があるんだろ」

「うん…」

「だったら構わねぇだろ、ほら行くぞ」



こうして半ば強制的に文次郎に連れられ、小平太は文次郎と二人で町へ出た



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「あ、もんじ!!あそこから美味しそうな匂いがするよ!!」

「あ?あぁ、行ってみるか」

「うん!!早く早く!!」



町に出てきた二人は当ても無くふらふらと歩き回っていた

最初は乗り気で無かった小平太も、美味しそうな匂いや楽しそうな雰囲気にすっかり元気になっている



「お手軽な奴だな…」

「何か言った?」

「いや、何でもねぇ」

「ねぇ、今度はあっちの店行こう!!」



小平太が進行方向を指差しながら文次郎に早くしろとせかす



「あ」



ふと文次郎が小平太を通り越した先を見て短く声をあげた



「ん?何々?」



小平太は文次郎の声で、自分の指差している方向に顔を戻し、目を見開いた



「……!?」



文次郎と小平太が見つめる先には、楽しそうに笑いながら歩く仙蔵とが居た

がにこやかに笑って仙蔵に話しかけ、仙蔵はそれを優しい顔で聞いている

その姿はまるで恋人同士の様だ



「………あれって……せんちゃん、と……………だよ、ね…?」

「……そう…だな」

「何で…?」

「知るかよ」

「………ぇ…?…もしかしての言ってた用事ってせんちゃんと…出掛ける事だったの…?」



恐いくらいに冷静な様子で視線の先のと仙蔵を見つめる小平太

文次郎はその横で気まずそう小平太を見ている



「……っ………」



突然小平太の表情が崩れた

何事かと文次郎が覗き込むと、小平太は今にも泣き出しそうな顔をしている



「何だよ………最初ッから言ってくれれば良いのに……私なんかより…せんちゃんが良い、って…」

「お、おい小平太?」

「…の…………の馬鹿ぁぁぁぁーーー!!!!」



そう叫んだかと思うと、小平太は元来た道を物凄い勢いで走り去って行った



「………まじかよ…」



一人取り残された文次郎は、唖然としながら小平太の走り去った後に立ち上る砂煙を見つめるしかなかった



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「何だよ何だよ、の馬鹿……!!」



小さくそう呟きながら全力疾走で町の中を走り回る小平太

道行く人々は驚きながら道を空ける

ふと曲がり角に差し掛かったが、小平太はそのまま突っ切ろうとする



「きゃぁっ!?」

「うわぁっ!!」



しかし角から出てきた人に思いっきり突進してしまい、小平太は尻餅を付いてしまった



「…………」

「いって〜……」



腰を擦りながら立ち上がると、自分の目の前に倒れている少女に気が付く



「っあ、ごめん!!大丈夫だった!?」



急いで駆け寄り少女を覗き込む



「……あ、…大丈夫……です……」

「ごめん、私前良く見ないで走ってて……」

「あの…、平気です、大した事ありませんから」



俯いてしょぼくれる小平太に、少女は地面に座ったまま少し焦った様に首を左右に振った

そんな少女に手を差し出し、倒れた身を引き起こしてやる

少女は立ち上がると、ぱたぱたと着物の裾をはらって、小平太を見てにこりと微笑んだ



「顔、汚れちゃってますよ?」



くすりと笑いながらそっと小平太の頬についた砂を拭う

小平太は一瞬身動き出来ず固まるが、すぐに我に返り顔を赤くした



「あの…、変な事聞きますけど…どうかしたんですか?」

「え?」

「目が赤いようですけど…」



少女は心配そうな顔で小平太を見つめる



「あ、いや…これは………、ちょっと…」



何と説明を付けたら良いのかわからず、うろたえる小平太に少女はにこりと微笑んだ



「私、これから茶屋にいくつもりだったんです、良かったらご一緒してくれませんか?」

「え?私が??」

「はい。一人では味気ないと思ったので、嫌で無ければ是非」



少女の申し入れを聞き、小平太一は瞬考える

しかし先程の仙蔵との楽しそうな姿がふと頭を過ぎった



「……………」

「あの…?」

「良いよ、私も丁度暇だったから」



が他の男と出掛けていたのだから、自分がそうしたって別に咎められはしないだろう

むしろにとって自分等どうでも良い存在なのだから誰と出掛けようが気にする必要は無いはずだ

そう思うと、小平太の口からは自然と承諾の言葉が出ていた



「私は七松小平太。それじゃぁ行こう!!」



小平太はにっこり笑うと女の隣に並んで歩き出した



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「…あらあら、小平太ったら楽しそうにしちゃって……」



小平太と女の行動を、こっそりと尾行しながら観察していたが呟く

その後ろでは仙蔵と文次郎がひそひそ声で話していた



「仙蔵、お前ノリノリだったな」

「当たり前だろう?私がこんな面白い話を放っておくと訳が無い」

「それにしたって小平太泣いてたぞ?」

「良いんだよ、それが見たかったんだもん」



はくるりと文次郎の方に顔だけを向けて微笑む



「…鬼………」

「所で、伊作や長次は何処に言った?」

「あぁ、あの二人なら邪魔だから縛って来たよ」

「「はぁ?」」



これには仙蔵も驚いたのか、文次郎と同じタイミングで声を上げた

はちらちらと小平太の様子を伺いながら説明する



「あの二人がここに居たら絶対可哀想だからって止めに入るでしょ?だから睡眠薬投与してちょっと縛り上げて来たんだ」



恐ろしい事をさらりと何の問題も無いかの様に告げる

やや犯罪の匂いがするが、にそんな常識は通用しない

すっかり何も言えなくなった二人を無視して、は小平太の様子を探り続ける



「ぉ、茶屋に入った…」



小平太と女が茶屋に入った事を確認すると、は未だに唖然としている仙蔵と文次郎に言う



「さて…。それじゃぁもう十分満足したし、そろそろ帰っても良いよ」

「良いわってお前……、小平太どうすんだよ?あの女と一緒のままで……」

「良いの良いの。小平太が私よりあの女の人を選ぶなら、私が口出し出来る事じゃないでしょ?」



茶屋の入り口を見つめながらそう文次郎に問うと、は不敵に笑って文次郎の肩をぽんと叩いた



「潮江はまだまだ甘いねー」

「何だよそれ」

「ふふ。それじゃ二人が帰らないなら私は先に帰るから、またね」



は文次郎の問いには答えず、仙蔵と文次郎を置き去りにして学園へと戻って行った



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「そうですか…、それは辛かったですね……」

「うん…」



が学園へと帰ろうとしている丁度その頃、小平太は今までの事を少女に打ち明けていた

全てを聞いて気の毒そうな顔をする少女の横で、小平太は深い深いため息を付く



「やっぱり…私よりせんちゃんの方が良いのかなぁ……」

「私には良く解りませんが、小平太さんはその方が好きなんでしょう?」

「……………」

「でしたら簡単に諦めない方が良いと思います」

「そう…かなぁ……」



そう呟いて俯いてしまった小平太に、少女はおずおずと切り出した



「あの、小平太さん。そんなに気になるなら直接しっかり聞いてみた方が良いと思いますよ?」

「え?」

「その方に…、まだはっきりと聞いた訳じゃないんでしょう?」

「うん…」

「それならその方が良いと思います…、私なんかが口出しする事じゃないですけど…」



遠慮がちにそう呟く少女の両手を、小平太は思わず握り締める



「有難う!!私もうちょっとだけ頑張って見るよ!!」

「………、」

「あれ?どうかした?」

「いえ…、小平太さんは……本当にその方がお好きなのですね……」



少し伏せ目がちに呟くと、顔を上げてふわりと微笑んだ



「羨ましいです」



その顔は何処か寂しげで、小平太は思わず言葉に詰まる



「もし…、振られてしまったら私の所に来て下さい……なんて…、冗談に聞こえませんよね、すいません」

「………」

「さっき会ったばかりなのに…変……ですよね…」



少女のためらいがちな言葉を聞いていた小平太が、突然立ち上がる

そして自分の食べた分と女の分のお金を机に置き、少女に背を向けた



「ごめんね」

「あの…、小平太さん…?」



少女が不思議そうに問い掛けると、小平太はくるりと振り向いて笑った



「どんなに冷たくされても、私やっぱりが好きなんだ」



それだけを告げると、小平太は茶屋から飛び出した

こうして一人茶屋に残された少女は、机に置かれたお金を指先で弄びながらため息を付いた



「本当、羨ましいよ…」



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場所は変わって忍術学園

は自室でごろりと横になって本を読んでいる

ふと忍者とは思えない足音が近付いて来た

どたどたと喧しく鳴り響く足音は、の部屋の前でぴたりと止まる

そして勢い良く部屋の襖が開かれた


、いる!?」

「ん?小平太どうしたの?」

、私に聞きたい事があるんだ!!」



小平太の言葉に、部屋の中でのんびりしていたは、さして驚く様子も無く答える



「別に構わないけど…、その前にこっち来てこれ一緒に食べない?」

「へ?」

「さっき町に出た時に"偶然"立花と会ってね、美味しいお饅頭のお店教えて貰ったんだ」



は包みから饅頭を取り出してにっこり笑う



「小平太お饅頭好きでしょ?だから一緒に食べようと思って多めに買ってきたの」

「……え?………偶然…せんちゃんと……?」

「そうだよ?立花は今度の授業で使う火薬の材料を買いに来てたらしいけど、私は小物屋に行ってただけだから」

「……何だ……そう、だったんだ…。良かった…」

「どうしたの?それより聞きたい事って何?」

「ううん、やっぱり何でもない!!」



小平太は首を左右に振って答えると、嬉しそうに笑った



「でもホント良かった!!」

「何が良かったの?」

「私、に嫌われてるのかと思ったから…」



小平太がそう呟いてちらりとを見ると、は苦笑した



「朝に大好きって言ったばかりでしょ?」

「だ、だってあの時一瞬ためらって…!!」

「あれは恥ずかしかったの。食堂には他の生徒もいるのにこへ声大きいんだもん」

「…ぁ、そっか」



納得した様に小平太が手を打つと、はそっと小平太の頬に触れてそのまま頬に口付けた



「私が好きなのは小平太だけ。だから小平太もずっと私の物で居て頂戴ね」



そう言って可愛らしく微笑んで見せる



「もちろん!!私にはしかいないもん!!」



小平太はそう言いながら勢い良くに飛び付いた

は押し倒された格好のまま小平太の頭を撫でて満足そうに口の端で微笑んだが、そんな事に小平太が気付く筈も無かった



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「小平太の奴…、まんまと騙されたとも知らないであの幸せそうなツラ…」

「私でもあそこまで自然に嘘は付けない…」



小平太との様子を盗み見ながら、文次郎と仙蔵は大きく肩を落とした



…、恐るべし……」

程の策士はそういないな…」



二人がそんな事を話していると背後から声がした



「やっぱり先輩には敵いませんよね」



二人が振り返ると、そこには小平太が町でぶつかったあの少女の姿があった



「お、お前…小平太と一緒に居た女……、何でこんな所に…っつーか…先輩って……」

「……鉢屋、だな?」

「えぇ、その通りです」



女が着物を勢い良く脱ぐとそこには不破雷蔵の顔をした鉢屋三郎の姿があった



「いやぁ、今回はどんな悪戯かと思えば…。全く先輩も素直じゃないですよね」



あははと笑いながら言う三郎を見て、文次郎が腕組みをする



「そういやあいつ鉢屋にも手伝って貰うとか言ってたな…」

「と言う事はあれか…、本当に全部が全部の思い通りになったんだな…」

「まぁ…、そう言う事みたいですね」



三郎は苦笑しながら頭を掻いた



「つーかよ、素直じゃないってより根性捻くれてるだけだろ、あいつの場合」

「違いますよ、先輩は七松先輩が本当に好きなんですよ」

「何故そんな事がわかる?」

「だって、先輩の性格から考えて、好きでもない人の事全力で構ったりしないでしょう?」

「まぁ…そりゃそうかもしれんが…、それにしちゃ表現が随分歪んでないか……?」

「それは仕方無いと思いますけど…」



そんな事を話しながらふとの部屋を覗き見る

そこには幸せそうに二人で饅頭を食べる小平太との姿があった

あんなにもに振り回されておきながら、小平太は本当に幸せそうに笑っている



「…結局振り回されたのって俺達だよな」

「…そうだな……」

「僕は大体こうなる予想は付いてましたけどね」



三郎は苦笑すると、ふと周りを見回して仙蔵と文次郎に訪ねた



「そう言えば善法寺先輩と中在家先輩はいないんですか?」

「「あ」」



仙蔵と文次郎が顔を見合わせる

やっと二人の存在を仙蔵と文次郎が思い出した時、長次と伊作はまだ保健室に縛られたまま放置されていた



「私達って一体……」

「……………」



文次郎はげっそり疲れきった顔のままため息を付く

仙蔵はその横での策略っぷりに驚きながらも呆れる

三郎は二人をなだめながら苦笑する

そして伊作が不運っぷりを発揮し、長次と一緒に縛られている中

と小平太はとても幸せそうだったと言う…



- END -



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'04/07/30