「どいてくださいーーーー!!!!」



中庭を通り保健室へ行く途中、歩いていると頭上から声がした



「え?」



見上げると空から少女が堕ちて来る



「うゎぁ!?」

「きゃぁ!!」



避ける訳にもいかず、条件反射的に堕ちて来た少女を受け止めた

しかし突然の事だったのでバランスを崩し、よろけてしまう



「わっとっと……うゎっ!!」



バシャン



豪快な音を立てて伊作は池に落ちた

綺麗な青空の元、豪快に水しぶきが上がる



「ごめんなさい!!!大丈夫ですか!?」



伊作が水面から顔を出すと、其処には小柄な少女が一人こちらを心配そうにのぞきこんでいる

どうやら伊作は池に落ちる前に、咄嗟に少女を地面へと下ろしたようだ



「あぁ…大丈夫…これくらい慣れてるから…」



伊作は苦笑しつつ、素早く池から這い上がる



「ごめんなさい…私のせいで……」



水浸しの伊作を前に頭を下げて落ち込む少女は、4年生でくの一教室の保健委員だ



「私の事は気にしないで良いよ、それよりさんに怪我は無かった?」



にこりと微笑んでそう訪ねると少女は一瞬戸惑った様だがすぐに笑顔で返す



「はい、先輩が助けてくれたお陰で大丈夫でした」

「そっか、良かった」

「君も相変わらず不運だね」

「えぇ……割と……」



お互い顔を合わせて苦笑する

保健委員

通称不運委員

足を滑らせ屋根から堕ちて来た少女と

少女を助けて池に落ちた少年と…

お互い不運である事は間違い無い



「とりあえず、保健室に行こうか、新野先生が待ってらっしゃるから」

「あ、はい」

「それじゃぁ行こう」



伊作はそう言うと濡れたままの状態で保健室へと歩き出す

伊作が歩く度に地面は変色して行く

は申し訳ない気持ちになりながらも伊作の後に続いた



「それじゃぁさんは先に保健室に行っててくれるかな、私は着替えてくるから」

「わかりました」



保健室前の廊下

伊作はそのまま自室へと戻って行った

は伊作の背中を見送ると保健室の襖を開ける



「失礼します」

「あぁ、さん、待ってましたよ」



は保健室の中に入る

すると保健医の新野先生がにこやかにを招き入れる



「すいませんねぇ、男子の方の保健委員の人手が足りなくなってしまって…」

「あ、いえ、別に平気です」

「そう言えば、善法寺くんには会いませんでしたか?」

「あの…その事なんですが……」



は先程あった出来事を新野先生に告げた

新野先生は苦笑しながら呟く



「いつもながらあの子は苦労性だね」

「やっぱり…保健委員は不運な人だけがなるんでしょうか……」

「どうだろうねぇ…」



がそんな事を話しているとふいに襖が開く



「すいません遅れてしまって」

「あぁ善法寺くん、今丁度君の話をしていたんだよ」

「私の…ですか」



伊作は一瞬考えた後困った様に微笑んだ



「大方さっきの事でしょう」

「あぁ、相変わらずだねと話していたんだ」



伊作と新野先生はそんな事を話しながら笑っている

は一人浮かない顔をしてただ其処に座っていた



「あれ、さん…どうかしたの?」



伊作がの様子に気付き声を掛ける

は難しい顔をして考え込んでいたが、ふと顔を上げた



「あの…忍者には運も必要なんですよね…?」



真剣な顔でそう尋ねられ、新野先生と伊作は顔を見合わせて苦笑した



「そうだね、一般的には運も必要だって言われてるけど…」

「なら…保健委員の人達は……もしかして忍者に向いていませんか?」

「どうだろう…運はもちろん大事だけど…、やっぱり実力が一番だからね」

「そう…ですか……」



は伊作の答えを聞いて更に深く考え込む

そんなに伊作は訪ねる



「どうしてそんな事気にしてるの?」

「……友達が…」

「友達?」

「……保健委員は不運な人の集まりだからきっと大変だよって言うものだから…つい……」



の言葉に伊作は少しの間考えるとの頭に軽く手を乗せた



「大丈夫、これでも意外と大事に至った事は無いから」



伊作がそう言うと新野先生も頷いて立ち上がった



「さて、早速で悪いけど善法寺くんはさんに仕事の説明をしてあげて下さいね」

「はい」

「私はちょっと職員室に行ってくるから、またすぐ戻ります」

「わかりました」



新野先生はそのまま廊下へ出て行った



「さて、それじゃぁ今からさんに手伝って貰う事を説明するんだけど…」

「どうかしましたか?」

さん、血とか見るのは平気?」

「…はい、大丈夫ですけど……」



伊作の問いにそう答えると伊作はほっとした表情になる



「良かった、それじゃぁすぐに実践に移れるね」

「実践……?」

「そう、最近怪我人が多くてね、手当てする人が足りなくて困ってたんだ」

「なるほど…」

「男子寮の生徒達は皆他に委員会に入っちゃってるから空きがなくてね」

「そうだったんですか」



そんな事を話しながら伊作は救急箱を取り出す



さんは今学期から保健委員になったばかりだから、まだ応急処置の方法は知らないよね?」

「はい…」

「それじゃぁ今から大体の方法を教えるね、本当は実際の怪我人が居たら楽で良いんだけど…」



伊作がそう言いながら救急箱の蓋を開ける

するとやや乱暴に保健室の襖が開いた



「しくじった、手当て頼む」

「あ、文次郎………」



狙った様なタイミングで手当てを要求しに来たのは伊作と同学年の潮江文次郎

や他のくの一の間でも随分と有名な男だ



「ちょうど良かった、ちょっとこっちに座ってくれ」



伊作は嬉しそうに笑いながら自分の前の床をぺしぺしと叩く

文次郎はずかずかと保健室に入るとそのままと伊作の前に腰掛けた



「このちまいのは何だ?」



文次郎は座って間もなくを指差し訪ねる



「ちまいって……、この子はさん、くの一教室の保健委員で、4年生の子だよ、今ちょっと訳ありで男子の方も手伝って貰ってるんだ」



伊作は救急箱の中から消毒液や包帯を取り出しながら答える

文次郎は伊作の説明を聞き、を一通り眺めた後一言呟いた



「こいつも不運なのか」

「「…………………」」



文次郎の言葉にと伊作は顔を見合わせて力なく笑うと同時に肩を落とした



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「それで、傷口を綺麗な布で軽く抑えて止血してから……」

「えっと……こう、ですか?」

「そうそう、余り力を入れすぎて血液の循環を止めると壊死しちゃうから気を付けてね」

「はい」

「……………」



仲良く傷口の手当てについて話し合う伊作とを前に文次郎は一人むすくれている



「なんで俺がこんな実験台みてぇな真似……」

「まぁまぁ、たまには女の子に手当てして貰うのも良いだろ?」

「まぁ……たまには、な…」



そんな事を話す伊作と文次郎だが、はそんな二人の会話等まるで耳に入っていない

一生懸命に文次郎の腕の傷口と対面しながらやっと包帯を巻く所にまで漕ぎ着けた



「先輩…包帯……、何故かほどけてきちゃうんですけど……」



暫くは一人で四苦八苦していた様だが、ついに諦めたのか伊作に訪ねる

伊作は優しく笑いながらと変わり文次郎の腕に包帯を巻き始めた



「腕の場合は最初に少し包帯を余らせておいて、こんな風に…と、」

「流石先輩……手つきが鮮やかですね」

「誰かさんのお陰ですっかり慣れちゃってね」

「あ?誰の事だ?」

「自覚無しか……」



こうして伊作は文次郎の腕に器用に包帯を巻きつけ終わると、包帯の上から軽く傷口を叩いた



「っ何しやがんだ」

「気合だよ、気合」

「余計な事すんな」

「はいはい、とりあえず、こんな感じなんだけど、さん大体理解出来た?」



伊作が訪ねるとはにっこりと微笑んだ



「はい、多分大丈夫だと思います」

「そっか、それじゃぁ次は道具がある場所を教えるね」

「はい」

「あ、文次郎、手当て終わったからもう戻って良いよ、有難う」

「あぁ、言われなくても戻る」

「あ、あの…、潮江先輩」



文次郎が保健室を出ようと立ち上がると、が少々戸惑いながら文次郎を呼び止めた



「何だ?」

「えっと…、その、お付き合いさせてしまってすみませんでした…」



がそう告げると伊作と文次郎は顔を見合わせ微笑んだ



「あぁ、今度はもっと上手く頼む」

「が、頑張ります」

「んじゃな」



文次郎はそのまま廊下へ出て行く

そして遠ざかる足音も無く文次郎の気配は消えた



「…………はぁ…」

「どうしたの?」

「いえ…、ちょっと緊張しちゃって……」

「緊張?」

「はい……潮江先輩、もっと恐い人かと思ってたので……」

「あぁ、そう言う事か」



文次郎が去った後、ほっと胸を撫で下ろすに伊作は面白そうに笑う



「見掛けほど恐くないからね」

「はい、良い人そうでちょっと驚きました」

「それ、文次郎に言っておいてあげるよ」

「そ、それは…」

「嘘だよ、黙っといてあげる」



二人は互いに笑い合う

伊作は立ち上がりに声を掛ける



「それじゃぁ今度は保健室の中にある薬草や道具について説明するから」

「あ、はい」



こうしてその日一日を掛、は伊作に保健委員としての基礎を教え込まれる事となった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はぁ…、」

「お疲れ様、大丈夫?」

「あ、大丈夫です」



は少し疲れた表情を見せるも、にっこりと微笑む



「保健委員ってこんなに色々な仕事があったんですね…」

「くの一教室の保健委員はどんな事してる?」

「えっと…、まだ始まったばかりなので、今は簡単な基礎知識を教えて貰ってるだけです…」



はそう言いながら深く息を吐く

時間的には大した事は無いが、今日一日でやった仕事は結構な量だ

怪我人の手当て、薬草学の知識に加え薬草園の手入れ、トイレットペーパーの補充に保健室内の備品管理…



さんには今日一日で詰め込みすぎちゃったかもしれないな」



伊作は床に座り込んでいるを見て苦笑する



「やっぱり辛い?」

「いえ、大丈夫です!」

「そっか、じゃぁ明日も宜しくね」



伊作は微笑みながらの頭を撫でた



「……………」

「どうかした?」

「い、いえ……何でも…ありません……」



は頬を紅く染めながら俯く

伊作はそんなの心境を知ってか知らずか優しく話しかける



「でも保健委員の新しい手伝いがさんで良かったよ」

「え…?」

「物覚えも早いし、手際も良いし、仕事も丁寧だし…」



伊作は指を折りつつ言葉を挙げる



「でもちょっと困った事になったかもしれないな…」



伊作はそう言うと腕組みをして少し顔をしかめる



「あの…、私何か失敗してしまいましたか…?」



困った表情の伊作におずおずとは問い掛ける

そんな不安そうなを前に、伊作はぱっと顔を上げるとふわりと微笑んだ



「君みたいな可愛い子が保健委員になると、利用者が増えるかもしれないからね」



確信犯なのだろうか

の顔はいよいよ赤い



「ぜ…、善法寺先輩……冗談が過ぎます…」



本当に消えてしまいそうなくらい小さい声ではやっとそれだけ告げる



「冗談じゃないよ」

「………………」

「さて、そろそろ新野先生も戻ってこられる頃だし…」



伊作は立ち上がり真っ赤な顔をしたまま俯くを見下ろす



「今日はとりあえず終わりにしようか」

「え?あ、はい」



伊作の言葉には慌てて立ち上がる



「……!!」



しかし立ち上がったと同時にはよろける

別に正座をしていた訳では無いのだが、長い事座っていたせいか足が痺れていたようだ



「おっと…」



伊作は咄嗟にの体を支える



「大丈夫?」

「ごっ、ごめんなさい!!」



伊作はの体を抱きとめ声を掛ける

は目を瞑り俯いてひたすら謝る

しかし、伊作の反応は無い



「あの……?」

「……………」


未だ伊作の胸に抱かれたまま、もう一度声を掛けて見るが、やはり反応は無い

がそっと伊作を見上げると、同じように自分を見下ろしている伊作と目が合った

お互い何も言わず、見詰め合う



「…………っ!?」



ふいに伊作の顔が近付いたかと思うと唇に違和感を感じた



「…ぁ…………ごめん…」



伊作の顔が離れ、訳がわからないまま謝られる

は混乱状態の頭でゆっくり考え、やっと事態を把握する



「……………謝らないで…下さい……」

「え…?」

「私……先輩の事…好きです……」

「…………、」

「だから……謝らないで下さい…」



は伊作を見つめ小さな声でそう告げる

その表情は今にも泣きそうなのに

の言葉はしっかりと伊作に向けられていた



「例え…一瞬の気の迷いでも……嬉しいですから…」



そう伏せ目がちに呟く

伊作は思わずを引き寄せその腕に強く抱き締めた



「…先…、輩……?」

「…気紛れなんかじゃ無い……」

「…………ぇ?」

さんが3年の時から…ずっと好きだった……」

「3年って……」

「初めて君が保健室に手当てして貰いに来た時だよ」



伊作はを抱き締めたまま苦笑する



「だから今学期…、保健委員にさんが入ったと聞いて…本当に嬉しかったんだ」

「先輩……」



伊作の言葉にの瞳は潤む

伊作はそんなを抱き締め、優しく微笑んだ

そして暫くの時間を掛け、二人の顔が程なく近づいたその時



「悪ぃ、また頼む」



数時間前に手当てを受けたばかりの文次郎が突然保健室に入ってきた



「何やってんだお前等?」



文次郎は脱力して床に座り込んでいると、その場に両腕をついてうな垂れている伊作を見下ろす



「文次郎……」



伊作は恨めしそうに文次郎を見上げた

文次郎は腕を怪我していて、割と出血の量が激しいらしい

赤く染まった袖が目に付いた

伊作は大きなため息をつくと、仕方なく救急箱を取りに奥へ消えた



「………あの、…」

「あ?」



伊作が奥へ消えてから少し間を置き、が文次郎に声を掛ける



「私…今日はもう戻らないといけないので、これで失礼します…」

「そうか」

「善法寺先輩に宜しくお伝え願えますか…?」

「わかった」

「それでは、失礼します…」



はよろよろと立ち上がると、そのままぺこりとお辞儀をして保健室を後にした



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あれ?さんは?」

「あぁ、あのちまいのなら先に帰るってよ」

「そっか」



伊作はため息まじりに呟きながら文次郎の目の前に座り救急箱の蓋を開ける



「もしかして俺、邪魔したか?」

「したよ、思いっきりね」



文次郎が何となく訪ねると、伊作は少し恨めしそうに文次郎を睨みながら答えたが、文次郎はにやにやと笑った



「まぁ仕方ねぇよな」

「何で」



文次郎の言葉に伊作がぶっきら棒に訪ねると、文次郎は伊作を指差して一言告げた



「お前、不運委員長だし」

「………はぁ…」



文次郎の面白そうな笑みを前に、伊作はがっくり肩を落とすのだった



- END -



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






'04/07/13