「あ、あの……」

「はい、何でしょう?」



が門の前で掃き掃除をしていると後ろから呼びかけられた

振り返れば6年生の善法寺伊作

にこりと微笑み何か用かと訪ねれば

伊作はすぐさま視線を逸らす



「あら伊作くん、どうかしましたか?」

「あ、いえ…その……すいません、何でもない……です」

「………?」



が不思議そうな顔をしていると伊作は苦笑しながら頭を軽く下げた



「あの、本当に大した事じゃないんです、呼び止めてすいませんでした」

「あ、伊作くん……」



が呼び止めた声も聞かず伊作はそのまま去って行ってしまった



「……何だったのでしょう?」



は首を傾げて呟き、少しだけ考えてみる

しかしやっぱり伊作の行動の意味がわからず、また掃き掃除へと専念し始めた



は昨年の今頃に忍術学園に事務員としてやって来た

事務員と言ってもする事は事務以外にもある

書類整備や書庫整理、備品管理に薬品管理

様々な仕事をこなしながら、何とか1年が経過した



「よいしょっと……、こんな物かしら……?」



かき集めた落ち葉をゴミ袋に入れて一つため息をつく



「次は……、薬の在庫確認ね…」



は落ち葉の詰まった袋を抱えると裏庭の方へよたよたと歩いていった



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「はぁ…」



部屋の前の廊下に腰掛けて盛大なため息をついている伊作



「その様子だとまた失敗したのか」

「あ、仙蔵…」



頭上から降ってきた声に顔を上げれば、そこには自分を見下ろしている仙蔵



「お前も色々と大変だな」



仙蔵はそう言いながら伊作の隣に腰掛ける



「大変…と言うか、もう無理なのかも」

「随分と弱気だな」

「仙蔵とは違うんだよ」



伊作は苦笑しながら空を仰ぐ

そしてまた一つため息を付くと、そのまま後ろに倒れ、廊下に寝転んだ



「仙蔵くらい自信が持てたら良いんだけどね…」



片腕で顔を覆いながらそう呟くと、仙蔵は呆れた口調で答える



「あのなぁ…、私だって何に対しても高慢と言う訳では無いぞ」

「わかってるけどさ…」



伊作は腕をどかし、空を仰ぐと、一つため息にも似た深呼吸をした



「自分がここまで女々しいとは思わなかったよ」

「確かに、好きな女に声一つまともに掛けられないなんて今時珍しいな」

「それを言わないでよ…、自分でも結構弱ってるんだから」



伊作は弱々しく笑いながら仙蔵にそう言うと、また一つ小さなため息をつくのだった



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さーん!!」



がよたよたと落ち葉の入ったごみ袋を持ちながら歩いていると、背後の方で元気な声がを呼んだ

最近良く耳にするその声に振り返ると、はにっこり微笑む



「七松くん、どうしました?」

「さっき落ち葉集めてたよね?」

「えぇ、この中に入ってるのは全部落ち葉ですよ」



小平太の質問に答えながら、は持っていたごみ袋を一度地面に下ろし指差す



「あのさ、その落ち葉全部私にくれない?」

「これを?別に構いませんけど…どうして?」

「へへっ、実はこれから焼き芋大会するんだ!!」

「焼き芋大会?」

「そ、さっき食堂のおばちゃんがさつまいもをいっぱいくれたんだ」



小平太は嬉しそうに笑いながらに説明する



「それじゃぁ、まだ他にもいっぱい落ち葉の入った袋がありますから、取って来ましょうか?」

「本当?それじゃぁさん一人だと大変だから、誰か呼んで来る!!」

「お願いしますね、私は先に裏の焼却炉にいますから」

「はーい!!!」



小平太は元気良く返事をすると、今までが持っていたごみ袋を担いで走り去っていった

は小平太の背を見送ると焼却炉へと足を向ける



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「あ、せんちゃーん!!いさっくーん!!」

「ん?あぁ、小平太か、どうした?」

「あのね、焼き芋大会するって言ってたでしょ?」

「そう言えば食堂のおばちゃんからさつまいも大量に貰ったって言ってたっけ」



廊下で会話していた仙蔵と伊作に小平太は少々落ち着かない様子で伝える



「そう、それで今さんから落ち葉貰ってきたんだ」

「……なるほどな、それで?」

「で、さんがまだいっぱい落ち葉あるって言って焼却炉に行ったから…」

「私たちにその落ち葉を取りにいくのを手伝え、と」

「そういう事!!」



小平太の言葉を最後まで待たず仙蔵が答えると小平太は親指をぐっと前に出した



「校庭の隅っこでやるから、宜しくね!!私長次が待ってるから先に行くから!!」



小平太はそう言い残すと来た時と同じ速度で去って行った



「全く騒々しいな」



仙蔵は微笑みながら小平太の背を見送る

伊作も苦笑しながらそれに続いて頷いた



「さて、それじゃぁ私も長次達の所へ行くか」

「へ?」

「何間抜けな声を出している、お前がさんの所へ行かなくてどうする」

「え、いや…、って…え"ぇ"!?」



伊作が事態を把握し叫ぶと、仙蔵はため息交じりに苦笑した



「何て声出してるんだ、兎に角私は行くぞ、しっかり手伝って来いよ」



そう言い残すと片手をひらりと振りながら去って行ってしまった



「……えー………」



格好良く立ち去ってしまった仙蔵の後ろ姿を見つめながら伊作は情けなく呟くとため息をついた



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重い足を引きずり焼却炉へ向かった伊作

辿り着くと少し先の方でが袋いっぱいの落ち葉をいくつか倉庫から取り出している所だった



「あの…」

「?」



ためらいがちに掛けた声に振り返る



「あら伊作くん」



は声を掛けた人物が伊作だと判明すると、にこりと笑った



「七松くんに頼まれたんですね?」

「あ、はい…」

「良かった、少し量が多くて困ってたんです」



はそう言うと自分の足元に置かれた数個の袋を見下ろした



「一度に運ぶのは大変だから、少しずつ運んだ方が良いかもしれませんね」

「そう…ですね」



先程からの言葉に極簡単な返答をするだけの伊作

その顔は普段からすれば大分赤いのだが、は気付いていない

何故なら伊作がに接する時は大抵この顔色だからなのだが



「それじゃぁお願い出来ますか?」



が伊作に2つのゴミ袋を指差して頼む



「はい」



伊作はの言葉に素直に頷くと、枯葉の詰まったゴミ袋を担ぎの後に続いた



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「あ、いさっくんにさん待ってたよー」

「七松くん、お芋は用意出来ましたか?」

「うん!もうバッチリだよ!!」



ゴミ袋を運んで来たと伊作を元気良く迎える小平太に、は問い掛ける

小平太は銀紙にくるまったさつま芋を高々と掲げて胸を張った



「あれ?仙蔵と長次は?」

「さっきせんちゃんが長次連れてどっか行っちゃったよ」

「そっか、何してるのかな」

「何だろう…あ、戻って来たよ」



伊作と小平太が話していると、小平太が伊作の後ろを指差した



「待たせたな」

「せんちゃん達何してたの?」

「あぁ、ちょっとこれをな」



小平太の質問に仙蔵は長次、もとい長次の手にある物を指差した



「あら、栗も用意したんですね」

「えぇ、食堂のおばちゃんが中途半端に余ったと昨日呟いていたのを聞いていたので」

「仙蔵ってそういう所抜け目ないよね」

「まぁな」

「何でも良いから早く焼こうよ、私もうお腹ぺこぺこー」



仙蔵や伊作が話していると、小平太が何時の間にか積み上げた枯葉の前で、お腹に手をあてている



「そうですね、そろそろ丁度お昼時ですし…」

「それじゃぁ始めるとするか」



仙蔵の声を口切に、長次が枯葉の山に火を付けた



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「…中々燃え上がらんな」



小さくそう呟いた仙蔵に伊作が釘を刺す



「仙蔵、くれぐれも宝禄火矢なんか使わないでね」

「…………もちろんだ」



そんな不穏な空気が漂う二人をよそに、少し焚き火から離れた場所でと小平太は嬉しそうに焚き火を見つめている



「そろそろ芋入れても良いかなぁ」

「お芋はまだ早いですけど、栗なら小さいから早めでも平気だと思いますよ」

「ほんと?じゃぁ先に栗焼いちゃおう」

「そうですね、それじゃぁ…誰か刃物を持っていますか?」



無邪気にはしゃぐ小平太を見て微笑むと、は訪ねる



「刃物なんか何に使うの?」

「栗は焼く前に皮に切れ目を入れとくと後で剥きやすくて良いんですよ」

「なるほどな…、伊作、お前苦無持ってるか?」

「苦無?あるけど…?」



仙蔵の言葉に伊作が懐から苦無を取り出すが早いか、仙蔵は苦無を伊作から奪いへ渡した



「どうぞ、こんな物で良ければ使って下さい」

「こんな物って…」



にこやかに伊作の苦無を手渡す仙蔵に、は苦笑気味に答える



「あ、有難う御座います…、でも使ってしまっても良いのですか…?」



仙蔵の隣で不幸そうな顔をしている伊作におずおずと尋ねると、伊作は顔を赤くした



「あ、どうぞどうぞ、そんな物で良ければ使ってやって下さい…」

「…それじゃ私と同じ台詞だぞ……」



伊作の情けない変わり様に半ば呆れながら、仙蔵はため息交じりに呟いた



「それじゃぁ少しお借りしますね」



は仙蔵の手から伊作の苦無を受け取ると、一つ一つ栗を長次から受け取っては切れ目を入れていった



「へぇ〜、こうするんだ」

「こうやって十字に入れておいて、焼けた後でここを押すと皮が剥けるんですよ」

「なるほどー、さんって物知りだねー」

「有難う御座います、昔は家族で良くやってましたから」



そんな事を喋りながらは器用に栗の皮に切れ目を入れていった



「さぁ、これでもう大丈夫ですよ、はい七松くん」

さんありがと!!じゃぁさっそく焼こう!!」



から手渡された栗の入った籠を嬉しそうに受け取ると、小平太は焚き火へと突進する



「こら小平太、あまり急ぐとロクな事ないぞ」

「…聞いて無い……」

「仕方ないな、ほら長次行くぞ」

「あぁ…」



既に焚き火の前に陣取り栗を焼き始めている小平太

仙蔵と長次はため息混じりに苦笑しながら、小平太の元へと行ってしまった



「七松くん、楽しそうですね」

「そ、そうですね…」



その場に残された伊作と

は優しく微笑みながら小平太を見て呟いた



「あ」



急にが短く声を上げる



「どうかしましたか?」



伊作が声を掛けると、は少々慌てた顔で答えた



「薬の在庫確認しようとしてたのすっかり忘れてました…」

「あ〜…」



の言葉で、伊作は薬品倉庫を思い浮かべる

流石忍術学園とでも言おうか、その薬品倉庫には数百種類に及ぶ薬が並べられている

在庫確認とは言え、通常1,2時間は掛かると思われる



「どうしましょう…、お芋は食べたいけど……行かなきゃですね」



は小さくそう呟いて肩を落とす

伊作はそんなを前にあれやこれやと考えていたが、遂に意を決したらしい



「っあの…」

「はい?」

「よ…、良ければ私が……その…、お手伝い…しましょうか……?」



たかだか"手伝います"の一言に何故そこまで赤くなれるのか

思わずそう問いたくなるほどの赤い顔で伊作はに申し出た

は伊作の顔色に少し驚きながらも、微笑んだ



「有難う御座います、伊作くんが手伝ってくれるなら百人力ですね」



そう言って小さく手を合わせると、伊作の手を取った



「それじゃぁぜひ宜しくお願いしますね」

「はっ、はいっ!!」



に手を取られ、伊作はと共に薬品倉庫へと向かっていった

そんな伊作との後姿を見送りながら、小平太、仙蔵、長次は同時にため息をつく



「初々しいな…、初々しすぎて吐き気がする…」

「せんちゃん毒舌過ぎ、でもいさっくんって本当に純情さんだよね」

「…伊作も大変だな……」



仙蔵は腕組みをしながら少々皮肉っぽく吐き捨てる

そんな仙蔵に苦笑しながら、意外と大人びた口調で語る小平太

長次は目を伏せながらぼそりと呟いた



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「さて、後を付けて様子を伺いたいのは山々だが、そろそろ芋を焼かねばな」

「むー、いさっくんとさんの様子見たかったのにー」

「…このままだと栗が焦げる……」

「っちぇ」

「まぁ今日くらいは二人っきりにしてやっても良いだろう」



残念そうに頬を膨らまして拗ねる小平太の頭を軽く叩きながら、仙蔵は小さく笑った



「いい加減伊作もさんの気持ちに気付けば良い物を…」



そうぽつりと呟く仙蔵の顔は、何とも不敵で、小平太は苦笑しながら相槌を打った



さんが好きなのってどう見てもいさっくんなのにね…、私なんか名前で呼んで貰えないし…」

「今頃伊作はさんと薬品倉庫か…、まぁたまには不運から逃れても良いだろう」

「とりあえずさ、上手く行くと良いよね」

「あぁ、そうだな」



そんなまるで我が子を思うかの様な台詞に、三人は思わず顔を見合わせて笑った



-END-



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'05/02/12