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天より降りた一羽のからす

神に仕えしその鳥は

偶然と運命を繋ぐ為の羽を広げ

空へ

空へと高く飛び立つ


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「見てて」



そう言って少女は片手を伸ばす

そしてもう片方の手を唇にあて甲高い音を発した



「………一体……何を…?」



そんな質問に答えようともせず

少女はふっと遠くを見つめる



「……ん………?」



微かに聞こえる鳥の声



「……カラス…?」



そんな言葉に少女は口の端で少し笑うと一層高く天を仰いだ



「……………」



一羽のカラスが少女の腕に止まる



「……それは…君の子?」

「そう……これは私の使いの子…」



優しく微笑みかけながら少女は答える



「…そして私の化身でもある……」

「化身…?」



少女の発する言葉の一つ一つは意味ありげでとても気に掛かる

会話をしているハズなのに、少女の心は自分を向いてはくれない

そんなもどかしさが自分を焦らせる



「…………」



少女を見つめたまま何も言えずにいると少女はやっとこちらを見た



「この子…暫く預かってくれない……?」



片腕に乗せたカラスの頭を撫でながら少女はそう頼んだ



「どうして…?」



極当たり前の質問を返したはずだった

しかし少女は一瞬顔を歪めると俯いてしまう



「…私は……遠くへ行かなきゃいけないから……」

「遠くへって……」



何処へ…そう聞こうとして止めた

聞いてしまえば二度と会えなくなる

そう思ったから

それは確信に近い予想だと思う



「……わかった…でも、必ず受け取りに来てね、ずっと…待ってるから」



それだけが精一杯で

後は何も言えなかった



「……籠に…しっかりと閉じ込めておけば…いつか知らせに行くから…」



少女はそれだけを言い残して去っていった



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預かったカラスはとても大人しかった



「…君は一体何者なんだろうね?」



籠の中のカラスにそう問いかけても何の返事も返っては来ない

当たり前な事なのに何故か辛い



……」



毎日その身を案じる日々が続く

普通立場が逆だろう?

どうして何も教えてくれないんだろう?

君は今何処で何をしている?

少しでも自分の事を覚えているだろうか?



「………何時になったら…また、逢えるんだろう?」



もうここ数日の間はそんな事しか考えていない

重症だと自分でも自覚している

あの不思議な少女がどうしても忘れられない

普通の女の子とは違う雰囲気を纏っていた

近付けば近付く程離れてしまうような……



「お願いだから…早く帰ってきて…」



そうカラスに呼びかけた



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「………あれ…?」





起きるとカラスは姿を消していた

籠の中には数枚の黒い羽が落ちているだけ



「何で…鍵は…………」



籠の入り口を確認する

鍵は開けられた形跡も無くしっかりと固定されている



「…………?」



誰もいない部屋に呼びかけた

もちろん返事は無い



「何処に……」



目の前が暗くなった気がした

少女と自分を繋ぎとめていたたった一つの絆が消えてしまった

もう二度と会えない



「会えない……そんな…」



無意識の内に涙が流れていた

悲しいと言う感情は無い

そこにあるのは喪失感だけ…



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「…………」



外に出てカラスを探す

そう遠くへ行ってはいないんじゃないか

そんな願いを込めてカラスを探す



「………何処に行っちゃったんだ?」



カラスに付けたのは少女と同じ名前

少女はあのカラスを自分の化身だと言っていたから…



「………あれは…」



ふと上空に飛び交う一羽のカラス



……!?」



必至でカラスを追いかける

そのカラスがである証拠は何処にもない

しかし追いかけない訳には行かなかった



「…………っ」



飛んでいる鳥を追うと言うのは並大抵の事ではない

山道を走り続け、息は既に上がっている

しかし不思議な事にそのカラスは決してその視界から消える事のない速度で低空を飛び続けた



「付いて来いって事……だよな…」



勝手にそう解釈し、ひたすら鳥を追いかけた

気付けば随分山奥まで入り込んでいる

不思議と不安感は無い



「ここは……」



暫く歩き続けて付いた場所

大きく古い大木がひっそりとその場に構えている



「八咫烏」

「……っ!!」



すぐ背後からした声に驚き振り返る

そこには出逢った頃と寸分違わないの姿



……!!」



小走りに近付いて自分の腕の中に強く抱き締めた

その体は細くて今にも消えてしまいそうで…



「………ただいま」



はそう呟く



「…あのカラスは……君が放したの?」

「いいえ…私は呼んだだけ……」

「…じゃぁどうやって………」

「八咫烏を知らないの?」

「やた…がらす?」

「そう、八咫烏は神様の使い……その昔、神武天皇を森へと導いた生き物なの…」



は腕の中で眠たそうに呟きながら空を見上げた



「ホラ……あれがその烏……」



そう言って上空を指差す

確かに指差す方向には大きな烏が止まっている



「……って神様だったの?」

「…………」



その問いに答えることなく少女は微笑んだ

その笑顔が嬉しくて先程よりも強く抱き締めた

二度とこの手から離れないように

強く

強く…



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空へと高く飛び立つからす

その鳥はどんどん天へと昇る

遥か彼方の神様の元へ

高く

高く……


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「と、まぁこう言う話らしいんだけど…」

「へぇ……それって八咫烏の伝説を物語にした物なの?」



静かな図書室で二人は寄り添いながら一冊の本に目を通している

それは随分と古い本らしく、紙は黄ばんで薄汚れている



「そうだね…まぁただの御伽噺みたいな物だと思うよ」

「そっか…でも何でそんな御伽蔵書が忍術学園にあるんだろうね?」

「何でも実際にあった話らしいよ、……まぁあくまで噂だけど」

「ん〜…でも、何だか浪漫があって良いよね」



そう言うとは微笑む

その笑顔につられて伊作も微笑んだ



「でも、何でこの話を?」

「あぁ、ホラ…この女の子の名前……と同じでしょ」

「そういえばそうだねぇ」

「だから……ちょっと気になってね」



そう言うと伊作は本をぱたんと閉じて立ち上がった



「それじゃぁこの本戻して来るね」



そう言ってに背を向ける



「大丈夫だよ」

「え?」



にそう話しかけられ思わず振り返る

不思議そうな顔をする伊作にはにっこりと微笑みかけた



「私は何処にも行かないよ、行くとしても…その時は伊作も一緒!!」

……」



伊作はを抱き締めた

きっとこの物語の中の少年は今の自分と同じ気持ちだったのだろう

そんな事がふっと頭に過ぎる



「ずっと一緒にいようね」

「……そうだね」



空が真っ赤に染まっている

時は既に夕刻だった

外ではからすの鳴く声がした



-END-



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'04/4/26