「ふぁー、良い天気」

「本当だね…」



ここは忍術学園の園内

昼休みのこの時間中庭の縁側でのんびり時を過ごしている



「午後の授業出たくないなぁ」

の口からそんな言葉が出るなんてね」



苦笑しながら楽しそうに言う



「もう、昔の事は忘れてよ…」

「だって…ねぇ?」

「伊作の意地悪…」



そう言ってふてくされながらも困ったように笑う



「あ、その顔」

「へ?」

「あの時と一緒の顔してる」

「あの時って……私、そんな顔してたの?」

「うん」

「そっか…」



たわいない会話の中で伊作はと出会った時の事を思い出していた…

伊作が初めて忍術学園に入学した時、今や恒例行事ともなった、くの一による洗礼と言う名の悪戯…

伊作の相手はだった

出会いたてのは一切笑わず、話もろくにしなかった

一言で言えば近寄り難い雰囲気だったのだ



「えっと…僕は善法寺伊作、君の名前は?」

「…



は伊作を見ようともせず、斜め下を向いたままぶっきらぼうに答える



「あの…一体何処に行くつもりなの?」

「……付いてくれば?」

「え?…どういう事?」

「……」



は伊作の質問には答えずに走り出した



「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「……」



はかなりのスピードで走っていく

伊作はとりあえず遅れないように付いて行った

はどんどん速度を上げていく

伊作も負けじと追いかける

1年生でここまで足が速いのも珍しいだろう

周りに居た生徒も驚いている

しかしはそんな事は全く気にせずただ走り続けた



「……あ」

「え…?」



は走りながらふいに空を指さした

釣られて上を見上げた途端は足を止める



「空に何が………って……あ、あれ???」



伊作の足元に地面がない



「うわぁぁぁ!!」



ボチャッ

伊作はそのまま目の前の池に落ちた



「…引っかかった」

「ぷはっ…」



池に落ちた伊作をは腰を屈めて眺める



「な、なんでこんな事…!」



池から顔を出しながら伊作は少し怒り気味でに問う



「だって…先生からの課題だから」



は悪びれた様子もなく伊作を見下ろす



「課題?」

「そう、今日は手始めに男子共を陥れなさいって」



顔色一つ変えずに淡々と言ってのける



「それで…僕はまんまと引っかかった…?」

「そういう事」



はこくりと頷いた



「…はぁ」



情けないやら腹立たしいやらでため息が出る

とりあえず池から出ようとする



「……ごめんね」

「ん…?」



見上げるとが困ったように笑いながら手を差し伸べていた

その笑顔がの初めての笑顔だった

それ以来伊作とは自然と仲良くなり現在に至る



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「どうしたの?」

と初めて会った時の事思い出してたんだ」

「…あぁ〜、1年生の…」

「そうそう」

「なんか懐かしいねぇ」

「そうだね…は結構性格変わったよね?」



伊作はくす、と小さく笑う



「そ、そんな事ないよ」

「だって、最初は全然笑わなかったじゃないか」

「だって…それは先生が〜」

「先生?」

「うん」



は目を瞑り一つ一つ思い出すように言葉を続けた



「えっと…あの時はまだ入学したてだってでしょ?」

「うん」

「でね、手始めに男の子を騙しましょう、って…授業はそこから始まったの」

「うわ…なんか酷いね」



伊作は苦笑する



「ん〜、でもくの一ってそういう仕事が多いからね」

「そうだね」

「それで、今や恒例のあの行事、あれ先生から出された課題だったの」

「うん、確かそれは聞いたな…」

「そうだっけ?」

「うん、池に落とされた後に聞かされた」



伊作は"懐かしいなぁ"と言いながら笑う



「それで、もし失敗したら裏山に10kmマラソンだって言うから…」

「それは辛いね〜」

「でしょ??だから…もう必死だったの」

「そっかぁ、良かった」

「良かった?」

「うん、僕嫌われてるのかと思ってたから」

「そんな、初対面で嫌うなんて普通無いでしょ」



は笑いながら伊作の肩を軽く叩く



「あの時はね、敵に決して情けを掛けない様に、って言われてたから頑張って守ってたの」

「そうだったんだ」

「うん…でもね〜」



そこまで言っては顔を顰めた



「どうしたの?」

「ん〜、本当はね?池に落とした後も放置しておかなきゃいけなかったんだよね…」

「そうなの?」

「うん」

「だったらどうして助けてくれたの?」

「だって…」



は伊作を見て微笑んだ



「伊作の顔があまりにも情けなかったから」

「な、何だよそれ…」

「あはは、だって本当の事だもん」



会話は伊作が少しだけ期待していた返答とは全く違う方向へ向かう



「あの時の顔は何とも言えないね」

「どんな顔してた?」

「えっとね、怒りたいけど情けなくて怒れなくて微妙に悲しそうな顔」

「なんか想像し難いなぁ…」



伊作は楽しそうに笑うを見て落ち込む



「それって、仙蔵や小平太も洗礼受けてるんだよね?」

「うん、でも仙蔵は引っかからなかったって、小平太はまんまと騙されたみたいだけどね」

「あ〜、仙蔵は騙せないよね」

「だよね、私の相手が伊作で良かったよ」



は伊作の顔を見て微笑む



「それって騙しやすくてって事?」



少しふて腐れた顔をする伊作



「うん、それもあるけど…」

「けど?」

「今思うとそれがきっかけで伊作と仲良くなれたんだし」

「そう…かもね」

「そう考えると嬉しいかな、って思って」

「嬉しい?」



伊作が尋ねるとは伊作の胸に飛び込むようにして抱きついた



「だって伊作の事好きなんだもん」



そう言って伊作に抱きつきながら無邪気に笑うとは逆に、伊作はすっかり固まっていた



「…伊作?」

…そ、その…いや、、あの……」

「どうしたの?」



真っ赤な顔をしたまま微動だにしない伊作を覗き込む



「その…す、好きって……」

「だから、伊作が好きなの」

「小平太は?」

「好き」

「…仙蔵は?」

「好き」

「……文次郎は?」

「好き」

「長次は…」

「好きだよ」



一通り聞いてみて伊作は肩を落とす

想像してはいたがの好き、は博愛の意味での好き、なのだ



「伊作?」

「いや、いいんだ…そうだよね、皆好きなんだもんな…」



肩を落として独り言の様にぶつぶつと何やら呟く伊作を見て、は密かに笑う



「伊作!」

「ん、何………!?」



俯いていた伊作に声を掛ける

に呼ばれて顔を上げる伊作

はそんな伊作の唇にすかさず口付けた



…!?」

「私皆が好きだよ、…でも、一番は伊作なの」

「……………」



伊作は何も言えずに固まったまま

は伊作のそんな様子を見て満足そうに口の端で笑う



「じゃぁ昼休み終わるからもう行くね」

「…ぇ?…ぁ……、」

「…放課後また会いに来るから」



は伊作に背を向ける



「その時はちゃんと返事してよねっ」



そういい残すとは走り去ってしまった

ただ一人真っ赤な顔をした伊作を残して…



-END-



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'04/1/27