春も過ぎ、暖かいと言うよりは暑いと言う形容詞が似合う季節になって来た初夏のある日

それまで散々補習や実習で無くなっていた「休暇」と言う代物が、やっと1年は組にも与えられた



「じゃぁお前達、休暇中はくれぐれもハメを外しすぎ無い様に気をつけるんだぞ」

「「「「「「「「「「はーい!!」」」」」」」」」」



半助の言葉に元気一杯に返事をするのは1年は組の良い子達

成績はそれほど良くないが、性格は至って素直で皆それなりに頑張っている



「それじゃぁ庄左ヱ門」

「はい」



半助に呼ばれた庄左ヱ門はキリッとした顔つきで頷くと、小さく息を吸った



「起立!!」



ガタガタと音を立て一斉に立ち上がる



「礼!!」

「「「「「「「「「有難う御座いましたー!!」」」」」」」」」」



これまた元気一杯に挨拶をすると、蜘蛛の子を散らした様に外に飛び出して行った



「やれやれ…、これでやっと家に帰れる…」



半助は大きいため息をつきながら教室を見回した



「…さて、帰るか」

「先生ー」

「ん?きり丸どうした?そろそろ帰るから準備しなさい」



半助に背後から声を掛けたのは休みの間世話をしてやっているきり丸



「俺しんべヱの家に行ってきます」

「どういう事だ?」

「何でもしんべヱのパパさんが俺達を連れて来る様言ったんだそうで」



きり丸は自分の後ろに立っている乱太郎としんべヱを見ながら説明した



「僕のパパが明日からバカンスに行くから、きり丸と乱太郎も連れて来いって」

「それで、私達お言葉に甘えて一緒に行く事にしたんです」

「そーいう事だからさ、今回は先生一人で寂しく帰宅して下さいね、……あ、でも」



きり丸は悪戯っぽく笑って半助に告げると、何かを思い出した様に小さく呟いた



「家ではさんが待ってるから寂しくは無いっすよね」

「〜〜〜、…もう事情は解ったからさっさと行きなさい、急がないとしんべヱの家に着くのが夕方を過ぎるぞ」



きり丸のからかう様な口調に半助はやや顔を赤くしながら、誤魔化す様に告げた



「何だよ〜、早くさんに会いたいなら素直にそう言えば良いのに…」



半助の意図を知りながらもきり丸は詰まらなさそうに腕を頭の後ろで組む

そんなきり丸に苦笑しながら、乱太郎が声を掛けた



「きりちゃん、もうその辺にしないと本当に遅れちゃうよ」

「そうだよきり丸、今日は牛車が来ないんだから」

「わーったよ」


乱太郎の意見に続きしんべヱをきり丸を急かす

きり丸は"ちぇー"と小さく呟きながらしんべヱと乱太郎に返事をすると、くるりと半助の方へ向き直った



「んじゃ先生、また一週間後に会いましょうね〜」

「あぁ、乱太郎もきり丸もしんべヱのパパさんに迷惑掛けるなよ」

「「はーい」」



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そんなやり取りがあったのが数刻前の事

半助は見慣れた道を一人で歩きながら、我が家へ向かっていた



「…半年ぶり……か…」



誰にともなく小さく呟くと、ふいにの顔が思い浮かんだ



「…………」



きり丸に言われた言葉が頭を過ぎる



(早くさんに会いたいなら素直にそう言えば良いのに…)



「全く…きり丸は本当に変な所で鋭いな……」



半助は一つ苦笑を漏らすと我が家へと足を速めた



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「…………」



半助は恐る恐る玄関の戸を開いた



「…ただいま……」



家の鍵は開きっ放しになっているのに、中に居るはずのが出てこない



…?」



とりあえず中に入り戸を閉めようとしたその瞬間、背後に気配を感じた



「っ!!」



半助が振り返ると、そこにはにっこり笑ってたたずむの姿



「………」

「おかえりなさい半助さん、随分とお久しぶりやね?」



の痛い言葉に半助はうな垂れる



「ご、ごめんなさい…」

「別に怒ってるんと違うよ、ただ本当に久しぶりやったから、一瞬誰かと思ったわぁ」

「…………」



笑顔で追い討ちを掛けるに、半助は益々うな垂れる

するとは愉快そうに笑って半助に抱きついた



「冗談や、冗談」

「冗談に聞こえなかったぞ…」

「気にしたらあかんよ」

「あのなぁ…」



半助はしっかりとを抱きとめながらため息混じりに苦笑した

は半助のそんな様子を見て満足そうに微笑むと、半助から離れて家の中へと促した



「それより今まで何処に居たんだ?」



半助は久々の我が家へ足を踏み入れながら後ろのに訪ねる

は戸を閉め草履を脱ぎながら半助の問いに答えた



「庭で草むしり手伝ってたんよ、今日は町内会の集まりがあって」

「そうか…、戸が開いてるのに誰も居ないから焦ったよ」



半助が苦笑しながらそう言うとは一緒にくすりと笑う

半助が囲炉裏の前に腰掛けるとはお茶を差し出す



「ウチが半助さん置いて何処かに行っちゃったかと思た?」

「そうだな…、正直一瞬それも考えたよ」

「嫌やなぁ半助さん、私には他に行く所なんかあらへんやろ?」



はそう言いながら半助の隣に腰掛けた



「きりちゃんと半助さんが私をこの家に呼んでくれたあの日から、私の家はここだけや」

「そうか…」

「私、半助さんときりちゃんと暮らせて本当に楽しいし嬉しいんやで?」



そう言って半助に微笑むを、半助は優しい表情で見下ろす



「そう言えばきりちゃんは?」

「あぁ、あいつはしんべヱの父上が一緒にバカンスに連れて行ってくれると言うので付いていったよ」

「そうなんや…」

「まぁ六日後には戻って来るらしいから、それまでに静かな日々を満喫しないとな」



そんな事を言いながら半助は悪戯っぽく微笑んだ



「半助さんたら」



半助の言葉には小さく笑うと、ふと思い出した様に顔を上げた



「あ、そろそろ夕飯の支度しないと…」

「そうか、それじゃ私も手伝うよ」

「でも…、たまの休みやしゆっくりしたいんと違う?」



半助の言葉にがおずおずと尋ねると、半助は柔らかく微笑んだ



「たまに帰った時だからこその手伝いがしたいんだよ」

「…じゃぁ、裏の井戸でこの野菜洗って来てくれる?」

「わかった」



半助はに手渡された野菜の入った籠を片手で持ち上げると勝手口から井戸へと向かった



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「あら半助、帰ってたのかい」

「あぁおばちゃん…どうもお久しぶりです」



半助が井戸で野菜を洗っていると隣のおばちゃんがひょっこり現れた



「本当に久々だねぇ、いつもいつもアンタは一体何してんだい」

「え?いやぁ…その〜……あはは」



おばちゃんの聞きなれた台詞を曖昧に受け流す



「それにしても半助、あの娘さんとは結婚しないのかい?」

「ぶっ」



半助はおばちゃんの突拍子も無い台詞に思わず野菜を落としかけた



「い、いきなり何て事…、野菜落としそうになったじゃないですか」

「何を慌てとるんだい、あんな可愛らしくて良く働く娘さんを家に住まわせといて…」

「何か人聞き悪いですよその台詞…」

「だってそうだろう?まさかただのお手伝いさんじゃあるまいし…」



おばちゃんの言葉は全くもって正しい

良い年した男の家に可愛らしい娘が越して来たとなれば普通は結婚間近だと思うだろう



「……そりゃ、お手伝いさんではありませんけど…」

「名前は何と言ったっけ?」

ですよ」

「そうそう、この前そのに色々聞いたんだよ」

「何をですか?」



半助は平然を装って野菜を洗いながら訪ねる



「半助とは何処までいったんだい?って」

「っはぃ!?」



半助は洗っていた胡瓜を思わず手放した



「あっ…」



声を上げた時には胡瓜は井戸に真っ逆さま



「お、おおおおおばちゃん!!何て事聞いてるんですか!!あぁもう胡瓜が落ちちゃったじゃないですか!!」

もアンタと同じ事言いながら同じ事してたよ」



おばちゃんは一人楽しそうに笑っている



「半助さん、どうかしたん〜?」



裏口からがひょこっと顔を出して訪ねる



「い、いや何でもないんだ、気にしないでくれ」

「おや

「あ、どうもこんばんわ」

「えぇこんばんわ、聞いとくれよ、半助ってば今ねぇ…」

「お ば ち ゃ ん!!」



おばちゃんがに楽しそうに話しかけるのを半助は懸命に止めようとする



「おやおや恐いねぇ、そんなに怒らなくても良いだろうに」

「お願いですからこれ以上私をからかわないで下さいよ…」

「はいはい、わたしゃそろそろ家に戻るよ」



半助がボロボロになりながらおばちゃんに懇願すると、おばちゃんは相変わらず楽しそうに笑いながら家に入っていった



「な、何があったん?」

「あー…いや、その……」



状況が飲み込めていないは目をぱちくりさせながら半助に訪ねる

半助は頭を掻いてどう誤魔化せば良いのか考え、ふと井戸に目をやった



「えーと、その…、ごめん」

「え?」

「胡瓜…井戸に落としちゃって……」



半助が苦笑しながら井戸を指差す

は裏口から出て井戸を覗き込んで同じ様に苦笑した



「あらら、茄子やったら浮いたけど胡瓜じゃねぇ…」

「ごめん、おばちゃんが急に現れたから驚いて」



嘘でも本当でも無い曖昧な事を選びながら半助は内心ほっとしていた



「他の野菜は無事?」

「あぁ、全部洗い終わったよ」

「ありがとう、それじゃ中入ろか」

「そうだな」



半助が頷くとは方向転換して裏口から部屋へ入っていった

半助はの少し後に続いて部屋へ戻る



「(全く…おばちゃんはに何て事を聞いてくれたんだ)」



そんな事を考えながら半助はに気付かれないようため息をついた



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ほんの数十分の間に色々な事があって疲れたのか、が夕飯を作っている間、半助は部屋でぐったりしていた



「(半助とは何処までいったんだい?って…)」



おばちゃんの台詞が頭を回る



「あぁもう余計な事を…」



半助は一人で頭を抱えながらおばちゃんの台詞を思い返していた



「…結婚……かぁ…」



ふと口にした言葉は自分には縁の無い物だと思っていた事

確かにに会った時に自分と暮らそうとも言ったし好きだとも言った



「いや、あれはきり丸が勝手に…」



ぶつぶつと自問自答を繰り返す



「…………でも…なぁ…」



半助は髪の毛をくしゃりと握り締めると大きなため息をついた



「半助さーん、ご飯出来ましたよ〜」



すると半助を呼ぶの声が聞こえた

半助は返事をしながら立ち上がる



「やっぱり…好きな事に変わりは無いんだよな…」



そして小さく呟くと、一つ深呼吸をして拳を握った



「……良し」



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「今日は半助さんの好きな物ばかり用意してみたんよ」



半助が席に着くとは嬉しそうに笑いながら言う



「私の好きな物なんて教えてたっけ?」

「ううん、前にきりちゃんが色々教えてくれて」

「きり丸が?」

「そう、"土井先生は練り物が嫌いだから気を付けて"とも言ってたわ」

「あいつ…」



半助はきり丸のいらないお節介にため息まじりに呟く



「誰にでも苦手な物はあるんやし仕方ないよ」

「そうは言ってもやっぱり情けないよな…、今でも食堂のおばちゃんや山田先生には怒られているし…」



そんな事を話しながらも半助の頭の中は練り物どころでは無い

先程固めた決心が揺らぐ前にに伝えたい事があるからだ



「…………」

「半助さん?」



思わず黙り込んでしまった半助をが不思議そうに見つめる



「あ、ごめん、ちょっとぼんやりしちゃって…」

「そんな…、嫌いな物なんて誰にでもあるんやし…」



は半助が黙り込んだ理由を練り物だと思っているのかそんなフォローを入れる

半助はそんなに苦笑しながら説明した



「いや、練り物の事で悩んでた訳じゃないんだ」



半助のその言葉を聞いては首を傾げる



「それじゃぁ…何か違う事で悩んでるん?」

「ぁ…」



の質問に半助は動きを止める



「……半助さん?」

「…いや……そんな…悩んでる訳じゃ…」



無意識に口走ってしまった言葉に半助は慌てて弁解しようとする

しかしそれが返って逆効果となったのか、は半助を見て悲しそうな顔をした



「半助さん…悩んでいたなら私に相談してくれればええのに…」

「………」

「確かにウチじゃ頼り無いかもしれへんけど…」



は両手を膝に乗せたまま俯いてしまう

半助はそんなを見てひたすら慌てている



「えぇと…、その……別にが頼り無いとかじゃなくて…」

「………?」

「あーもう…、何て言えば良いんだ……」



落ち込むの前で一人百面相をしている半助

はそんな半助を不思議そうに見つめながら首を傾げている

暫く半助は一人で唸ったり頭を掻いたりと忙しかったが、ふと動きを止めた



「…半助さん?」



が恐る恐る半助を呼ぶと、半助は突然の両手を取った

いきなりの事に驚くを余所に、半助は至極真面目な顔で切り出す



「…聞いて欲しい事が…あるんだ……」



何時に無く真面目な半助を前に、も何となく緊張した顔付きで見つめ返す



「その………えぇと……」

「………?」

「…よ、良かったら……私の…」



半助はそこまでを言葉にして一瞬詰まる

しかし次の瞬間半助はしっかりと口した



「私の嫁に…なってくれないか?」



少々躊躇しながらも伝えられたその言葉に、は固まる

半助は半助で決定的な一言を伝えられた事により、一種の放心状態になっている

お互いに手を結び合ったまま向かい合いながら、暫しの沈黙が流れた


「…………」

「…………」

「……半助さん…」

「……?」

「ウチ…今何て言ったら良いか解らん……」



少しの沈黙を破ってはぽつりと呟く



「もう…嬉しすぎて……言葉が見辺らへん…」

…」



の目には涙が溜まっている

半助はの言葉の意味を理解したのか一気に顔を赤くした



「本当に…本当にウチなんかでえぇの…?」

「も、もちろん、…じゃなきゃ駄目なんだ…」

「嬉しい…」



半助の言葉を聞き、は半助に抱き付く

半助はの体をしっかりと抱き止めた



「滅多に帰って来られないけど…は私の帰りを待っててくれるかい?」



半助がを抱き締めながら訪ねると、は小さく笑う



「誰かの帰りを待てるだけでも幸せなのに…その相手が半助さんやなんて、ウチは本当に幸せ者や」



はそう言って微笑む



「………」



半助はを一層強く抱き締めると、の赤い頬に口付け耳元で囁いた



「愛してる」

「ウチもや、半助さん…」



こうして夫婦になる事を決めた二人は、きり丸が帰宅するまでの数日間、実に甘い日々を過ごしたそうな



- END -



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キリリク作品@うに様&キハラ様へ。


'05,08/18