「……ねぇお姉さん」

「ん……なんや?」

「お姉さんは…今まで一人で暮らしてきたの?」

「…………そういう事になるなぁ…」



灯りの消えた暗い部屋

しんとした部屋にきり丸の声が小さく響く

はきり丸の質問にゆっくりと答えながら天井を見ていた



「どうして町へ降りようと思わなかったの?」

「え?」

「いや、……どうしてそんな山奥で一人で暮らしてたのか気になってさ…」

「せやなぁ……」



はきり丸の方へごろりと寝返りを打つ

暗くてお互いの顔は良く見えなかったが、それでもきり丸はを見返していた



「町へ降りても…ウチみたいな半端もんは行く所あらへんし…」

「半端者…?」

「ウチな、これで結構病弱なんよ…そのせいで満足に働けんし……町はウチには賑やかすぎるんや…」



はきり丸の頬にそっと手を置いた



「きり丸くんはどうして半助さんの所におるん?」



きり丸は一瞬の質問に戸惑う

しかし同じ境遇のならば別に問題はないと考え、自分の生い立ちをぽつりぽつりと話し始めた



「俺も…俺の家族も……戦で死んじゃったんだ…」

「………………」

「……それで、俺、一人ぼっちになっちゃって…、頑張ってアルバイトして忍術学園に入ったんだ、あそこなら寮生活だしご飯も食べられるし」

「………きり丸くん…」

「そこで土井先生が俺の担任になって…、俺の事知ったら先生俺を休みの間預かるって言ってくれたんだ」



きり丸はの手の温もりをその頬に感じながら少し照れた様に笑った



「強いなぁ…きり丸くんは……」

「そんな事ないよ、先生がいなけりゃ俺今頃どうしてるかわかんないもん」

「そうかぁ……半助さんは優しいなぁ」

「うん」



嬉しそうに笑うきり丸を薄い闇の中に確認し、は優しく微笑んだ



「やっぱ…人がいる家は暖かいなぁ……」

「お姉さん………」

「さ、そろそろ寝んと明日起きられへんね」

「あ、うん……」

「じゃぁおやすみな、きり丸くん」



はそう言うときり丸と反対方向へ向き直り寝息を立て始めた



「…………」



きり丸は暫くぼんやりと天井を見上げていたが、いつしか眠ってしまった

一方半助も、嫌が応でも聴こえてしまう隣の会話を耳にしながら胸中色々と考え込んでいるうちに眠ってしまったようだった



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「んぁ〜……」



朝、新聞配達のバイトの為にきり丸が目を覚ますと、隣に居たハズのはいなくなっている

布団は既に冷たい

きょろきょろとの姿を探せば、の荷物も無くなっている

ふと見れば囲炉裏の前に一言「有難う」と書かれた紙だけが残されていた



「先生!!」



勢い良く襖を開けて半助を起こそうとするきり丸

しかし半助は既に起きていたのか、布団の中で上半身だけ体を起こして窓の外を眺めていた



「先生、お姉さんが…」

「あぁ、知っている、つい先刻出て行った様だな」

「知ってるって…なんで止めなかったんですか?」



きり丸が尋ねると半助はきり丸の方を向いた



「引き止めてどうするんだ?私には何もしてやれない、長く引き止めればそれはあの子にとって逆に辛いだろう」



半助はそれだけ言うとゆっくり立ち上がって囲炉裏へと移動した



「ホラ、牛乳配達のアルバイトはどうした?」

「え?あぁ!!やっべ!!遅刻する!!」

「全く……早く行きなさい」

「おっとと…それじゃ、いってきまーす!!」



きり丸はドタバタと慌しく着替えるとそのまま外へと飛び出していった

半助はきり丸の姿を見送ると囲炉裏の前に置かれた手紙を手に取り目を通した



「有難う…か……」



その一言だけが丁寧に書かれた紙きれを見つめ、半助はまた窓の外を眺めた

窓から見える深い緑の生い茂った山

まさかあんな場所に女の子が一人で住んでるとは思いもしなかった



「…………」



昨日の晩がきり丸に話していた事が少し気になる



「(ウチな、これで結構病弱なんよ…)」



昨日一晩一緒に過ごしただけの少女なのに

何故かとても引っかかる

それはきっと自分やきり丸と似た境遇を持つからだろう

そう思い込むことにして、半助は自分の布団へと戻った



「…………」



きり丸が帰ってくるまでまだ暫く時間がある

その間一人で居てはどうせ余計な事を考えてしまうだろう

半助はそう思いきり丸が帰ってくるまでの間眠る事にした



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「ただいまーー」



数時間後、きり丸が新聞配達を終え家に戻ると半助はまだ寝ていた



「先生ー?いつまで寝てるんすかー??」



布団に近寄りゆさゆさと半助の体を揺らす

半助の表情は苦しそうで、どうやら悪い夢でも見ているようだった



「…………っく…」



苦しそうに唸る半助を見てきり丸は急いで起こそうとする



「先生、先生!!」



きり丸が一層強く半助を揺すると、半助はばっと起き上がった



「っは……はぁ………ぁ………きり丸……」

「起きましたか?大分魘されてみたいだけど…」

「あぁ…………嫌な夢を見た……」

「………もうお昼になりますよ」

「…………………もうそんな時間か……」



そう言って布団をめくると半助はその場で座ったまま大きく伸びをした



「……何だか嫌に静かだな」

「……別にいつもと変わりませんよ」

「そうか…」

「あのお姉さん…無事に家に着いたかな……」

「……さぁな…」



たった一晩一緒に過ごしただけなのに

ほんの少し言葉を交わしただけなのに

どうしようもなく湧き上がる喪失感を抑えようも無い

堪らずきり丸が半助に切り出す



「先生……俺…」

「どうした?」

「………その…」

さんの事か?」

「…………」



きり丸は黙って頷いた

本当はきり丸の言いたい事は分かっている、が心配なのだろう

それは半助だって同じだった

しかし…



「私達に…一体何が出来る?」

「え?」

「今さんを訪ねて行って…一体何が出来る?あと三日もすれば私達は学園に戻らなきゃいけない…」

「…………でも先生だって気になってるんでしょ?」



きり丸の言葉に半助は思わず言動を止める

しばらくの間、お互いに黙ったままでその場にいた

しかしふと半助が布団から立ち上がり着替え始める



「先生…?」

「…………行くんだろう?」



すっかりと着替え終わった半助は不思議そうな顔をして見つめるきり丸に背中を向けたまま呟いた



「行くぞ」



きり丸は半助の言葉に大きく頷く

こうして二人はの住む山へと向かった



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「……結構深い森だな」

「そうですね……」



二人で山道をどんどん歩いて行く

お互い心なしか歩く速度が早いのはやはり気掛かりなのだろう



「先生、何処か当てでもあるんですか?」



行くぞと言う言葉に勢い良く家を飛び出したは良いが、当ても無く森を彷徨っては意味がない

きり丸は何の考えもなしだった為半助にすがる様に訪ねる



「あぁ、たまに山から煙が上がるのを見てるからな、何だろうと思っていたが、恐らくそこにさんがいるんだろう」

「でも大体しかわからないんじゃ…」

「いや、ここは滅多に人が通らないのにしっかりと道になってるだろ?この先に何かある証拠だ」

「……そう言えば…」



半助に言われてきり丸は今自分の歩いている足元を見下ろす



「そしてまだ新しい足跡もある」

「え?」

「お前なぁ…ほら、良く見てみろ」



半助はそう言うとある方向を指差す

きり丸がその指先を辿ると確かに道に擦れた様な跡がいくつか見られた



さんは大分重い荷物を背負ってたしな、途中で休んだ事も考えられる」

「なるほど」

「小さな推測から物事を知るのは忍者の基本だ、覚えて置けよ?」

「はーい…」



こうして半助が進む方進む方へきり丸は従い、やがて小さな川の前までやって来た



「そろそろ近いようだな」

「何でそんな事わかるんすか?」

「……先程教えたばかりだろう、少しは考えろ」



半助にそう言われきり丸は首を捻る



「………ん〜〜〜…降参」

「あのなぁ…」



半助は頭を掻きながらため息をついた



「ほら、そこに川があるだろう?」

「ありますねぇ」

「そしてあそこ、森の木が所々無い所があるだろう」

「そういえばあそこだけ木が生えてないですね」

「水は生活の基本だから、川の近くに家や村を建てるのは基本だろ?」

「なるほど」



きり丸は感心したように手をポンと叩く



「今度のテストに似た問題を出すから良く覚えておけ」

「げぇ!?」

「さぁ行くぞ」



心底嫌そうな顔のきり丸を無視して半助はすたすたと歩いていってしまった



「………先生が一番乗り気なんじゃん…」



きり丸は半助の背中を見ながらそう呟いて口の端で小さく笑った



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「ここ……か?」



二人が今立っているのはとても小さい集落の跡地

ほとんどの家は廃屋と化し、とても人の住める様な状態ではない

しかしその中に一軒だけ比較的綺麗な家がある

二人はゆっくりその家へ近付いた



「………薪を割った後だ」

「先生、こっちには洗濯物が干してあるよ」



人が住んでいる事はどうやら間違い無い

しかしその住人がかどうかはまだわかない



「本当にこんな所に女の人が一人で住んでんのかなー」

「さぁな……人気が無いみたいだが…」



そう言って半助ときり丸はきょろきょろと辺りを見回した

するとすぐ傍の草むらから物音がする



「ん?」

「………」



暫くがさがさと揺れ続ける草むらを睨んでいた二人だが、次の瞬間声を上げる



「お姉さん!!」

さん!!」

「うゎっ…!?な、何で二人がここに……」



ひょっこりと顔を出したのは紛れも無く

二人は思わずに駆け寄る

はただ目を丸くして驚くばかりだった



「ウチ何か忘れ物でもしてた?」

「いや、そうじゃないんだけど…」

「じゃぁ何やろ…あ、まさか宿代払え……とか?」

「そんな事言わないよ」



二人が心配していた事を綺麗に裏切り、は何処をどう見ても元気そうだった



「俺たちお姉さんが心配で思わず来ちゃったんだ」

「………ウチが……心配…?」

「こらきり丸、余計な事を言うな」



きり丸の言葉の意味を把握出来ていないを前に半助は苦笑しながらきり丸の頭に手を乗せる



「いや、こいつがどうしてもさんが心配だと言うから…」

「何言ってるんですか、先生が一番乗り気だった癖に」

「そ、そんな事は……」

「だってさっきだって……」



意味もわからず二人のやり取りを暫く見ていただが、やがて俯き嗚咽を漏らし始めた



「お姉さん?」

さん?」

「…………っ、」



目に涙を溜めるにきり丸と半助はお互い顔を見合わせる



「有難う…な」



二人に向かってそう呟くの頬には涙が伝い、ぽろぽろと零れては地面に落ちた

きり丸はそんなを見て慌て、半助はただただ見惚れていた



「お姉さん泣かないでよ」

「ごめ……ウチ…涙腺弱いみたいや……」

「いや謝られても……」

「だって……なんか本当に嬉しくて…」

「〜〜〜〜〜っ、先生も黙って無いで何とか言って……」



未だ泣き続けるを前に、きり丸は慌ててそう言いながら半助を見上げる

すると半助はそっとに近付いた



さん……辛かっただろうに…貴女は本当に強いな…」



そう言うとゆっくりの頭を撫でて苦笑した



「私達の心配なんか必要無かったみたいだ」



は小さく嗚咽を漏らして泣きながら首を横に振る



「そん…な事……あらへん……」



「お姉さん……」

「ウチ…人にあんなに優しくされたん初めてやから……本当に嬉しかった…」



涙を目尻に溜めたままは半助を見上げる



「心配してくれて嬉しかった…」



そう言っては俯く



「悪い」



半助はきり丸をちらりと見てそう一言言うとを強く抱き締めた

きり丸はふっと笑うと後ろを向いてやれやれと両手を挙げておどけて見せた



「全く…先生にもやっと春かぁ」



そんな事をぽつりと呟くきり丸を余所にと半助はしっかり抱き合った

しかし、ふと目が逢い思わず顔を赤くする



「あ、あの…」

「え?」



半助が抱き締めていた体を剥がし、の両肩に手を置いて真剣な面持ちで切り出す



「もし…さんが良ければ私の家に来て欲しい………んですけど…」

「…………」

「その…私は忍術学園で教師をしている身だから……ほとんどあの家には帰れないけど…」



呆然とするを前に半助は頭を掻きながら思いを告げる



「こんな山奥にいつまでも一人では…あまりにも寂しすぎる……」

「…でも……、」

「あ、いや…別に無理にとは言わないけど……」

「あ〜〜、もう…何やってるんですか先生」



今ひとつ押しの弱い半助にきり丸はどうにも我慢出来ず二人の間に割って入る

の前に立ちを見上げるときり丸は単刀直入に質問した



「お姉さん、先生はお姉さんが好きなんだって、お姉さんはどう?」

「お、おい、きり丸……!!」

「先生、こう言う事はきっちり言わないとお姉さんだって逆に困っちゃうよ、ねぇ?」



きり丸は慌てる半助を無視してに笑いかける

は未だ驚きを隠せないようで暫くぼんやりと二人のやり取りを見ていたが、やがてゆっくり口を開いた



「ウチ……おかしいかもしれへん…」

「「え?」」



は小さくそう呟く

そんなの言葉の意味がわからず、きり丸と半助は同時に聞き返す



「昨日…ちょっと一緒に居させて貰っただけやのに……ウチ…半助さんときり丸くんの事……凄い…好き」

さん……」

「それじゃぁ、先生の家に来てくれる?」



きり丸の言葉には俯いたままゆっくり告げた



「ここでずっと一人でいるよりは…誰かの帰りを待ってたい……ここは大切な場所だけど…」



そう言って顔を上げると半助ときり丸を見てにっこりと微笑んだ



「今はもっと大切な事見つけた気がするから」



そう言って笑うに思わず二人は見惚れる



「せやから…その……どうぞ宜しくお願いします」



そう言ってぺこりとお辞儀する

半助は我に返り慌ててお辞儀し返す



「こ、こっちこそ宜しく………お願いします」

「………先生顔真っ赤」

「お前は本当に一言多いな」



今日で何度目になるかわからない拳骨を貰いきり丸は喚く



「いってー!!何すんですか先生〜、俺はただ本当の事を…」

「だからそれが余計だと言ってるんだ」



昨日とほとんど変わらない二人の行動には思わず噴出す



「あ〜ぁ、先生のせいで笑われちゃったじゃないですか」

「お前のせいだろうが」

「……っふ、二人とも…本当に仲良いんやなぁ…っく…あはは…」

「……いや、別に仲が良いとかじゃ…」

「まぁいいじゃないですか、それより先生そろそろ帰りましょうよ、俺もう腹へって死にそう」



きり丸は自分のお腹を押さえてため息を付く



「あぁ…そうだな、そろそろ帰るか」

「じゃぁお姉さん荷支度しちゃいなよ、俺たち待ってるからさ」

「あ、うん……でも…本当に良いん?」

「何が?」

「その…ウチがお世話になるの……」



がおずおずとそう言うときり丸と半助は顔を見合わせた後に向かいにっこり微笑むとに手を差し出した



「「早く帰りましょう」」



- END -



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'04/06/01




キリリク作品@すな様

SpecialThanksX★すな様