「良いお天気ですね…、日差しが眩しいです」

「…そうだな」



二人は学園から少し離れた道を歩いていた



「今日は途中で寝ないように頑張りますから」

「…そうか」



無邪気に笑いながら告げるに長次は短く答える

二人は今学園長から頼まれて町に買出しに行く所

本来なら事務員であると共に、小松田が一緒のはずだった



「小松田さん……、今頃吉野先生に怒られているでしょうか…」



少し心配そうに呟く

どうやらいつもの事で、何か失態を犯してお留守番らしい

しかし長次にしてみればある意味好都合だろう

小松田には申し訳ない気もするが、お陰でのお付き任されたのだから



「長次さん…?」

「………大丈夫だろう」

「…そうですね」



ふわりと笑ってまた歩き出す

長次は一歩先を行くの手をそっと取った



「……?」



何かと思い長次の方を振り返る

長次は黙ったまま歩き出した

は少し照れながら一緒に並んで歩き出す

二人は手を繋いだまま町への道のりをのんびり歩き始めた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「わぁ……」



町に着くなりが感嘆の声を上げる



「凄い…人がいっぱいですね!!」



やや興奮気味に長次の腕の裾を引っ張りながら笑う

長次はそんなを見下ろしてふっと口の端で微笑んだ



「行くか」

「はいっ」



は巾着から一枚の紙を取り出す

学園長に頼まれた物が書いてあるリストだ



「最初は…お茶菓子とお茶、ですね」

「ならこっちだ」



長次が歩き出すともその後に従う



「お客様用の上等の玉露を一缶と…、事務員用に緑茶を二缶頂けますか?」



は店番にそう告げる

店番は営業用の笑みを浮かべてすぐに言われた物を用意して来た



「有難う御座いました」



お決まりの台詞を背中に聞きながら、と長次は店を後にする



「次はお茶菓子ですね…、一体何が良いんでしょう?」



お茶菓子と一口言えども、その種類は豊富だ

煎餅や饅頭、羊羹から乾物に至るまで、お茶請けとしては最適な物などいくらでも思いつく



「学園長は…良く煎餅を食べている……」



困った様に紙を見つめているに、ぽつりと長次が呟く



「本当ですか?それならお煎餅が良いんでしょうか」

「あぁ」

「長次さんが言うなら間違い無いですね」



そして二人はまた歩き出す

目指すは町一番の煎餅屋



「また来て下さいね」



ぺこりと店員がお辞儀しながら二人を見送る

どうやら無事に煎餅を買えた様だ

店員から渡された袋を大事そうに抱えては再度紙に目を通した



「後は…、簪(かんざし)を…一つ………」



紙に書かれているのはそれで最後

しかし簪とは一体どう言う事か



「学園長…簪は流石にお付けになりませんよね?」



ちょっと困った様な笑みを浮かべて長次に尋ねる

長次は静かに頷いた

当たり前だが学園長が簪を付けるはずがない

しかし、だとすれば一体何の為なのだろうか



「あ、端に何か書いてある…」



ふと紙を見直せば、簪と書かれた文字の横に何やら注意書きの様な物があった



「私の見立てで一番良いと思う物を買って来るように…?」



の頭に疑問符が増えた



「学園長先生のお考えは良くわかりませんねぇ…」



不思議そうに呟き、首を傾げる



「とりあえず行くか…」

「そうですね」



こうして二人はまた賑やかな人込みの中へと身を投じた



「うわぁ……」



町に初めて足を踏み入れた時よりも、ずっと嬉しそうな声

の目の前には色とりどりの簪が所狭しと並べられている

並べられているのは何も簪だけではない

ありとあらゆる女性の為の装飾品がの目を奪った

長次はの後ろに静かに立ちながら、同じように店の中の様子を伺う



「こんなたくさんの中から一つだけ選ぶなんて…、」

「…………」

「学園長先生はどんな簪を御所望なんでしょうね…?」



長次を見上げて訪ねる

長次はちらりと見て小さく答えた



が良いと思うものを、と書いてあったんだろう」



長次の言葉には小さく あ、そうか と呟いても一度店内を見回した



「あの…、少し時間が掛かってしまうかもしれないんですけど…」

「構わない」

「有難う御座います」



嬉しそうに柔らかく微笑むと、はゆっくり店内を模索し始めた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はぁ…、これで全部、ですね」



買った物と紙を交互に見て忘れた物が無い事を確認する



「…向こうに茶店がある……」



ふと長次が呟いた

お茶をして行こうと言う長次の意思表示に、はにっこり笑った



「有難う御座います」



別に長次は茶店に寄りたかった訳ではない

昼からずっと歩き通しだったを心配しての発言なのだろう

はそれを理解しているのか、小さくお礼を言うと躊躇いがちに長次の手を握った



「…………」



自分の手を取った小さな白い手を見つめ、長次はゆっくり歩き出した



「長次さんは良く町に出てくるんですか?」

「たまに…、仙蔵達に連れてこられる…」



は長次の言う仙蔵と言う男の顔を思い浮かべる



「あの…、顔立ちの綺麗なお方ですよね?」

「あぁ」

「以前少しだけお話した事があります」

「…そうか」



そんな事を話しながら辿り着いた一件の茶店

町の喧騒から逃れ、静かにひっそりと佇んでいた



「草団子…」

「私は…えっと………この水羊羹を一つお願いします」



二人は店の外にある長椅子に腰を下ろし店員に注文を済ませる

折角の良い天気だ

店の中にいては勿体無い



「良い天気…」



誰にとも無くぽつりと呟く

確か行きも同じ様な事を言っていた



「そうだな」



長次はと同じ様に空をぼんやり仰ぐ

二人がそうして言葉も無く空を見上げていると、やがて頼んだ物が運ばれて来た



「こちら水羊羹になります」



丁寧にお盆から手へと受け渡されるお皿

は嬉しそうに笑って店員に有難う御座います、と小さく告げた

長次も同じ様に店員から草団子が受け渡される

店員はぺこりと一礼して店の中へと戻っていった



「それじゃぁ、頂きます」



受け取った皿を膝に置き、両手を合わせて挨拶をする

そして再度皿を持ち上げると、そっと水羊羹に切れ目を入れた

大した抵抗も無く掬われた羊羹は、控えめに開かれたの口へと運ばれる



「幸せです…」



ゆっくりと味わった後、が顔を上げて微笑んだ

が余りにも幸せそうな顔をするので長次も思わず顔がほころぶ



「食べないんですか?」

「いや…、」



の様子をじっと伺っていた長次はまだ一口も団子を食べていない

不思議そうにが尋ねると、ようやく自分も団子を食べ始めた

暫し二人の間に沈黙が訪れる



「……羊羹が好きなのか?」



ふいに長次がそんな事を尋ねた

は長次の問いに少し恥ずかしそうに答える



「はい。昔、良くお母様と一緒に作ったんです…」

「…………」

「私にはまだ難しかったけれど…、お母様と二人で……お父様も美味しいと言ってくれて…」



そう言って俯いたの顔は寂しげで、声は微かに震えていて、長次はの頭に手を乗せる



「………」

「長次さん…?」



長次は無言のままの頭を二、三度軽く撫でると、また自分の団子を食べ始めた



「………」

「………」



何事も無かったかの様に黙々と団子を食べる長次の横で、は頬を赤く染めていた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はぁ……やっと帰って来れました、ね」



正門をくぐりながらが安堵のため息を付く

荷物は長次と半分ずつ

そっと地面に下ろして落ち着いてい所に、小松田が飛んできた




「おかえりなさーい」

「小松田さん、大丈夫でしたか?」

「はい、今日もいっぱい怒られちゃいました」



小松田はへらりと笑って頭を掻く



「あ、外出終了届けにサインして下さいね」



相変わらずそれだけはしっかりと覚えているらしく、差し出された出門表を受け取るとと長次はそれぞれ筆を走らせた



「はい、書けましたよ小松田さん」

「有難う御座います。そうだ、学園長先生が帰ってきたらなるべく早く持ってきてくれって言ってましたよ」



二人のサインを確認した小松田が思い出した様に告げると、は長次に向かって声を掛けた



「それでは早速学園長先生に買った物をお届けして来ますね」

「あぁ」

「いってらっしゃいー」



は小松田と長次に微笑みかけると、学園長室に向かい歩いて行く



「じゃぁ僕は事務室に戻ろうっと」

「………」



の背中を見送った小松田がその場を去ると、長次もやがて自室へと戻った



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「失礼します」



がそんな掛け声と共に静かに襖を開けて中へと入ると、いつも通り床の間の前に座る学園長が迎えた



「おぉ、帰ったか」

「すみません、お待たせしてしまって…」

「いやいや、初めての町はどうじゃった?」

「はい、とても賑やかで楽しかったです」



学園長の問いには幾分か子供の様な笑みを浮かべて答えると、手にしていた風呂敷を広げて中身を取り出した



「こちらが今回のお使いの品です。これがお茶、こちらがお茶菓子で、これが半紙…」

「うむうむ」

「それと…、こちらなんですが…」



最後にが躊躇いがちに取り出した物



「私の好みで、と仰るので……」



が手にしたのは例の簪

薄紅色をしたそれは、先端の方に可愛らしい硝子細工の花が付いている



「こちらで宜しかったでしょうか?」



心配そうにが尋ねると、学園長は笑った



、お前さんはそれが一番気にいったんじゃな?」

「はい…」

「そうかそうか。では良く見せて貰えるかの」



そう言う学園長の手に簪を手渡す

学園長は暫く簪を眺めると、満足そうにの手に返した



「実はの、その簪はお前さんへの贈り物だそうじゃ」



ふいに学園長がそんな事を呟く



「はい?」



訳がわからず聞き返すと、学園長は愉快そうに笑って答えた



「長次がお前さんに、と」

「……長次さんが……私に…?」

「うむ、自分ではどれが良いのかわからんし、第一遠慮して受け取って貰えないんじゃないかと言うのでな」



学園長の声を聞きながら、は簪を眺めた



「そんな…、私なんかの為に……」

「いやいや、お前さんだからじゃろう」

「私だから、ですか?」

「まぁその辺は本人に直接聞くと良い。本当は簪の事も口止めされていたんじゃがの、まぁ良いじゃろ」



学園長は楽しそうに笑いながらお茶を飲んだ



「あの…、私、長次さんにお礼を言って来ます」

「うむ」

「失礼致します」



はいそいそと立ち上がり、丁寧に一礼して襖を閉めると庵を後にする



「長次も隅に置けんのう…」



小さくなるの足音を聞きながら、学園長は楽しそうに呟いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ぱたぱたと廊下を歩く、忍術学園に相応しくない足音が聞こえて来る

その足音の主は段々とこちらへ近付いている様で、ふいに部屋の前で足音が途切れた



「長次さん、いますか?」



遠慮がちに襖が開き、の顔が隙間から覗く

襖に背を向けて本を読んでいた長次は、の声に振り向いた



「あの、少しだけお邪魔しても宜しいでしょうか」



躊躇いがちに尋ねると、長次はこくりと頷くと体をの方へ向ける

は長次から少し離れた入口付近に正座して腰を下ろすと、少しの間の後に話を切り出した



「あの、学園長先生から聞きました。簪…長次さんからの贈り物だと…」

「………」

「私なんかが受け取って良いのか解らないんですけど…。でも、とても嬉しいです」

「…良かった」

「それで…、私に何かお礼出来る事があればと思って…」

「礼?」

「はい。私に出来る事なんて…ほとんど無いとは思うんですけど…」



そう呟いては困った様に笑う

そんなを見つめていた長次は、ゆっくりとした動作で立ち上がるとの傍に歩み寄った



「長次さん?」



不思議そうに自分を見上げるの前に膝をつくと、長次はそのままの身体を抱き締めた



「、あの…」

「………」



が長次の腕の中に収まったまま固まっていると、長次がぼそりと呟いた



「…傍に…居てくれれば、それだけで良い……」



低く優しいその声に、強張っていた身体の力が抜ける



「…長次さん……」



告げられた言葉の意味を自分なりに理解して、はそっと長次の背中に自らの腕を回した



「はい。長次さんが良いと言うなら…ずっと傍に置いて下さい……」



頬を真っ赤に染めたの手が、長次の背中の裾をきゅっと握り締める



「…好きだ」



壊れ物を扱う様にを抱き締めながら、長次は出会った瞬間から秘めていた想いを口する



「私も、長次さんの事が大好きです」



もそんな想いに答えるように長次を見上げる

二人は暫く見つめ合ったのち、どちらからともなく口付けた





- END -







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



無駄に長かったお話もやっと終幕を迎えました。

ちょっと前の作品読み直したら色々と修正したい部分がいっぱいで困っちゃいました_| ̄|○

修正って言うか粛清したい勢いで、昔の作品は読み直さないに限りますね。

余談ですが、朝私の枕元に一枚の紙切れがありました

見ると其処にはミミズが這い回ったような感じで文字がかかれてます

頑張って読みました。


「 長 次 は 何 気 に エ ロ い 」


(´Д`)何これ!!

一体何考えてたんでしょうねー…



'04/07/26