さん、それが終わったらちょっと休憩しましょー」

「あ、はい…」



が拾われてから早1週間が経過していた

行く当ても無いを学園長は事務員と迎え入れた



「あの…小松田さん……」

「ほへ?」

「そのゴミ袋……破れてますよ…?」



おずおずと指差した先には見事に端の破れたゴミ袋

折角集めた落ち葉はその穴から飛び散り、再度辺りに舞った



「あ〜〜〜〜!!!」

「……もう一度やり直し…ですね」



穴の開いた袋を見ながら叫ぶ小松田

そんな小松田を見ながらは苦笑した



さん、すっかり慣れたみたいだね」



と小松田が再び掃除を始めた頃、近くの木の上で二人を見守っていた伊作が呟く



「事務員の仕事も様になって来たみたいだし…、良かったね」

「………」



伊作の問いかけにこくりと頷く長次

が事務員として働き出してから、長次と伊作の二人は良くこうしてこっそりとを見守る事が多くなった



「うわぁ!?」

「…………あ」



小松田の叫び声に伊作が声を出してと小松田の方を指差す

そこにはゴミ袋にに顔から突っ込んでいる小松田と、慌てているの姿



「あ〜ぁ……大丈夫かな…」

「………」



苦笑しながら様子を伺う伊作

長次は暫く黙っていたが、次の瞬間にはもう居なかった

小松田よりもその場でおろおろと慌てるが放っておけなかったのだろう



「………過保護と言うか何と言うか……本当に好きなんだな…」



伊作は長次の行動に驚きを隠せないながらも、何処か親心の様な物からつい笑ってしまう



「さて…私はそろそろ保健室に戻らないと…」



誰にともなく呟いて、伊作はそのままその場を去った



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「…………」

「あ……長次さん…」



突然上から降って来た長次に驚く

長次は無言のまま、ゴミ袋に頭から突っ込んでバタついている小松田を引き抜いた



「ほぇ〜〜、あ、6年生の中在家長次くんかぁ〜、助けてくれて有難う」



落ち葉を体中にくっつけたまま小松田はいつもの様にへらりと笑った

長次は一つ、どう致しましてとばかりに頷くとくるりと背を向けてその場から立ち去ろうとした



「あ、あのっ……待ってください長次さん」



その場を去ろうとした瞬間に腕の裾を掴まれ長次は振り返る

は掴んでいた裾を慌てて離すと、恥ずかしそうに微笑んだ



「あ、あの…これからお茶の時間なので……その…長次さんも……如何ですか…?」



躊躇いがちにそう尋ねるを見つめながら、やはり無言で長次は考える

午後の授業は先刻終わった

図書委員の仕事も今日は無い

急ぎの用事もありはしない



「…………」



長次はそのまま承諾の意味を込めてこくりと頷いた



「良かった、あの…それじゃぁ私は箒を片付けてきますね」

「あ、それじゃぁ僕はこのゴミ捨てて来ますねー」

「………」



小松田は落ち葉の入ったゴミ袋を担いでゴミ捨て場へと向かっていった

は小松田の分の箒を持って用具倉庫へと向かおうとしている

長次はの後に続いた



「…………」

「…………」



会話も無く二人は歩く

長次は決してを手伝おうとしない

手伝おうかと申し出ても、断られる事はわかっている

長次はただ黙っての後ろを歩いた



「これで良し…と、」



は用具倉庫の鍵が掛かったかを確かめると腕で額の汗を拭った

くるりと振り返り長次に笑いかける



「待たせちゃってごめんなさい」



長次は黙ったまま首を横に振る

そんな長次の様子を見て嬉しそうに微笑む



「さ、長屋へ戻りましょう?小松田さんもきっと待ってますから」



の言葉に頷くと長次は長屋へと歩き出す

はやっぱり無言での後に続いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「遅くなりました」

「あ、お帰りなさい〜、お茶の用意出来てますよ」



と長次の二人が事務室へ行くと、丁度お茶とお茶請けを用意し終えた小松田が出迎えた



「それじゃぁ早速食べましょう、僕もうお腹すいちゃって…」



お腹に手を当てる小松田

は遠慮がちに微笑みながらお茶の一つを長次へと手渡す

長次はから茶碗を受け取る

こうして3人に茶碗が行き渡るとそれぞれ飲み始めた



「美味しいなぁ〜」

「はい、ホッとしますね…」

「…………」



3人はそれぞれ一息を付きながらのんびりとした時を満喫していた



「あれ?………そう言えば小松田さん、さっき吉野先生に呼ばれてませんでした?」



ふと思い出したようにが小松田に声を掛ける



「ほぇ?」



小松田はの言葉に首を傾げて少しの間思考を巡らす

見る見るうちに顔が青ざめていくのがわかった

そして臨界点まで達すると両手で頭を抱えて叫ぶ



「わーーーそうだった!!!今朝ぐちゃぐちゃにしちゃった資料の片付けすっかりわすれてたーー!!!」



小松田は大きな声でそう叫ぶと飲んでいた茶碗を置き勢い良く立ち上がる



さんすいません、僕ちょっと吉野先生の所に行って来ます!!」

「はい、いってらっしゃい」

「うゎーーんまたほっぺた伸ばされるーーー!!!」



小松田はそう言いながら廊下に出て走っていった

決して廊下を走る事なく遠ざかる声と足音を聞きながらと長次は顔を見合わせた



「小松田さんって面白い方ですよね」



顔を見合わせたままはくすりと笑う

長次はの言葉に頷くとまたお茶を口に含んだ



「…………」

「…………」



やはり会話は続かない

だが長次もも気まずいとは思わない

ここ1週間の間、二人は長い時間を一緒に過ごした

言葉を交わした回数は多く無かったけれど、それだけでも十分だった



「…仕事……慣れたようだな」



珍しくも長次の口から言葉が発せられる

は茶碗から口を離すと嬉しそうに微笑んで長次を見た



「はい…長次さんや伊作さん…それに学園長先生のお陰です」



そう言うとほのかに頬を赤くしては長次に笑いかけた



「あの…特に長次さんには…本当に感謝してます」



の言葉に長次は動きを止める

そしてそっとの手を取った



「…………」

「長次さん…?」



の手を握ったまま何をするでも無くの目を見つめている長次には問いかける



「…………」



は、話しかけても特に反応を返さない長次にそれ以上話しかける事も無く恥ずかしそうに視線を逸らした

ふと長次の手がの頬に触れる



「………?」



逸らしていた視線を長次に戻す

長次はいつもとは少し違った表情でを見つめていた



「…………」



またそうして暫く見つめ合っていると、ふいに長次に唇を奪われた

は長次の思いがけない行動に少なくとも驚くが、特に抵抗する事無く受け入れる

やがての体から力が抜ける

長次は片腕でを抱き留めると唇を離した



「………すまない…」



聞こえるか聞こえないか

それ位の声で低く呟く

普通の人が見れば全く変わらないくらいほんの少し顔を赤くして…

長次はの腰に手を回したまま視線を横に逸らした



「…………嬉しい…です……」



視線を斜め下に反らしたまま、は僅かに首を振って呟く

その声は先程の長次と同じくらい小さかった

そんなの言葉を聞き、長次がの横顔を見つめるとも長次の方へと視線を向ける



「ごめんなさい……」

「…何の事だ……?」



急に謝り始めたの言葉の意味が理解出来ずに尋ね返す

はゆっくりと一つずつ言葉に出しながら長次に告げた



「長次さんに拾われてからこの1週間…甘えてばかりで……」

「…………」

「最近はやっと学園にも慣れましたけど…やっぱり長次さんの傍に居たくて……」



そこまで話すとは両手を自分の頬に当てながら俯いた



「長次さんは自分の事もあるから…邪魔しちゃ駄目……迷惑掛けたら駄目だ、って…そう思ってるのに……」

「…………、」

「………私……」



が言い掛けた言葉を遮るように長次はを抱き締めた

そしてそのまま首筋に一つ口付けを落とすと耳元で呟く



「迷惑じゃ…ない……」

「…………」

「ずっと…傍に居て欲しい」



短くそれだけを告げると再び唇を重ねた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「…………」

「…………」



は長次の腕の中で寝息を立てている

出逢った時からそうだったが、は体が少し弱いらしく一日に何度か糸が切れたように眠る

先程も長い口付けの後暫く見つめ合っているとふっと目を閉じて眠ってしまった

保険の新野先生曰く精神的な物なので時間が立てば治るものらしいが、いつ治るのかは定かではない



「…………」



長次はを抱いたまま少し迷う

そしてやがて立ち上がると音も無く歩き出した



「あれ?また寝ちゃったの…?」



廊下で伊作に出会う

伊作は長次の腕の中のを覗きこんで微笑んだ



「何かあったの?」



いつもと違い落ち着かない様子の長次に伊作は尋ねる

落ち着かないと言ってもその違いに気付くのは極限られた人間だけだが

長次は暫く黙っていたがふいに今までの事を伊作に告げた



「そっか……それで自分のせいだと心配してる訳か…」



伊作はにっこり笑うと長次の肩に手をかけた



「大丈夫、きっと少し頭が混乱しちゃっただけだと思うよ、すぐに起きるって」



伊作はそう言って微笑みながら茶化す様に呟いた



「まさか長次がここまで人に執着するとは思わなかったね」

「…………」



長次は決まりが悪そうに視線を逸らすとまた歩き始めた



「部屋に連れて行くの?」

「……あぁ」

「そっか、それじゃぁ小松田さんには私が言っておくね」

「頼む…」



こうして伊作と長次は自分の進む方向へ歩き出す



「あ、そうだ」



ふと伊作は思い出したように呟くと長次の背中に呼びかけた



「気をつけてね」

「……何がだ?」



伊作の不可解な言葉に振り返り問い返す

伊作は意地悪な笑みを浮かべた



さん、可愛いから狙ってる人多いみたいだよ」



それだけ告げると伊作はじゃぁねと手を振りながらすたすたと歩いて行ってしまった

取り残された長次は腕の中で眠るを見る

寝顔は幼い少女そのもので、思わず笑みが零れる

長次は口の端で小さく笑うとやがてまたの部屋へ向かって歩き出した



「…誰にも……渡さない…」



それは腕の中で眠るにさえ聞こえるかどうか分からない程の小さな声

しかしそんな小さな声にも反応したのか、がぽつりと寝言を呟いた



「長次……さん…」



夢の中に自分が出ているのだろうか

長次はの寝言に思わず顔を赤くして、足早に部屋へ向かうのだった






- END -



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





'04/06/07