「長次…それ何?」



或る日の昼下がり

門の前辺りで長次と出逢った伊作は首を傾げて尋ねる



「……落ちていた」



そうぼそりと呟いて、伊作とは反対の方向をいて担いでいる物体を見せる



「落ちてたって………何これ…」



長次に近付き長次が肩に担いでいる大きなボロ布をめくる



「…………ぉ、女の子?」



尋ねる伊作にこっくりと頷く長次



「これって落し物とかそう言うのとは違う気がするんだけど…」

「………」



薄紫の大きな着物に包まれた小柄で身の細い少女

どうやら眠っているだけで命に別条は無さそうだが、随分と汚れてしまっており一体何がどうなっているのやら全く解らない



「と、とりあえず…これ学園長に知らせないとだよね」

「あぁ…」



伊作の提案を受け、長次は伊作と共に学園長室へと向かった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ふむ…するとこの子は学園の前で倒れていたわけじゃな?」



学園長の言葉に頷く長次

隣には伊作

そして学園長と伊作、長次の間には問題の少女が布団に横たわっている



「何だか良くわからんが、まぁこの子が目覚めるまでここで面倒見るとしようかのぅ…」



学園長はそう呟くと長次に言う



「この子を拾ったのはお前さんじゃ、従ってこの子の面倒は全てお前さんが見るように、良いな?」

「…………」

「が、学園長…女性を忍たま長屋に入れるのは禁止ではないのですか?」



戸惑う長次の言葉を代弁するかの様に伊作が尋ねる



「まぁ今回は特例で良いじゃろ、それともくの一に預ける方が良いかのぅ?」



学園長の言葉に今度は首を横に振る長次



「うむ、ならば決定じゃな、一応部屋は空き部屋を一つ用意するが、目覚めるまでは傍に居てやるのじゃぞ」

「…………」



長次はまた一つ頷いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「何だか大変な事になっちゃったね…」

「………」



伊作と長次は会話しながら廊下を歩く

長次の腕には先程の少女が抱き抱えられている

俗にお姫様抱っこと言う代物だ



「それにしても綺麗な子だね」

「…………あぁ」

「何があったんだろう…」

「………さぁな」



ふと長次が足を止める



「どうしたの?」

「………」



伊作の質問に長次が答える前に、腕の中の少女がぴくりと体を動かした



「…ん………」



小さく呻いた後で、少女はゆっくりと目を開ける



「起きちゃったね」

「………あぁ……」



少女はゆっくりと目を開き寝ぼけ眼で長次と伊作を見た後、自分の置かれている状況を把握しようと辺りを見回した



「此処、は……?」



見知らぬ廊下らしき場所

目の前には見知らぬ男の人

そして自分はその見知らぬ男の腕の中



「あなた達は…一体…?……私は…………」

「落ち着いて下さい。私たちは怪しい者じゃないから」



伊作はまだ事態の飲み込めていない少女に優しく話し掛ける



「…ぁの、此処は…一体……?」

「えーと…、とりあえず部屋に行こうか。この状態じゃ落ち着かないだろうし」

「……そうだな」



未だ混乱状態の少女を抱いたまま、長次は空き部屋へと向かった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あの…それで……此処は一体何処…ですか?」



布団を膝に掛けた状態では尋ねる



「えっと…ここは忍術学園って言って、忍者の学校なんだ」

「忍術学園…」

「それで、君は何故かこの学園の門の前で倒れていたんだって」

「………」

「それを長次が見つけて拾っ……助けたんだ」



伊作は長次を指差しながら少女に説明した

長次は先程からずっと黙ったまま二人のやり取りを見ているだけだ



「あ、僕は伊作、よろしくね」

「……宜しくお願いします………」

「君の名前は…?」



伊作がそう尋ねると、少女はゆっくりと自分の名前を答えた



「………です」

……、それが君の名前?」

「…はい……」

「変わった名前だね」

「そう、ですか?」

「あ、いや…可愛い名前だと思うよ、ね長次」



伊作は長次の方を振り返る



「……そうだな」

「あれ、話しに乗るなんて珍しいね」



伊作が笑いながら言うと長次は無言のまま立ち上がった



「何処行くの?」

「……服を借りて来る…」



そう言うと長次は部屋から出て行った



「あの…伊作さん……」

「ん?」

「私あの方に何か失礼な事をしたでしょうか…」

「どうして?」



伊作が尋ねると困ったような顔では答えた



「何だか怒っているようでしたから…」



そんなの言葉を聞いて伊作は吹き出す



「長次はああ言う顔だから、気にしなくて良いよ、きっと今は照れてるんだと思う」

「はぁ…」

「とりあえず寝てて、僕は学園長に君が起きた事を伝えてくるから」



そう言うと伊作も部屋から出て行った



「………………」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



数分後、長次が帰ってきた

手には数枚の服が抱えられている



「………」



長次は無言でそれらをに差し出すと背を向けた



「あの…これ、着ても良いのですか?」



そう長次の背中に向かい尋ねると長次は頷いた



「……有難う御座います…」



は礼を言うとゆっくり着替え始めた



「あの…着替え終わりましたけど……」



が声を掛けると長次はの方を向く



「……大きかったか」



を見てそう呟く

長次が持ってきたのはくの一用の服

先生に事情を説明して貸してもらったらしいが、少々大きすぎたようだ



「あ、でも大丈夫です…これくらいなら……」

「……そうか」



それっきり会話は続かず、室内には気まずい雰囲気が流れる



「あの……有難う、御座いました……」



そんな雰囲気に耐え切れなくてはおずおずと切り出す



「…何の事だ」

「その、助けて頂いて…」

「……気にしなくて良い」



どうにも会話が続かない



「…………」

「…………」



お互いどうしようか悩んでいる所

襖が開いて伊作と学園長が入ってきた



「おぉ、目覚めたようじゃな、元気そうで何よりじゃ」

「え?あ、はい……」

「こちらはこの忍術学園の学園長先生だよ」

「は、初めまして…」

「うむ、あまり緊張しないでも宜しい」



学園長は頷きながらを見る

は緊張するなとは言われたものの、やはり少し緊張しつつ学園長と対面する



「で、突然ではあるが…お前さんが門の前に倒れていた理由を聞かせて貰えるかの?」

「…………はい…」



学園長がそう尋ねるとはゆっくりと記憶を辿るように話し始める



「先日……私の生まれ育った村が………何者かに襲われたらしいんです…」

「何…?」

「……村の人々は…全員殺されました…。私だけ……ちょうど村の外へ出ていたので助かったんですが…」



の目には涙が溜まっていく



「家に……帰ってみれば……お父様も………お母様も…………」

「………」

「呆然としている所に…村を襲ったと思われる人達がまた来て……、私は馬に乗ってその場から逃げ出して…」

「……そうか…、大体の経緯は解った、とりあえず今日はゆっくり休みなさい」

「すみません…」

「伊作、長次この子の面倒は暫くお前達が見てあげなさい」

「「はい」」



学園長はそのまま部屋を後にした



さん…大丈夫?」



伊作は震えるに声を掛ける



「…ごめんなさい…。平気、です」

「………とにかく…学園長もあぁ仰っていた事だし、今日はもう休んだ方が良いんじゃないかな?」

「あ、あの……」

「ん?」

「私……少し外の空気が吸いたいです…」



がおずおずとそう申し出ると、長次は立ち上がりを無言で見下ろした



「あ、長次が連れて行ってくれるみたい」

「……有難う御座います…」

「…………」



長次は申し訳無さそうに謝るの言葉を聞くと、そっとの手を取って部屋から出て行った



「……すっかりお気に入りだなぁ…」



二人を見送った伊作は、不謹慎だとは思いながらも微笑んで呟いた



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「冷たい……」



二人は近くの小川まで来ていた

小川に流れる水にそっと手を浸すを、少し遠くの草むらに座りながら見守る長次

会話はほとんど交わされる事無く時が過ぎていった



「…………もう良いのか」



暫くして長次の元へが帰ると長次はそう尋ねた



「はい、そろそろ帰らないと暗くなってしまいますから…」

「違う」

「はい?」



長次の言葉が理解出来ず小首を傾げる

そんなの手をそっと握り、長次は座ったまま言葉を続けた



「泣きたいのなら我慢する必要無い…」

「…………」

「無理をするな」

「………っ」



長次の言葉を聞き、ついにの目から大粒の涙が零れ落ちる

その涙が止まるまでの間、長次はの手に触れたままを見守った

は暖かく大きい手の温もりを通して口数の少ない長次の優しさを感じ、やがてゆっくりと言葉を紡いた



「…今は辛い、です………きっと…この想いは一生消えないと思います……でも…、」



は長次の手を握り返して泣いたまま柔らかく笑う



「多分、大丈夫です……長次さんや伊作さんの様な優しい方がいてくれて、凄く救われました」

「……そうか」

「はい……だから…きっと大丈夫です…」



そう伏せ目がちに呟くを夕陽が照らし、頬を伝う涙がきらきらと光る

長次はゆっくり立ち上がるとそっと頬の涙を拭ってを抱き締めた



「…………」

「…………」



長い長い時間が二人の間を緩やかに流れていた

長次は何も言わずにただずっとを抱き締めていた

はいつしか泣き付かれたのか長次に抱きついたまま眠ってしまう



「…………」



いつしか完全に眠りに落ちたを、長次はそっと抱き上げて学園と戻った



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あ、おかえり」

「あぁ」

「あれ?さん寝ちゃったの?」

「……疲れたらしい」

「そっか……それは…そうだよね、今日はゆっくり休ませて上げないとね」

「そうだな…」



長次はそう呟くとの寝顔を見つめて頷いた



「それじゃ、僕は部屋に戻るよ」

「あぁ…」



伊作と別れ、長次は先程の空き部屋へとを運ぶ

起こさないよう静かに横たわらせ、そっと布団を掛けてやる

長次は暫くの寝顔を見つめていたが、やがて部屋を後にした



「……………」



物音を立てぬ様襖を閉めると辺りはすっかり暗くなっている

長次は一度だけ部屋を振り返るとそのまま自室へと戻っていった







- END -



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





'04/05/04