「綾ちゃん、あーそーぼっ!!」



の可愛らしい声が部屋中に響く



…また来たの?」



それとは対照的に眠たそうに答える喜八郎の声



「うん、だって今日はもう授業終わりでしょ?」

「そうだけど…」



嬉しそうに笑いながら喜八郎の袖を掴む



「僕達もう4年生だよ?」

「知ってるよ?」

「…この年で外で無邪気に遊べって言われても無理が無い?」

「え〜?」



喜八郎の言葉には首を傾げる

そんなの様子を見て綾部は意地悪く微笑む



「まぁは4年生に見えないけど」

「そんな事ないよ、最近は身長も少し伸びてきたんだから!!」

「へぇ……コレで?」



喜八郎はゆっくりに近付くとの頭をぺしぺしと叩く



「うぅ…、身長は関係ないもん…」

「でもこの前下級生に間違えられたんでしょ?」

「なっ、何で綾ちゃんがその事知ってるの?」

「滝夜叉丸から聞いたんだよ」

「滝ちゃん…言わないでって言ったのに…」



は肩をがっくりと落とす

喜八郎は口の端で小さく笑うと部屋の窓を閉じた



「あれ? 何で窓閉めちゃうの?」

「だって外に行くのに空けといたら無用心でしょ?」



喜八郎の言葉にの顔はほころんだ



「あのね、今日は川に行きたいの」

「はいはい」



すっかり戸締りを終えると、喜八郎はの手を取った



「じゃぁ行こうか」

「うんっ」



こうして二人は仲良く手を繋いで忍術学園を後にした



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喜八郎とは手を繋いだまま川への道をのんびりと歩く



「所で、何で川に行きたいの?」



喜八郎は目が覚めたのか、幾分かハッキリした声でに尋ねる



「えぇと…、蛙が欲しいの」

「蛙?」

「うん、今度授業で使うから取って来いって先生が」

「なるほど、でもって爬虫類平気だっけ?」



喜八郎とは小さい頃からの知り合いの為、お互いの事は多少知っている

喜八郎の記憶だとは爬虫類や昆虫が決して得意ではなかったハズだ



「うん、平気だよ」

「え? そうだっけ?」



しかしの口から帰ってきたのは意外な言葉だった

思わず喜八郎が尋ねると、は苦笑しながら言う



「昔は怖かったけど、流石に忍術学園に入ったからにはそうも言ってられないもん」

「…それもそうだね」

「それに、私今くの一教室の飼育委員なんだよ」

「へぇ…」



喜八郎は返事をしながら、が良く虫を怖がって自分に助けを求めて来ていた事を思い出した



「でね、一個下の学年に伊賀崎くんって居るんだけど、知ってる?」

「あぁ、うん…、知ってるよ、有名だからね」

「そうなの?」

「うん、良くペットの毒蛇とかが逃げたして大騒ぎになってる」



喜八郎は過去に起きた騒動をぼんやり浮かべながらそう答えた



「あ、やっぱりそうなんだ」

「ん?」

「この前の男女合同の委員会の時もね、じゅんこって蛇が逃げちゃって大変だったの」



はクスクスと笑いながら喜八郎に話す



「その時初めて伊賀崎くんとお話したんだけどね、慣れてますからって言ってた」

「慣れたならいい加減逃げない様にしてくれると助かるんだけどね…」

「まぁまぁ、爬虫類はとっても気紛れだから大変なんだよ」

「それ伊賀崎の受け売り?」

「当たり〜」



にっこりと笑うに、喜八郎は何だか面白くなさそうにため息を付いた



「どうしたの?」

「ん、何でもないよ… あ、川見えたよ」



喜八郎の顔を覗き込むを誤魔化す様に、喜八郎は川を指差した

は素直に喜八郎の指の先に見えて来た川に目を移す



「良〜し、蛙捕獲大作戦!!」



は喜八郎の手から自分の手を離し、腕を捲くり川目掛けて走り出した

喜八郎はそんなの後姿を見ながら、から離れて急に冷えてしまった手を見つめた



「…………」

「綾ちゃん何してるの〜? 蛙取るの手伝ってよ〜!!」



は既にふくらはぎまで川に浸かりながら喜八郎に向かい手を振っている



「…………」



喜八郎は自分の手から目を離し、を見る

は真剣に蛙と取り組みあっている



「やっぱり…4年生には見えないなぁ……」



喜八郎はの姿を見めたまま優しく呟くと、の方へ走った



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



…」

「何っ? あぁっ!! また逃げられた!!」



が今まさに捕まえようとしていた蛙は、大きくジャンプしての手から逃れると川へ勢い良く飛び込んだ



「あぁもう、綾ちゃんが話しかけるからぁ〜…」

「だって…本当に要領悪いんだもん」

「そんな事言ったって蛙すばしっこいよ」



は悠々と向こうへ泳いで行ってしまった蛙を見つめ悔しそうに呟いた



「そうかなぁ…」



喜八郎は独り言の様に呟くと1匹の蛙にそっと近寄り手を伸ばした



「簡単に取れるよ?」



喜八郎の手にはいとも簡単に捉えられた蛙が握られている

は喜八郎の手の中で抵抗もせずけろりとしている蛙を恨めしそうに見つめた



「何で綾ちゃんの時は警戒しないんだろ…」

「きっとからは殺気が出すぎなんだよ」



喜八郎は蛙を放す



「殺る気満々な人間に捕まる様じゃ野生では生きていけないよ」

「…確かに」



は呟くと、1つ大きく深呼吸をした



「私ってやっぱり忍者に向いてないかなぁ」



喜八郎の方を振り返りはふいに尋ねる



「…そうかもね」

「あ、酷い、此処は"そんな事ないよ"って言う所でしょ」

「だって本当の事だし」

「綾ちゃんの意地悪〜」



はそう言いながら頬を膨らませる

こんな時、喜八郎はいつもなら淡々と会話を流す



「…違うんだけどなぁ」



しかし今日の喜八郎は珍しく会話を発展させる様な単語を呟いた



「何が違うの?」



は少々不思議に思いながら尋ねる

喜八郎は腕を組んで、言葉を選ぶようにゆっくり答えた



「意地悪してる訳じゃなくて…」

「うん?」

「何だろう…、え〜と……、あぁ、そうそう…」



喜八郎は言葉に詰まりながら首を傾げる

そして何かを思いついたように一つ手を打つと人差し指を立てた



「可愛いんだよ、が」



突拍子も無い喜八郎の言葉には固まる



「……え?」

「だから、良く言うでしょ、"可愛い子程苛めたい"って」

「…それって"好きな子程苛めたい"と"可愛い子には旅をさせろ"が混じってるよ……」

「あぁそっか…、じゃぁその前者だよ、好きな子程ってやつ」

「好きって…、綾ちゃんが? 私を??」

「うん、好きだよ?」



あくまで淡々と爆弾発言を繰り返す喜八郎

は一生懸命思考が止まりそうな頭を動かして喜八郎に尋ねる



「綾ちゃん、それ、新手の冗談?」

「え? 別に嘘でも冗談でも無いんだけど」

「だ、だって…何でそんな突然…」

「さぁ…何でだろうね」



喜八郎は自分の右手をなんとなく見つめながら呟く様に告げた



「今更言うつもりなんか無かったんだけどなぁ…」

「………」



喜八郎は見つめていた右手をきゅっと握る

はそんな喜八郎を半ば呆然と見つめていた



「綾ちゃん…私の事妹位にしか思って無いと思ってたよ」



がぽつりと呟く



「うん…、確かに忍術学園に入る前までは妹だと思ってたよ」



二人はぼんやりと川に浸ったまま

気付けば辺りは夕陽で一面が橙色に染まっている



「でも、忍術学園は基本的に男子と女子は別れててとあまり会えなくなったでしょ」

「うん…」

「それで…会う度に変わって行く見てたら焦っちゃったんだよね」

「焦るって…何で?」



喜八郎の言葉には首を傾げる

喜八郎は自嘲気味に微笑む



が知らない人になっちゃう気がしたから…かな」

「………綾ちゃんって…昔から変な事言うよね」

「そう?」

「うん…、だって私……ずっと綾ちゃんの隣に居ると思ってたもん」



は足元をさらさらと流れて行く水を見つめる



「でも、そうだよね…、考えたらこの先も一緒に居られる保障なんか無いんだよね…」



そう呟くと、は俯いていた顔を上げて喜八郎の顔を見つめた



「でも、それでも私綾ちゃんの事好きだし…、多分これからもずっと好きだよ?」

…」

「変わらない…、ずっと……、私は一生綾ちゃんの事好きだもん」



は喜八郎の両手を取り微笑む

喜八郎はそんなを見下ろしながら暫く黙り込む

不思議そうに喜八郎を見上げるの顔を見つめながら、喜八郎は小さく息を吐き出した



「………良かった…」



そしてそう呟くと、の両手から自分の両手を離し、代わりにの体を抱き締める

は喜八郎の腕の中で恥ずかしそうに微笑みながら、喜八郎の背中に腕を回した



「これからはずっとずっと一緒だね」

「うん、そうだね」

「綾ちゃん大好き」

「僕もが大好きだよ」



喜八郎はの前髪をさらりと撫で上げると、額に軽く口付けた

は突然の事で驚いたのか、辺りを染める夕陽よりも紅に染まっている

そんなを見て喜八郎は悪戯っぽく微笑んだ



「そろそろ帰ろうか」

「う、うん…」



二人は川から上がり元来た道を歩き出す

喜八郎は自然に繋がれた手の暖かさに満足しながら、未だに赤面しているに声を掛けた



「所で

「…ん?」

「蛙、取らなくて良かったの?」

「………あ"…」



- END -



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'05/10/16