−数刻前−
「ちょっと待って、は、早いよさん……」
「そんな事言われても急がないと…!!」
廊下を全力疾走するのは小松田と
小松田は自分の前を走るを必死に追い掛ける
やがて辿り着いたのは事務室の前
は扉に手を掛けた
「…っ、開いてる……!!」
予想通りすんなりと動いてしまった扉を、は一瞬ためらった後で勢い良く開いた
既に六時を回った頃なので大分暗いものの、かろうじて部屋の中を確認することは出来る
見た所、特に荒らされた様子は無い
は一つ息を飲むと、ゆっくり事務室に入っていった
「…先生の言ってた巻物は……」
そう呟きながら、いくつも並ぶ事務室の棚を探る
ふと、奥の方に巻物の山を見つけた
はその巻物の山から一本ずつ取り出しては帯の色を調べる
「赤…、赤……、これも…、これも赤…」
"本物の帯の色は紫"
そんな先生の言葉を思い出しながらは全ての巻物の帯の色を確認した
「あった…、紫の巻物……!!」
数々の巻物の中から一つだけ帯色の違う巻物を見つけ、はホッと胸を撫で下ろす
するとやがてようやく追いついた小松田が肩で息をしながら事務室へと入って来た
「や、やっと追いついた…」
「ぁ、小松田さん」
「さん早過ぎるよぉ」
ぜぇぜぇと乱れる息を整えながらも苦言を呈す小松田に苦笑しつつ、は視線を小松田から巻物へと戻して謝る
「すみません、ちょっと緊急だったので…」
「緊急って一体何がそんなにって、うわぁっ!?」
「小松田さん!?」
会話の途中で突如叫び声を上げた小松田に驚きは急いで振り向くが、もうそこに小松田の姿は無かった
「なっ…、小松田さん…!?」
慌てて辺りを見回してみるが、人の気配は感じ取れない
一瞬で姿を消す
小松田にそんな芸当が出来無い事は忍術学園の人間なら誰でも知っている
となれば小松田が消えた原因は一つしか無い
「攫われた!?」
はそう叫ぶと廊下へ飛び出した
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
廊下を走りながら小松田の気配を探る
途中で小平太、仙蔵、文次郎の三人組みに出会ったが、三人は小松田の姿を見て無いと言う
「もう学園の外に…?」
は一人でぶつぶつと呟きながら学園の半鐘台の上に昇った
「一体誰が小松田さんを…」
そう言って今までの経過を振り返る
先生に巻物の護衛を頼まれ、
事務室に行こうと思ったら事務室の鍵は既に何者かに奪われていて
事務室に行ったら護衛するはずだった巻物は無事だった
しかし何故か小松田さんがさらわれ…
「巻物と小松田さんに何か関係があるとか…?」
やや的外れな事を口走っていると、下からひょっこりと先程の三人が顔を出した
「鈍すぎ!!」
「小平太!?うわっ、仙蔵に文次郎まで…、何しに来たのよ一体?」
驚いて小平太達を見下ろすに、文次郎は不機嫌そうに怒鳴りつける
「お前本当にくの一目指してるのか?気配くらい読め!!今回のお前への依頼は実は卒gごふっ」
「黙れこの馬鹿」
文次郎の言葉を華麗な右ストレートで遮りながら、仙蔵はの前に立った
「すまないな、今の文次郎の言葉は忘れろ」
「え?え??」
「兎に角、お前は優先順位を間違えている」
「優先…順位……?」
「はさぁ、何でこんな所に居るの?」
小平太の言葉には首を傾げる
「何でって…」
そう呟きながら頭の中で何かを考える
「何でって小松田さんを探す為に…」
「でもの本来の役割って何だったか忘れてない?」
「役割…?」
「小平太、あまり色々言い過ぎるとが混乱するだろう」
「だって本当に鈍感だから〜」
「私の役割って…巻物守る事で……でも小松田さん攫われちゃったし…」
は一人で喋りながら自問自答する
「あぁ…もう駄目……訳わかんない……」
小平太達が見守る中、は今にも頭から煙を出しそうな勢いでうな垂れた
「ゲームオーバー、ね」
ががっくりと膝を着いたその時、山本シナ先生が何処からともなく現れた
「シナ先生…」
涙目で見上げるに優しく微笑みながら、シナは尋ねる
「さん、巻物は無事?」
「え?あ、はい…」
「それは良かったわね、これで一応合格よ、ギリギリだけど…ね」
「???」
現状を全く把握し切れていないはシナを見つめながらただ首を傾げる
シナはから紫色の帯がついた巻物を受け取ると、それを弄びながらに説明し始めた
「さん、これは卒業試験だったのよ」
「卒業…試験……?」
「そう、一流のくの一として今後やって行けるかどうか、適正検査も兼ねた卒業試験」
の不思議そうな視線を受けて、シナはにっこり微笑んで説明を始めた
「まず一つ、さんの受けた依頼は巻物の護衛よね?」
「はい…」
「だから、貴女は何があってもその巻物を守らなきゃいけなかった、単純に言えばそれだけよ」
「え?」
シナの言葉には益々首を傾げる
「そうそう、因みに小松田さんを攫ったのは山田先生よ」
「山田先生が…? どうしてですか?」
「…こう言うとなんだけど…、小松田さんは絶対的に試験の障害になるから、本来一人にしちゃいけなかったんだけど…」
シナはそう呟きながら苦笑する
「ちょっとこちらの手違いで小松田さんを取り逃がしちゃって…、
それでさんの邪魔にならないように山田先生に頼んで小松田さんを貴女から遠ざけたんだけど、ね」
「…はぁ………」
「さんってば巻物の護衛そっちのけで小松田さん追いかけちゃうんだもの…」
「あ…、だから小平太と仙蔵が優先順位間違えてるって…」
「そうね、全く…立花くんや七松くん、潮江くんも本当にお人好しね」
シナはそう言いながら仙蔵、小平太、そして仙蔵に先程殴られノックアウトしている文次郎を見回した
「…でも仙蔵達は何でここに?」
「…が心配でつい…な」
「へ…? じゃぁ仙蔵達は試験の事知ってて、私が心配だからわざわざ後つけてたって事?」
「まぁ…要約すればそうなるな……」
仙蔵が気まずそうににそう答えると、シナは大きなため息と共にわざとらしく呟いた
「人の忍務に口出しするなんて、これじゃぁ彼方達の合否判定も危ういわねぇ」
「「はい?」」
「だから、彼方達五人の今回の試験結果よ、中在家くんと善法寺くんも出てらっしゃい」
シナがそう声を掛けると達の背後から長次と伊作がひょっこり顔を出した
「あ、いさっくん、長次、居たんだ?」
「うん…、でも何か話に入り難くてずっと後ろで様子伺ってたんだ」
「先生にはバレたが……」
「あら中在家くん、これでも忍術学園の教師よ?舐めてもらっちゃ困るわ」
長次の言葉にシナは笑う
そんな中仙蔵がおずおずとシナに声を掛けた
「あの……山本先生…、私達の試験は三日後からでしたよね…?」
仙蔵がそう尋ねると、シナは仙蔵の方へ振り返りにっこりと笑う
「あら、試験が三日後からだなんて本当に信じてたの?」
「「「え"…?」」」
「…………」
笑顔でそう告げるシナに小平太、仙蔵、伊作の三人は思わず声を上げる
長次は相変わらず無言だが少しだけ怪訝そうな顔を見せた
「あのねぇ、試験を受験する事を決定したその時から試験は始まってたのよ?」
「え?それじゃぁ…」
「私と文次郎は兎も角、小平太、長次、伊作までもが同じ試験内容だったと言う事ですか?」
「そう言う事ね、彼方達相当さんがお気に入りみたいだったから、ちょっと利用させて貰ったのよ」
シナはと仙蔵達を交互に見ながら悪戯っぽく笑う
「私を利用って…シナ先生……」
「ごめんなさいね、でもこれで自分達の甘さがハッキリしたでしょう?」
「「「「…………」」」」
「仲が良いのは良い事だわ、信頼関係は何よりも大事ですからね、
でもその関係が下手すると危険になる事だって忍には充分あり得る…」
シナは真面目な顔で、うな垂れる三人を諭すように話す
「でも、まぁ今回は合格と判断して良いでしょうね」
「え…?」
「良いんですか?」
シナの言葉に小平太達が顔を上げると、シナは首を縦に振った
「今回の試験は教員側の不手際が多くて、あまり彼方達に細かい事を言える立場じゃないの…」
「「「「不手際?」」」」
「えぇ…、実は五年生の授業課題が六年生の卒業試験時期と被っちゃってた上に、
手違いで五年の鉢屋くんの課題が"赤の巻物を取ってくる"になってしまってて…」
「「はぁ…」」
唖然とする小平太と仙蔵にシナは苦笑する
するとはやっと顔を上げてポツリと呟いた
「あ…、だから私の偽者が小松田さんから事務室の鍵を奪ったけど紫の巻物は無事だったんだ…」
「えぇ、そう言う事ね」
「そっか、でもこれで私達も晴れて卒業出来るんだね!!」
「まぁ、一応そういう事ね、それじゃぁ私は他の人の合否判定が残ってるから行くわね」
シナはそう言い残すと姿を消した
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その場に残されたと小平太、仙蔵、伊作、長次…、そして未だ目を覚まさない文次郎は無言で立ち尽くす
「………っ」
ふとが仙蔵達の方へ向き直った
「?」
「どしたの?」
四人が不思議そうにを見るとは一気に言葉を吐き出した
「馬鹿!!」
「「「「え?」」」」
「何で…何で一々私の事なんか気に掛けるの…?」
「な、何でって…」
「…」
「心配してくれるのは嬉しいけどこれであんた達が合格出来てなかったら私…っ」
はそう言いながら目に涙を溜めている
色々な事があり張り詰めていた緊張が解けたのか、は文次郎が倒れているその横にへたりと座り込んだ
「ごめんね…」
「すまない…」
伊作と長次がそっとの左右にしゃがみ込み肩に手を掛ける
「伊作達が謝る事じゃないよ…私が悪いんだから…」
「でも私達…どうしてもが気になるんだよ」
「それは…私が頼りないから心配って事…?」
伊作の言葉にが尋ねると、仙蔵が首を左右に振った
「そんな事ある訳ないだろう」
「だったらどうして…? いい加減皆に迷惑掛けるのもう嫌だよ…」
が顔を伏せて呟くと、それまで倒れていた文次郎が声を発した
「お前が鈍いから皆心配になるんだろうが…」
文次郎は仙蔵に殴られた頬を擦りながらため息交じりに起き上がる
「文次郎、やっと起きたか」
「うっせぇよ、思いっきりぶん殴りやがって…」
冷めた口調で文次郎に声を掛ける仙蔵を、文次郎は頬を押さえて睨みつける
「お前があそこで口を滑らせていたら私達はおろかも失格になってただろうが」
「そりゃそうかもしんねぇけど…」
「良いのよ仙蔵、卒業試験って事に気付けなかったのは文次郎の言う通り私が鈍いからだし…」
は文次郎を非難する仙蔵を止めて自分の情けなさにうな垂れる
「そうだな」
「も、もんじそりゃ無いよ」
文次郎はうな垂れるを見ながらため息混じりにそう言い放つ
容赦無い言葉に小平太は慌てるが、時既に遅くの目には一度引っ込んだ涙がまた溜まっている
「で、でもさ、私達はそんなが嫌いじゃないよ?」
「……人には必ず欠点がある…」
「そうだぞ、私にだって欠点の一つや二つあるのだから、落ち込むな」
今にも泣きそうなを囲んで、伊作、長次、仙蔵がそれぞれ宥める
「私達も卒業試験に気付かないでに余計な事しちゃったし…」
「そーだよね、しかももんじが一番余計な事しそうになったんだよ」
「そうだな、悪いのは全部文次郎だ、は何も気にしなくて良いぞ」
「……そうだな…」
伊作の言葉に続き、小平太が文次郎を指差して意地悪く笑う
小平太の台詞に仙蔵は首を大きく振りながら納得し、に笑いかける
長次までも仙蔵の意見に賛成の意を示す
「え…で、でも……」
「おいちょっと待てよお前等!!なんで俺のせいになるんだよ!!」
「良いじゃないか文次郎、君もたまには不幸を味わいなよ」
「そうだよ、もんじいっつも苛めてるからその罰だよ」
「素直に非を認めるんだな」
「…………」
思わぬ方向に進み始めた会話にが戸惑う中、着々と文次郎は攻められていく
「お、俺は別にを苛めてなんか…」
「でもさっきを泣かせたよね?」
「しかもこの前だって散々の事鈍い鈍いって言ってたし」
「小平太…、でも私本当に鈍いし…」
「良いんだ、ここは兎に角文次郎が悪いって事にしておこうじゃないか」
「おい仙蔵お前何言ってんだよ!!」
「…………」
「あ、長次が笑ってる」
「おー、長次の笑顔久々に見た」
何時も通りだ
はふとそう思った
「…っふふ」
思わず笑みが漏れる
「?」
「どうかしたの?」
「おい、何がそんなにおかしいんだよ!!」
突然笑い出したを伊作や小平太が不思議そうに見つめる
文次郎に至っては少々勘違いをしている様だが、仙蔵がそれを更に煽り立てる
「そりゃお前の醜態じゃないのか、文次郎?」
「おいこら仙蔵、どう言う意味だ」
「言葉のまんまだが?」
「おし、その喧嘩買ってやるよ…」
「上等だ」
そして遂に臨戦態勢に入った二人を余所に長次はに尋ねる
「…どうかしたのか?」
「何か……変わらないなって思って……」
「「変わらない?」」
「うん」
は長次の言葉に直笑いながら答えると、聞き返す小平太と伊作に微笑みかけて仙蔵と文次郎の方へ視線を移した
「さっきまであんなに緊張してて、本当に焦ってたのにもう何時も通りに元通り、でしょ」
「そうだね」
「でも私達いっつもこんな感じだもんねぇ」
「…まぁな」
は今度は視線を小平太達三人に向けると嬉しそうに微笑んだ
「それが凄く嬉しくて、つい笑っちゃった」
少し恥ずかしそうに笑って言うに三人の顔も思わず緩む
「ねぇ、そろそろ戻らない?私何だかお腹空いちゃった」
「あ、そう言えば私もお昼から何も食べてないや…」
の言葉で空腹を思い出したのか、伊作はお腹に手を当てる
すると小平太が驚きながら伊作に尋ねた
「え、いさっくんお昼抜き!?」
「いや…、昼食には握り飯持ってたんだけど猫に奪われちゃってね…」
「うわー…流石不運委員長…」
「それを言わないでよ…」
「猫に飯を奪われる様で立派な忍者になれると思ってるのか」
「全く、伊作はよりも鈍臭いのでは無いか?」
伊作が情けなく笑いながら小平太に昼の出来事を話すと、
の背後から先程まで喧嘩していたハズの二人が呆れ声で呟いた
「あれ、文次郎と仙蔵、決着はもう着いたの?」
「「着いてない」」
「せんちゃん達これで通算何回目の引き分けだったっけ?」
「三七六回目」
「…はぁ……」
「…………」
伊作と小平太の問いにきっちり声を揃えて二人が答えると、は苦笑交じりにため息を付いた
「ね、二人もそろそろお腹空いたよね?」
「そう言われりゃ空いてるな」
「私もだ」
「私はさっき話した通り、長次は?」
「…………」
伊作の言葉に長次はこくりと頷いた
それを見て小平太が拳を上げる
「よーっし、それじゃぁ皆で食堂に行け行けどんどーん!!!!!」
「どんどーん!!」
「相変わらず訳わかんねぇ掛け声だよな…」
「何言ってるんだ文次郎、お前の掛け声も相当だぞ」
「そうだよ、ギンギーンって明らかにおかしいよ」
「…擬音語としても成り立ってないな……」
「う、うるせぇ!!」
小平太のお決まりの掛け声にが続く
文次郎はぶつぶつと呟きながらその後に従った
仙蔵は相変わらず文次郎へのつっこみを忘れない
今回は仙蔵に加え伊作と長次までもが頷きながら食堂へ向かう
そしてはそんな光景に再度笑みを浮かべ、小さく祈るように呟いた
「卒業してもこのまま皆で居られますように…」
- END -
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
リクエストを頂いて書き始めてから既に半年以上が経過してしまいました。
キリ番を踏まれたゆかりサマには本っ当に申し訳なかったとただただ土下座するばかりです_|\○_
そしてリクエスト通りになってない辺りもう駄目駄目で…
いくら大学入学して忙しかったにしても…;
長い間お待たせしてしまい、ゆかりサマ、並びに完結を待っていてくれた方々にお詫び申し上げます…。
拍手でも何度か「完結が楽しみです」等のコメントも頂き、有難う御座いました^^;
'05/07/01
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
半年も待たせて出来たのがこれですよ。
土下座じゃ生温いんで当時の自分は焼き土下座でもしたら良い。
再up日
'11/12/26