6.リンゴ



「はい、どうぞ」

「あ、有難う」

「大丈夫ですか?やっぱり辛そうですけど…」

「うん、何とか大丈夫だよ…」



ここは保健室

私は布団の中

つい先程運び込まれた



「乱太郎くんが居てくれて良かった…私一人じゃ流石に寂しいしね」



私は苦笑しながら受け取ったリンゴを頬張る



「そうですね、でも本当なら善法寺先輩辺りがいらっしゃってくれた方が良かったんでしょうけど」

「何で?」

「私じゃあまり頼りにならないじゃないですか」



乱太郎くんはそう言って笑う



「そんな事ないよ?」

「そう、ですか?」

「うん、乱太郎くんが居てくれるだけで十分安心出来るよ」



はにっこりと微笑みながら乱太郎に言う

乱太郎の顔は赤くなる



「あ、あの…私、水取り替えてきますね!!」



乱太郎は勢い良く立ち上がると水の入った桶を持ち、逃げるように廊下へと出て行った

廊下に響く足音がどんどん小さく遠のいて行く



「……可愛いなぁ…」



は遠ざかる足音を背に、先程乱太郎が慣れない手付きで一生懸命に向いてくれたリンゴを頬張った



「………甘い」



しょりしょりとリンゴを噛みしめながら幸せな気分に浸る



「…そう言えば……乱太郎くんの顔も赤かったな……」



は最後のリンゴを口にした




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7.負けられん



「もう無理だってば…いい加減諦めてよ」



呆れ顔でそんな言葉を投げかける



「うるせぇ…女にここまでされて黙っておけるかよ」



そんなを睨みつけながら文次郎は苦々しく呟く



「女だからって、甘く見てるからこそ勝てないんじゃないの?」

「………っ」



地面に伏している文次郎を見下ろしながら得意げに微笑む



「これでも私忙しいんだ、君の相手をいつまでもしてられないの」



そう言うとは文次郎に背を向けて歩き出した



「…っくしょぉ……」



文次郎は低く呻くと勢い良く立ち上がり、の背中目掛けて襲い掛かった



「………甘いね」



は文次郎の方を振り返ることもなく呟くと一瞬のうちに姿を消した

文次郎は目標を見失って体勢を崩す



「……っ何処だ!?」



辺りを見回して気配を探るが、それらしき気配は微塵も感じられない



「まだまだ修行が足りないよ。でも…まぁその心意気は良いね、暇があればまた相手してあげる」



の姿は見つけられない

しかし確実にの声が当たりに響く



「くっそぉ……出て来いよ!!」



声のする上の方を向いて喚くが、の声はそんな文次郎を無視して木霊する



「また会う日まで、もっと強くなっててね」



その言葉を最後にの声は途切れた

必至に気配を探った所でどうにもならない



「………馬鹿女…」



潮江文次郎、学園一忍者していると言われている男

、そんな男が毎日修行に明け暮れる理由…



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8.うさぎ



「雅之助さんは兎、好き?」

「…別に好きでも嫌いでもないが…何でじゃ?」



うららかな昼下がり

桑を片手に畑を耕す大木雅之助と、それを見つめる少女が一人

少女の足元には一匹の兎



「この子…預かって欲しいから」



そう言って足元の兎を指差す少女



「それは構わんが…どうしてお前さんが育ててやらない?」



ざくざくと土を掘りながら問う

少女は困ったように笑いながら答える



「私が飼ってあげられたら一番良いんだろうけど…」

「ん?」

「それだと兎が可哀想だから…」

「…どういう意味だ?」



雅之助は動きを止めて少女を見た

少女は相変わらず困った様な笑みを浮かべながら言った



「さぁ、どういう意味でしょうね?」



そう言うと少女の姿は一瞬歪み、次の瞬間消え去った



「…………………夢、……か…」



ゆっくりと布団から這い上がると自分の隣で寝息を立てている兎に目をやる



「…置き去りにしてどうするつもりなんじゃろうな」



今はもう会うことの無いであろう少女が残した一匹の兎



「お前の主人は何処で何をしておるのかのう……」



兎の頭を撫でながら雅之助は呟いた



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9.モノ



春の日差しも麗らかなある日の午後

その事件はそんな中起こりました



「………小平太…」

「………ちゃん……」



七松小平太先輩の部屋の入り口

物凄い形相のさんがその入り口を塞いでいる

小平太先輩は腰を抜かさんばかりに怯えております



「…私のお饅頭……何処にやったのかしら……」



絶対零度の表情

静かに怒り狂う声

そしてさんの片手には空の器が一つ…

七松小平太15歳、絶体絶命の大ピンチです



「えっと…その………あ、あは、、あはははは…」

「…………」



乾いた笑いが空しく響く中さんは俯いていた顔を上げた



「全く…しょうがないなぁ小平太は」



そう言って先程までが嘘の様ににこやかに微笑むさん



「ご、ごめんねー…」



思い切り助かった、と言う表情で安堵のため息を漏らしながら笑う…………

が、しかし



「なんて………笑って許すとでも思ってるのかこの大馬鹿者ーーーー!!!!」

「ごっ、ごめんなさーーーい!!!」



一変して先程の鬼の形相と化すさんの表情

人生そんなに甘くは無いようで…



「私のモノは私のモノ!!何でアンタが食べちゃうのよ!!死ね!っていうか今この場で殺す!!!」



懐から苦無を取り出すと小平太に詰め寄るさん



「だってお腹すいてたんだもーーん!!!」

「だからって人のモノ勝手に食べて良い理由にはならないのよこの泥棒!!!」



小平太先輩は部屋を飛び出し廊下を走る

もちろんそれを追いかけるさん



「今日こそはその意地汚い根性力づくで直してくれるわ!!!」

「遠慮しますーーー!!!」

「逃げんなー!!!」



小平太先輩、「お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ」これでは某ロボット漫画の苛めっ子ですよ?



「違うよ、のモノは私のモノ、私は全部のモノなんだ」



でもお饅頭食べた事実は消えないですけどね



「……だって美味しそうだったから…」

「何ごちゃごちゃ喋ってるのよ馬鹿小平太!!」



………教訓、人のモノに手を出してはいけません



「以上、実況中継は鉢屋三郎でお送りいたしました」

「中継してないで助けてよ!!!」



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10.間に合わない



「だぁーーー!!!遅刻するーーーー!!!」



物凄いスピードで学園へと走るのは

もはや人の出せるスピードなど超えている

途中色々な事があったのだろう、の制服は薄汚れ既にボロボロになっている



「全く…おばあさんとかおじいさんとか妊婦さんとか……何だってこう困ってる人が多いのよ!!」



盛大な独り言を呟きながらは学園へ向けてひた走る



「ーーーーーーーーっと!!」



門の前まで来るとブレーキ音でもしそうなくらい急激に止まる

まだ時間でも無いのに門はその扉を堅く閉ざしていた

は暫く考え込むと門から少し離れた塀の前へ移動する



「…………とりゃぁ!!」



一度大きく深呼吸をすると、はその塀を一気に飛び越えた



「よし!!」



華麗に着地し、また走る

そのまま教室まで突っ切れば何の問題もなかった……が、しかし



さーーん!!!!」

「げっ!!」



後ろからこれまた物凄いスピードで追いかけてくる声には一瞬動きを止めるが

振り向くことも無く更にスピードをあげて走り続けた



「勘弁してよ小松田さん!!私今凄い急いでるのーー!!!!」

「そんな事言ったって、遅刻は遅刻ですからこの遅刻者リストにサインして貰わないとーー!!」

「まだ鐘鳴ってないじゃない!!!」

「でも門は既にしまってました!!」



小松田の言葉には足を止めて振り返り小松田を睨む



「どうしても私の邪魔をするなら力づくで行くわよ」

「こっちだって意地でもサインして貰いますー!」



と小松田は暫くにらみ合っていた



「…………」

「…………」



ふと辺りに鈍い鐘の音が響く



「ああぁぁぁぁぁ!!!!鐘鳴っちゃった!!!」

「これで遅刻決定ですね、はい、サインして下さい」



ヘムヘムの笑い声を背にががっくりと肩を落とすと小松田は対照的ににっこりと笑いながらに遅刻者リストを差し出した



「…………」

さん?」

「……………元……ば…」

「ほぇ?」



は差し出されたリストを受け取ること無くわなわなと震えている



「元はと言えばアンタが追いかけてくるのがいけないんでしょーーー!!!」



小松田をびしっと指差して叫ぶ

の目は涙目だ



「今日で通算19回……20回越えたら推薦で就職出来ないのに……」

さんは遅刻しすぎですねぇ」

「小松田さんに言われたくない!!このボケボケ事務員め!!!」

「なっ、そんな事言っても僕だってちゃんと頑張ってますよー」

「知らないよそんなん!!あぁーもう……これで就職出来なかったら小松田さんのせいだからね!」

「そんな言いがかり…」



休み明けの朝の風景は大体こんな感じ

今日と同じ光景がこれまでにも18回程繰り返されてきた



「大体時間でもないのに門閉めるのがいけないのよ…」

「でも早めに閉めないと間に合わないし…」

「そんなんだからマニュアル小僧って呼ばれるのよ!」

「そ、そんな事言われても〜」



途方の無いような喧嘩を続けていると、がまたも小松田を指差し命令した



「小松田さん!!私が就職出来なかったら小松田さんの所に嫁入りするわよ!!」

「ほぇ!?」

「それが嫌だったら今度からはしっかり門を開けとくことね!!」



勝ち誇ったような笑みを浮かべるに対し、小松田は暫く言葉の意味を反芻していた



「わかりました!!」



突然小松田が声を上げる



「そう、わかってくれたのね、それなら話しは」

「今度はもっと早めに門閉めますね!!」

「早いわ〜〜〜って……………はぁ!?」

「そうすればさん僕のお嫁さんになるんですよね?」

「……え?アンタ何言って……」

「よーし、それじゃぁ今度はもう少し早起きするぞ〜」



唖然とするにくるりと背を向けると、そう言い残して小松田は去っていった



「……………………………嘘ぉ…」



その場に残されたは自分の軽薄な物言いをちょっぴり反省するのであった



「……まぁいっか」