1.始まり



「ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!!!」



そう叫んで深々と頭を下げる少女



「いや、何も其処まで必死にならなくても…」



そう声を掛けるが少女には届いていないらしい



「あの、本当に申し訳御座いません!!私…ちゃんと前を見ていなくて…」



びしょびしょに濡れてしまった着物が肌に張り付いて気持ち悪いので早々に立ち去りたい

しかし目の前で涙目になりながら謝る少女を放ってもおけない



「あの、兎に角泣き止んでください…別に私は平気ですから…」



そう言って少女の頭に手を乗せる



「………っ」



びくりと少女が一瞬体を強張らせる

暫く時が止まったように思えたが、ふと少女が自分を見上げた



「あの……」



嗚呼

こんなにも自分が単純な生き物だとは知らなんだ

自分を見上げる名も知らぬ少女を、とても愛しいと思ってしまった

恋の始まりなんて意外とこんなモンなのだろう




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2.夜明け



「……………」



思わぬ時間に目が覚めてしまった

空の明るさから言うとまだ4時前後だろうか



「……眠くない、なぁ…」



一人そう呟くと廊下へ出る

ひんやりとした朝の空気が何とも気持ち良い



「…………ん?」



中庭の方までやってくると人の気配がした

そっと近付き目をやれば…



「何してるんですか?」



6年生の食満先輩だった



「何してるって…見りゃわかるだろ」



先輩は上半身には何も身につけず、一人黙々と腕立て伏せをしている



「腕立て伏せ、ですねぇ」

「わかってるなら聞くな」



それからそれ以上の会話は無かった

先輩はただひたすら腕立て伏せをしている



「………朝、早いんですね」

「……お前こそ随分と早起きだな」

「何だか目が覚めてしまったので…」

「…そうか」



ふと先輩が動きを止めて立ち上がった



「先輩は毎日ですか?」

「…まぁな」

「………流石ですね」



先輩は汗を拭きながら私をちらりと見ると、すぐに視線を東へと向けた



「……見てろ」

「……え?」



先輩が指差す方向へ目を向ける



「……………」

「……………」



暫くそのままの状態が続いた

先輩の指差す方向には何もありはしない



「…………ぁ…」



一瞬目の前が眩んだ

すぐさま瞬きをして前を見る



「………綺麗…」



ゆっくり

ゆっくりと太陽が昇る



「早起きは三文の得って言うだろ?」



先輩が私に笑いかける



「はい…今日は凄く良い日になりそうです」



これからは…毎日早起きしてみても良いかもしれない

もちろん

朝日が見たいだけじゃなくて…




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3.大丈夫か?



、大丈……」

「平気!!」



伊作が大丈夫?と言いかけた言葉を遮り、差し出した手すら突っぱねては歩き続ける



「でも……」

「平気だってば、これくらい何て事ないよ」



半ば意地になっているのだろう

伊作は諦めたようにため息を一つつくと、行き場を無くした手を下ろしの背中に続いた



「……全く頑固なんだから…」



小さな背中を見つめてそう呟く



「うるさいな…伊作には迷惑掛けたくないんだから仕方ないでしょ」



そう怒ったように呟く



「……別に迷惑なんかじゃないんだけど、ね」



そんな一生懸命な姿が愛しくて愛しくて

思わず後ろからそっと抱き締めた



「重い…」

「ちょっと疲れちゃったから休みたいんだけどなぁ」



意地になって休もうとしないにそう言って見る



「……伊作がそう言うなら…仕方無い」



そう言うとは近くの岩にすとんと腰を下ろした



「申し訳ないね、よりも貧弱で」



そう言って意地悪く笑って見せる伊作



「…………」



はそんな伊作を軽く睨みつけるとそっぽを向いた



「伊作のそう言う所嫌い」



そう拗ねたように言う



「じゃぁ他の所は?」

「………伊作って意外と性格悪いね」

「そうかな?」



そう言いながらの足をひょいと持ち上げる



「何すん…………っ痛!!」

「ホラ、無理するから…」



長時間歩き続けて悲鳴を上げているの足



「迷惑よりも心配掛けられる方が困るんだけどね」



苦笑しながら水に浸した布をあてがう



「………ごめん」

「悪いと思うなら、少しくらい弱い所も見せてくれると嬉しいんだけど」



顔を上げてにこりと微笑む

は顔を赤くして俯いた




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4.それだけは勘弁してください



「あの…山田先生……」

「おぉか、何か用か?」



学園の実習で町へ出る事へなった

付き添いは忍術学園教師の山田伝蔵



「確かに私はくの一ですし、町に出るには自然な格好の方が適切かと思います」

「そうだな、忍者が街中をうろつく訳にはいかないからな」

「ですが…その……先生まで女装をする必要はありませんから…」



は額に汗を浮かべながら伝蔵の姿を見る



「何を言う。一人で行動させるのは危険だ、しかしだからと言って私がそのまま付き添っては怪しまれる。

となれば…、こうする他に手は無いだろう」



伝蔵はそう言うとあっと言う間に山田伝子へと変わった



「…むしろその方が怪しまれる気がするのですが……」

「そんな事ないわよん、さぁ行きましょ」



口調も仕草もガラリと変えた伝蔵…否、伝子は上機嫌での先を歩き出した



「……山田先生…普通にしてれば格好良いのに…」

「あら嫌だ、伝子って呼んで頂戴な、全くもう」



はくねくねと動く山田伝子の後姿を見つめながら深いため息を付いた



「これで町を歩かなきゃいけないのか…」



先を思うと胃が痛い

土井先生の苦労を垣間見た14の春……




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5.366



「今日で366……」



放課後

人気の無い図書室で先輩がぽつりと呟いた



「何の数字ですか?それ」



俺は何の事かわからずに聞き返す



「きり丸くんと出逢ってから、もう1年が過ぎたんだよ」



先輩は読んでいた本から目を逸らし俺を見た



「今日で366日目なんだ……、月日が過ぎるのは早いね、あっと言う間だ」

「あぁ、もうそんなに立つんですか…」

「うん…きり丸くんは2年生になるんだねぇ」

「そうですね」



先輩の声のト−ンが一つ下がる



「私は…今年で卒業だ……」

先輩……」

「きり丸くんとは出逢ったばかりなのに…もう、すぐにお別れなんだね……」



そう寂しそうに呟く先輩に俺はどんな言葉を掛けたら良いのかわからなかった



「卒業しても…またここに来て下さいね、俺ずっと待ってますから」



先輩は暫く俺を見ていたけど、次の瞬間柔らかく笑った



「ありがと」

「………」



先輩はそう言って笑うだけだった