『朝が来ればいつも貴女に 咲かせてた恋の華 想いは届くと信じてた いつも、いつの日にか』





「…もう……朝、か…」



ある日の早朝

いつもより少し早く目を覚ました

ぼんやりとベッドの中から外を見ながら少し伸びをする

ゆっくりと深呼吸すると吐く息が白い

季節はもう冬だ



「さて、と」



楊ゼンは一息付くと素早くベッドから降り着替え始めた

ふと耳をすますと大きな足音が楊ゼンの部屋に近付いて来るのが解る

そして暫くするとききーっ、とブレーキの掛かるような音がした



「楊ゼンさーん、起きてますかぁー?」



そして聞こえてきたのは武吉の声

最もあんなに豪快に走れるのは武吉位の物だが

朝から元気一杯の武吉の声に、楊ゼンは苦笑しながら答えた



「えぇ、今起きましたよ」

「お師匠様が着替えたら来てくれって言ってますー」

「わかりました、すぐに行くと師叔に伝えて下さい」

「はーい!!」



楊ゼンの言葉に扉の向こうで元気良く返事をし、武吉は太公望の元へ戻って行った

楊ゼンは突然の太公望の呼び出しに首を捻りながら、窓辺に歩み寄る



「師叔…こんな早くに何の用だろう……」



そんな事を呟きながら換気の為に窓を空けると、ひんやりとした風が頬に当たった



「…こんな日だったかな……」



冬も間近な風を体に感じながら、楊ゼンは身支度を整え部屋を出た



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『懐かしい風が吹いていた 揺れ動く恋の華 旅立つ様に散り行くまま そして、いつの日にか』





「お呼びですか師叔」

「おぉ楊ゼン、待っておったぞ」



楊ゼンはすっかり身支度を終え、太公望の仕事場へ行く

太公望は机に座り桃を食べながら楊ゼンを待っていたらしい

太公望の右隣には周公担がいつも通りの表情で佇んでいる



「こんな時間から起きているなんて珍しいですね」

「そんな事は無い、わしはいつでも早寝早起きしとるよ」



楊ゼンが笑いながら悪戯に話しかけると、太公望も冗談っぽく言い返す



「さて、お主を呼んだのにはちと訳があってのう」



太公望はそう言ってから周公担をチラリと見る

周公担は太公望の視線を受けると、その意味を察して一礼をした後部屋を出て行った

二人きりになった所で楊ゼンは太公望に尋ねる



「…人に聞かれてはまずい話なのですか?」

「いや…、まぁわしは構わんのだがのう……」

「どういう事です?」



太公望の言葉に楊ゼンは思わず首を傾げる



「そう焦るでない、お主にも心の準備が必要だろう」

「そんな事言われても何に対して準備したら良いのか解らなければ仕方ありませんよ」



楊ゼンは最もな意見を述べると一歩太公望へ近付いた



「さぁ、いい加減用件を教えて下さい」

「……実はのう…、がコッチに降りて来ているらしいのだ」



観念した様に口にした太公望の言葉に、楊ゼンの体がピクリと動く



「…が……ですか…?」





楊ゼンとは幼少の頃玉鼎真人の元で一緒に修行した仲である

しかし今回の封神計画には太公望や楊ゼンと一緒に行動はせず、仙人界に残っている筈だった



「…彼女は今回仙人界でやる事があると言ってましたが?」



楊ゼンは逸る気持ちをどうにか落ち着け勤めて冷静に尋ねる



「お主は本当に格好付けよのう」



しかし太公望はそんな気持ちはお見通しとでも言う様に笑いながら言う



「茶化さないで下さいよ…」

「いやいやすまん、お主を動揺させられるのは位のもんだからの」



太公望はそう言ってひとしきり笑った後、一つ咳払いをして楊ゼンを見た



「どうやらその任務も終えた様での、の強い希望でこっちで手伝いをする事になったのだ」

「はぁ…」



今一話が繋がらない楊ゼンは太公望に問い掛ける



が降りて来るのは解りましたが…、それと僕に何の関係があるんです?」



楊ゼンの問いに太公望は腕組みをして困った様に告げた



「それがのう、が迎えを寄越せと言って来たのだよ」

「迎え…ですか」

「うむ、別にそれは構わんのだがな、居場所を教えてくれぬのだ」

「居場所を?」



困り顔の太公望の言葉に楊ゼンを首を傾げる



「届いた手紙にはたった一言"再び逢う場所で待つ"とだけ書かれておった」

「再び逢う場所……」

は昔から不思議な奴だったが…こうなるともうわしには訳が解らんよ」



太公望の言葉に楊ゼンは苦笑する



「そうですね、あの人はいつだってこうだ…」



そして太公望に背を向けると扉へ向かい歩き出した



「何処へ行く?」

を迎えに」

「お主の居場所が解るのか?」

「えぇ、もちろんです」



楊ゼンは太公望の問いを背に受けながら一言答えると部屋を後にした



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『淡い記憶の中 粉雪が舞う 木枯らしに抱かれた 貴女の長い髪

夢から目覚めるたび 切ない気持ちになる そんな事を繰り返す 少年の日を想う』





楊ゼンとが初めて出会ったのは数百年前にさかのぼる

楊ゼンが玉鼎真人の元に弟子入りした時、は既に玉鼎の弟子として修行していた

初めてと出会った日、これは楊ゼンにとって大きく人生を変える物だった



「ししょう、この子だぁれ?」



それはある日の仙人界での出来事

仙人界では珍しく気象が荒れ、吹雪となった日だった

は玉鼎の後ろに隠れている楊ゼンを指差し尋ねる



、今日からお前の弟弟子になる楊ゼンだ、面倒を見てやってくれ」



玉鼎はそう言うと自分から離れようとしない楊ゼンを半ば無理矢理の前に連れ出した

は玉鼎の後ろに隠れる楊ゼンを覗き込みながら首を傾げる

玉鼎とお揃いの漆黒色の長い髪がサラサラと揺れている



「私よろしくね」



そしてにっこりと笑って手を差し出した

しかし楊ゼンはじっとを見つめたまま動かない

暫くを見ていたが、の手を取る事はなく、やがて視線を横に逸らした



「…ししょう、この子愛想悪いよ!!」



は頬を膨らませて玉鼎の袖の裾を引っ張る

楊ゼンはそんなの様子を無視し、何故か赤く染まる自分の頬に手をやった

玉鼎はそんな全く対照的な二人を交互に見て、先が思いやられるとため息をついたのだった



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『朝が来ればいつも貴女に 咲かせてた恋の華 想いは届くと信じてた いつの、いつの日にか』





「楊ゼン、おはよう!!」

「……おはよう…」



朝から元気良く楊ゼンに挨拶する

しかし楊ゼンはを顔をちらりと見るとすぐに視線を逸らし小さく返事をするだけ



「もう、楊ゼンは何でそんなに暗いのかなぁ」

「…………」

「そんなんじゃ玉鼎師匠みたいに立派な仙人様になれないよ?」

「…ほっといてよ……」



一見心を開かない楊ゼンにが手を焼いている様にしか見えない

しかし楊ゼンの頬が赤く染まっている所を見るとどうやら楊ゼンは単に照れているだけのようだ



「またそういう事言う〜、私の方がお姉さんなんだからほっとける訳ないでしょ?」



は胸を張ってそう言うと楊ゼンの手を取った



「さ、今日は師匠がお留守だし二人で修行しよ!!」

「…………」



楊ゼン恥ずかしそうに俯いたまま小さく首を縦に振る

はそれを見て安心した様に笑うとまだ幼い楊ゼンを連れて修行へと向かう

毎日がそんな事の繰り返しだった

は姉弟子と言う立場が嬉しくて一生懸命楊ゼンの世話に務め

楊ゼンはそんなに淡い想いを抱きながらも打ち明けられないまま…



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『掌に消え行く 粉雪の様に 微笑みを残して 記憶は永久になる』





「私、楊ゼンとは一緒に行けないわ」

「え?」



それは封神計画の遂行が決定された次の日

突然に呼び出された楊ゼンが耳にしたのは思いがけない言葉



「楊ゼンは太公望さん達と一緒に行くんでしょう?」

「あぁ…、元始天尊様にそう命令されたからね」

「そうよね、でも私はそんな命は受けなかった」



は風に揺られる髪の毛を片手でかき上げると、楊ゼンを見据えて告げた



「だから私は仙人界に残らなきゃいけないの、私にはここでやるべき事がある様だからね」

「………」

「そんな顔しないの、それとも仙人界きっての天才もお姉さんがいないのは辛い?」



は悪戯っぽく笑いながら楊ゼンの頬を撫でる

楊ゼンは自分の頬に触れるの手をそっと掴んだ



「貴女はずるい…」

「……何が?」

「…そうやっていつまでも僕を弟扱いする…、」



楊ゼンがそう呟くと、はふわりと微笑んだ



「もう行きなさい、貴方は太公望さんの所で広い世界を見る必要があるわ」



そう言って楊ゼンの手を優しく振り払う



…」

「大丈夫、時が来れば私はまた貴方の前に現れるから」



そう言うとは楊ゼンに背を向け、その場から姿を消した



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『今この胸に宿る』





「全く…貴女は本当にずるい人だ……」



楊ゼンは一人歩きながら呟く





『温もりを感じてる』





「いつだって僕は振り回されて…」



楊ゼンが向かうのはある小高い丘の頂上





『戸惑いの涙を抜け』





「でも…今は違う」



そこはが楊ゼンを送り出した場所





『僕は大人になった』





「…………」



丘を登りきった楊ゼンは一本の桜の木の下に立つ



「冬に咲く桜は人間界では珍しい…、貴女もそう思うでしょう?…



そっと幹に触れながらそう呟き桜の木を見上げると、が少し驚いた顔で楊ゼンを見下ろしている

楊ゼンがそんなに微笑みかけるとも同じ様に微笑み返しながら言った



「遅いよ」

「歩いて来たからね」



楊ゼンの言葉を聞いては桜から飛び降りる



「哮天犬で来れば良かったのに」

「それじゃぁ…意味が無いんだ」



の体についている花弁を掃いながら、楊ゼンは優しく告げる



「自分の足でに会いに来たかった」

「あら…貴方も大人になったのね」

「何時までも子供じゃいられないさ」



数年前と何ら変わらない悪戯な笑みを浮かべる



「初めて会った時なんて私の事無視した癖に」

「それは誤解だって言ってるのに…」

「解ってるわよ」



はそう言うと楊ゼンに背を向け、丘からの景色を眺めた



「やっぱり私が傍に居なくて正解だったわね」

「え?」

「だって楊ゼン、私が一緒に居たら絶対人見知りするでしょ?」

「そんな事…」

「無いって言い切れる?」

「…それは……」



の言葉に言い返せない楊ゼン

それは昔から変わらない光景





『懐かしい風が吹いていた 揺れ動く恋の華 旅立つように散り行くまま そして、いつの日にか』





「まさか…、僕の為にわざと離れる道を……?」



楊ゼンはに問い掛ける

雪でも降り出しそうな冷たい風が二人の間を通って行った

は楊ゼンの問いには答えず、風と共に散って行く花弁を見つめながら呟く



「楊ゼンは変わったね、背も伸びて格好良くなって、大分愛想も良くなって…」



そして花弁から楊ゼンへと視線を移す



「流石は私の弟弟子ね」

「…っ」



がそう言って微笑んだ途端、楊ゼンはを体を強引に自分の腕に引き寄せた



「ちょっ、楊ゼン!?」

「貴女はずるい!!」

「何が…」

「そうやっていつだって僕を弟としてしか見ようとしない…、僕の…僕の気持ちなんかとっくに見抜いている癖に…!!」



楊ゼンはを抱き締めたまま数年間の想いを吐き出す



「初めて会ったあの日から…、何度も何度もこの想いを伝えようとしたのに…貴女はいつもはぐらかして…」

「…………」

「そして結局僕の想いは伝わらないまま貴女は僕の前から去って行った…」



楊ゼンはそう言うと腕の力を弱める

は肩に力なく両腕を回したままの楊ゼンを見上げ、楊ゼンの頬に触れた



「ごめんね楊ゼン……」

「…………」

「逃げてた訳じゃないの…、ただ…、ただどうしたら良いのか解らなくて…」



は消え入りそうになる声でそう呟く

楊ゼンはが自分の前から立ち去った日と同じ光景に思わず首を振る



、謝る位なら今度はちゃんと僕の言葉を聞いて欲しい」



そう言い自分の頬に触れているの手を取り、楊ゼンはを見据えた



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『朝が来ればいつも貴女に 咲かせてた恋の華』





「一目見たあの日から…、僕は貴女を愛しています……」





『想いは届くと信じてた いつの、いつの日にか』





「今日からは弟弟子としてではなく…、一人の男として僕を見て欲しい」





『いつの、いつの日にか―…』



-END-



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島谷ひとみの「いつの日にか…」で、楊ゼンDreamでした!!

歌詞Dream第一弾として仕上がったのがこのDreamでした。

楊ゼンさんには年上の彼女がぴったりだなぁなんて思いながら書きましたが…

なかなか難しいですね。

楊ゼンさんの口調が何だか良く解ってないので偽者っぽくないか心配です(笑



'05/11/13