「ねぇ、申公豹」

「なんですか?黒点虎」



フワフワと禁城の上を漂いながら、黒点虎は申公豹に話しかける



ちゃん、あの日以来ちっとも来ないね」

「そうですねぇ」

「"また殺しに来る"なんて言ってたのに、諦めちゃったのかな」

「どうでしょうね、諦めたとは考え難いですが…」



黒点虎の問いに申公豹は腕組みをしながら首を捻る



「そう言えばさ、ちゃんの事、妲己ちゃんに聞いてないね」



黒点虎がそう言うと、申公豹は思い出した様に手をポンと叩いた



「あぁ、すっかり忘れていましたね」

「今なら妲己ちゃん禁城にいるみたいだよ」

「そうですか、では暇潰しに聞いてみるとしましょうか」



申公豹の言葉を合図に、黒点虎は真っ直ぐ禁城に向けてスピードを上げた



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「あらん、申公豹に黒点虎ちゃんじゃない」



妲己の部屋を窓から覗くと、椅子に座っていた妲己がくるりと振り返った



「御機嫌よう、妲己」

「妲己ちゃんおはよー」

「おはよう、わらわに何か用かしらん?」



二人に挨拶をすると、妲己は身をくねらせながら尋ねる

申公豹はそんな妲己の様子を見て小さく笑うと黒点虎から降りて答えた



「聞きたい事は解っているのでしょう?」

「うふん、ちゃんの正体についてならわらわも詳しくは知らないわよん」

「正体…?」

「いや〜ん、わらわったら余計な事言っちゃったかしらん」



妲己のあまりにもわざとらしい言葉に申公豹は一寸眉をしかめるがすぐに表情を戻して妲己に尋ねる



は仙人とも妖怪とも違うと…、私はそう感じているのですがどうでしょう?」

「さっすが申公豹ねん、その通りよん」

「そうですか…」

「うふ、ちゃんの正体…、知りたい?」



申公豹の問いに答えた妲己は、小首を傾げながら申公豹に問いを返した



「そうですね、知りたくないと言えば嘘になります」

「申公豹ったら正直者ねん」

「えぇ、嘘を付く意味もないですし」

「そうねん、まぁわらわも黙ってるメリットは何もないし…、話してあげるわん」



妲己はそう言うと椅子から立ち上がり何処から出したのか解らないリモコンのスイッチを押した



「うわっ、何これ!?」



妲己がスイッチを押すと部屋の装飾から形まで全てが変形して行く

思わず叫んだ黒点虎の横で申公豹は変わらずその変化を見続けている



「どう?昨日わらわが作った特別シアターよん」



それまで二人と一匹が居た空間はもはや別世界になってしまった

真っ暗な部屋の中にある大きなスクリーンの前に立ちはだかった妲己は上機嫌で喋る



「さぁさぁ、そこに座ってん」



妲己が言いながらリモコンの別のスイッチを押すと申公豹と黒点虎の前に椅子が現れた



「妲己…、貴女って人は本当に暇なんですね」

「あらん、わらわの趣味は工作なのよんv」



妲己は半ば呆れ顔で呟きつつ椅子に座る申公豹の隣に自分も座ると、更にスイッチを押した

すると証明が落ち辺りは真っ暗になる



「それではちゃんの昔話の始まり始まりぃ〜★」



妲己の掛け声と共にスクリーンが白く光り出し、やがて数百年前の金鰲島の様子が映し出された



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ちゃんのパパは金鰲島でも随一の力持ち、一度暴れだすと誰も手が付けられなくて皆困っていたのん」



妲己はスクリーンに映る怪物を指差しながらマイクを片手に説明を始める



「そんな彼の暴れっぷりに参った通天教主はある日ちゃんのパパを金鰲島から追放して人間界に追いやったのん、
もちろんそのままだと地上を破壊し尽すだろうから、全くの無力な人間の姿に変えてからよん」



スクリーンには人型に変えられたの父が映し出されている



「いきなり人型にされて人間界に放り込まれてちゃんのパパは途方に暮れていたわん…
でもそこに一人の人間の女が現れた…、それがちゃんのママよん」

「と言う事はは妖怪と人間のハーフなんですね」

「そうよん、でもただのハーフとはちょっと違うのん」

「どういう事です?」

「それはねん…」



妲己は口の端でニヤリと笑うとスクリーンを指差した



「これは…」



そこに映し出されたのはの母親の姿だが、人間であるハズなのに随分と大きな岩の塊を軽々と持ち上げている



ちゃんのママはね、天然道士なのよん、崑崙山も金鰲島もうっかりスカウトしそびれちゃったのねん」

「なるほど、天然道士と金鰲島の妖怪の子供ですか…」

「そうよん、そんな前例の無い二人の愛の結晶であるちゃん…、最初は極普通の人の形だったわん
でもちゃんが育って行くにつれて妖怪である頭角を現し始めたのん」



妲己は再度スクリーンに映し出されたを見ながら、妖しく微笑んだ



ちゃんの体は妖怪としての戦う本能だけが異常に発達してたのねん、そしてついに…」

「ついに、何です?」

「うふふ…、ねぇ黒点虎ちゃん」

「何?」



言葉の続きを待つ申公豹を余所に、妲己は黒点虎に話しかける



「貴方の千里眼でちゃんのパパとママ、見えるかしらん?」

「え?えーと…」



妲己の質問に答えようと黒点虎はの両親を千里眼で探したが、二人は何処にも存在しない



「いないよ、少なくとも人間界にはいない」

「そうでしょうね、二人とも数年前に亡くなってるからん」

「亡くなった…?」



申公豹が言葉を怪訝そうに反芻すると、妲己はスクリーンを切り替えた



「殺されちゃったのよん、ちゃんに」



一瞬真っ暗になり、スクリーンに映し出されたのは両親の亡骸の前に立ち尽くしているの姿



「………」

ちゃんのパパは元々とっても暴れん坊の妖怪だけど、その時はただの人間だったしちゃんを抑えられなかったのねん」

「なるほど、それで結局両親を殺めた事で金鰲島に保護されたんですか」

「保護、と言うか捕獲かしらん、一応金鰲島で妖怪仙人になるよう教育はしたらしいんだけど無駄だったのよん」

「まぁあの感じだと大人しく教育はされないでしょうねぇ」



申公豹はの姿を思い出して薄く笑った



「もちろんよん、しかもちゃんのパパだけでも手こずっていたのにちゃんは天然道士のママとのハーフ…、
教育係はもちろんかなりの妖怪仙人がちゃんに殺されちゃったわん」

「豪快ですね」

「そして、そんなちゃんに頭を抱えた通天教主はのちゃんの体に翼を科して金鰲島の被害を防いだのん」

「そうでしたか…、中々に面白い生い立ちだったのですね」



申公豹は満足そうに頷くと席を立つ



「あらん、もう帰っちゃうのん?」

「えぇ、野暮用が出来ましたので」

「野暮用だなんて、申公豹ちゃんも隅に置けないわねん」



妲己の楽しそうな声を背に申公豹は黒点虎に跨ると入ってきた窓から外へ出た



「またねん、申公豹、しっかり調教出来たらわらわにも会わせて頂戴★」

「そうですね、機会があればぜひ…、ではお邪魔しました」



こうして申公豹は妲己の部屋を後にした



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「ねぇ申公豹、さっきの妲己ちゃんの話なんだけど…」

「なんです?」



黒点虎は空を漂いながら申公豹に尋ねる



ちゃんって結局何なの?」

「何、ですか、そうですねぇ…」



申公豹は腕組みをしながら首を傾げると、ぽつりと呟くように黒点虎に言った



「平たく言ってしまえば化け物、ですかね」



申公豹にしては随分身も蓋も無い言い草だったが、黒点虎は背後に迫る気配を感じ、納得した



「悪かったな化け物で」



黒点虎は突如背後に現れたから離れて向き合う

申公豹はの思い通りの反応に口の端を上げて笑う



「今日こそは貴様の息の根を止めてやる!!」

「ふふ、久々に姿を現したかと思えば、相も変わらず単純ですね」

「人を化け物呼ばわりした次には単純扱いとはふざけてるな」



何処か嬉しそうな申公豹には言うが早いか申公豹に襲い掛かる

しかしの攻撃を何事も無かったかのようにかわすと申公豹は雷公鞭を片手にに話し掛けた



「貴女のお話、妲己からじっくり聞かせて頂きましたよ」

「…なるほど、それで人を化け物扱いか」



は自嘲気味に笑って呟くと申公豹に背を向けた

先程の殺気は何処へやら

今では何の気配も出さずはその場に浮かんでいる

申公豹はそんなの背に言葉を投げ掛ける



「両親を殺めてしまった事、後悔しているのですか?」

「後悔?そんなもの無い、私は何も覚えてないんだからな」

「おやおや…、何も覚えてないとはまた他人事ですねぇ」

「仕方ないだろ、本当に記憶が無いんだし」

「記憶が無い?どういう事です?」



意外なの言葉に申公豹は首を傾げた

は暫く申公豹を睨み付けていたが、申公豹に背を向けるとやがて口を開いた



「本当に何も覚えて無いんだ、いつも通り外に出掛けて、急に頭が痛くなって意識が遠のいて、気付いたら金鰲島の檻の中だった」

「………」

「私はその檻の中で自分に何が起きて、そして自分が何を起こしたのかを知らされた」



そこまで話すと、の声のトーンが一段下がった



「自分の手で両親を殺した記憶なんか無い、でもそれが事実なのは自分の変わり果てた姿をて理解した」

「………」

「両親を手に掛けた事実が悲しくて悔しくて腹立たしくて、
もう誰も傷付けたくないって思ったのに…身体が勝手に破壊へ向かうんだよ」

…」

「何故か解らないけど目の前の全ての者が敵に見えて、近付く者の全てを殺したくて…、
通天教主に付けられた羽のお陰でやっとそれは止まったんだ」

「では…、何故未だに勝負を挑むのです?」



申公豹の質問に、は一瞬黙り込むと小さな声で呟いた



「この羽は自らの手で命を絶つ事すら許してくれない」

「自殺したいけど出来ないと…、そういう事ですか?」

「…………」



は微かに首を縦に振る



「羽のお陰で他人を憎む心は無くなった、でも今度は自分が憎くて憎くて堪らない、殺したくて殺したくて仕方無い」

「………」

「でも妖怪は私に手が出せない、仙人はそもそも私に近寄らない…
でもお前なら…!!申公豹なら、私を…殺せるんじゃないか、って……」



そう呟くの表情は悲しそうに歪んで今にも泣き出しそうになっている

申公豹はそんな普段からは予想も付かない程弱々しいをじっと見つめていた



「…何故……」

「…?」

「何故私に素直に"殺してくれ"と頼みに来なかったんですか?」

「…素直に殺してくれなんて言った所でお前はきっと受け入れてくれないと思ったから……」



の言葉を聞いて申公豹は大きく頷く



「えぇ、そうですね」

「だろ?だったら殺す気で襲い掛かればそっちも殺す気で向かって来て、殺してくれるかなって…」

「なるほどねぇ…」



申公豹は はぁ と大げさにため息を付くと黒点虎に跨ったままに近寄った



「な、何だよ」

「罰ゲームですよ」

「ぇ?」

「私は前回貴女に勝ちましたからね」

「そ、それが何……」



どんどんと距離を詰めて来る申公豹にはうろたえながらも後ずさる

しかし申公豹は逃げようとするの腕を掴むと、やや強引に引き寄せて自分の隣に座らせ抱き締めた



「ひっ!?」

「ひって貴女…、もうちょっと色っぽい声出せないんですか?」

「ぅう煩い!!何のつもりだ!?」



あまりの展開に混乱しているのか、は申公豹の体を押し返しながら涙目で睨み付ける

申公豹はそんなを見て珍しく優しげに微笑むと、の背中に手を回し羽に触れた

はその手つきにびくりと体を強張らせたが、何とか一瞬の隙をついて申公豹の腕から抜け出し距離を置く

警戒心を向き出したまま自分を睨み付けるに、申公豹はぽつりと呟くように離し掛ける



「殺してあげますよ」

「ぇ…?」

「今は仙界大戦前なので面倒事はごめんですけど、その内気が向いたらちゃんと終わらせてあげます」

「………」

「だから私がその気になるまで…、暫く私の傍に居てはどうです?」



はそんな申公豹の提案を聞き、少しの間動きを止めるとやがてゆっくりと問い掛けた



「その話…絶対だな……?」

「えぇ、もちろんです」



申公豹はしっかりとの目を見て言い放つ



「まぁ…」



しかしすぐに意地悪な口調で口の端をにやりと歪めた



「仙界大戦が終わっても、未だ貴女が死にたいと願うのであれば…ですけどね」

「…どういう意味だそれは」

「さて、どういう意味でしょう…」



訝しげに申公豹を睨み付けるを余所に不適な笑みを浮かべたまま、申公豹はに背を向けた



「さて、晴れても私の物になった訳ですしそろそろ戻りましょうかね」

「はーい」

「はぁ!?」



のんびりとした口調で飄々と黒点虎に告げる申公豹と、それに従う黒点虎

そんな一人と一匹に異議を申し立てるようには叫んだ



「おい待て!!いつ私がお前の物になった!?!?」



の叫び声に申公豹と黒点虎はくるりと振り返り互いに顔を見合わせてから再度の顔を見る



「今更何を言っているんですか貴女は」

「さっき申公豹と約束したじゃんねぇ」

「や、約束…?」

「そーだよ、申公豹がちゃんの事殺すまでは申公豹の傍に居るって言ったでしょ」

「私の傍に居る限り貴女は私の管轄下に置かれる…、つまり私の物でしょう?」

「おかしいだろその理屈!!」



さも当たり前の様な口振りで説明してみせる申公豹と黒点虎だが、は納得行かないと首を振っている



「何言ってるのさ、申公豹とハグまでしといて」

「なっ!?」

「そうですよ、しっかりと抱き合った中じゃないですか」

「変な言い回しをするな!!!!」



じたばたと空中で暴れながら抗議すると、その様子を楽しそうにからかう黒点虎と申公豹



「あは、照れてる照れてる」

「違う!!」

「貴女って人は本当に面白い人ですねぇ」

「黙れ!!二人揃って馬鹿にするつもりか!?」

「「………」」



の言葉に先程同様顔を見合わせる黒点虎と申公豹

そして改めてに向かって笑顔で答えた



「えぇ」

「うん」

「……お前等…………」



は二人の笑顔の前でワナワナと震えていたが、その言葉を皮切りに本格的に暴れ始めた



「殺す!!絶対に殺す!!今すぐ殺す!!!!」

「も〜、短気なんだからぁ」

「仕方ないですよ黒点虎、この人に品位を求めるだけ無駄と言う物です」

「それもそっか」

「っだー!!もう絶っ対に殺してやる!!」



の怒号が飛び交う中

申公豹は新しい玩具を手に入れた子供の様に楽しそうに微笑んでいた



「もう死にたいなんて思わなくなる位苛めてあげましょうかね…」

「ん?申公豹何か言った?」

「いえ何も…、とりあえずそこのお馬鹿さんを止めましょうか」

「はーい」



こうして、一人の暴君堕天使は悪魔よりも性質の悪い仙人に捉まり

毎日暴れたくなる程腹を立てながらもそれなりに楽しい日々を過ごす事になったのでした



「めでたしめでたし、だね」

「そうですね」

「何がめでたいんだか知らんが逃げるな!!今日こそ息の根止めてやる!!!!」





−END−





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やっと完結しました暴君堕天使。

最初は本当に殺して貰って終わりにしようと思ってたんですが急遽変更し生存エンドへ。

死ネタって後味悪いですもんね…。

って言うかブランク空きすぎて最初どういう終わりにしたかったのかサッパリ忘れてしまったのが痛い_| ̄|○

まとまりも悪いし不満点多いですがいずれ書き直す事を視野に入れて一応UPしちゃいます(´゚ω゚)



'10/3/13