「は?コルセイトに置いてきた彼女の誕生日に何をあげたら良いのか解らない?」
「はい」
とある日
深刻そうな表情のソールに持ち掛けられた相談に、ラウルは困惑した表情を浮かべる
「いや、つーかお前、彼女なんて居たのか…」
「えぇ。言ってませんでしたか?」
「聞いてねぇよ!!」
ソールがステラードにやって来て2年目にして知った新事実に、ラウルは喰い気味に吠えてがくりと項垂れる
「お前に負けてたのかと思うと微妙な気分だ…」
「恋人の有無を勝ち負けで捉えている内はリンカさんとの進展は望めないのでは?」
「ぐっ…」
ラウルはソールの的確かつ辛辣な意見に怯みながらも気を取り直して尋ねる
「でもお前その口振りだとコルセイトに居た頃からの仲なんだろ?」
「そうですね。私がこちらに来て2年経ちますから…、大体5年位ですか」
「それで今更プレゼントで悩むか?今まではどうしてたんだよ?去年とか」
「今までですか…。1年目は手作りのお菓子と花束、2年目は手作りのお菓子とネックレス、
3年目は手作りのお菓子と服、去年は日持ちするタイプの手作りのお菓子とイヤリングを贈りました」
「菓子は必須なのか…」
「彼女の希望なので」
「そーかい。まぁ色々手を変え品を変えしたところで5年目ともなればネタも尽きるって訳だな」
納得した様にラウルが頷くと、ソールはいえ、と静かに首を振る
「贈る品自体は既に考えていたものがあるんです」
「ん?じゃぁ何を悩んでるんだ?」
「元々、私がステラードに赴任する際は任期が1年の予定だったじゃないですか」
「あぁ、そう言えばそうだな」
「なので、こちらで1年過ごした後はコルセイトに戻り、そこで交際5年目のけじめとして指輪を渡すつもりでした」
「指輪って…、プロポーズか」
「はい」
ソールはこくりと頷くと溜め息混じりに続ける
「しかしながら黄昏の謎に迫る浄化装置の存在発覚や商会と中央とのパイプ役などとても1年では帰れなくなり、
こうしてステラードで2年目を迎えることになってしまったので…」
「なるほど、それで当初のプロポーズ計画が実行出来なくなったから変わりに贈る品を、ってことで悩んでたのか」
「そう言うことです。指輪は既に用意してあるのですが…、こちらからコルセイトに指輪だけを贈っても意味がありませんからね」
「まぁそうだよなぁ」
腕を組み難しそうな表情を浮かべるラウルの横でソールもまた表情を暗くする
「彼女はあの頃父親との距離や仕事のことで悩み煮詰まっていた私を支えてくれた大切な人なんです。
出来れば5年というこの節目にきちんとしたかったのですが…」
「そうは言っても今のところお前さんがコルセイトに戻れるのがいつになるかすら検討付かないしな…」
「はい…。なので私は彼女に対して今後どの様にすべきなのか、という点についても同時に悩んでいました…」
ソールはそう力なく呟いて深い息を吐く
「そのお前の彼女をこっちに呼ぶことは出来ないのか?」
「そうしたいのは山々ですが、彼女は研究者としてコルセイトに派遣されているので私の一存でと言うのは無理ですね…」
「そうか…」
「まぁ、プレゼントについてはもう少し考えるとして、とりあえずは例年通り手紙とお菓子を準備しようと思います」
自分で自分を納得させるように呟くソールを眺めていたラウルは、暫くの間考え込むとやがて何となく、といった様子で尋ねた
「なぁソール」
「なんですか」
「因みにその彼女の誕生日ってのはいつなんだ?」
「丁度二週間後ですね」
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そんな会話をラウルとしたのが二週間前のこと―
「どうしてこんな事に…」
遠い目で一人呟くソールの視界には、見慣れた黄昏の大地が広がっている
久々の気球の乗り心地を楽しむ余裕もなく、ソールは此処までの道のりを振り返った
3日前
突然訪ねてきたホムラに「そーる おかしはじゅんびしてあるか?」と問われ、
丁度出来上がったキャンディを梱包しようとしていた為それを見せたところ「ゆびわも あるのか?」と更に問われ、
ラウルが余計な事を吹き込んだのだろうと指輪の箱を見せた瞬間、玄関の影から飛び出してきたのはシャルロッテとシャリステラだった
シャルロッテは非常に楽しそうな表情で、
シャリステラは申し訳なさそうな表情で、
互いに反する表情ながらも二人の口からは「ソールさん、ごめんなさい!!」と言う同様の言葉が述べられた
何のことだか解らず瞬きを繰り返すソールに、シャルロッテが得体の知れない粉を振り掛ける
何をするんですか、と文句をつけようとしたものの、次の瞬間ソールは強烈な眠気に襲われ意識を手放した
「…で、目を覚ましたら空の上、と……」
溜め息混じりに呟いて、ソールは目覚めた時に傍らに置いてあった自分の鞄の中に入っていた手紙を広げる
それはラウルからの手紙で、要約すると「色々頑張ってお前が一週間程休みを取れるようにしたから後は頑張れ」という内容だった
色々って何だ、とか
自分が居ない間の業務はどうするんだ、とか
気持ちは有り難いがそんな事なら前もって伝えてくれても良かっただろう、とか
あまりにも唐突過ぎる展開にソールは複雑な胸中のまま再び流れる景色へと目を向けた
「………」
ステラードとは違う、少々赤み掛かった空とひんやりとした空気は2年前と何も変わらない
進行方向に目を向けると、遠くの方に小さくコルセイトの街が見えた
自分が居なかった2年の間にもコルセイトはこの大地にあって、
父も同僚も、そして愛しいあの人も変わらずこの大地で暮らしているのだと思うと、ふいに郷愁にかられてソールは息を飲んだ
ステラードへの赴任が決まった時、渋る気持ちが無かった訳ではないがそれでもそれが役人としての仕事であり中央からの指示とあらば行かないという選択肢は無かった
見知った仲間や愛する人の元を離れ独りステラードに降り立った時、新天地での生活に対する不安よりも課せられた使命への緊張感の方が大きかった
当初1年の予定だった任期が延びた時、帰りたいという想いの前にステラードの支部をこのままにしては帰れない、という想いの方が強かった
しかしそれは物事の大小を理由に自身の気持ちを無視していただけで、
本当は渋る気持ちがあった
本当は潰れそうな程の不安も抱えていた
本当はすぐにでも帰りたかった…
そんな今まで目を背けて来た自分の気持ちに今更ながら気付き、ソールは片手で顔を覆う
もし、ラウルやホムラが事前に「帰って良いぞ」と伝えてくれていたら、自分は何だかんだと理由を付けて此処には戻らなかったかもしれない
そう考えると、有無を言わさず送り出した彼らの判断は正しかったのだろうと、ソールはお節介で優しい仲間達に感謝しながら小さく笑った
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「ソールさんっ!!」
無事にコルセイトの気球発着場に着き、気球の操縦士に礼を述べてソールは発着場へと降り立つ
すると背後から聞き慣れた声が聞こえ、同時にソールの胸に懐かしい暖かさが飛び込んで来た
「さん…」
勢い良く抱き付かれ倒れそうな所をどうにか踏み止まり、ソールは飛び込んで来たを見下ろす
「お久しぶりです、元気でしたか?」
「お久しぶりです。えぇ、特に病気などもせず過ごしていました」
「無理してませんか?毎日きちんと寝てますか?」
「忙しくないと言えば嘘になりますが、休息は出来る限り取るように心掛けています。睡眠も十分にとっていますよ」
視線が合った途端に矢継ぎ早に投げ掛けられる問いに一つ一つ答えながら、ソールはの身体を抱き締め返す
「お菓子ばっかり食べてないですか、お昼ご飯に甘いものだかりじゃ駄目ですよ?」
「以前貴女に言われて以来、栄養バランスにも気を配ってますよ」
「向こうの人達とは、上手くいってますか?」
「そうですね、私としては人間関係も問題なくそれなりに良好な関係が築けていると思っています」
の問いにソールが答えると、はソールの顔を見上げてホッとしたように笑った
「それなら良かったです。ソールさんが、向こうで寂しい思いはしてないか、ずっと心配だったんです」
「有難う御座います。あちらの人達もコルセイトと変わらず優しい方ばかりで、私も知らずに救われている事が多いですね」
今日この場に送り出してくれた面々を思い浮かべながら答えたソールは、しかし、と呟いて言葉を続けた
「寂しい思いはあちらに着任した日から、ずっとしています」
「ぇ?」
「赴任が決まった時から、貴女に会えない日々は辛いだろうと頭では解っているつもりでしたが…」
を抱き締める両腕にほんの少し力を込めて、ソールは独り言の様に呟く
「貴女の声が聞けない事が、貴女の笑顔が見られない事が、これ程までに苦しいとは思いませんでした」
「ソールさん…」
「寂しかったです。毎日貴女に会いたいと思っていました」
「…っ私だって、毎日ずっと寂しくて、ずっとずっと、会いたかったですよ……」
ソールの思わぬ独白にの目は見る間に潤む
「ソールさんの手腕が認められた事は嬉しかったけど、でもステラードは遠すぎて…
本当は、行かないで、連れて行って、早く帰って来て、って言いたかったし、
ソールさんがこのままステラードから帰って来なかったらどうしようって、凄く不安で…」
涙声で呟いて、はソールの胸に顔を埋める
ソールはそんなの背中を優しく撫でると、一つ何かを決心したかの様に頷いた
「さん」
「はい…?」
「お誕生日、おめでとうございます」
「ぇ?あ…」
久しぶりに会えるという事実に今日が自分の誕生日ある事など忘れていたは、ソールの言葉でようやくその事実を思い出しハッとした表情を見せる
「も、もしかして、ソールさんが今日こっちに戻って来たのって…」
「はい。主に貴女の誕生日を祝う為です」
「そんな、嬉しいですけど、でもわざわざステラードから…」
気球に乗って3日掛かる距離をわざわざ誕生日を祝う為に戻って来てくれたという事実には喜びながらも戸惑う様子を見せる
ソールはそんなを見て微笑むと、足元の鞄から小さな箱を取り出し改めてへと向き直った
「さんの誕生日を祝うのも一つの目的なのですが、実はもう一つ…、どうしても今日貴女に直接会って渡したい物があったんです」
「渡したい物?」
「はい。本当はいつステラードから戻れるのか解らない状況で渡すのはどうだろうとも思ったのですが、
今年は私と貴女が交際を始めて5年目の誕生日ですから…」
ソールはそう言うと手にしていた小箱を開け、リングケースの蓋を開くとにそれを差し出した
「さん。私と、結婚してください」
そう言って差し出された指輪とソールの顔とを見比べ、は瞬きを繰り返す
「ぇ?…と、あの……っ、?」
予想もしていなかったソールの言葉と差し出された指輪に混乱しながらも、はどうにか状況を飲み込むと真っ赤に染まる頬を両手で押さえた
「ぅ、嬉しい…です。あの、よ、喜んで…と言うか、こちらこそお願いしますと言うか…」
しどろもどろになりながらも申し出を受けたに、ソールはふっと安堵の息を漏らし微笑むとの左手を握り薬指に指輪を嵌める
「綺麗…」
自分の薬指を眺めながらがぽつりと呟くと、ソールはを抱き寄せ額に唇を寄せた
「私の任期が確定するまでは暫くそちらを付けて貰うことになりますが、結婚指輪は後日改めて二人で選びに行きましょうね」
「はい…っ」
こうして
ソールとが幸せいっぱいの雰囲気を惜し気もなく醸し出している間
発着場の影ではソールを迎えに来たコルランドを始めとするコルセイト支部の面々が出るに出られず困り果てていたとか
『ステラードより、愛を込めて』
'17/06/02