10月31日・ハロウィン

ステラードの街では毎年商会によるハロウィンパーティーがステラード広場で行われている

仮装コンテストやお菓子の無料配布など規模も大きく、その日の為にステラードにやってくる旅行者も少なくない

今年も例年通り多くの人で街は賑わい、行き交う人々はそれぞれ思い思いの仮装に身を包んでいる

目抜き通りには屋台が並び、メインとなるステラード広場には仮装コンテスト用の特別ステージが設置され、

ステラードの街はハロウィン一色と言った雰囲気だ

18時を過ぎ、19時から開催となる仮装コンテストに向けてステラード広場が益々盛り上がる頃

誰も居ない財協にはソールが一人残業の為に残っていた

イベントのせいで財協内はもちろん財協前にも人などいない

ソールがシンとした空間の中でペンを走らせていると、ふいにガチャリと言う音がして財協の扉が開いた



「ぁ、やっぱり此処に居たんですね」



顔を上げると扉からひょこりと顔を覗かせていると目が合う



さん…?」



思わぬ来訪者にソールがきょとんとした顔をしていると、は顔を覗かせたまま笑う



「とっくに終わってる時間だし広場にラウルさんもエスカちゃんも居るのにソールさんだけ居なかったんで、探しに来ちゃいました!!」

「そうだったんですか。すみません、資料の整理が残っていたものですから」

「ラウルさんも言ってましたけど、それ別に今日中にやらなくても良いものなんですよね?」

「えぇ、まぁそうですね」

「だったら折角のお祭りなんだしこっちに参加したら良いのに…」



はそう言って不満気に頬を膨らませるが、相変わらず顔だけしか見せないにソールは首をかしげる



「終業後ではありますが、入ってはいけないと言う訳ではありませんよ?」

「ぇ?あぁ、いえ、そう言う事を気にしてた訳じゃないんですけど…」



ソールの申し出に苦笑すると、は少しだけ迷う様な表情を見せた後にようやく扉の影から姿を現した



「………」



の姿を見たソールは一瞬驚いた表情を浮かべた後で、すぐさま納得した様に頷く



「なるほど、ハロウィン用の仮装ですか」

「はい、折角だからちょっと張り切っちゃいました」



扉を閉め、ソールの机の前へとやって来たにソールは尋ねる



「自分で作ったんですか?」

「そうです。ベルの服を参考にして作りました」

「あぁ、なるほど…。ですからどことなくウィルベルさんっぽいんですね」

「ハロウィンと言えば魔女の仮装は定番ですからね!!」



黒とオレンジを基調とした、"如何にもハロウィン"と言った魔女の衣装に身を包んだはその場でくるりと回って見せる



「随分と凝っているようですが…、器用なものですね」



の衣装を眺めていたソールが感心した様に呟くと、は胸を張り得意げに答えた



「一流のトレジャーハンターって言うのは手先が器用じゃなきゃいけませんから」

「そう言うものですか」

「はいっ、何なら傷の縫合だって出来ちゃいますよ?」

「それは流石に…」



そう言って親指を立てるにソールは困惑するが、そんなソールにが尋ねる



「所で、ソールさんは見に行かないんですか?そろそろ仮装コンテストも始まりますよ?」

「えぇ、私は特に興味ありませんから」

「そうなんですか?」

「はい。興味が無いと言うか、ハロウィンはコルセイトだとイベントと言うより催事に近いので、パーティーと言う物に馴染みが無いんです」

「催事?」



ソールの言葉に首を傾げるに、ソールは簡単に説明する



「そもそもコルセイトでは10月31日は豊穣祈願の日で、特産品であるリンゴの豊作を祈る日なんです」

「ぇ、仮装とかお菓子は?」

「お菓子はリンゴのパイやタルトを作りますが、仮装はしませんね」

「そうなんだ…」

「東の大陸だと仮装もするそうですが、悪霊を退ける為の意味合いなので割と禍々しい仮装が多いそうです」

「同じイベントなのにそれぞれの地方で随分違うんですね」

「ステラードは元々水が豊富な土地ですし水祭りもありますから、豊穣と言う意味合いが薄れたんでしょうね」

「なるほど。流石ソールさん、物知りですね…!!」



ソールの話を聞いたは尊敬の眼差しでソールを見つめると、ふと思い出した様に手を叩いた



「ぁ、そうだ」



そして肩から下げていた鞄に手を入れ、何かを取り出すと座ったままのソールの頭にそれを取り付けた



「…これは何ですか?」

「耳です」

「耳…?」

「はい、ソールさんに似合うかなって思って作ったんですよ」



戸惑うソールににこにこと笑ってはソールに鏡を見せる



「本当はヴァンパイアの衣装を作りたかったんですけど、急な依頼が入っちゃったせいで時間が無くて…」

「はぁ…」

「でもそのお陰で狼男も似合いそうだなって思ったんですよ」



そう言って親指を立てるの説明を聞きながら、ソールは鏡に映った自身の姿を見る

カチューシャに狼の耳を取り付けた簡単な物の様だが、毛の質感などが中々リアルに出来ていた



「何だか本物みたいですね…」

「はい、何せ本物のオオカミの毛を使ってますからね」



はさらりと答えるが、オオカミの生息地を思い浮かべたソールは顔を引きつらせた

しかしはそんなソールに気付かずソールを眺めながら満足そうに笑う



「急になめし皮の大量発注依頼が来た時は驚いたけど、毛皮も良い値で売れたし耳も作れて一石三鳥でした」

「それは何と言いますかお疲れ様です…」

「でも、思った通り似合ってますね、凄く可愛いです」

「いえ、可愛いと言われましても…」

「その格好をして行けば、今ならステラード広場でお菓子が貰えますよ」

「お菓子、ですか?」

「はい、このイベントでは仮装してる人には商会からお菓子が配られるんです。
それがもうすっごく美味しくて、だから老若男女問わず仮装してる人が多いんですよ」

「なるほど、それは少し興味深いですね…」

「そうそう、お菓子と言えばお決まりのこれを忘れてました」



からのお菓子情報にようやく興味を持った様子のソールを見ていたは、再び何かを思い出した様に小さく声を上げた



「ソールさんソールさん」

「何ですか?」

「トリックオアトリート!!」

「…はい?」



は両手をソールに向かって差し出しながら、キラキラとした目でソールを見つめる



「だから、トリックオアトリートです。お菓子下さい。さもなくばイタズラをします!!」



言葉の通り悪戯っぽい笑みを浮かべ、はソールに詰め寄る

少しの間呆気にとられたようにを見上げていたソールは、

やがて机の引き出しを開けると中から袋を取り出しの両手にぽんと乗せた



「今日はもうこの時間ですしあまり手持ちはありませんが、これで良ければどうぞ」

「やったぁ!!ソールさんのお菓子〜」



ソールに手渡された袋を開けながら、は嬉しそうに早速"とろける宝石"を口にする



「商会のお菓子も美味しいですけど、でもやっぱりソールさんのお菓子は格別ですね」



はしみじみと呟きながらとろける宝石を頬張ると、あっという間に袋を空にしてしまった



「はぁ、美味しかったぁ」

「喜んで頂けたようで何よりです」

「はい、もうとってもハッピーです」

「そうですか」



はソールから貰ったお菓子を食べ切り、幸せの余韻に浸っている

そんなじっと眺めていたソールは、やがてに向かいおもむろに切り出した



「それでは次は私の番ですね。"Trick or Treat"」

「へ?」

「ですから、Trick or Treatですよ」

「…あの」



予想外のソールの台詞には戸惑うが、ソールは椅子から立ち上がると机の前のの元へと歩み寄りを見下ろす



「どうしたんですか?早くお菓子を出して下さい」

「ぇと…、私今はお菓子持ってないんです、けど…」




まさかソールにお菓子を要求されると思っていなかったは、慌てながらソールを見上げる



「持っていないんですか?」

「はい…。今日貰った分は全部食べちゃったし…」

「…そうですか」



少しくらい残しておけば良かった、と後悔するの言葉にソールは納得したように頷くと、の腰に手を回し自分の方へと引き寄せた



「では、悪戯ですね」



口元に不敵な笑みを浮かべ、何処か楽しそうに呟いたソールはそのままの額にちゅ、と一つキスを落とす

は衝撃の展開に何が起きたか理解出来ず、驚いた顔のまま固まっている

そしてやがて我に返ると、は顔を赤く染め、呆然とした様子で口を開きながらへにゃりとその場に座り込んでしまった



「…大丈夫ですか?」



そんなの反応にソールも驚き、座り込んでしまったに声を掛ける

すると耳まで赤くしたは錆びついたブリキの玩具の様な動作でソールを見上げた



「……な…」

「?」

「な、なん……何で…、…」

「何で…?」

「こ…、こんな事…」

「あぁ、"何でこんな事をしたのか"ですか?」



真っ赤な顔で額を両手で押さえるの言葉をどうにか聞き取ったソールは、

自らもしゃがみ込みと目線を合わせると自分の頭の上を指差した



「だって、狼男ですから」

「…っ」



ソールは何も言い返せないの顔を見て小さく笑うと、立ち上がってに手を差し出す



「さぁ、広場に行くなら座り込んでる場合じゃないですよ」

「ぇ…?」

「仮装コンテストは兎も角、お菓子が無くなってしまうのは困りますからね」

「ソールさん…」



はまだ少し混乱したまま差し出された手をソールの顔を交互に見ると、やがて差し出された手を取り立ち上がる



「それじゃぁ行きましょうか」



こうして財協を後にした2人の手は、離れる事なく繋がれたままでステラード広場へと向かったのだった





-END-








'14/10/31