カーテンの隙間から柔らかく差し込む日差しでは目を覚ました



まだ意識のハッキリしない頭のままゆっくりと瞼を開き、見慣れた寝室の天井を暫くぼんやりと眺める



やがて脳が徐々に覚醒するのを感じながらふと視線を横にやると、隣で眠るソールはまだ夢の中に居る様だった



はソールを起こさないようにゆっくりと上体を起こし、膝に布団を掛けたままその場で身体を伸ばして息を吐く



そして隣のソールに視線を落とし、その寝顔を眺めながらぼんやりと此処最近の出来事を振り返った



1ヶ月程前、ステラード地下の浄化装置が停止され、黄昏の問題はひとまず解決となった



黄昏の進行は今後も緩やかに続くと見られるが、時間を掛けて正常な状態へと戻る見通しとの事だ



ペリアンとハリーにより商会同士の結び付きが出来た事もあり、今後ステラードは水源の街として益々発展するのだろう



そしてそんな状況の中で正式にステラードの支部長に就任する事となったソールは、その日以来忙しい日々を送っている



特にこの2週間程のソールは、ほぼ毎日定時を大幅に越えて帰宅し疲れが取れる前にまた朝早くに家を出る、と言う生活を続けていた



一緒に暮らすとしてはソールの体調が心配な日々だったが、どうやら昨日で業務がひと段落ついたらしい



昨晩もやはり遅くに帰宅したソールは、いつも通り疲れた様子だったものの何処か晴れやかな表情をしていた



無事に業務に区切りがついた事で気が緩んだのか、ソールはフラついた足取りで帰宅したかと思うと、
夕飯も食べずにシャワーを浴びるや否や寝室に向かい、そのまま気絶するようにベッドに倒れ込むとあっという間に寝てしまったのだった



そして後から寝たが先に起きた今も尚眠り続けているソールは、いつもよりも大分深く眠っている様で暫く起きそうに無い



はそんなソールに対し久々の休みなのだからしっかり休んで欲しいと考えながら寝顔を眺め、
やがて思いついた様にそっとソールの顔を覗き込むと折角の機会だからと無防備な寝顔を観察する事にしたのだった



「………」



規則正しく上下するソールの身体に合わせ、唇からは静かな寝息が漏れている



伏せられた瞼の下には薄っすらと隈が出来ていて、長らく続いた激務の様子を思わせた



普段と違い前髪の下りた寝顔は少々あどけなく、近寄り難いと評されている姿はそこには無い



そんな可愛く無防備な寝顔を見る事が出来るのが自分だけだと思うと、どうしようもなく嬉しい気持ちになる



は思わず抱きつきたくなる衝動を、ソールの貴重な睡眠時間を奪うまいと必死に制しながらソールを眺め続けた





・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*





どれくらいの時間が経っただろうか



が飽きる事なくソールの寝顔を見つめていると、ふとソールの瞼がぴくりと動いた



起きるのかと思えばそうでは無く、どうやら夢を見ているらしい



夢の中でも仕事に追われているのだろうか



ソールの眉間には皺が寄り、苦しそうな表情を浮かべている



魘されている様子のソールを起こすべきかどうかは少し悩んだ後で、ソールの額にそっと手を伸ばした



「……、」



の掌がソールの額に触れるとソールの表情はふっと和らぎ、再び安心した様子で静かに寝息を立て始める



はそんなソールの様子にほっと安堵すると、そのままソールの髪を梳くように指を滑らせた



出来ればずっとこうして触れていたいが、ソールの睡眠の邪魔になるかもしれない



少し悩みながらもがソールの頭から手をどかすと、暫くはそのまま寝息を立てていたソールの瞼がやがてぼんやりと開かれた



自分のせいで起きてしまったのかと慌てるの横で、のろのろと上体を起こしたソールは寝惚け眼でをじっと見つめる



「………」

「ぁの…」

「………」

「…ソール、さん?」



明らかに未だ半分夢の中に居る様子のソールにがおずおずと声を掛けると、ソールはゆっくりとした動作での身体に抱き付いた



「ぇっ、あのっ……」

「………」



そんな思い掛けないソールの行動には狼狽えるが、寝惚けているらしいソールは構わずをぎゅぅと抱き締める



まるで甘えるような仕草で自分を抱き締める姿は、普段のソールからは全く想像が付かずは思わず顔を赤らめた



「きゃぁっ!?」



そしてソールを起こした方が良いのか一人静かに混乱しながら迷うを抱き抱えたまま、ソールは再び布団に倒れ込む



「…ど、どうしよう……」



ソールに押し倒される形で再度布団に横になったはソールの腕の中で固まっていたが、
やがて頭上から聞こえる規則的なソールの寝息や身体に伝わる心臓の音につられて夢の中へと誘われて行った





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数時間後…



「ん…」



ようやく目を覚ましたソールがゆっくりと瞼を上げ、ぼやける視界で宙を見つめる



未だ寝惚けてはいるものの、部屋がすっかり明るい事から随分と長い間眠ってしまった事は理解出来た



此処最近の激務が昨日でようやく落ち着いたせいで気が緩んだのだろう



ソールはぼやけた頭で働き詰めだった2週間を思い返す



そしてふと、昨晩の自分が帰宅するなり夕飯を食べる事もなく寝てしまった事を思い出した



「……、」



その事実にようやく意識が覚醒したソールはに謝らねばと起き上がろうとし、
そこでようやく自分の腕の中で気持ち良さそうに寝ているに気付いた



「…さん?」



ソールは自分の胸に顔を埋めてすやすやと小さな寝息を立てているの頭頂部に声を掛ける



するとの身体がぴくりと動き、瞼を開くと数回瞬きをした後でソールを見上げた



「…ぁ、ソールさん、起きたんですね…」



ソールの呼び掛けに目を覚ましたは、眠たげに目を擦ると安心したようにふにゃりと笑う



そんないつもと変わらない笑顔を向けてくれるに罪悪感を覚え、ソールはの言葉に答える前に謝罪を口にした



「どうもすみませんでした」

「? 何がですか?」

「いえ、此処数週間慌ただしかったせいで帰宅してもほとんど話す時間が取れなかったので。
しかも昨日は折角用意してくれていた夕飯も食べず寝てしまいましたし…」



何故自分が謝られているのか解らない様子で疑問符を浮かべているに説明しながら、ソールは申し訳なさそうに眉根を寄せる



しかしそんなソールをきょとんとした顔で見上げていたは、小さく笑うとソールにぎゅっと抱き付いた



「昨夜の事なら気にしなくて大丈夫ですよ。おかげで今朝は寝ているソールさんをじっくり観察出来ましたから」

「観察って…、何をしてるんですか貴女は…」



悪戯っぽくそう言ってみせるにソールは恥ずかしさを誤魔化すように呆れた口調で尋ねるが、は一人でくすくすと笑う



「寝惚けて甘えるソールさん、とっても可愛かったですよ?」

「な…」

「ちょっと幼い寝顔も、魘されていた時に頭を撫でたら安心した様な顔をしたのも可愛かったですし、
その後手を離したら起き上がってぎゅーって抱き付いて来たソールさんも子供みたいで凄く可愛かったです」

「………」



嬉しそうに先程のソールの様子を話して聞かせるの言葉に、ソールはまさか自分がと言った様子で黙り込む



「ふふ、ソールさん珍しくお顔が赤いですね」

「そんな情けない姿、赤くもなりますよ…」

「情けなくなんて無いですよ。むしろ寝惚けてなくても、ソールさんにはもっと甘えて欲しい位です」



後悔している様子のソールには心外だと言う様な口調で告げ、ソールの腕の中から手を伸ばすとソールの頭を撫でた



「外では支部長として気を張らないといけない事も多いと思いますけど、家の中や私の前で位のんびりして下さい」

「…しかし……」

「中々構って貰えない事は寂しく無いと言ったらもちろん嘘になりますけど…。
でも、頑張ってるソールさんを一番に応援出来るのは嬉しいし、ソールさんが負い目を感じる必要なんて無いです」

「有難う御座います…。そう言って貰えると少しは救われます」

「それに、今はステラードにとってもソールさんにとっても大切な時期なのは私も解ってますし…。こうして傍に居られるだけで私は十分幸せですから」



ソールの頭を優しく撫でながら、は少し恥ずかしそうに笑う



さん…」



そんなの言葉と笑顔に、ソールは溜らずの身体を引き寄せるとそのまま深く口付けた





・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*





「…私は、本当に幸せ者ですね」



暖かく柔らかな布団の中で、2人は手を繋ぎながら横たわり互いに見つめ合う



「昨日でひと段落付いたとは言えまだ暫くは忙しい日が続くと思いますが、もう少しだけ待っていて下さい」



そう言っての額に自身の額を寄せるソールに、もちろんです、と答えても微笑む



「こうしてソールさんとゆっくり出来る様になる日まで、私も少しでも力になれるよう頑張りますね」

「有難う御座います。私もその為に頑張ります」



ソールは自身に言い聞かせるように呟いた後で、ふと思いついた様に呟いた



「今のこの業務が落ち着いたら、いい加減式でも上げましょうか」

「……式、ですか?」

「えぇ」

「式って…、何の式ですか?」

「何のって、結婚ですよ。結婚式です」

「けっこん、しき…って、……けっ、結婚!?」



ソールの口から出た思い掛けない単語に、それまでゆったりと横になっていたは驚きの余り飛び起きる

そんなの様子を見たソールも、続いて上体を起こすとに問い掛けた



「嫌ですか?」

「ぃ、嫌な訳無いです!!でも、そんな急に…」



がソールの問いに首を大きく左右に振って答えると、ソールは安心した様に口元に笑みを浮かべる



「一緒に暮らし始めて一年は経ちますから、そこまで急な話でも無いと思いますが」

「ぇ?ぁ、た…、確かにそう…ですよね」

「でしょう?そもそも時期は決めていませんでしたが元より結婚前提の同棲ですからね」

「確かに……」



自分の頬を両手で押さえながら、はソールの言葉の一つ一つに頷く



そんなにソールは苦笑すると、一つ咳払いをしてから改まった様子でに声を掛けた



さん」

「は、はいっ」



いつもと違うソールの声に、は姿勢を正して目の前のソールを見つめる



とソールが互いに見つめ合い暫くの沈黙が続いた後で、ソールは珍しく照れた様子で頬を染めながら口を開いた



「私と、結婚して下さい」





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「と言う事で、私は今回のこの案件を早急に終わらせなければならなくなりました」

「そ、そう言う事ってどう言う事!?ソールさん結婚するんですか!?」

「シャル 驚きすぎ」

「ミルカ…、いやだってさぁ…」



財協内



とある日の終礼時間



"私事ですが…"と言う前置きと共にソールが語った内容に、シャルロッテを始め一同は驚きの表情を見せた



「確かに、私もソールさんの口からこんなに惚気話が出るなんて正直ちょっと驚いちゃったけど…」



ソールからの思い掛けない惚気話にシャリステラはほんのりと顔を赤くしながら呟く



「でしょ!?驚くでしょ!?ホムホムも驚いたよね!?」



その横でシャルロッテがホムラに向かって尋ねるが、ホムラはしれっと首を横に振って答えた



「そーるは けっこうへいきで のろけるたいぷだぞ」

「そうなの?確かに内容は惚気話なのに全然顔とか赤くなってないけど…」

「まぁ そーるじしんは むじかくだからな」



何か過去の逸話でも思い出しているのか、ホムラはふっと遠い目をしながら呟く



「でも、羨ましいです。好きな人と結婚って、凄く幸せな事ですよね」

「うんうん、私もいつか結婚する日が来るのかなぁ」

「シャルもステラも、まずは好きな人見つけるのが先じゃないの」

「うっ…。そう言うミルカだって居ないでしょー?」

「私は別に結婚なんてしなくていいし」

「またまたそんな事言っちゃってぇ」

「盛り上がっている所申し訳ありませんがまぁそう言う訳ですので、明日からは少し厳しめに指導させて頂こうと思っています」



結婚と言う話題をきっかけに盛り上がり始めた女子3人に向かって放たれたソールの台詞に、シャルロッテの動きが止まる



「ぇ…、それはどう言う……」

「どうもこうも、今までロッテさんの計算ミスや処理漏れなどは私が修正していましたが、今後は全て自力でやって頂くと言う事です」

「そっそんなぁ!?」

「ステラさんも、そろそろ商会との会合には一人で出られるようにして貰いますからね」

「ぇえ!?私一人で…!?」

「ミルカさんとホムラは特に指摘事項はありませんが、ロッテさんとステラさんのサポートをして貰う様になりますからそのつもりでお願いします」

「仕方ないわね」

「おう、まかされたぞ」



淡々といつも通りの口調でそれぞれに告げた後、ソールはちらりと時計に目をやる



「では、今日は此処までにして各自残務がある方以外は解散にしましょう」

「なんだそーる いそぎのようじか?」



そんな珍しく落ち着かない様子のソールにホムラが尋ねると、ソールは軽く頷いて口元に笑みを浮かべた



「えぇ。今日はこの後さんと出掛けるんです」



ホムラの問いに答えると、ソールはそそくさと荷物をまとめて席を立つ



「それでは、お先に失礼します」



そして4人に向かって頭を下げると、4人を残しそのまま足早に財協から去って行った





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財協を出たソールは真っ直ぐに待ち合わせ場所であるステラード広場に向かい、一足先に待っていたを見つけ駆け寄る



「すみません、遅れました」



ソールの声に振り返ったは、ソールの姿を見て嬉しそうに笑うとやんわりと首を横に振って答えた



「私も、ついさっき着いた所ですから」

「では行きましょうか」

「はい」



そんな良くある台詞を交わして歩き出した所で、ソールがくしゅんと一つくしゃみをした



「ソールさん、風邪ですか?」

「いえ、体調管理には気を付けていますからそれは無いと思いますが…」

「そうですよね…。それじゃぁ、誰かがソールさんの噂話をしているのかもしれないですね」

「あぁ、それなら思い当たる節があります」

「そうなんですか?でも、気を付けていても病気になる時はなりますから、そう言う時は無理も我慢もしないで下さいね」



そう言いながらソールに微笑みかけるに、ソールも穏やかに微笑み返す



「解っています。何かあればその時は貴女に甘えさせて貰いますよ」

「はい、任せて下さい」



こうして2人が幸せいっぱいと言った雰囲気でデートを楽しんでいる丁度その頃―



「…さっきのソールさん……、めっちゃいい笑顔だったね…」

「うん…、ソールさんのあんな顔初めて見たよね…」

「一緒に住んでるのにデートが嬉しいなんてある意味凄いと思う…」

「そーるは  だいすきだからな…」



財協ではくしゃみの元凶である4人が、それぞれ顔を見合せながら脱力気味に呟いていたのだった










-END-










'14/10/22


夢リクエスト【寝起きシチュエーション+ほんのりギャク】@智恵美サマ