ある日の財協組合本部内



「ホムラ、ちょっと良いですか」

「なんだ そーる」

「口元、お菓子のカスが付きっぱなしですよ」



ホムラを呼び止めたソールが、立ち止まってソールを見上げているホムラにハンカチを差し出す



「おぉ これはさっきたべた えすかのたると だな!」



ホムラは無邪気に答えながら、ソールからハンカチを受け取る



「凄腕のトレジャーハンターが口にお菓子のカスを付けてたんじゃ格好が付かないですよ」

「う そういわれると つらいぞ」

「ほら、帽子の紐も緩んでるじゃ無いですか」



ソールはそう呟くと席を立ち、ハンカチで口元を拭っているホムラの前へとしゃがみ込んで紐を結び直す



「いくら不死の存在とは言え怪我したホムラを見るのは嫌ですからね。きちんとして下さい」

「そーるは しんぱいしょう だな」



大人しくソールに身なりを整えられながら軽い調子で笑うホムラに、ソールは"笑い事じゃないですよ"、と溜息混じりに呟いた

ステラードにある財協組合本部の一角で見られる、いつも通りの微笑ましいやり取り

そんな光景を見つめながら、一人の女性もまた盛大な溜息を吐き出した



「はぁ…、いいなぁ……」

「ん?どうした、受けたい依頼があるならさっさと決めろよ?」



ハンターとして仕事の依頼を受けに来ていたに、ラウルが声を掛ける

するとは視線を向こうにやったまま、まるで独り言の様に呟いた



「ねぇラウル…。私、ホムンクルスになりたい…」

「は?」

「私もホムンクルスになったら、ソールさんにあんな風にお世話して貰えるかな…」

「………」

「…ちょっと、何よその哀れみの目」

「いや、だってお前…」



突然のの発言に、ラウルは思いっきり同情の視線を送りながら呆れた様に一つ息を吐く



「お前がソールを好きな事は知ってたけどな、まさかホムンクルスになりたいとか言い出す程だとは…」



そんなラウルの同情の視線を受けながら、はカウンターに両手を着いて項垂れた



「だって仕方ないじゃない…!!ホムンクルスにでもならなきゃ私がソールさんと関わる機会なんて滅多に無いんだし…!!」

「まぁお前の受ける依頼って大型魔獣の討伐とかばっかりで環境調査とは程遠いもんなぁ…」

「そうなんだよね、調査とか細かい作業とか頭使うの苦手でさ…。だからわざわざハンターになったようなもんだし…」

「お前が馬鹿なのはさて置きそれだと他のハンターに失礼だろ」

「そこは"言う程馬鹿じゃないだろ"ってフォローしてよ!!」

…、俺にも出来る事と出来ない事がある」

「酷っ!!」



カウンター越しに喰って掛かると、笑いながらそれらを交わすラウル

そんな二人の息の合ったコントの様なやり取りもまた、財協の名物の一つとなっていた



「あちらは相変わらず賑やかですね」

「あのふたりは いつもあぁだな」

「仲が良いんですね」



未だにラウルと喧々轟々としているを遠巻きに眺めながら、ソールとホムラはそんな会話を続ける

一方自分の事が話題に上っている事など知らないは、ラウルに反撃を試みていた



「ラウルだってリンカさんの事となるとドがつくヘタレになる癖に!!」

「んなっ!?」

「ステラちゃんとロッテちゃんに頼み込んでリンカさんの好きな人をリサーチした挙句大失敗した癖に!!」

「おまっ、なななな何でそれを…!!」

「何でってそりゃぁハンターの情報網もとい噂好きはラウルが一番良く知ってるんじゃない?」



の指摘に思わずうろたえるラウルに向かい、は勝ち誇った様な笑みを浮かべる



「悔しかったらリンカさんをデートに誘う位の事してみたら〜?」

「っく…、お前こそこんな所で油売ってないでソールに声の一つも掛けたらどうなんだ?」

「うぐぅ…、それが出来てたらこんな所でラウルとなんか話してないし…!!」

「なんかとは何だなんかとは。俺だってお前と話す位ならリンカさんとお話してぇよ…!!」



そんな言い争いの末、両者は暫くの間無言で睨み合い、やがて同時に肩を落とした



「はぁ…、何やってんだろうな俺達…」

「ホントにね…」

「あー…、とりあえずあれだ」

「ん?」

「今日はパーッと飲みにでも行くか」

「ホント!?わぁい!!ご馳走様です組合長様!!」

「ったく、調子良い奴だな」



暫く続いていたやり取りはラウルの提案により収束し、先程までの言い争いなど無かったかの様には上機嫌で財協を後にした



「それじゃぁ一足先に行ってるから〜!!」

「おぅ、また後でな」



ひらひらと片手を振りながら財協を後にするをラウルが見送り、そんな二人を眺めていたソールとホムラは再び顔を見合わせる



「…お二人は付き合ってたりするんですかね」

「そーるは いがいと そういうはなし すきだな」

「好きと言うか気になる性分と言うか、ある意味自衛ですよ」

「じえい?」



首を傾げるホムラに、ソールはこくりと頷いて説明する



「そうです。例えばロジーさんとエスカさんが付き合っているとして、私がエスカさんに馴れ馴れしくしてしまったらどうですか」

「それはろじーが おこるかもしれないな」

「でしょう? そう言った男女のあれこれにおける余計な面倒を被らない為にも、人間関係を把握しておく事は大切なんです」

「なるほど でもらうるがすきなのは ななりんかだぞ」

「…そうなんですか?」

「はっ しまった これはきみつじこう だった!!」

「大丈夫ですよホムラ。まぁ薄々そうじゃないかとは思ってましたから」

「そうか それなら だいじょうぶだな」



ソールのフォローに対し、ホムラは安心したように頷く

実際何が大丈夫なのかは全く解らなかったが、ソールも大丈夫です、と言って頷いた



「まぁ そんなわけで らうるとは たんなるともだちだ」

「そうですか」

「どうした ふにおちない かおだな」

「いえ…、ラウルさんはともかくさんはどうなのかと思いまして」



独り言の様に呟くソールの顔を見上げながら、ホムラは身体ごと首を傾げる



か? なら そーるがすきだから もんだいないぞ」

「…はい?」

「はっ!! これも きみつじこう だった!!」



思いもよらないホムラの言葉にソールがきょとんとした顔を見せると、ホムラはしまったと言う表情で両手を口元に当てた



「あの…、」

「すまないそーる!! おれは ようじをおもいだした!!」

「ちょ、ホム」

「さらばだ!! またこんどな!!」



状況の把握出来ていないソールを残し、ホムラはそのまま財協支部から逃げる様に出て行ってしまった



「………」



ホムラの後姿を見送ったソールは、ホムラに向けて伸ばしかけていた手を机の上に戻し、そのまま両手を組む

傍から見れば通常と変わりない様に見えるソールだが、内心ではホムラの発した言葉が理解出来ず静かに混乱していた



"なら そーるがすきだから もんだいないぞ"



ホムラの言葉を思い返し、ソールは小さく首を振る



「まさか…」

「よぉソール、何いつも以上に難しい顔してんだ?」

「あぁ、ラウルさん…」



ふと、考え込んでいたソールの所へ先程までカウンターに居たラウルがやって来て声を掛けた



「………」



ソールは自分に声を掛けてきたラウルの顔を見上げ、じっとその顔を凝視する



「何だ?俺の顔に何か付いてるか?」

「……ラウルさん」

「ん?」

「私は、人付き合いはあまり得意ではありません。…が、人同士の付き合いを観察するのは割と得意です」

「…は?」

「余計な厄介事に巻き込まれない為の処世術として、まぁ趣味を兼ねた部分もありますが男女のあれこれには目敏い方と自負しています。
別に恋人同士の話でなくとも誰が誰を苦手としているか、仲が良いか、そう言った事には気を配るようにもしていますし、
だからこそ自身を苦手とする人が多い事も理解している訳で…」

「…ぉ、おい、ソール?どうしたんだよいきなり…」

「ですからラウルさんがリンカさんを好きだろうと言う事にはもちろん気が付いていましたし、此処だけの話ユリエさんとコルテスさんも何かあると踏んでいます」

「ちょっ、なっ、ぇ!?何でそこでリンカさんが出て来るんだ…!!」



突如つらつらと語り始めたソールの台詞にラウルは狼狽えるが、ソールは構わず言葉を続ける



「そう言う訳なので当然さんについても観察はしていて、私の予想ではさんはラウルさんが好きなものと思っていたのですが…」

「は?いやいや、あいつが好きなのはお前だろ?って、あー…、やっちまった……」



ソールの独り言のような呟きに、ラウルはいやいやと手と首を左右に振って真顔で訂正を促す

そしてうっかり口を滑らせた事に気付くと先程のホムラと同じ様な表情で顔を片手で覆った



「………」



ラウルのそんな様子を見たソールは、ラウルを見上げたまま暫し固まるとやがて小さく息を吐き出した



「やはりホムラの勘違いでは無いんですね…」

「ん?何の事だ?」

「実は…」



ソールの呟きに疑問符を浮かべるラウルに、ソールは先程のホムラとのやり取りを説明した



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「なるほど、そんじゃぁお前さんはが自分を好きだとは微塵も思って無かったのか」

「まぁ、そうなりますね」

「多分それを知らないのは財協じゃお前位なもんだぜ」

「…そうなんですか?」

「あぁ。誰が見ても解るって位お前の事しか話さないしお前しか見てないからな、あいつ」

「そう、なんですか…」



此処まで来たらとことん暴露してしまえとばかりにラウルはの普段の様子をソールに話して聞かせる

ソールの表情は一見いつもと変わらない様に見えたが、若干眉間に皺が寄っている事に気付きラウルは首を傾げる



「あー…その、何だ。俺が聞くのも変なんだけどよ」

「なんでしょう」

「その…、お前、の事嫌いか?」



相変わらず両手を組んだまま座っているソールの頭上に、ラウルはそんな質問を投げ掛ける

するとソールはやはりまた動きを止め、すぐにゆっくりと首を左右に振った



「いえ…、嫌いではありません」

「それじゃぁ嫌いじゃないが好きでも無い、とか?」



何処となく煮え切らない様子のソールに再度尋ねると、ソールは今度はきっぱりとした口調で言い切った



「いえ、好きです」

「ん?何だよ…、お前もの事が好きだったのか?」

「えぇ」

「意外っつーか…、それは流石に気付かなかったな…」

「そうでしょうね」



本来であれば衝撃の事実とも言える内容を、ソールはさも当然の様に頷いてさらりと流す



「って、それじゃぁ両想いって事だよな?」

「そうですね」

「じゃぁ何だってそんな難しい顔してるんだ?」



先程から変わらず眉間に皺を寄せたままのソールに、ラウルの眉間にも皺が寄る

そんなラウルへと視線を移すと、ソールは組んでいた両手に顎を乗せてぽつりと呟いた



「何と言いますか、俄かには信じ難いんですよ」

「あ?どう言うこった」

「少なくとも人間関係には目敏い方だと自負していた私がさんの気持ちに全く気付かなかった事に疑問を覚えると言う事です。
私が見ていた限りではそんな素振りはありませんでしたし、見た感じ貴方と話している時の方が余程楽しそうでしたし…」



ラウルの問いに答えながら、ソールは溜息交じりに目を伏せる



「そもそも私とさんは大して接点が無い上に、私は人から無条件に好かれる性格でも無いですから」



そう言って何処と無く自嘲気味に呟くソールを見下ろしていたラウルは、"なるほど"と大きく頷くとソールの肩にぽんと手を置いた



「つまりお前は自分に自信が無いって事だな?」

「…どうしてそうなるんです?」

「だってあいつがお前の事がどれだけ好きか実感出来りゃそんなに悩まないだろ?」

「それは…どうか解りませんが」

「良しソール、俺に良い考えがある。ちょっと耳貸せ」

「何ですかいきなり…」

「いいから貸せって」



何かを思いついたらしいラウルに訝しげな視線を送るソールだったが、結局押し切られラウルの提案を聞く事になったのだった



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「よぉ」

「あぁもうやっと来た!!遅いよラウル!!」

「悪ぃ悪ぃ、あの後急に立て込んじまって」



約束の酒場にラウルが到着すると、既に空になったジョッキを手にしたがラウルを迎えた



「っつーかお前もうこんなに飲んでんのか…」

「こんなにって、まだまだたったの5杯でしょ」

「たったのって…、人の金だと思ってお前…」

「いやぁ、人の奢りで飲むお酒程美味しいものは無いよね!!」



カウンターに置かれている空のジョッキを見て苦笑いを浮かべるラウルには上機嫌で笑う



「ってな訳でマスター、ラウルの生と私もおかわり!!」

「おいおい…、あんまり飛ばし過ぎてぶっ倒れんなよ?」

「やだなぁ、私がお酒で潰れた事なんて無いでしょ?」

「へいへいそーでございますね」

「ほらほら、ボーっと立ってないでラウルも座る!!そして飲む!!」



は自分の隣の席をバシバシと叩いてラウルを呼ぶと、タイミング良くマスターから手渡されたジョッキの内の1つをラウルへと差し出した



「はいっ、それじゃぁ報われない恋に完敗〜!!」

「カンパイ…って、お前今乾杯の文字可笑しくなかったか?」

「あはは、気にしない気にしない」

「ったく…」



ケラケラと笑ってジョッキを煽るに倣いラウルもジョッキの中身を一気に飲み干すと、はラウルに新しいジョッキを渡しながら深く頷く



「うんうん。ラウルは相変わらず良い飲みっぷりだねぇ」

「そうか?飲みっぷりで言ったらお前も負けてないけどな。女にしとくの勿体無い位だ」

「ちょっと、それ全然褒め言葉になって無いからね?」

「そうか?」

「そうだよ!!全くデリカシー無いんだから。そんな事じゃリンカさんにも嫌われちゃうんだから」

「ぶっ」

「うわっ、ちょっと吐き出さないでよ」

「お、お前が急に変な事言うからだろうが!!」



リンカと言う一言に思わず含んだ酒を噴出したラウルは恨めしそうな顔でを見る

いつもならラウルもの一方通行なソールへの想いについて反撃をする所だが、

実は2人が両想いだったと知ってしまった今のラウルは言い返す術が無く悔しそうに押し黙った



「あれ?いつもなら此処で"お前だってなぁ…!!"って来るのに、今日は大人しいね?」



そんなラウルの胸中など露知らず、は物珍しいものを見る様に首を傾げてラウルを眺める

するとラウルは追加の酒を注文した後で、深い溜息と共にカウンター上の両手を握り項垂れた



「くそっ、何でこんなお気楽能天気女の気持ちが報われて俺の気持ちは一向にリンカさんに伝わらないんだ…」

「ん?」

「でもなぁ…、俺にも口滑らせた責任あるし仕方ないよなぁ…」

「ちょっとラウル、何ぶつぶつ言ってるの?」



納得行かないと言った様子で何やら呟き続けるラウルにが声を掛けると、ラウルはジョッキの残りを一気に飲み干しをびしっと指差した



「おい

「な、何?」

「お前、ソールの事好きだよな?」

「は?何なの急に…」

「良いから言え。ソールの事、好きだよな?」



は急な問いかけに驚くが、ラウルの異様な気迫に押されて思わずこくりと頷く



「す、好き…です」

「良し。じゃぁお前がソールの事好きになった切欠って何だ?」

「へ!?何でそんな事…」

「あー、気にすんな。単なる好奇心だよ、お前がソールを好きってのは今まで嫌になる程聞いてたけど切欠って聞いた事無かっただろ」

「あれ、そうだっけ?」



マスターから追加の酒を受け取りながら、ラウルはカウンターに片肘を付いてに話を促す



「つーかソールが赴任して来た日、お前ステラードに居なかったよな」

「あぁ、うん。あの日は仕事でデザートボアを狩りに行ってたから、ソールさんに初めて会ったのは狩りから帰った時かな」

「もしかして一目惚れか?」

「いや、そう言う感じでも無いんだけど…」



ラウルの言葉に首を捻りながら答え、は当時の事を思い出しながらぽつりぽつりと語り出した



「ぇっと…、私ってユリエ達と違ってトレジャーハンターじゃ無いただのハンターでしょ?」

「ん?そういやお前護衛とか討伐しかしてないよな。宝探しで一攫千金とか考えて無いのか?」

「いやぁ、トレジャーハンターって古文書読み解いたり遺跡の謎を探ったり情報共有したりお宝について勉強しなきゃいけないからさ…」

「あぁ、お前馬鹿だもんな」

「…そうハッキリ言われるとムカつくけど、まぁその通りって言うかお宝探しの為の下準備が既に性に合わないって言うか何て言うか…」



は組んでいた腕を解き片手で頭を掻きながら溜息交じりに呟く



「だから目の前の敵を狩れば良いハンターの方が向いてるって思って私はずっとこの仕事続けて来たんだ」

「なるほどな」

「でも、同じ大地に生きる物を街や人の為とは言えこちらの都合で殺して良いのかって疑問もずっとあって…」



はそう言いながら視線をカウンターへと落とす



「人間に害をなすモンスターとは言え、倒した後に血塗れの自分を見るとこんな事で良いのかって後悔する事もあって、
でも私は馬鹿だから目の前の敵を倒す以外の事なんて出来なくて…、本当は黄昏の原因の究明とか回避方法の発見とか出来れば良いんだけど」

「お前も案外色々考えてたんだな…」

「まぁね。そんな感じで悩みながらも生きる為に仕事はしなきゃいけないし、ソールさんが赴任して来た日もさっき言った通り私はボアの討伐に出てたんだけど」

「随分でっかい奴が大木広場に出るようになった時だっけな」

「そうそう。あの時は皆他の案件で出払ってたから私が一人で行く事になったんだけど、予想以上に手強くて予定より時間掛かっちゃって…」

「あー、そういやお前珍しくボロッボロになって帰って来たもんな」

「笑い事じゃないよ…。聞いてた以上に大きいせいで持って行った猟銃じゃ致命傷にならないし、麻酔弾は効かないどころかむしろ暴れだすし、
結局解体用に持ってた短刀で目とか口の中とか柔らかい箇所を滅多刺しにしてようやく倒せたんだから。あの時は本当死ぬかと思った…」



当時の死闘を思い出しながらげんなりとした様子で首を振るの肩を叩きながらラウルは豪快に笑う



「まぁボロボロとは言え大した怪我も無く生きてて良かったじゃねぇか」

「いやもうホント生きてて良かったよ…。まぁそんな感じで巨大ボアの討伐も済んでこっちに戻ってそのままの足で財協に報告しに行って、
そしたら数日前に中央から赴任して来たって事でラウルがソールさんを紹介してくれたんだよ」

「そうだったっけか」

「うん。で、普通に挨拶して"宜しくお願いしまーす"って握手するつもりで手を差し出したは良いけど、
さっきも言った通り私全身ボロボロだし返り血とか付いてるそりゃもう酷い状態でさ…」

「あー…」

「しまった!!って思って慌てて手を引っ込めようとしたんだけど、ソールさんは嫌な顔一つしないで手袋を外して私の手を握ってくれたんだよね」



その時の様子を思い出しているのか、は自分の右手を眺めながら嬉しそうに笑う



「まずそれで私の心臓は射抜かれる訳じゃない?」

「いや、知らねぇよ」

「でも更にその数日後にたまたま財協内でソールさんと話す機会があって、その時にあんな状態で握手なんか求めてすいませんって謝ったの。
それでついでに少しだけ私が普段やってる仕事の内容について話したんだけど、ソールさんに説明しながら改めて自分のやってる事が野蛮で
酷い事だなぁって思えちゃって恥ずかしくなって、思わず"女の癖にハンターしか出来ないなんて笑っちゃいますよね"って言っちゃって…」

「へぇ」

「そしたらソールさんは"男性でも女性でも、自分に出来る事を理解し実行している人を笑う趣味は私にはありません"って言ってくれて、
"ましてやステラードや街の人々の為に戦う貴女を野蛮だとは思いません"って…!!」



ラウルにソールの台詞を聞かせながら、は両手で両頬を押さえてきゃぁきゃぁと一人で黄色い声を上げる



「それで"あぁ、この人は周りの評価や心証や噂話に関係無く人を評価出来る人なんだ"って思ったら何か気になっちゃって、
それから財協に行く度にこっそり様子伺ったりしてたんだけど、そうしたらもう好きになる一方だったんだよね。
真面目で頭良くて仕事出来て動じなくてでも冷たい訳じゃなくてホムラとも仲良しでお菓子も作れて格好良いのに時折ちょっとお茶目で可愛くて…」

「おいおい、随分と惚気てくれるじゃねーか…」



ラウルはそう言ってうっとりとした表情でソールへの賛辞を唱え続けるに苦笑すると、おもむろにの背後に向けて声を掛けた



「だそうだ。どうだソール、いい加減自分の愛されっぷりが理解出来たか?」

「へ?ラウル何言って…」



急に妙な事を言い出したラウルの視線を追ってが振り向くと、すぐ傍のテーブルに座っていたソールと目が合いは硬直する



「………ぇ」

「どうも。話は聞かせて頂きました」

「………っ」

「………」

「………!?」

「………」

「はぁ!?!?!?」



たっぷりとした沈黙の後、ようやく事態を把握したはカウンター用の高めの椅子から立ち上がろうとした勢いでそのまま後ろへと倒れた



「あの、大丈夫ですか?」



思いっきり椅子から転げ落ちたに流石のソールも慌てて声を掛けるが、は勢い良く起き上がると千切れそうな勢いで首を振って後ずさった



「だっ、ダイジョブ!!です!!って言うか、は!?なっ、ぇ、嫌、何?何でソールさん!?」



いくら飲んでも顔色一つ変えなかった顔を耳まで真っ赤にしながらはラウルに説明を求める

しかしラウルはしれっとした様子でジョッキの中身を飲み干しながら事も無げに言い放った

「いや実はな、此処に来る前にうっかり口を滑らせてお前の事喋っちゃってな?そしたらソールがお前の口から聞きたいって言うから連れてきた」

「っ何してくれてんの!?本人目の前にしてあんな惚気全開とか恥ずかし過ぎるでしょ!?死ぬでしょ!?むしろラウルが死ぬ!?死にたいの!?」



がラウルの胸元を掴んでがくがくと揺らして叫ぶと、ラウルは"解った解った"と軽く流しながらの肩を掴むとくるりとソールの方へ向けた



「おいソール」

「はい」

「後は頼んだ」

「はい?」



そしてそのままの身体をソールの腕の中に押し付けると、ラウルは立ち上がってソールとをぐいぐいと店の外まで押し出した



「俺はもうちょっと飲むから。幸い明日は休みだしな、どうぞごゆっくり」



にやにやとした表情でそんな言葉を残すと、ラウルは店の扉を閉めてしまう



「………」



暫くラウルによって締め出された店の扉を見つめていたソールは、未だに自分の腕の中に収まっているに声を掛けた



「とりあえず…、少し歩きましょうか」

「………」



そんなソールの問いに抱きかかえられたまま緊張と混乱で顔を上げる事も出来ないがどうにか頷くと、

ソールはの身体から離れ、変わりにの左手を取って店を後にした



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「………」

「………」



酒場を後にした2人は、ステラード広場を抜けて街の水源へとやって来た

2人は互いに沈黙したまま水源傍のベンチに腰掛け、辺りには水を供給する噴水の音だけがざぁざぁと響いている



「………」

「………」

「あの…」



やがてその沈黙を破ったのはで、ようやく顔の赤みも引き始めたらしいはぎこちない様子でソールに尋ねた



「その…、さっきの話、なんですけど…」

「さっきの?あぁ、さんがラウルさんに話していた盛大な惚気話の事ですか?」

「…ッ」



が自ら申告するのが恥ずかしくて言葉を濁した事を解った上で、ソールはあえてが濁した内容を口にする

すると折角治まっていたの頬は再び真っ赤に染まり、ソールはそんなを見て僅かに口の端に笑みを浮かべた



「顔、真っ赤ですよ」

「なっ…、だって…!!」

さんは本当に表情豊かですね」

「っ誰のせいですか…」



恥ずかしさのあまり両手で顔を押さえて顔を背けるの横顔を見つめながら、ソールはしみじみと呟く



「貴女のそうやって表情がころころと変わる所はとても魅力的だと思います」

「み、魅力的って…」

「でも、誰と話していても明るくて楽しそうだからこそ、私はさんが私を好きだと聞かされても実感が持てなかったんです」

「へ?」



言葉の意味が理解出来ず背けていた顔をソールの方へ向けると、じっと自分を見つめているソールと目が合いは息を飲む



「…どう言う事、ですか?」

「私がさんと話す機会は多く無かったですが、話す事があっても私に対しては何処か余所余所しかったじゃないですか。
それなのにラウルさんや他の人と話している時は楽しそうで…。まぁ早い話が少し嫉妬していたんです。ラウルさんには特に」

「嫉妬…、ソールさんが?」

「はい。まぁ余所余所しかったのは緊張していたからだと解って納得も行きましたが」

「ぅ…」

「正直、私は貴方にあまり好かれてはいないだろうと思ってましたし」



ソールはそう自嘲気味に呟くと、一つ息を吐いた後で改めてを真っ直ぐ見つめふわりと微笑んだ



「でも、今日の事でそれが私の勘違いだと解って良かったです。私も、さんの事が好きですから」

「ぇ…」



ソールの口から当たり前の様に飛び出た台詞に、の思考と身体は動きを止める

驚いた表情で固まるを何処か楽しそうに眺めながら、ソールは隣に座るの方へ身体を向けた



「貴女が好きです」



もう一度、に言い聞かせるようにハッキリと言葉にしてソールはじっと目の前のを見つめる



「信じられませんか?」

「いえ、その……、信じるって言うか…だって、だって……」



はソールの問いに未だに自身の身に起こった事を理解出来ていない様子で答えながら狼狽えるが、ソールは気にせずに続ける



「では信じて貰えるまで何度でも言い続ける事にします」

「ぇ、と…」

「それとも、もっと確実に伝わるようにした方が良いですか?」



ソールはそう言うと手袋を外し、左手での頬にそっと触れた



「…っ!?」

「好きですよ。私が知っている事は僅かですが、貴女の真っ直ぐな所も、喜怒哀楽がハッキリしている所も、強い所も、弱い所も」

「ソ、ソールさ…」

「出来ればもっと良く貴女を知りたいと思っています。…ラウルさんやホムラよりも」

「ぁの…」

「すみません、私は案外嫉妬深いようです。…格好悪いですね」

「………」



珍しく饒舌なソールにはただただ目の前のソールを見つめる

しかしふと右頬に触れているソールの左手が微かに強張っている事に気付き、はその手に自分の右手を重ねた

そして緊張しているのはソールも同じなのだと理解した瞬間、緊張よりも嬉しさが込み上げるのを感じは思わず口を開く



「ソールさん」

「はい」

「私も、お世話して貰えるホムラやソールさんと普通に会話出来るロッテやエスカさんが羨ましくて、嫉妬してました」



真っ直ぐにソールを見つめ、は恥ずかしそうに笑う



「私は頭も悪いし、繊細さの欠片も無いし、私の事を知れば知る程ソールさんには呆れられちゃうかもしれません…。
それでもやっぱりソールさんの事が好きだからソールさんには私の事知って欲しいし、私もソールさんの事たくさん知りたいです」

さん…」

「だから、あの…。ゎ、私とお付き合いして下さい!!!!」



真夜中と言う時間帯には少々不釣り合いな声量で伝えられた精一杯の告白

ソールはそんなの台詞に小さく笑みを漏らすと、の右頬に触れたまま自身の顔を近付ける

少しの間無言で見つめ合った2人の唇は、やがてどちらとも無くゆっくりと重なった






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「そう言えば、さんはホムンクルスになりたいそうですね」



水源から目抜き通りへと帰る途中で、ソールが思い出した様にに尋ねる



「なっ、何でそれを…!?」

「今日酒場までの道中でラウルさんに聞きました」

「あいつ…!!」

「まぁホムンクルスになったさんもきっと可愛いだろうとは思いますが」

「可愛ぃ…っていや、違うんですよ。私は別にホムンクルスになりたい訳じゃなくて…」



可愛いと言う単語に一瞬照れながらも首を左右に振り弁解するに、ソールはやや悪戯な笑みを浮かべて問い掛ける



「訳じゃなくて、なんですか?」

「その…、ホムンクルスになったら、ソールさんにお世話して貰ったり…甘えられるかな、って…思って……」



はあまりにも短絡的かつ稚拙な理由に自分でも恥ずかしくなりつつその理由を説明すると、ソールは納得した様に頷いた



「なるほど。それなら良かったですね」

「?」

「これからは好きなだけ甘えて貰って結構ですから」



そう言って相変わらず赤面し通しのの手を握ると、はソールを見上げて恥ずかしそうに、それでもとても嬉しそうに笑う

そんなの笑顔にソールもまた微笑み、繋いだ手の温もりを互いに感じながら夜の街を出来るだけゆっくりと歩いた

その頃酒場ではラウルが伝わらないリンカへの想いを叫びながら自棄酒を煽っていたが、それはまた別の話







-END-




2014/09/20