今日はとソールが恋人同士となってから数回目の休日

約束の時間から1時間程前にも関わらず、は既に其処に居た



「流石に早く来過ぎたかな…」



2人きりで出掛けるのは今日が初めてのせいか、昨日は興奮と緊張とで良く眠れなかったらしい

仕事の時とは違い、選びに選び抜いたふわりとしたスカートのワンピースを着たはそわそわと落ち着かない様子で辺りを伺う

約束の時間までは後数十分

今日のソールさんはどんな格好だろう、食事は何処でしよう、仕事用の道具も見たいけど、デートで武器屋はおかしいかな?

くるくると脳内で1人そんな事を考えていると、時間はあっという間に過ぎてしまいそうだった



「………」



そしてはふと傍にあった店の窓ガラスに映る自分に気付き、変じゃないかな、髪の毛は跳ねていないかな、と心の中でチェックする

やがてそんなソールの到着を待つの背後から声を掛けて来たのは、ソールでは無く2人組の男だった



「ねぇねぇ、君可愛いね、誰かと待ち合わせ?彼氏?」



そんな如何にもと言った台詞にが振り返ると、其処には如何にもと言った風貌の若者Aと若者Bがニヤニヤとした表情を浮かべていた



「そうですよ、見ての通り待ち合わせです。今から彼氏とデートなんで」



頭の悪そうなAとBにはにこやかに返して相手の反応を伺う



「やっぱデートかぁ〜。でもさ、君結構前から此処に居るけど彼氏全然来なくない?」

「彼女待たせる男なんてロクでも無いって。それより俺達と遊びに行こうよ」



AとBはそんな台詞と共にへの距離を詰める



「私が楽しみ過ぎて早く来ちゃっただけで、約束の時間まではまだ大分ありますから」



は少し苛立ちながらも、まだどうにか笑顔を保ち答える

しかしAとBはそんなの様子に気付くこと無く、2人揃って茶化す様に笑い合った



「デートが楽しみで早く来ちゃうとかまじ可愛すぎるでしょー」

「いやぁ、こんな可愛い子とデート出来るなら俺なら2時間は早く着いちゃうわ」

「確かに。でも君の彼氏はそうでもないのかなー?」

「何々?倦怠期?あんまり愛されてない系??」



代わる代わる好き勝手に話を続けるAとBに、の眉間には皺が寄り、額には徐々に怒りマークが現れ始める



「俺さぁ、男ってのは女の子を守ってあげないといけないと思う訳」

「そうそう。デートすんなら家まで迎えに行く位はするよな〜」

「そんな事もしてくれない彼氏とかヤバくない?別れちゃった方が良くない?」

「俺達結構強いし、君の彼氏より役に立つよ?」



が怒りを堪える為に俯いている事を良い様に解釈したのか、AとBは更に調子に乗ってペラペラと捲くし立てる

先程から黙って聞いていれば随分と馬鹿にした事を言ってくれるじゃないか、と、ついにの拳がぐっと硬く握られたその時



「失礼ですが、私の恋人に何か御用でしょうか」



AとBの背後から、いつも通りの落ち着いた口調に幾分かの怒気を含んだソールの声が聞こえた

そんなソールの声に顔を上げたは、振り返っているAとBを押しのけソールに笑顔で駆け寄る



「ソールさん!!」

「お待たせしてすみませんでした。…この方々は?」

「全然待ってないです!!ぁ、この人達は単なるナンパの人達ですから気にしないで良いですよ」

「そうですか」

「はい!!そんな事より早く行きましょう」



はAとBに一瞥をくれた後まるで興味が無さそうに視線を逸らし、キラキラとした表情でソールを見上げる

しかしのそんな態度にプライドが傷付けられたのか、AとBは互いに顔を見合わせると左右に分かれソールを挟む様にして立ち塞がった



「へぇー、これが君の彼氏?」

「何か冴えないっつーか弱そうっつーか」

「如何にもお坊ちゃんみたいなタイプ?」



AとBはソールととを見ながらヘラヘラと馬鹿にしたように笑う



「こんなひょろい奴じゃ君には相応しく無いんじゃないの?」

「そうそう。これじゃぁ俺達みたいのに一発でやられちゃうよ?」



Aの台詞に同調しながらBは握った右手を自身の左手で掴みながら下品な笑みを浮かべる

この時点での怒りは頂点へと達していたものの、ソールの前と言う事もあり暴力に訴える事はせず静観していた

しかしBの腕がソールの肩へと伸びた瞬間、の身体は考えるよりも先に動いていた



「っ!?」



ソールの肩を掴もうとしていたBの身体は一瞬宙を舞い、Bが浮いていると認識した次の瞬間には地面へと叩き付けられていた



「は…?」



Aは突然地面に倒れたBを見下ろすが、何が起きたのか理解出来ず瞬きを繰り返す

辛うじて理解出来たのは、今までソールの少し後ろに居た筈の女が今はBの肩を踏み付けながら小型のナイフをBの後頭部に向けていると言う事だけだ



「薄汚い手でソールさんに触ろうとしないで…?」



はナイフをBの後頭部に向けたまま冷たく静かに声を掛けるが、Bは叩きつけられた衝撃で気絶したらしく返事は無い



「…ねぇ」



Bの反応が無い為、が仕方なくAへと視線を向け声を掛けるとAはひっ、と情けない声を上げた



「こいつを連れて今すぐ此処から立ち去るのと、私にこのままやられちゃうの、どっちが良い?」



はBの肩から足をどかし、一歩後ろに下がりながらAに尋ねる



「なっ…」



Aは高圧的なの物言いに反射的に反抗しかけたが、の目から明らかな殺意を感じて思わず息を呑んだ



「5秒だけ待ってあげるから決めて頂戴。5、4、…」

「ちょっ、待っ…」

「3、2…」

「っ覚えてろよぉぉぉぉぉ!!!!」



結局の殺意を孕んだ瞳と反論や反撃をする間も無く進むカウントダウンに気負され、AはBを担ぎ上げるとお決まりの捨て台詞を残し逃げて行った



「全く…」



小さくなるAとBの背中を見送ったは小さく息を吐きナイフを元あった位置へと戻す



「…そんな所に収納してあったんですか」



スカートの中、太もも辺りにベルトで装着された鞘にダイビングナイフを戻すを見て、ソールは感心した様に呟く

そんなソールの一言で我に返ったは、勢い良くスカートを押さえるとソールの方へと振り返り酷く慌てた様子で首を振った



「ちっ、違うんです!!これはあの、護身用って言うかハンターの性と言うか…、丸腰だと落ち着かなくて……!!」



デートに刃物を持って来ている事に後ろめたさを感じているのか、あまりにも勇ましい姿を見せた事を悔いているのか、

は今にも泣きそうな顔であわあわと右往左往している

ソールはそんなの傍へ歩み寄ると、を落ち着かせる為に頭を優しく撫でた



「気にしなくて大丈夫ですよ。おかげで助かりました」

「ソールさん…」

「怪我はありませんか?」

「ぁ、はい。私なら大丈夫です!!」



不安そうな顔で自分を見上げるに傷など負っていないか確認したソールは、が無事である事が解るとに手を差し出す



「では、気を取り直して行くとしましょう」

「…はい!!」



まるで子犬の様にキラキラとした顔で差し出された手を取るからは、先程男を足蹴にしていた姿などまるで想像付かなかった



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「と、まぁそう言った事がありまして…」



初デートから数日後

財協内で何やら悩んでいる様子のソールにラウルが声を掛けた所、先日の出来事を聞かされたラウルは溜息交じりに呟く



「相っ変わらずキレ易いなぁあいつは…」



ソールは机の上で組んだ両手に顎を乗せ、考え込むように目を伏せる



「まぁさんが激昂した事やナイフを取り出し男性の肩口を踏み付けていた事については全く問題ないのですが…」

「いや問題大有りだろ…」

「私としてはやはり女性に守られるようではいけないのでは無いか、と思いまして」



独り言のように呟いて閉じていた目を開くと、ソールは立ったまま話を聞いているラウルを見上げた



「と言う訳で、身体を鍛えるには何が効果的なのか悩んでいた所です」

「なるほどな…」



ソールの悩みの種について理解したラウルは、なるほどと頷いた後で首を傾げた



「でもは今のままのお前で別に良いんじゃないのか?」

「えぇ。さんならそう言ってくれるでしょう」

「だったら別に良いじゃねぇか。大体ムキムキになったソールなんて想像したくないぞ…?」



想像したくないと言いつつ想像してしまったのか、ラウルは冷や汗交じりに首を振る

しかしソールは気に止めた様子も無く淡々と言葉を続ける



「何もそこまで鍛えるつもりはありません。ただせめてさんの足手纏いにはならない様にと思っているだけです」

「でもデスクワークしかしてないお前じゃ限界あるだろ」

「それは解りませんよ、私の父は昔討伐班のリーダーでしたし」

「お前の親父さんが?そりゃ以外だな…」



言葉の通り少し驚いた顔を見せるラウルの前で、ソール自身の父親であるはコルランドの姿を思い浮かべる



「父は今でこそ一線は退いていますが、今でもトレーニングは欠かさないようですし、やはり継続する事が大事なんでしょう」

「そうか、まぁ俺も今は滅多に街から出る事は無いが未だに筋トレは日課だからな」

「私は全面的に母親似の様ですが、父があの体格なら私にも少しは素質があっても良いと思うんです」

「俺が見た感じじゃお前の身体には筋肉は付かなさそうだけどな…」



真剣な面持ちでそう話すソールを見下ろして呟いたラウルは、ふと思い出した様にソールに尋ねた



「あぁそうだ。親父と言えばお前、からあいつの生い立ちについてはもう聞いたか?」

「生い立ちですか?いえ、特には…」



急な話の展開にソールは不思議そうな顔でラウルを見上げる



「あー…、そうか、まだか」

「何かあるんですか?」

「いや、あるっちゃあるんだが…、まぁその内あいつから話すだろうから」

「…そうですか」



ソールの問いに微妙な言葉を返すラウルに、ソールはそれ以上深く追求する事はしなかった



「まぁとりあえず、だ。もし本当に鍛える気があるならお前の場合まずは受身とか回避とかに力を入れたらどうだ?」

「回避ですか…。確かに、それも良いですね」

「だろ?お前が万が一襲われたとしても怪我さえしなきゃあいつだってそこまで暴走しないだろうしな」



そう言って苦笑気味に呟くラウルにソールも頷き、今後はラウルが暇な時に稽古を付ける、と言う事で話はまとまった



「さて、俺はちょっと出てくるわ」

「解りました。夕方にはペリアン氏との面会があるのでそれまでには戻って下さいね」

「へいへい。んじゃまた後でな」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



財協を後にしたラウルはそのまま辺りを見回しながら目抜き通りを抜け、ステラード広場の一角に目的の人物を見つけると背後から声を掛けた



「おいこら



名前を呼ばれたはラウルの声に振り返ったが、その表情は何処か物憂げでラウルは思わず尋ねる



「どうしたんだその顔」

「…うぅ……ラウル〜…」



何かあったのかと尋ねるラウルを見上げたは、ラウルの顔を見た瞬間今にも泣きそうだった顔を崩して飛び付いた



「うおっ、何だよ急に!?落ち着け、とりあえず落ち着けって!!つーかこら鼻水付けんな阿呆!!」



思い掛けないの行動に驚きながらも、ラウルはひとまずベンチへとを誘導し座らせると自分も隣に腰を下ろす



「落ち着いたか?」

「うん…」



尋ねるとぐすぐすと鼻をすすりながらもこくりと頷くに、ラウルは改めて問い掛ける



「で、一応聞くが何があったんだ?」

「……この前の休日、ね」

「おう」

「ソールさんとデート、だったんだけど…」



が若干嗚咽交じりに語り始めたその内容は、つい先刻にもソールから聞いたばかりの内容だった

要するに、ソールの前だと言うのに男に足払いをかまし、倒し、踏み付け、デートにも関わらず身に着けていたナイフを取り出した事を後悔しているらしい



「ソールさんは気にしないでって言ってくれたんだけど、女として駄目過ぎるよね…!?」



内容もさる事ながら悩んでいる事もほぼ同じ2人に、ラウルはげんなりとした様子で深く息を吐く

傍から聞いていればある意味惚気にしか聞こえない内容も、当人達にとってはそうでは無いらしい

深刻そうな様子で俯くの横顔を見ながら、ラウルはに声を掛けた



「なぁ、お前はナンパ野郎に何も出来なかったソールを嫌いになったか?」

「そんな事ある訳ない…」

「そうだよな、お前はソールが戦えなかろうが何だろうが好きだよな」



ラウルの言葉には無言で力強く頷く



「ソールもそれは同じだろ。お前が阿呆みたいに強くて女らしくなくてやんちゃで跳ねっ返りでキレ易くてもそんなお前が好きなんだって」

「うん………って、何か私の時だけ悪口部分多くない?」

「気のせいだ。つーかだな、お前もソールも肝心な部分をお互いに言わなさ過ぎんだよ」



心底呆れた様に呟き、ラウルは両手での両頬を摘んで左右に引っ張った



「お前さぁ、俺に泣きつく位ならソールにそのまま思ってる事伝えてやれよ」



そんな言葉と共に両手を離すと、は少しむっとした顔で自分の両頬を擦りながら答える



「そ、そんな恥ずかしい事…」

「馬鹿野郎、恥ずかしかろうが何だろうがそれですれ違ったら元も子もねーだろうが」

「ぅ…。いや、でもさぁ…」



ラウルの最もな言い分にたじろぎながらも、は頬を押さえていた両手で顔全体を覆う



「今の私、ソールさんの事が好き過ぎて何かもうストーカーみたいだし自分で自分が怖いくらいなんだもん…」

「…俺もお前がこんなにデレッデレなのは見てて怖いわ」

「だからさ、そのただでさえ女らしさが欠如してる私が更にこんなに気持ち悪いって知られたら絶対に嫌われるじゃん!!」

「だからよ、まずは話し合えっつってんだよ。うだうだ考えてるだけじゃ何も変わらねーだろって」

「うー…」

「うーじゃない。…って、あぁそうだ」

「ん?」



往生際の悪いに言い聞かせながら、ラウルはようやく本来の目的を思い出しに告げた



「こっちが本題なんだけどな。お前、ソールに自分の身の上話もちゃんとしとけよ?」

「ぇ?身の上って…。あぁそっか…、まだ話してないんだっけ」



ラウルの助言に首を傾げたは、ソールにまだ伝えていない事があった事を思い出し覆っていた両手を外して呟く



「そうだね…、流石にそれは近々ちゃんと話さなきゃね」

「こう言うのは後に伸ばしても良い事無いからな」

「そう…だよね、うん。ちゃんと話すよ」



頷くラウルの横に座っていたは、何かを決意したように立ち上がるとその場で大きく深呼吸を繰り返す

そんなを呆れ顔で眺めながら、ラウルは冗談交じりに文句を付ける



「何で俺がくっついた後まであーだこーだお前らの世話を焼かなきゃいけないんだ…」

「ごめんごめん。何かラウル相手だとついね」

「ったく、俺はお前の親父じゃねぇぞ」



先程ソールとの会話でも父親についての話が出た事を思い出しながら呟くと、はくるりとラウルの方を振り返った



「そりゃそうだ。ラウルはお父さんじゃなくて、私の"お兄ちゃん"だもんね」



そう言って照れくさそうに笑うと、は気合を入れるように両手をぎゅっと握って 良し、と呟く



「それじゃぁ私、ちょっとソールさんの所に行って次のデートの約束取り付けて来るね!!」

「は?今からか?」

「うん。こう言うのは後に伸ばしても良い事無いからね」



はそう言って無邪気な笑みを浮かべると、それじゃぁ行ってきます、と言う一言と共に背を向けて走り出し、

あっという間にステラード広場から姿を消した

そんなの背中を見届けたラウルは、"お兄ちゃん"と言う響きにくすぐったさを感じながら口の端に笑みを浮かべた



「…さっさと兄離れしやがれ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



それから数日後の休日

ラウルと話をした後で財協のソールの元へ向かったは、次の休みに話したい事があるからと約束を取り付けた

やや深刻そうなの様子から落ち着ける場所が良いと判断したソールの提案によりソール宅へと訪問する事になったが、

にとっては返って緊張度合いが増すだけの結果となった事は言うまでも無い



「……」



結果として相変わらず少し早めに着いてしまったは、ソール宅の玄関の前で目の前の扉を緊張した面持ちで見つめていた

先日のデート同様精一杯のお洒落をした可愛らしい格好とは裏腹に、まるで今から戦地に赴くような表情をしている



「……………良し」



暫くの間扉の前で思い悩んでいただったが、ようやく決心がついたのか恐る恐る扉横のチャイムに手を伸ばした

一瞬戸惑いながらも何とか指がチャイムに触れ、程なくして扉の向こうからはパタパタと言う足音が近付いて来る



「いらっしゃい、待っていましたよ」



扉が開き、そんな台詞と共にを迎えたソールは私服姿にシンプルなエプロンを纏っておりは思わず動きを止めた



「………」



いつもと違う、少し無造作な髪型やラフな服装にエプロン姿と言う出で立ちにが目を奪われていると、ソールは不思議そうに声を掛ける



「どうかしましたか?」

「っあ!!いえ、何でもないです!!」

「そうですか?まぁとりあえず上がって下さい」

「ぉ…お邪魔します…」



ソールに促され、はそのまま案内されたリビングのソファへと腰を下ろす

を案内した後キッチンへと消えてしまったソールを待つ間、は緊張しながらもくるりと部屋の中を見渡した

一人暮らしにしてはやや広めのリビングは、あまり物が無いせいか少し寂しさを覚える

カーテンや家具は全体的に落ち着いた雰囲気で、いかにもソールさんらしいなぁなどと考えているとソールがキッチンから戻って来た



「お待たせしました」



そう言って目の前のテーブルに並べられたティーカップと焼き菓子に、は目を輝かせる



「美味しそう…!!これ、もしかしてソールさんの手作りですか?」

「もちろんです。今日のは自信作ですよ」



が尋ねるとソールは当然とばかりに頷き、言葉通り自信有り気な表情を浮かべる

そんな少し子供っぽい笑顔を見せるソールに、は胸を射抜かれ咄嗟に視線を逸らす

しかしソールは気付いていない様で自身もの隣に腰を下ろした



「さぁ、焼き立ての内にどうぞ」

「ぁ、そうですよね。ぇと…それじゃぁ頂きますっ」



一目見るだけで手が込んでいる事が解る様々種類のクッキーの中から、は少し迷って1枚を手に取るとそのまま口へと運ぶ

が選んだのは一番シンプルな物だったが、サクっとした軽い感触と共に香ばしいバターの香りと程好い甘みがふわりと口の中に広がる



「美味しい…!!美味しすぎますソールさん!!」



思わず興奮気味に隣に座るソールに伝えると、ソールは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた



「気に入って頂けて良かったです」

「ソールさんのお菓子って今までも何度か貰った事あったし全部美味しかったですけど、今日のこのクッキーは何か別格です」

「解りますか?私は普段、お菓子はストレス発散の為に作っている事が多いんですが…」



の言葉に答えながら、ソールも1枚口へと運ぶ

そしてその出来栄えに満足したように頷くと顔をの方へと向けて淡々と呟いた



「今日のは貴女だけの為に作りましたから、きっとその違いでしょうね」

「……っ」



そんなソールの台詞には息を呑み顔を赤くしたものの、何故かすぐにその表情を曇らせ俯いてしまった



「…さん?」



急に沈んでしまったを心配したソールが声を掛けると、は両手で顔を覆い酷く落ち込んだ様子で答える



「ごめんなさい、何かちょっと自分が情けなくなっちゃって…」

「情けない…?何がですか?」

「だって、私が作れる料理はラウルやユリエに男飯って言われるレベルで、ナンパは1人で撃退出来ちゃって、
いくら飲んでも酔わなくて、ましてやソールさんの為に美味しいお菓子を作れる訳でも無くて…、何かもう女としての自信が……」



はそう自分で自分に駄目出しをしながら益々深く項垂れて行く

するとの話を黙って聞いていたソールは、項垂れているに向かって同調するように語り掛けた



「それを言うなら私だってデスクワークしか出来ないですし戦闘はホムンクルス任せですし、
挙句の果てには自分の恋人すら満足に守れない所か守って貰う始末ですから男としては相当情けないですね」



ソールの口から出たそんな自虐を聞いたは、顔を覆っていた両手を離し勢い良く顔を上げて訴える



「っそんな事無いです!!ソールさんは冷静で頭も良くて、いつだってとっても素敵で格好良いです!!!!」



前のめりになりながら必死の様子で力強く主張するに、ソールは小さく笑みを漏らしての髪の毛に触れた



「私も、さんはいつだって明るくて素敵な女性だと思っています」

「っぇ………ぁの…」

「そうやってすぐに赤くなる所も、とても可愛らしいですよ」

「……っ」



そう言って悪戯っぽく笑いながら、ソールは掬い上げたの髪の毛にそっと口付ける

はそんなソールの予想外過ぎる行動に耳まで赤くしながら思わずソファの端まで後ずさった



「大丈夫ですか?」

「なっ、ぁ…、あんまりからかわないで下さい…」

「すみません。からかったつもりは無かったのですが」



しどろもどろになりながら座り直したは、恥ずかしさを誤魔化す様にテーブルの上のティーカップに手を伸ばす

そして紅茶を口にしながら何か話題を変えねばと考え込んだ所で、ようやく当初の目的を思い出しちらりと隣に座るソールを横目で伺った

ソールも同様紅茶を手にしており、の視線に気付くとの方へ顔を向けて軽く首を傾げる



「どうかしましたか?」

「ぁ、いえ…。えぇと……」



ソールの問いには少しの間考え込み、やがてテーブルの上でカップを戻すと改めてソールへと身体を向けた



「あの、そう言えば今日の本題と言うか…。一つ、話さなきゃいけない事があるんですけど…」

「話さなきゃいけない事…ですか?」



のやや改まった表情を見たソールは、自身もテーブルにカップを戻し言葉の続きを待つ



「はい。実は、何て言うか…、私の生い立ちについて、なんですけど」

「生い立ち…」



その言葉にソールはふと先日のラウルの言葉を思い出す



「大した事では無いんですが、私…、実は肉親が居ないんです」

「…え?」

「私の両親は商人だったんですけど、私が9歳の頃行商に行く途中で船が魔物に襲われて、お父さんもお母さんも私を庇ってそのまま…」

「そう…だったんですか」

「両親は外の街からの移民だったので私には親族も身寄りも無くて。でも、そんな時に私の面倒を見てくれたのがラウルだったんです」

「ラウルさんが?」

「はい。当時ラウルは17歳だったんですけど、両親が襲われた時に同じ船にラウルも乗り合わせていたんです」



は当時の事を思い出しながらぽつりぽつりと語る



「まだ街に馴染んでいない状態で突然両親が居なくなって、私はどうしたら良いのか解らなくてただ泣くしか出来なくて…。
ラウルはそんな私に"今は泣いても良い。でも泣いてるだけじゃ駄目だ"って言ってくれて、それから私に1人で生きる基礎を教えてくれました」

「彼らしいですね」

「ですよね。昔から優しくて責任感が強くて人望もあって…、今では私にとって本当のお兄ちゃんみたいな存在なんですよ」



少し照れくさそうに話しながら、は笑う



「私がハンターを目指すって決めた時は流石に少し驚いたみたいだったけど、でも結局応援してくれましたし」

「…さんがハンターになったのは、ご両親が魔物に襲われたからですか?」

「んー…。敵討ちって訳では無くて、これ以上私と同じ思いをする子を出したくないなと思って…。
まぁ前に話した通り頭の出来が良くなかったって言うのもあるんですけど」



そうして一通り自分の過去について話をしたは、一息付く意味でクッキーに手を伸ばし紅茶を口にする

予想外のの生い立ちに、ソールは何と声を掛けたら良いのか解らず黙り込んだ



「………」

「ぁ、でも11年も前の事ですし今はこうして毎日元気で幸せですし全然大丈夫なんですよ?」



反応に困っているソールに気付いたが慌てて付け加えると、ソールはそうですか、と少し安心した様に呟いた後で、ふと思い立った疑問を投げ掛けた



「しかし、どうして急にこの話を?」

「えぇと、元々ソールさんには話すつもりだったんですけど、この間ラウルに言われてまだ言ってなかった事を思い出して…」



ソールの質問に対し、は先日のラウルとのやり取りを説明しながらソールに向かって決まりが悪そうに笑う



「本当ならこう言う事は付き合う前に言うべきだろうって思ってたんですけど、すっかり言いそびれてたので早くしなきゃと思って」

「そうだったんですね」

「はい。告白した時にも伝えましたけど、ソールさんには私の事もっとたくさん知って欲しいから…」



そう言ってはほんのりと頬を染めながら恥ずかしそうに笑い掛ける



「………」

「…ソールさん?」



そんなの笑顔から伝わるのは自分に真っ直ぐと向けられた純粋な好意で、

ソールは湧き上がった感情を抑えきれず衝動的にの身体を引き寄せ抱き締めた



「わっ!?」



思い掛けないソールの行動に目を丸くするを、ソールは存在を確認するようにぎゅぅと抱き締める



「すみません。でも、出来れば少しこのままでいさせて下さい」

「は、…はい」



ソールのそんな申し出を断れる訳も無く、また断る理由など思い付かない

は緊張で強張った身体から力を抜くように、ゆっくりとソールに体重を預けた

きっと今でも緊張しているだろうに、こうして自分の言葉に応えてくれるに愛しさを感じ、ソールはの額に一つキスを落として静かに声を掛ける



「お返しに、と言う訳ではありませんが…、私の話も聞いて貰えますか?」

「はい…、聞きたいです」

「有難う御座います。ラウルさんにはこの間少しお話したんですが…、私の父は今コルセイトで支部長を務めています」



そうしてぽつりぽつりとソールが語り始めたのは、自身の父親であるコルランドについてだった

コルランドは今は支部長だが、その昔は討伐班の班長を務めていた事

ずっとコルセイトの街と街に住む人の為に働き、街の人からもとても信頼されている事

自分はそんな父を幼少期から尊敬し、憧れて同じ道に進む事にした事

しかし、自分も役人として働き始めてコルランドの存在があまりに大きい事を改めて知った事

父への信頼と自分への期待があまりにも大きく、今では目標にする事すら躊躇われ時折プレッシャーに潰されそうになる事…



「情けない話ですが、私はとても父の様にはなれないだろうと思っています」



ソールは独り言の様に呟いて顔を上げると、から腕を離して視線を合わせる



「ですが、私は貴女に出会い勇気付けられました」

「…私に?」

「はい。初めて貴女に会った時、身体中傷だらけで泥だらけで、しかしそんな事全く気にしていないさんの姿は正直とても衝撃的でした」



当時の事を思い出しながらソールは苦笑する



「トレジャーハンターではなく生粋のハンターと言う職業を選ぶ女性が居るとは思ってませんでしたからね」

「ぅ…、確かにステラードでも女のハンターって私だけですもんね…」

「えぇ。だからと言う事もあってか私は貴女に興味を持ち、貴女が財協に来た時にはつい目で追ってしまう日が続き、
そしてあの日…、貴女が私にハンターと言う仕事について話してくれた時、貴女の強さと直向きさに心を奪われました」



改めてソールから伝えられた好意には思わず視線を逸らすが、ソールはそんなに向かって話し続ける



「その時に"男性でも女性でも、自分に出来る事を理解し実行している人を笑う趣味はない"と伝えたのを覚えていますか」

「ぁ…、はい。もちろんです。私はその一言に救われて、ソールさんの事が好きだって思ったんですもん」



照れながらそう答えるの言葉に、ソールはそう言えばそうでしたね、と頷いてから言葉を続ける



「この言葉に嘘はありませんし、今でもそうあるべきだと思っています。しかし、出来ない事に挑む姿勢も大切だと思いますし、
やっぱりいくらさんが強いとは言え恋人に守られている様では格好が付きませんから…、せめて足手纏いにならない程度にはなりたいんです」

「あの、それなら私も…。今から女らしくなるのは難しいかもしれないけど、せめてお料理くらいは、って思ってます…!!」



打ち明けられたソールの気持ちを聞き、もまた自分が考えていた事をソールに伝える

そして互いに同じ事を考えていた事を知った2人は、互いに顔を見合わせた後で同時に吹き出した



「では、これからはお互いに頑張らないといけませんね」

「そうですね。今よりもっとソールさんに相応しい女になれるように、精一杯頑張ります」



ぎゅっと拳を握り意気込んで見せるの両手に自分の両手を重ね、ソールもまた決意を胸にする



「私も、貴女により相応しい男になってみせます」

「ソールさん…」



重ねられた手に頬を染めたは、ソールを見上げて幸せそうな顔で微笑む

ソールはそんなの両手を握ったまま引き寄せ見つめ合うと、やがて唇を重ねた



「っ…、んぅ…」

「………」



暫くの間触れ合っていた唇がやがて離れると、ソールは少しの間何やら考え込み、ふいにの耳元で囁いた



「…さんは自分の事を女らしくない、と言いますが…」

「ぇ?」

「キスしている時はとても女性らしくて色っぽいですよね」

「……!!」



-END-