「ソール たいへんだ すぐきてくれ」



コルセイトに開発部が出来て3年目の秋のとある日

間もなく昼休みに差し掛かる頃の事

一匹のホムンクルスがソールのデスクへと駆け込んで来た



「どうした そんなにあわてて」



ソールはいつも通りホムンクルスの口調を真似て、慌てた様子のホムンクルスに冷静に尋ねる



「おんなのこ いまひろばでたおれてる」

「女の子…ですか?」

「そうだ そらがぴかぴかひかって ゆっくりふっておちてきた」

「…?」



ホムンクルスと仕事をするようになって暫く経つが

最初に比べれば大分意思の疎通が図れるようになったとソールは自負していた

しかし今現在ホムンクルスが伝えようとしている言葉については、何が何だか全く理解が出来ない

ソールは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げ、やがて握っていたペンを机に置いた



「とりあえず行きましょうか このままでは埒が明かない」



そう独り言の様に呟いて、ソールは椅子から立ち上がりホムンクルスを見下ろす



「おんなのこ いまどこにいる?」

「こっちだ はやくはやく」



立ちあがったソールを誘導する様に足早に総務部を後にするホムンクルスに続き、ソールも総務部を後にする

そしてそのままホムンクルスに連れられソールが支部を出ると、広場の片隅に複数のホムンクルスが固まっているのが見えた



「ソールをつれてきた おんなのこ おきたか?」

「まだねてる ぜんぜんおきない」



何かを取り囲むようにして集まっているホムンクルスにソールを呼びに来たホムンクルスが声を掛ける

すると集まっていたホムンクルスはそれぞれ間隔を空け、ソールをその中心部へと招いた



「これは…」



促されるままホムンクルス達の中に入ったソールが見たのは、地面に倒れている一人の少女の姿だった

ソールは地面に膝を付き、少女の顔を覗き込む

ホムンクルスが"寝ている"と言っていた通り、呼吸をしている様なのでどうやら生きてはいるらしい

しかし目を覚ます様子は無く、ソールはどうしたものかと腕を組む

そして先程ホムンクルスが"空から降って来た"と言っていた事を思い出し、自分の隣に居たホムンクルスに声を掛けた



「このこ どこからきたか わかるか?」

「わからない はなしてたら そらがひかった」

「ぴかぴかひかって はながさいた」

「はながさいて おんなのこがふってきた」

「よんでも ゆすっても ぜんぜんおきない」



ソールの問いに対し口々にその時の状況を伝えるホムンクルスの言葉通り、

少女が倒れている地面には石畳の隙間から見た事の無い花がいくつも生えていた



「…とりあえず、このままにもしておけませんし医務室に運びましょうか」

「だいじょうぶか ソール おとしちゃだめだぞ」

「おれたちもてつだうか」

「だいじょうぶだ ひとりではこべる」



そんなホムンクルス達の申し出を丁寧に断りながら少女を抱きかかえ、ソールは支部の医務室へと向かった



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「支部長、少し宜しいでしょうか」

「あぁソールか。どうした?」



医務室へと少女を運びベッドに寝かせた後、ソールは事情を説明しに一度自分のデスクへと戻った



「それが…、先程ホムンクルスに呼ばれ支部の前の広場で倒れている女性を保護しました」

「何?大丈夫なのか?」

「はい、どうやら寝ているだけのようです。しかし反応が無いのでひとまず医務室へと運びました」

「そうか。その女性はコルセイトの住民か?」

「いえ、見掛けた事の無い顔でした。ホムンクルスが言うには空から急に現れたらしく…」



ソールはホムンクルスに聞いた状況を伝えるが、自身もその言葉が今一つ信じられないらしく言葉を濁す



「空から…?」

「はい。少々信じ難い話ですが、彼女の倒れていた場所には見た事の無い花が咲いていました」

「ふむ…、そうなるとこれは錬金術師の管轄かもしれないな…」



コルランドは呟くと、組んでいた腕を解いてソールに告げる



「エスカくんとロジーくんには私から話しておこう。すまないがお前は業務の合間にその子の様子を見てやってくれ」

「解りました、ホムンクルスにも伝えておきます」

「あぁ、頼む」



そんなコルランドの言葉に会釈で了承の意を返し、ソールは再び医務室へと向かった

少女は医務室の中でいくつかあるベッドのうち、一番窓際に寝ている

その傍らで一匹のホムンクルスが椅子に座って眠り続ける少女を見ていた



「もどってきたか ソール」

「あぁ ようすはどうだ」

「かわらない ずっとねたままだ」

「そうか」



ソールは短く答え、ホムンクルスと同じく少女の寝顔を伺う

歳は16か17辺りだろうか

目立った外傷は無く、服が汚れていると言う事も無い

一つ気になる事があるとすれば、薄手のワンピースと言う格好は今の季節ではやや寒そうだと言う事くらいだ



「見た所本当に寝ているだけのようですし、特に事件性は感じませんね…」



そんな独り言を呟くと、医務室の扉が開いた



「失礼します!」

「エスカ、医務室なんだから静かにしないと」

「あっ、そうですよね。ごめんなさい」



いつも通り元気なエスカと、そんなエスカのフォロー役の様なロジーにソールも普段通り声を掛ける



「どうもお疲れ様です」

「支部長から話は聞きました。その人がその"急に現れた女の人"ですか?」

「えぇそうです。随分深く眠っているようで私が此処まで運んだ時も起きませんでした」



ソールは二人をベッド脇へと促し説明する



「おれたちもこえかけた でもぜんぜんおきない」

「ホムンクルスさん、この人が現れた時の事、もう一度聞いても良いですか?」

「もちろんいいぞ」



エスカの問いにこくりと頷き、ホムンクルスは当時の様子を再度説明してみせた



「うーん…、空が急に光って花が咲いて…」

「その花の上に寝たまま降って来た、か…」



エスカとロジーは互いに首を捻りながらホムンクルスの説明を反芻する



「状況は解りましたけどこれだけじゃ何とも言えないですよね…」

「そうだな。空間転移の錬金術は確かにあるけど、誰でも出来る事じゃないし…」

「ソールさん、この人が現れた場所って何処ですか?」

「支部前の広場の隅の方です」

「私、ちょっと見て来ます!」

「俺も行くよ。一緒に現れた花が採取出来れば何か解るかもしれないからな」

「解りました。では私は仕事に戻りますので、何かあれば呼びに来て下さい」

「ソール おれはどうする?」

「ここで このこをみていてほしい」

「いいぞ もしおきたら よびにいく」

「あぁ よろしくたのむ」

「それじゃぁ私達は広場に行ってみますね」

「えぇ、お願いします」



こうして見張り役としてホムンクルスを残し、エスカとロジーは広場へと向かい、ソールはデスクに戻って行った



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「さて…」



デスクへと戻ったソールは、溜まっていた書類を次々と片付けて行く

途中でいつもの様に糖分を補給しながら、あっという間に業務を終わらせるとデスクを立って資料室へと向かった



「えぇと…。あぁ、これですね」



ソールが多くの本の中から手にしたのは分厚い書類で、表紙には『コルセイトの記録』と書かれている

目次に目を通し、その昔コルセイトで起きた神隠し、失踪事件などのについて調べるといくつかの事例が目に止まった

ソールは貸し出し手続きを済ませると再びデスクへと戻る



「あ、ソールさん!」



するとデスクの前にはエスカとロジーが佇んでおり、ソールの帰りを待っていたようだった



「花は回収出来たんですか?」

「はい。ついでに手掛かりになりそうな事もいくつか解りましたよ」



ロジーはそう言うとデスクの上に採取した花と一冊の本を置いた



「このお花は、やっぱり空間転移の時に出現するお花だったんです」

「空間転移、ですか…」

「エスカが花や草の事ならニオが詳しいかもって言うんで話を聞きに行ったんです」

「そしたらニオさんが数年前に神隠しにあった事があって、その時閉じ込められていた場所にも同じ花が咲いてたって教えてくれました」



エスカの言葉に沿ってロジーは本のページを捲り、ソールに差し出す



「この時守りの花って言うのがそれです」

「…確かに同じ物のようですね」

「ニオさんがイグドラシルって言う守り神?みたいな物に連れ去られちゃった時は、2年間も次元の狭間にいたそうです」

「しかもその間は歳を取らなかったらしいんですよ」

「それでさっきもう一度医務室に行ってみて気付いたんですけど、あの人のお洋服、とっても古い物みたいなんです」



そんなエスカの言葉にソールは首を傾げる



「古い?見た感じ特に汚れなどはありませんでしたが」

「えっと、お洋服そのものじゃなくて、生地とか、デザインとかが古いんです」

「デザイン…」

「はい。エスカも俺も歴史学には詳しく無いんでスレイアさんに見て貰ったんですけど…」



説明しながらも言葉を濁すロジーにソールは更に首を傾げる



「何ですか、ハッキリ言って下さい」

「それが…、使われている布の製法と刺繍の模様から見て、その女性は兎も角服は200年以上前の物じゃないか、って…」

「…200年?」

「はい」

「そうですか」



ロジーの言葉に納得した様に頷くソールに、ロジーは尋ねる



「驚かないんですか?」

「えぇ。人が空から降って来たと言う時点で十分に驚いたので、後は何があっても蛇足でしか無いですね」

「まぁ、確かに…」

「むしろ200年程前の人間だと解って助かりました。これで全部に目を通す必要が無くなります」



ソールはそう言って資料室から持ち出した『コルセイトの記録』をデスクに置いた



「そう言えばソールさん、その本何ですか?」

「これはコルセイトの歴史について書いてあるものです」

「コルセイトの歴史?」

「えぇ。これを見れば支部が出来てからコルセイトで起きた主要な出来事は大体把握出来ます」

「なるほど、年代がある程度解れば資料の中で探す項目もぐっと絞れますね」

「そう言う事です。ではお二人も探すのを手伝って下さい、何せ資料はこの他に後10冊はありますから」

「そ、そんなにですか!?」

「何せコルセイトに支部が出来てからの記録ですからね」

「この分厚い資料が…」

「後十冊……」

「何をボサっと立ってるんですか、続きは資料室のB-\の棚にありますから取って来て下さい」

「ロ、ロジーさん…」

「……仕方ない、行くぞエスカ…」



視線を資料に落としたまま二人に指示を出すソールを前に、エスカとロジーは顔を見合わせるとやがて揃って資料室へと向かって行った



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「………」

「………」

「………」



資料室から資料を運び出してきたエスカとロジーは、ソールと共にコルセイト史の中で200年前後の失踪事件について書いてある記事を探す



「うーん…、失踪とか神隠しって、結構たくさんあったんですねぇ」

「まぁこの辺りは森に囲まれてるし普通に迷子とか遭難もあるんだろうな」

「200年前と言うと旧街道も使われていたようですし枯れ行く平原の向こうにある集落との交流もあったでしょうからね」

「どうして他の集落があると失踪事件が増えるんですか?」

「あぁ、それならさっきこっちの資料で"別の村や町の人間と駆け落ちした"って言う記録があったな…」

「そう言う事です。人が多ければそれだけ色々なしがらみや事情も増えると言う事です」

「そっか…。駆け落ちなんてドラマチックだなぁ…」

「お二人が駆け落ちするのは勝手ですが、仕事は全て終わらせてからにして下さいね」

「ぇえっ!?」

「っ、何言ってるんですかソールさん!!」



3人は時折そんな会話を交わしながら、次々と資料を読み解いていった



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「と言う訳で、凡そ200年程前にあった失踪事件は51件、その内15〜17歳程の女性の失踪は13件と言う結果が出ました」

「なるほど、昔は随分と失踪事件が多かったんだな…」



ソール達の報告を受けたコルランドは、エスカと同じ様な事を呟き机の上の両手を組む



「今でこそ人が一人居なくなれば大事件ですけど、200年も前なら仕方ないのかもしれないですね」

「200年前のコルセイトってどんな感じだったのかなぁ」



ソールの後ろのロジーとエスカがそれぞれ呟くと、コルランドがソールに尋ねる



「絞った13人の名前は?」

「それならリストにフルネームと住んでいた場所も含めまとめてあります」

「そうか。ではそのリストをクローネさんに見て貰ったらどうかな」

「クローネさんですか?」

「そっか、クローネならずっと昔のコルセイトの事も知ってるから、あの子の名前も解るかも!」

「確かにクローネさんに医務室に来て貰えば顔と名前で照合出来るかもな」

「なるほど、解りました。ですが今日はもう就業時間も間近ですので明日改めてお願いする事にしましょう」



相変わらず冷静な様子のソールの言葉に、エスカは時計を確認し驚いた表情を浮かべる



「あれ?もうこんな時間?」

「まぁ今日は後半ずっと資料と睨めっこしてたからな」

「根を詰めても仕方ない、今日の所はもう帰りなさい」

「はいっ」

「それでは私は医務室のホムンクルスに帰るよう伝えてから帰りますので」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様ですソールさん」

「えぇ、お疲れ様でした。それでは失礼します」



そう言って軽く頭を下げて支部長室を後にしたソールを見送り、残ったエスカとロジーもコルランドに挨拶をすると開発班の部屋へと戻って行った



「失礼します」



軽いノックの後に扉を開きソールが医務室を覗くと、少女は相変わらず深い眠りについているようだった

そしてその傍らで、見張りをしていたハズのホムンクルスも一緒に寝ている

少女の横で気持ち良さそうに丸まっているホムンクルスと少女の組み合わせはまるで絵本の一コマの様で、ソールは思わずその光景をじっと見つめる

暫くその光景を目にした後、我に返ったソールはホムンクルスの背中を揺すり声を掛けた



「起きて下さい」

「ん… …ソールか おはよう」



むにゃむにゃと寝ぼけた様子で起き上がるホムンクルスに、ソールはため息交じりに答える



「おはようじゃありませんよ。もう就業時間ですよ」

「そうか たくさんねてしまった」

「えぇ、良くねていましたね。因みに明日はクローネさんにも来て頂く事になりましたよ」

「クローネがくるのか おれもあしたもくるぞ」

「解りました。とりあえず今日のところは帰りましょう」



名残惜しそうなホムンクルスを促しながら、ソールはホムンクルスと共に医務室を後にした



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翌日

何時もより少し早めに出勤したソールが医務室へ行くと、少女は昨日と変わらずベッドに横たわっていた

医務室のカーテンを開けるとキラキラと差し込む日差しが柔らかく少女を照らす

人形の様に懇々と眠り続ける少女の顔を何となく見つめていると、やがてクローネとニオを連れたエスカがやって来た



「おはようございます!」

「あぁエスカさん、おはようございます」

「クローネを連れて来ました!後、ニオさんも昔神隠しにあったそうなので一緒に来て貰いました」

「そうですか。朝から呼び出してしまって申し訳ありませんでした」

「あらあら、気にしないで下さい」

「そうですよ、ソールさんにはこの街に来てからすっごくお世話になってるしたまにはお手伝いさせて下さい」



頭を下げるソールにクローネとニオは首を振って笑い、少女の寝ているベッドへと移動する

クローネは目を閉じ眠り続けている少女を見つめ、片手を自分の頬に当てた



「あらあら、とても良く寝ていますね」

「寝てるって言うか…、仮死状態って感じかな?」

「ニオさんも神隠しにあった時は同じ状態だったんですか?」

「うーん…、私の場合は身体ごとイグドラシルに取り込まれちゃってたから良く解らないんだよね」

「取り込まれって…。うぅ、ニオさんが無事で本当に良かったです…」



ニオの台詞に怯えた様に自分の肩を抱くエスカの横で、クローネは寝ている少女を改めてまじまじと眺める

ソールやニオが見守る中、エスカはクローネに尋ねた



「どう?クローネ、この子に見覚えある…?」

「エスカ、残念ですが、私にはこの方の顔に見覚えがありません」

「そっかぁ…、クローネなら解ると思ったんだけど…」



ニオと同様に首を左右に振ったクローネに、エスカは少しがっかりした様子で息を吐いた

その横で成り行きを見守っていたソールは組んでいた腕を解き独り言の様に呟く



「ふむ…。クローネさんが知らないと言う事はコルセイトの住人では無い可能性が高いと言う事ですね」

「コルセイトの人じゃないなら何処の人なんだろう?私みたいに旅の途中に寄ったのかな、それとも全然関係無い所の人なのかな…」

「ニオさんに一つお聞きしたいのですが」

「何ですか?」

「イグドラシルとやらに捕らわれた人間が全く無関係の場所に現れる事はありえるのでしょうか」



そう投げ掛けられた質問に、ニオは人差し指を頬に当て首を傾げる



「えっと…、少なくとも私の時はお姉ちゃんが居る場所や花の匂いのする所なら私が行った事無い場所でも行けました」

「なるほど。訪れた事が無い場所に出現する事は可能性としてありえると言う事ですね」

「あらあら、これではこの方が何処の人か解りませんね」



クローネとニオの証言により、少女の身元の特定が益々困難となり一同は肩を落とす

そんな中医務室の扉が開き、ロジーとホムンクルスがやって来た



「おはようございます」

「みんな おはよう」

「どうしたんですか?全員何かどんよりしてますけど…」

「それが…」



そう言って首を捻るロジーにエスカが一連の流れを説明し、エスカの話を聞いたロジーもまた、エスカ達と同じように肩を落とした

するとそんなやり取りを見ていたホムンクルスが少女のベッド脇へと移動してソール達を見上げる



「わからないならにきけばいい」

?誰ですか?」

だ」



突然ホムンクルスの口から出た聞き覚えの無い名前にソールを初め全員が首を傾げると、ホムンクルスはベッドの少女を指差した



 このこのなまえだ」

「名前って…、どうして知ってるんですか?」

「もしかして昨日一度目を覚ましたのか?」



エスカとロジーの質問にホムンクルスはふるふると首を左右に振って答える



「ちがう ゆめのなかであった」

「夢の中?」

「いいにおいがしたんだ それでねむくなってねたら ゆめのなかにいた」

「あぁ、そう言えば昨日私が呼びに行った時に寝てましたね…」



ホムンクルスはソールの言葉に頷き、自身に起きた出来事をその場に居る全員に向かって説明する



「ゆめのなかであって なまえをきいた だからでまちがってない」

「夢の中で…」

「しんじられないか?」

「えぇ、まぁ正直突拍子が無いですからね」

「だったらソールもねればいい そしたらきっとおはなしできる」



ホムンクルスはそう言って少女の寝ているベッドを指差すが、ソールは首を左右に振る



「いえ、そう言われても…」

「だめか?」

「駄目と言うか…、寝て会えるかどうか不確定ですからね」



そんなソールとホムンクルスの会話に、ふいにニオが参加する



「あの、私がお姉ちゃんと会話する時も夢の中の事が多かったので、可能性は高いと思います」

「ほら ニオもこういっている」

「しかし…、急に寝ろと言われて眠れるものでは無いでしょう」



ニオの加勢もあり得意げなホムンクルスにソールが弁明すると、ニオの隣に居たエスカが元気良く右手を上げた



「それなら私、良い物を持ってます!!」

「良い物…?」

「はい!!」



エスカの方へ訝しげな視線を送るソールに、エスカは何処からかお香を取り出して見せる



「エスカ、お前それ…ゴルトエッセン用に作った竜眠香じゃ…」

「はいっ、この前レイファーさんに聞いて作ってみたんです!!」



額に汗を浮かべるロジーを余所にエスカが得意げに胸を張ると、ソールの眉間にぴくりと皺が寄った



「お二人とも…、まさか鉄喰竜の巣に行くつもりですか…?」

「あぁ、えーと…。はい…、気球を作るのにどうしても良質な鉄が必要で……」

「だからと言って鉄喰竜の巣に忍び込もうとは相変わらず無茶な真似をしますね」

「すいません…」

「いえ、鉄喰竜の話をうっかりしたのは私ですからロジーさんが謝る必要はありません」



恐縮するロジーに溜め息混じりで呟くソールの横で、ニオがエスカに尋ねる



「あれ?でも竜眠香って匂いで竜が居なくなっちゃうんじゃなかったっけ」

「はい、本物はそうです」



ニオに対するそんな説明を聞き、ロジーとソールは同時にエスカの方へ振り返った



「…本物"は"?」

「つまりそれは本物では無いと…、そう言う事ですか?」



ソールが尋ねると、エスカは恥ずかしそうに笑って頷く



「えへへ…。実はこれ眠り薬の分量間違えちゃった失敗作なんです」

「…失敗作………」



エスカは小さく舌を出して可愛らしく答えるが、ソールは額に汗を浮かべる

嫌な予感と共にソールは一歩後ろへ下がるが、エスカはにこにこと笑いながらそんなソールに一歩近付いた

ソールが助けを求める様にエスカから視線を外すと、同じく嫌な予感を察知したニオがクローネとホムンクルスを連れて医務室から出て行くのが見えた

慌ててロジーへと視線を移すと、ロジーはエスカ越しに"すみません"とでも言う様にソールに向かって両手を合わせている



「ソールさん、すみません!」



そしてそのままじりじりと出口まで後退したロジーは、最後にそう言い残し、医務室を後にした



「ちょっ…」



一人取り残されたソールは尚も迫るエスカから逃れようと後ずさる

しかしエスカはそんなソールに詰め寄ると、何処からか火の付いたマッチを取り出した



「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!人体には影響無いですから!」

「いえ、そう言う問題では…」

「ちょっと効き目が強過ぎるのが難点ですけど、ちゃんと目は覚まします!……多分!!」

「ですからそう言う問題では無いですし多分ってそんな」

「えいっ!」



ソールの必死の抵抗も虚しくエスカはお香に点火すると、もくもくと上がり始めた煙に向かって息を吹く

エスカの息により煙がソールの身体を包み、思わず煙を吸い込んだその瞬間、ソールの身体からは力が抜けその場に崩れ落ちた



「……っ」

「後でちゃんと起こしに来ますね!!さんに宜しくですっ」



ホムンクルスの言葉の通りであれば夢の中で少女に会える

しかしそれはあくまでもホムンクルスの話が本当であればであって、実際に夢の中とやらに行ける保障は何処にも無い

それでもホムンクルスの言葉を信じている様子のエスカに、ソールは朦朧とする意識の中で一言文句を付けようとした

しかし容赦なく襲う眠気に耐えられず、ソールはそのまま床に伏せると意識を手放した





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