私は一般人だ

魔人でも無いし、大食いでも無いし、ヤクザでも無いし、警察でも無ければ犯罪者でも無い

特に大した取り得も無く、身長も体重も顔立ちも全てにおいて何もかもが平均的

人と違う所と言えば、とてつもなく運が悪い事くらいだ

"運が悪い"とはどの程度の事を言うのかと言うと、昔から私が行く先々では事件が起こる

殺人事件はもちろんの事、窃盗、テロ、放火、強盗…

ありとあらゆる事件に巻き込まれるのは日常茶飯事

私が少しでも「あぁ、この場所に行きたいな」と思って行動に移すと、何故かその場所は事件現場と化すのだ

決して私が事件を起こしている訳ではない

私の居る所で事件が起こるのだ

これはもう不幸と言う他無い

こんな厄介な体質なので、彼氏はもちろん友達も中々出来ない

親族にも家族にも厄介がられ、高校生にして一人暮らしである

金銭面まで放置されずに済んでいるだけまだマシかもしれないけど、それにしたって酷い話だ



さて、もう一度言いたい

声を大にして言いたい

私は一般人だ

一般人である

魔人でも無いし、大食いでも無いし、ヤクザでも無いし、警察でも無ければ犯罪者でも無い

それなのに

それなのに何故私の周りには、一般とは掛け離れた人しか居ないのだろうか…



「ねぇ弥子」

「何?」

「私、一般人なんだよね」

「どしたの急に」

「うん、だからね、一般人の私がね、何で日々の放課後を探偵事務所で過ごしているのか疑問でさ」



私は同じ学校のクラスメイトで、大食い&女子高生探偵として一躍有名になった…、と言うかされてしまった弥子に尋ねる

弥子はいつもの様にもぐもぐと何かを食べながら私の話を聞いて笑った



「いやぁ、それはもうしょうがないよ、の事ネウロが気に入っちゃったんだもん」



ネウロとは、弥子を女子高生探偵へと祭り上げ表向きは助手として暮らしている魔人である



「魔人って…」



一般人からは遠く掛け離れた存在であるその単語を脳内で反芻し、私は盛大にため息をついた



「大体、ネウロが気に入ったのは私じゃなくて私の体質でしょ…」

「まぁそうだけど、でも多分の事も好きだよ?」

「…魔人なんて普通じゃない物に好かれても微塵も嬉しく思えないしそもそもネウロの好意とか胡散臭いよね」



私は弥子と一緒に座っていたソファにふんぞり返り目を閉じた



「全く…、私は普通に静かに生活したいだけなのに何で魔人なんてとんでもないモンに目付けられたんだか…」

「ほぅ、随分な言われようだな」



そんな低い声と共に目を閉じたままの視界が更に暗くなり、顔に圧迫感と重みを感じる

どうやらネウロの手が私の顔を覆っているらしい

ネウロが急に現れた事に関しては今更何も思わない

しかしこう言ったDVを受けるのは通常なら弥子であり私の役目では無いのに、何でまた私は首を折られそうになっているのか

隣に座っているハズの弥子は私を助けてくれる気配が無い

こうしている間にも反らしていた上体はネウロによって更に反らされ、非常に苦しい、そして背骨が痛い



「ネウロ、折れる、折れるから」

「大丈夫だ、折れたら再度反対側へ折り返す」

「それは大丈夫って言わない!!」



幸い自由だった両手で自分の顔にあてがわれているネウロの手を押しのけて叫ぶと、ネウロは私を見下ろしたまま口の端で笑った



「大体弥子も見てないで助けてよねって……弥子?」



傍観を決め込んでいると思っていた弥子に抗議しようと右を見ると、其処には気絶しているようにソファに倒れこんでいる弥子が居た



「ちょっ、弥子大丈夫!?」



慌てて弥子を介抱しようとするが、私と弥子の間に差し出されたネウロの右手によって阻止されてしまう



「心配いらん、少し寝ているだけだ」

「いやいや、気絶してるようにしか見えないんだけど!?」

「心配無いと言っているだろう、コレを使って一時的に仮死化させただけだ」



そう言ってネウロが取り出したのは気持ちの悪い虫のような生き物だった

私がいぶかしげにそれを見つめていると、ネウロはその生き物の頭のような部分を握り締めた



「仮死って…?」

「こいつは死の危険を感知すると相手を仮死化させる鱗粉を散布させるのだ」



ネウロがそう説明しながら今にも握り潰しそうな勢いでその生き物をいたぶると、確かに粉の様な物が辺りに舞い始めた



「はぁ…、何でまたそんな妙な物体を…」



その鱗粉を吸わないように顔を背けながら質問すると、ネウロは座っている私の傍に歩み寄りぐっと顔を近付けた



「何、これを利用すれば我輩と貴様の邪魔をする者を排除出来ると思ってな」



緑色の瞳に見つめられ、私の身体は硬直する

私と二人きりになる為だなんて、言葉だけ聞けば随分とロマンチックな事を言う

しかし私は先程から何度も言うように一般人だ

魔人なんかに言い寄られても迷惑なだけである

そもそもコイツの場合本気かどうかなんて解ったもんじゃない



「別に…、わざわざ仮死化なんてさせなくてもネウロなら人を追い払う位訳無いでしょ」

「まぁな」

「じゃぁ何でこんな回りくどい事してるの?」



真っ直ぐに見据えられたまま尋ねたが、ネウロは相変わらず顔を近付けたまま私の質問には答えなかった



「そうそう、言い忘れていたんだがこの鱗粉…、仮死化したまま暫く放置しておくと心臓発作を引き起こす副作用がある」

「はぁ!?弥子危ないじゃん!!」

「まぁそう慌てるな、残念ながら魔界と違い即効性はない。心臓発作に至るのはせいぜい1時間以上放置した場合のみだ」

「それ本当…?」

「もちろんだ。我輩が弥子を殺す訳無いだろう」



飄々と言いながら、ネウロはようやく私から顔を離すと仮死状態の弥子の頭をがしっと掴む



「この魔界生物を地上で使うのは初だったからな、ちょっと実験してみただけだ」

「実験って…」

「しかしこれでこの生物の有用性は解った、後は実際に有効利用するだけだな」



仮死状態の弥子の頭をべちんべちんとしばきながらニヤリと笑うネウロの横顔を見て、私は先程答えの貰えなかった質問を再度投げ掛けた



「だから、一体何の為に?」

「む?先程も話したでは無いか」

「私と二人きりになる為ってやつ?あんなの微塵も信用出来ないし、答えになってない」



私は睨み付ける様にネウロを見たけれど、ネウロは少しも動じた様子は無く

むしろ楽しそうに笑いながら再び私への距離を詰めてきた

そしてソファから立ち上がろうとした私の両肩を掴んだかと思うと、そのまま私をソファに押し倒した



「仕方ない、では理解力の乏しい貴様に特別に教えてやるとしよう」



ネウロはそう言いながら何とも腹の立つ笑みを浮かべて私の頬に手を当てる



「ふざけんなこのエロ魔人」

「いい加減に諦めたらどうだ?」

「諦めるって、何をよ?」

「我が輩と出会った時点で、貴様はもう普通の生活に等戻れない」



ネウロは何故か得意げに告げてにんまりと笑った



「まぁ元より貴様の生活に普通だった事など無いハズだがな」

「そんな事…」

「無いとでも言う気か?」

「………」



そう何とも楽しそうに挑発するネウロを、私は無言で睨みつける事しか出来なかった

だってこの魔人の言う通りなのだ

今まで私の人生には平凡な日常なんて存在しなかった

それ故私は普通を愛して、普通を望んで、自分のこの体質を何よりも嫌っていた

そんな中急に現れた魔人に、出会った瞬間に言われた言葉が…



「我が輩には貴様が必要だ」

「…それは最初に聞いたよ。そんでハッキリ断ったでしょ?」

「貴様が応じるまで何度でも言おう。我が輩は貴様を必要としている。欲している。貴様を我が輩の物にしたい」

「それが告白のつもりなら、もうちょっと人間の心を学んだ方が良いよ」



私は呆れながらため息交じりに応じる

ネウロのこの告白のような言葉は最初にも聞きもちろん断ったが、出会って数カ月経った今でも到底受け入れる気にはなれない

しかしネウロはこの台詞の何が悪いのか理解していない所か、どうせ考えてもいないのだろう

魔人だからとかそう言う問題でなく、これはもうネウロ自身の性格に他ならないと思う



「我儘な奴だ」

「その言葉をアンタが言う?」



そんなやり取りをしていると、ネウロは私の隣に腰を下ろし仰向けになったままの私の身体をひょいと持ち上げた



「わっ、ちょっ!?」

「全く仕方の無い…」

「仕方無いのはどっちよ!!早く下ろせ!!」



私はネウロの両腕に支えられて宙に浮いたまま叫ぶ

ネウロはそんな私を自分の膝の上に下ろし、左手と腰に手をあて私の身体をぐっと引き寄せた



「何する気よ!?このセクハラ魔人!!」

「黙れ」

「なっ…」

「単細胞でミジンコ程度の知能しか持ち合わせていない貴様の為に、一度だけ貴様の望む言葉をくれてやろう」

「は?何よそれ…」

「一度しか言わないので良く聞いておくが良い」

「………」



珍しく真面目な顔でそう告げられ、私は思わず押し黙る

するとネウロは満足そうに微笑んで、そのまま唇を私の耳元に近付けた



、我が輩は貴様を愛している」



低く掠れた声で囁かれたネウロの声が、私の脳に染みるように響き渡る

それはあまりにも唐突過ぎる言葉で、私はその時"愛している"と言う言葉の意味を理解する事すら出来なかった

私がネウロの言葉を理解するのに時間を掛けていると、ネウロが私の顔を覗き込みながら首を傾げる



「何を驚いている?」

「だ…だって……」

「やはりミジンコには少々難解だったようだな」



驚いたままの私を見て嘲笑うようにそう言い捨てると、ネウロは私を膝から下ろした

意外に優しくソファへと下ろされ、私はネウロを見上げる



「間抜けな顔がより一層間抜けになっているぞ?」

「っ煩いな!!」



ネウロに挑発されて私はようやく正気に戻る

そんな私を見下ろしながら、ネウロはため息交じりに声を掛けた



「さて、ミジンコで間抜けで単細胞な貴様は忘れているようだが…」

「?」

「このままでは弥子が死ぬが良いのか?」

「!?」



言われてみれば弥子が仮死化してからもう1時間近くが経とうとしている

ネウロが弥子を見殺しにするハズは無いが、半殺し位ならば普通に殺りかねない

私は慌てて床に転がっている弥子の元へとしゃがみ込み、そのまま弥子の身体を揺すった

しかし弥子は息もしていなければ脈も止まっている

本当に死んでしまっている様にしか見えないその姿に、私は焦りネウロに尋ねた



「ねぇ、これどうしたら起きる訳?」

「さて、どうすれば良いんだったかな」

「ちょっと、こんな時にとぼけてる場合!?」



絶対に忘れてなんかいない癖に、質問に答えようとしないネウロを前に私は苛立つ



「馬鹿な事言ってないで早く教えなさいよ!!」



ネウロを睨みつけながら答えを急かすと、ネウロは腕を組んで珍しく真面目な顔で私に問い掛けた



「では答えろ。我が輩の物になるか?」

「は…?」

「答えはイエスでもノーでもどっちでも構わない。だが今ここでハッキリと貴様の答えを口にしろ」



ネウロは私にそんな命令じみた質問をしながら、心の中を見透かすように真っ直ぐに見つめて来る

いつもなら"そんなのノーに決まってるでしょ"と答えられるハズの私の口は、何故か思うように動かなかった



「何で…」

「今まで散々はぐらかされたからな、こうでもしないと真面目に答える気にならないだろう?」

「………」

「さぁ、悩んでる暇は無いぞ。弥子の命は持って後10分程度だからな」



そう言って弥子の背中を踏みつけるネウロを見つめながら、私は何故か熱くなる頬を両手で押さえた



「どうした?顔が赤いぞ」

「…っ」



私は、ネウロの言う通り確かに今まで散々お前が必要だの何だのと言う言葉をことごとくかわして来た

それはネウロの言葉がもっと打算的で無意味な物だと思っていたから

もっと端的に言えば、魔人が人間に恋をするなんてありえないと思っていたから…



「ネウロ…」

「何だ?」



でも、今回のこの出来事で私はようやく理解した

ネウロは本気だ

弥子を危険にさらして私の本音を無理矢理にでも引き出そうとする位

それ位本気で私の事を好きなんだろう

そして私の答えなんてとっくに解っている癖に、

わざわざこんな真似をしてまで私の口から言わせたいなんて…



「あぁもうネウロの馬鹿。好きだよ。大好きだよ」



私は半ば自棄になりながら、ネウロのスカーフを思い切り掴んで引き寄せた

生まれて初めてのキスが魔人となんて普通じゃなさ過ぎて笑えてしまう

でも重なった唇の感触は意外にも暖かくて柔らかくて、人間としてもきっとそう大差無いと思った



「ふむ、自らしてみせるとは案外可愛げがあるではないか」



短いキスの後でネウロを見上げていると、ネウロは満足そうに目を伏せて笑った



「煩いよ馬鹿。で、弥子はどうしたら起きるの?」

「簡単だ、この鱗粉は水で溶ける」

「水を掛ければ良いのね!?じゃぁちょっと汲んでくるから!!」



急いでキッチンへ向かおうとする私の腕を、ネウロが掴む



「ちょっと、これ以上ふざけてる場合じゃ…」



まだ邪魔をする気なのかとネウロの方を振り返り文句を言おうとする私を、ネウロは優しく抱き締めてキスをした



「っ!?」

「ほら、急がないとそろそろ限界時間だぞ?弥子の顔色が大変な事になっているからな」

「!!!!」



ネウロの言葉を聞いて弥子の顔を見ると、確かに弥子の色はとても言い表せないような色に染まっている

色々と言いたい事はあったけれど、とりあえず人命優先と言う事で慌てて水を用意した私は弥子の顔に遠慮なく水を掛けた

すると弥子の顔色は徐々に元に戻り、やがてゆっくりと目を開く

目を覚ましたものの何が起きたのか解らない弥子は自分が水浸しになっている事に首を傾げる

そしてその後私が手に持っていたバケツを見て勘違いした弥子の誤解を解くのにはとても苦労した



「水を掛けると言っても垂らす程度で良いのにまさかバケツ一杯ぶちまけるとはな…」

「そう言う事は早く言ってよ!!」

「いや、も心なしか楽しそうだったので言うタイミングを逃した」

〜…」

「ちょっ違っ!?嘘!!嘘だから!!」










私は一般人だ

魔人でも無いし、大食いでも無いし、ヤクザでも無いし、警察でも無ければ犯罪者でも無い

でも私の彼氏は魔人で、親友は規格外の大食いの女子高生探偵で、周りは一風変わった人間ばかりである

強盗、殺人、自爆テロ、嫁姑問題、旦那の浮気…

今日も私の行く先々では色々な事件が起きてその度に巻き込まれるけれど

ネウロが満足そうなのでこれはこれでまぁ良いかなと最近では思い始めているのだった










『異常な日常』










-END-